2012年01月20日

仕事始め

車で高槻へ。
造成事業の依頼主との設計協議とグループ会社との
協議…など。

朝から雨の舞鶴、京都縦貫道を走り、府道枚方亀岡線を
南下、が何時もの道順…。

しかし、今日は京都周りで高槻へ。
行政の開発指導を受けているのであるが
面白いことに開発指導要綱なるものは、時には
どう考えても理解しにくい面をあらわす。

例えば、造成工事(宅地ではない)では、一定の緑化の
義務付けなどが定められている。

しかし、それが公共事業に協力、土地の買収に協力
したために、崖地になり、景観的にも、参道としての
体なさなくなった。

そのため、切り立てられた小山を切り下げて、景観的
急傾斜の緩和、超高齢社会に向けて、高齢者が
歩いて墓参が可能な形態に改修するのである(
三つのコンセプト)。

今の墓地形態そのまま切り下げるのがその概要である。
そのような概念をもっての造成事業なのに、新設する
墓地と同じ指導を行っているのである。

そんなところに高木・中木・低木を一定割合をあてはめて
植えろと言う指導は、如何なものか…。
千年続いて、地域の心のふるさととしての墓地が
存続できなくなる。

周囲は山とお寺の建物しかない。
新設の墓地を市街地で作るのとはわけが違う…、

しゃくし定規に当てはめれば良いのではない。
何故、全体(景観・その立地の歴史など)見ようとはしないのか…。

お役所仕事と言われる所以がこんなところに現われる。
再度話しをしようと思っている。

posted by 弘心 at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

大根

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posted by 弘心 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

一日のはじめ










松の内も過ぎた
いよいよ仕事はじめである
冬の日本海は、どんよりとした空の多くなる季節
今日も、薄曇り、予報では雨…寒い…

一層の頑張りと、意氣に感じての生活が必要と自身に
言い聞かせる

庭には、赤く色づいた「美男蔓」がいくつも蔓にぶら下がっている
そのひと房を採って玄関とトイレの一輪ざしに飾る

仏壇に水と炊きあがった炊飯のうわ飯を供え、手をあわせてお題目を…
神棚に水を替えて…二礼二拍一礼。

四つの覚悟を唱える

一日の始まりである。

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2012年01月14日

高槻心身統一合氣道会の修練始め

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明日は、高槻心身統一合氣道会の修練始めである。
昨年創立40周年記念表武大会を実施した。多くの方の
お力添えで無事終えた。

何故、心身統一合氣道を教えるかについても、拙文をお知らせした。
言葉足らずであり、理解しにくいと思われるかも知れないが
もし、そのような方が居られれば、是非一度舞鶴の庵まで
御足労願いたい。

雪化粧を見ながら、日本海のとれとれの魚を肴にして、
地酒を酌み交わしながら、「合氣」についてなど、弘心塾道場で語り合いたい…。
道場では、6人位は宿泊出来る用意がしてある。

パートナーとも大歓迎である。何故心身統一合氣道を教えるかについて
の文章の中には、、陽明学との関係については、記述していない。
ルドルフ・シュタイナーの人智学と陽明学の関係についても、
機会を見て述べてみようと思っている。

今日は、西舞鶴教室の初修練。パートナーは研修で京都へ…
一人の男性の見学者、来ていただければよいのだが…。

天気予報では、午後は雨…、しかし、予報ははずれ。
雪でないのが嬉しい。

明日は高槻へ、





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2012年01月12日

天地創造(宇宙誕生)

現代物理学は、この宇宙は今限りなく膨張しているという。
振り返れば137憶年前のビッグバンで誕生した宇宙は膨らみつづけている。
しかも膨らむスピードを上げながら…。

「膨張加速」が前世紀末に発見された。専門家の間には大変な衝撃が…。
素粒子物理学がめざすのは、宇宙で起こるすべての現象を支配するおおもとの
法則を解明することである。

「…宇宙誕生の瞬間には確かに存在したが、いまは隠れて見えなくなっている未知
のものがたくさんある。始まりを人工的に再現してやれば、それらをとらえることが
できる。そのひとつに宇宙全体の23%を占める正体不明のままの「暗黒物質(ダークマター)
も作り出せるはずだ。その為には、大仕掛けが必要となる。
直線で30キロの先端加速器を地下に建設、リニアコライダーという。
ここで電子と陽電子を猛烈な勢いでぶつけると、「その瞬間」が現れる。
(東京大学素粒子物理国際研究センター・山下了准教授)」

うまくいけば、創成のときから今日までの宇宙の歴史がわかり、これからどうなって
いくかもわかるはずだという。「世界の完全理解」である。

しかし、それでもなお解くことの出来ない謎がこの世には残ると山下先生は言う。
それは人間であり、人間の営みである。
例えば火事場の馬鹿力と言うようなものが、何故出せるのか、株式相場の乱高下
は何故起こるのか…
(朝日新聞根本清樹編集委員・ザ・コラムより引用)

「こころがからだをうごかす」のであるから、素粒子理論から、さらに発展させて
人の「こころ」の存在と質量が明確化され、どの時点で「いきもの」が
どのようにして生じたのか、についてもっと細部にわたって宇宙との相関関係と
こころとからだの相関関係が証明出来れば可能ではないか…。素人の戯言である。

心身統一合氣道の技は、概念として既に証明しているのだが…。




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2012年01月09日

體とこころのつくり

先の投稿で、體づくりを書いた。
その中での名称は、
足捌き、胴捌き、腕捌き、手捌き。

この名称を足づくり、胴づくり、腕づくり、手づくり、とする。
今年は、この基本に徹したい。

こころは、正しい體のつくり方の動きを脳にインプットすることにより、
こころのストレスがなく、スムースにこころに入り込む。
すると自然と力が抜けて、天地(宇宙)一杯に広がっていく感覚が
生じる。

これとは異なり、間違った體の動きをしていると、知らず知らずのうちに
自らが自覚していないが、潜在的に持っている正しい動きとの間で、葛藤が始まり
こころにストレスを与えて脳の正しい判断力を阻害するのである。

合氣の上達を阻害するのは、この原因によるものが多い。
正しい體の遣い方と、こころの遣い方をを会得すれば、こころは、
その触手である「氣」が強く迸ることになる。

天地(宇宙)に向かって…。

そして自らの正中心軸を確保し、一点を自覚することにより、
天地(宇宙)と…。
posted by 弘心 at 17:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

合氣を学ぶ意味

このブログで、合氣道の事については、様々な角度から
述べて来た。

しかし、どれ一つとして満足したものはない。
何故かと言えば合氣道の技そのもの自体が完成されたものではない、
との考えに達したからである。

こんなことを言えば、合気道業界からお叱りを受けるかもしれないが…。
いろいろな角度から、今現役の合気道指導者の技を見せて頂いた。
二十数年前であれば不可能であったが、今は居ながらにして
小さな画面(PC)でみることが出来る。

大方は、自らが習った師の技を継承されている。
その師が合気道の創始者であれば、創始者が合気道の技の研鑽途中の
技である。創始者は年齢とともに、技も進化・変化しているのである。
その時代時代によって変わっている。従って習われた時代時代によって技は
異なっていて当然であろう。

ただ一つ不変であると言えることは、どのような技であろうとも、
「正しい心と體の遣い方」である。

即ち、正しい「心の法則」と「體の法則」をつかうことである。
特に、體の遣いかたについては、その必要性は重大である。

正しい體の遣い方によって、一つ一つの技が表現されなければ
全く意味を成さない。

特に、足捌き、胴捌き、腕捌き、手捌きは正しく連携していなければ
ならない。その人間性に大きく影響していくからである。

これが心の動きと繋がり、脳に一大変革を生じさせるのである。
自らの運命を変える入口でもある。





posted by 弘心 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1月9日

朝9時、救急車のサイレンが聞こえてきた…丁度家の近くで止まった

出てみると、隣のKさん宅の前、Kさんが長靴のまま担架に
乗せられている…、
救急隊員が心臓マッサージを試みている…

暫くすると、西隣の実兄のKYさんが駆けつけて来られた。
そして、警察署の人も…、多分、事件性を懸念してのことであろう。
「最近会われたのはいつですか?」
「はい、12月31日だったと思います、大根を持ってきて頂きました。その時
本人からは、風邪をひいてシンドイ、とシャガレ声で言っておられました…
大丈夫なのですか?」
「…何れ分りますが、お亡くなりになられました…」

東隣りのMさん夫妻が、早朝、畑で倒れているのを見て119番されたよう…
多分今年で80歳、大変よく働かれていて、山と広い田畑を一人で見て来られていた。
納屋には、なんでもあった。保存食としての根菜類から、米、大豆、等…。

101歳になられる、義母と住んでおられ、義母は福祉施設に入っておられて
元気そのものの様子。良く「おばあさんより、こっちが先に逝ってしまいますわなぁ」
と冗談を言われていた…。

そういえば、今年は年賀状が来なかった(田舎なのに隣に年賀状を交換)
ので、一度お伺いをしようと思っていた矢先…。

もっとアーしてあげれば、こうしてあげればよかったとの想いが…
すべて過ぎ去ったことになった。

こちらが隣人としてのお付き合いをさせて頂いてから、十数年が経つ。
その間に、Kさん宅とは、義父(98歳)及び義父の子息と、二人の葬儀に
立ち会わせてもらった…。今回は本人…。

大変よくして頂いた、季節季節の野菜を「これ、たべてやか?」と一輪車に
載せて届けてくれたKさん…。
私たちも、買い物に出た時に、Kさんの鉱物のサンマなどをおすそ分けを
させていただいた。

「親孝行、すると思えば親は無し」の言葉があるが、隣人にも当てはまるとの
想いが…ぐっと胸にくる。

一日に一度は、訪ねてあげれば良かった…、後悔の念しきり。
この世に存在している、との想いと、何処を探してもこの世には
現存しない、との想いは、想像を絶する。

この想いは、自らの子供を幼くして亡くした時、10数年にわたる心の
屈折から、嫌と言うほど身に沁みている…。

限界集落としての現状から、このような現実は、これからは日常茶番
となると想像する。

ふと、高槻心身統一合氣道会を長年支えてくれているK君のことが、頭を
過った…。
電話をした。元気な声が聞こえてきた。
正月5、6と台湾へ駆け足で行ってきたとのこと。
大変楽しかったとの話しを聞いて、安堵した…。

パートナーと、Kさんとの過ぎさった想い出話をしながら、
昼食をとった。

雪が止んで、今日の氣持ちを表わすよう雨…。















posted by 弘心 at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

新しい出発(旅立ち)

去年の暮にパートナーが、行政書士事務所を開設した。
彼女は、一年あまりの勉強で資格を取得した。

集中力は人一番凄い。今、又次の課題に取り組んでいる。
司法書士をと始めたが、勤務先の弁護士事務所から、
出来れば取得してほしい資格があると言われて、
社会保険労務士に挑戦しているのである。

大学卒業後、大蔵事務官として勤務したが、何を思ってか
二年あまりで退職。長野の人材育成に関する組織に入って
全く異なった仕事に打ち込んだ。

仔細あって舞鶴へ戻った…。
道場での出会いが…、彼女の人生を大きく変化させたことは
否めない事実である…。

今、私の法人(特定非営利活動法人 都市問題総合研究所)の
事務局を担当してくれている…。

官庁などの関係法の手続きなどを生業とした行政書士事務所から
出発である。

これからの女性は、家庭の内に入ってシャドウワーク専業という
考えは古い。

男性とも対等に渡り合えるだけの知識と経験で自立することが
望ましい。

社会的自立・経済的自立・精神的自立の三つが成立してこそ
自立といえるであろう。

経済的自立は、事務所の経営で、精神的自立は武道で…
この二つを両立させてこそ初めて社会的自立が成立できるものと
思っている。

人は一人では生きていくことの難しさは、嫌というほど味わってきた…
これからは支え合って生きていく…改めて、意識している。
平成24年壬辰は、二人にとって、出発(旅立ち)の年である。

posted by 弘心 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

初詣

福井県高浜町にある青海神社へ…
宮司の山下さんは、今、熱心に心身統一道と心身統一合氣道を学ばれている。

太極拳を長く学ばれていて指導者として活躍中…
しかし、以前から合氣道に興味があったとのこと。

話を戻して、青海神社は、舞鶴からは国道27号線を東に向かって
約20分のところにある。
西国33か所めぐりの29番札所の松尾神社を通り越して、トンネルを
超えて、左日置との看板を右に見て、すぐ左の鬱蒼とした森の中に
ある。

この神社の由来については、まず、お参りをして理解してほしい。
学問の成績アップ、試験の合格祈願、企業経営力アッブなどに、不思議な御利益を
頂けるマルを描いた絵札が人気…。
受験生など、試験を受ける方、企業経営者などの方は是非一度行かれては…。

宮司の山下氏の「氣」が「運気」を呼ぶのであろう。
勿論、心身統一道を学ぶ中で、「氣を出す」ことを学ばれている。

天地の中心の一点を下腹に包蔵していることを意識して、
天地(宇宙)の氣を自らの五体に充満させてそして五体から
無限の氣を発するのである。

そのためには、「四維」即ち、「礼・義・廉・地」を実践しなければ
ならない。その中でも「廉」を強く意識することが必要である。
廉とは、無私、心に力をいれないこと、即ち、私利私欲という力である。
そして社会への奉仕に至誠・至公・誠実を順守することである。

「心が體を動かす」という原理を理解することにより、自然に備わってくる。
天地(宇宙)と一体となること、いや、人間はすでに生まれながらにして
一体なのである…。そのことを強く意識しなければならない。

宮司の仕事は、私の独断と偏見でいえば、天地(宇宙)と一体である
個々の人を、改めて天地にゆだねる為の仕事でもある。
さらには、創造主の「氣」と個々の人の「氣」を届け結び付ける
役割でもある、と思っている。

宮司からは、お叱りを受けるかもしれない。
しかし、「氣」を学ばれている山下宮司の存在する青海神社は、
サムシング・クレートを生み出すパワースポットである。






posted by 弘心 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする