2024年02月09日

誕生日のお祝いの言葉を頂いた方への 御礼の言葉

多くの方から小生の誕生日に嬉しいお言葉を頂戴いたしました。心から厚く御礼申し上げます。
父奥山喜峰から合氣武術、植芝盛平翁から合氣道、藤平光一先生から心身統一合氣道。日野徹叟老師(一九会)から人としての生き方。中村天風翁から心が身体を動かす原理。安岡正篤先生から陽明学…。
約75年にわたる教えを受けました。

その間、大学で都市工学を学びシビルエンジニアとして地方自治に参画。数多くの街づくりに携わって参りました。
特に人間を知るため、大学で原始仏教(釈迦が生まれて死後百年)
を学び、全て物事には,「真理」があることを知ると共に、釈迦が説いた「無常・苦・無我」を自覚いたしました。
その後の私の「合氣」には、大きな変化をみました。

植芝盛平翁の「我則宇宙」「我舞えば天地舞う」「わしの合氣は米糠二合持つ力があればできるんじゃ」の言葉の意味が自然に解けていきました。

そして、藤平光一先生の「氣の原理」に基づく合氣道…。

更には、安岡正篤先生から「知行合一」「格物致知」を学んだことは、その後の私の生き方を大きく変えることになりました。

全て「何のために生まれてきたのか・今何のために生きているのか・心は何処にあるのか・心とは何か」その真理を自覚することが、真の合氣を会得する一歩であります。

私の教室の方々に三年間説いてまいりました。心の変化が始まったことは言うまでもありません。
「道場」とは、釈迦が菩提樹の下で悟りを得たその場を言います。すなわち仏教語であります。
故に、私は道場とは人格の涵養の場、としております。

弘心館道場での修練はその為に存在するものです。
今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

心身統一合氣道会弘心館道場
師範 奥山弘邇 拝
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2024年01月20日

物事の真理

舞鶴の限界集落に庵を立ててしばらくの頃の話。
その頃の思い出が走馬灯のごとく目に浮かぶ。振り返ってみた…。

平成十五年一月七日
「日本海側にいよいよ冬将軍がやってきた。
紅葉は落ち、草は枯れ、大地は霜により、持ち上げられている…これからが初心に帰る毎年恒例の禊である…。湧水で身を清め…新たな下帯をしめる…足袋と草履…襦袢、道衣、筒袴で身支度…。手作りの木刀と杖(毎年、我が山の木から鉈で作りあげる)が折れるまで「粗朶木打ち」と「立木突き」を…。たべものはとらない…神経が研ぎ澄まされ…感覚がひろがりを見せる…無駄な力が削がれ…太刀・杖と一体となり…體から邪気が抜け出るまで…日没とともに終わる…至福の時である」

こんな自虐的なことが数年続いた。今から見れば未熟なことを曝け出している。いくら肉体を鍛えても駄目であった。
心を鍛えることに気付かなければならない。今、想うと懐かしくもあり、悲しい想い出でもある。


そして、「何のために生まれてきたのか・今何のために生きているのか・心は何処にあるのか・心とは何か」を説いて二十年が過ぎ全てを知り得た…。

今、無常・苦・無我、という真理を知った時、心と身体は宇宙に解き放されている…。
皆さんとともに真の合氣道に向かって前進しよう。よろしくお願いいたします。
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2024年01月11日

令和六年度の事業


昨年は体調を崩し、六か月の治療をやむなくされました。
しかし、台湾台北教室の開設、宮津教室の開設と前進することが出来ました。
これも指導員の皆様、会員の皆様のお力添えによるものと感謝申し上げます。
さて、本年は飛躍の年として取り組んで参ります。その一つとして高槻教室は開設50周年を迎えました。舞鶴教室も20周年。

次の事業を実施いたします。
@「高槻教室開設50周年・舞鶴教室開設20周年記念表武大会」開催    
     日  時 令和六年十月十三日
     場  所 高槻市総合体育館柔道場
     内  容 日頃の修練の結果を披露  全国・海外の道場・教室も参加よろしくお願いいたします。


A「高野山夏季合宿」開催
     日  時 令和六年八月三、四日
     場  所 高野山大学武道館
     宿  泊 天徳院宿坊  講話 宮島阿闍梨(予定)

海外の教室にも参加要請をしています。
多くの参加をお願い致します。
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新年にあたって

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年の重要な二つの事業について少しお話致します。

@ 記念表武大会  A 高野山夏季合宿について
心身統一合氣道会弘心館道場高槻教室は、開設して五十年。私が合気会で修行をして植芝盛平翁から段位を受けて指導を始めたのが始まりである。
1974年、合氣道高槻スポーツ少年団として発足。
当時は子供、大人を含めて約120人を指導させて頂いた。二組に分けておこなったが今から思うと大変苦労した。
高槻市立桃園小学校の講堂、高槻小学校の講堂。高槻警察の道場を借りての指導。
高槻警察の道場では、ある子どもが、警察署のトイレットぺーパーに小便をかけて回る子供が現れ警察署長から苦情が出て大変な思いをした。
特に高槻マリア・インマクラダ幼稚園の園児が大半を占めていた。
シスターのいうことを聞かない子供は「奥山先生の合気道を習いなさい」と送り込まれてきたのを覚えている。順番待ちの園児が多数いて苦慮したのも記憶にある。

1977年に「心身統一合氣道高槻スボーツ少年団」と改名。その後高槻スポーツ少年団を退会、現在に至る。
沢山の想いを経て今も高槻教室は続いている…。その教室の開設五十周年を舞鶴教室開設二十周年と共に高槻で開催させて頂く…。感慨深い。
是非皆さんの表武をよろしくお願いいたします。

当時の大阪合気会の合宿は、高野山の宝亀院で行われていました。弘法大師空海が衣替えをしたという井戸がある由緒ある塔頭である。
宝亀院には別棟の武道場(約百畳)があるために重宝された。田中万川氏(合気会師範)が中心となり通年実施されていた。
ある合宿で田中師範はグレーの袴をつけて手には扇子を以て指導されていた。
植芝盛平翁の真似をされたのだと思うが…受けを取る方が正面打ちを仕掛けたころ扇子で受けて扇子が真二つに避けてしまった…。目のやり場にこまったことがあった。
田中万川師範は大阪の合気道発展に大変尽くされた。植芝盛平翁からは、「…技はさておき、わしの精神的なものはよく学んでおった…」と話されていたのを覚えている。

高野山夏季合宿は、創めて何年にもなる…。宿坊は天徳院。道場は高野山大学の武道館にお願いしている。
宿坊天徳院は、前田利常の正室・珠姫の菩提を弔っている由緒ある名刹で、
小堀遠州作の庭園があり素晴らしい景色を有している。
修練は、高野山大学の武道館。
奥の院までの散策はいつも心を和やかにしてくれる。
さらには、歴史上の人物のお墓も多く、いにしえの物語を思い起こさせる…。
子どもを中心とした合宿では、夜の肝試しが好評でした。これも懐かしい思い出。
宿坊での精進料理は、日ごろの飽食にならされていることに懺悔の想いを知らしめさせてくれる。

弘法大師空海の生誕1250年にあたる年、この地に修練の場を求め建立した空海は、私たちに何を伝えようとしているのか…。
空海は、絶対主観・必死一心の想いをして、この山深い里で修行…。
高野山が今の姿となったのは、明治時代以降と伝えられている。
それまでは幽玄の地…修練の場として山の奥深くひっそりと佇んでいた…。
私たちは、日ごろの技を、この地に深く沈め残す心勤めを、この一日に託そうではありませんか。
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2023年12月23日

道場とは


合氣道で修練の場として、道場という言葉を用いている。
道場とは、その語源は…仏教語で、釈迦が悟った時、その座っている場を道場という。
道場によっては、様々な目的が定められている。

私の弘心館道場では、「争わざるの理」を学び、そして「人格の涵養」を図ることを目的としている。そのために一つの方便として統一道・心身統一合氣道を用いているのである。
藤平光一先生の心身統一の四大原則は、小乗的すなわち自らに課するもの。心身統一合氣道の五原則は、大乗的すなわち他に課するもの、として理解している。

藤平光一先生が書かれた誦句集に「…争わざるの理を会得したならば、人自ら我に従う…」とある。争わざるの理とは如何なるものか。
参考として、「猫の妙術」。これは山岡鉄舟が手放さなかった本。中国の弓の名人和昌の話、日本三大剣聖針ヶ谷夕雲と高弟小田切との立ち合いで,三度の「合抜け」。
ここから窺がえるのは技術面であり、人格に関わっている。
しかし、真理は別のところにある。

話は変わりますが、今の時点で一大関心事は、国の最高機関であります国会に所属する国会議員の裏金についてあります。嘘偽りを行い議員辞職…。過去には嘘偽りを繰り返して、命を失った総理大臣も。いずれも人間失格と言えるでしょう。
更に、ダイハツ工業の全車種の販売停止事件…。これも車の安全性に関わる検査項目の偽造です。ここにも嘘偽りの事例があります。

わが国の政財界の人心の荒廃は、行きつくところまで行ってしまった。

その原因は如何なるところにあるのか…。一言でいいますと、「素養」がないということである。
只、知識だけ詰め込んでいる人がいかに多いか…。知識を見識にして、胆識、節操…と華昇させることが大事なのだ。
四書五経までは言いませんが、せめて言志四録・呻吟語ぐらいは素養の一つに入れるべきであろう。

道場の責任を負う者は、それなりの覚悟が必要。学習塾ではないからである。
自らの人間性が多くの人心に影響を与えることを考えれば、素養の上にたった教養が求められる。
模範のテキストを見せて、その型を教えるだけであれば、「仏作って魂入れず」ではないか。
学ぶという字は、真似ぶ、まねぶからきたもの。真似をすることが大事である。
それは生きたテキストで…。以心伝心でなければならない。

因みに弘心館道場訓は、「四維」と「四患」を明記している。「四患とは、「偽・私・放・奢」この中に一つでも犯せば、自らを滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼす。四維とは、「礼・義・廉・恥」。
今回は「道場」という言葉から少し話を致しました。





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2023年08月28日

生きている意義について

私は次のように思慮いたします。「何のために生まれてきたのですか」、それは、幸せになるために生まれてきたのです。「今、なんにためにいきているのですか」、自分の幸せを求めると共に、他の人の幸せを望むために生きているのです。「幸せとは何なのですか」、それは心を清らかにすることです。「心を清らかにするとはどういうことですか」まず、原始脳で物を考えないことです。それは好き嫌い損得で考えないことです。そして礼・義・廉・恥に生きることです。さらには八正道をまもることです。次に利他の心・四無量心を得ることです。「心はどこにあるのですか」「心とは何なのですか」………弘心館道場へお越しください。お話しいたしましょう。
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2023年08月26日

コメント

奥山先生のお父さんも武術家ですか?

そうです。私が三歳の時には、大阪市北区池田町八番地(今の天神橋五丁目)の実家は鉄工所を営んでいました。その時には既に八光流の師範でした。工員を相手に不思議な技の修練をおこなっていました。五歳から父に教わりました。

その後、東京支店ができて、昭和31年に東京日本橋高島屋の野外ステージで植芝盛平翁が初めて合氣道を公表しました。父に連れられて、みたのが 合氣道でした。その時の植芝盛平翁の技は凄いものでした。その技は今は見ることは出来ません。

そして父が亡くなる前に、邇心流合氣武術八段の允可とともに二代継承者として相伝を受けました。平成11年のことです。
父奥山喜峰、植芝盛平、日野撤そう、中村天風、藤平光一、安岡正篤先生学び現在に至っております。
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常に前向き」という心の持ち方


齢八十三も半ばを過ぎた。振り返れば、合氣武術と心の持ち方を父奥山喜峰、植芝盛平翁、藤平光一(敬称略)、日野撤叟、中村天風、安岡正篤(敬称略)に学んだ…。
商売の神様といわれた松下幸之助氏は、中村天風に学び、後に自ら松下政経塾をつくり人材育成に努めた。
その松下幸之助氏が若かりし頃、大阪の守口で二股ソケットの製造の仕事を夫婦で営んでいた。商売が少しでも滞ると布団をかぶって寝ていた。それを妻が起こして天風会に送り出していた…。
それが後年、松下電器からパナソニック…と発展していったことは周知の事実です。天性の商才に、中村天風の説く「運命も健康も仕事も全ては人間の心の持ち方によるものだ。自らが主になれ」という言葉を実践された結果なのです。
また、のちに「京セラ」を世界的な企業にさらにはJALの再建、KDDの創設などを成し遂げられた稲盛和夫氏も物事の真理を会得されたその一人です。四無量心…利他の心を自らのものとして企業経営に成功された。
彼は企業には正義・大義がなければできない。物事に取り組む場合、一切の疑念を抱かない、人間として正しいかどうか、人生観・哲学を持つ…と説かれ「京セラフィロソフィー」として小さな冊子として、全社員が共有されていた…。
則ち「心が身体を動かす」「全て心に始まり心で終わる」「人生の目的は心を磨き、他に尽くすこと」その原理を会得されたのです。それを武術に活かすか企業経営にいかすか、人間としての生き方にいかすか。私が学んだ六人の師はそのことの真理を説かれていたのです。
「人生のすべては自分の心が映し出す」、この言葉を肝に銘じてこれからも歩んでいきたい。
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2023年08月22日

一級河川久田美川による災害とその対策


由良川に注ぎ込んでいる久田美川は台風7号による集中豪雨により甚大な災害を受けた。久田美川に沿って点在する約百数件の村落の半数以上が被害を受けている。
被害状況は、床下・床上までの土砂流入である。原因は上流からの流木が久田美川をせき止め、越流した土砂が家屋に流れ込んだものと、久田美川に流れ込んでいる支流が、久田美川の流木堆積による越流により流出が阻害されたたために家屋に土砂が流れ込んだものとの二面からである。
いずれにしても上流からの膨大な流木がその原因である。

具体的に言えば、久田美川の流域面積内の急峻な地形にある杉檜などの成木が伐採されて放置された。それが今回の豪雨により法面の崩壊とともに下にある樹木をなぎ倒し土砂とともに流出した…というのが正しいと言える。
いずれにしても久田美川の始流の地形は大きく変化している。渓谷が大規模な法面崩壊で大量の土石により平坦地となった。
更には、久田美川は長年土砂の堆積を放置されていたため、河川の断面が著しく変化している。
舞鶴市・京都府の担当部は、久田美川の流域面積から、計画降水量を定めて、単位時間当たりの流出量を算出して、久田美川の必要計画断面を決定する。
そして、その計画断面積と現況における断面積を比較検討して、拡幅計画あるいは堆積した土石の浚渫工事など適切な事業を実施すべきと考える。
河川工学を学んだ職員であれば、コンサルタントに委託する以前の問題である。事業計画・事業実施について国との交渉を期待する。
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2023年08月17日

台風7号による限界集落久田美の被害について、舞鶴市長の見解を問う

久田美に住んで約20年…。今回の久田美地区の被害は著しいものがあります。原因は、上流からの流木によるものです。為政者は、全ての災害の原因の究明にこそ責務があるのです。
久田美川の災害は、突き詰めて言えば人災ではありますまいか…。
上流の流域面積内にある森林の管理に問題がある。材木の搬出のため切り出した木材を防災の意味から流出対策をしなければならない。
調査をすべきであります。
もし、財産区財産であれば請け負った者の責任を問うべきです。

話は変わりますが、久田美川は、一級河川です。その管理者は国、それを京都府が代行し、さらに舞鶴市に…。
管理費は京都府、舞鶴市に流れているはず。しかし、草刈など管理は限界集落久田美村のボランティアに任せて、僅か消耗品のみ支給…。こんなことは言語道断!舞鶴市が実施すべきであります。
以上、二点。市長の見解をお聞かせ下さい。
posted by 弘心 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする