2007年03月28日

訂正

「補完医療」の内容で、「…36のツボ…」は、「…361のツボ…」
の間違いです。訂正します。
posted by 弘心 at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

補完医療

今、アメリカで東洋医学がブームだそうだ。
西洋医学の補完的医療として、鍼・指圧そしてヨガなどが積極的に取り入れられている。その数は、全米6000の病院で行われているとのこと。

WHO(世界保健機構)は、人体にある36個所のツボを統一した見解を出している。
西洋医学中心の今の医療に少しずつ変化が生じているのは、うれしいことである。

わが国においても、大阪大学での取り組みが始まろうとしている。
これを機会に、医師との間隔がより近づくように願いたい。

人間の體には、臓器や骨、筋肉、皮膚、血液、体液、毛髪など、夫々には一つの役割が備わっている。
それらの受け持つ役割の調和が必要である。

それが「心」であり、心の触手でもある「氣」が又求められる。
陽の氣を取り入れ、陰の氣を放出させて、全身の氣の調和を図る。
自然の理に、いかにして従うのか、がこれからの長生きの「秘訣」となる。

合氣武道も、その一端をになっていることは、言うまでもない。
posted by 弘心 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月22日

「夢の美術館・大阪コレクションズ」展

ご子息が合氣道をされていた関係で、S氏から招待をいただき国立国際美術館へ参りました。朝一番に鑑賞して、午後は舞鶴です。
一般公開に先立ち、1月15日に内覧会並びに開会式、レセプションに招待をお受けしたのですが、残念ながら出席できませんでした。今から思うと残念です。

折角ご招待頂きながら参加できなかったことご容赦ください。今になって、やっと鑑賞できました。
素晴らしかったです。

大阪の三つの美術館、大阪市立近代美術館、国立国際美術館、サントリーミュージアム「天保山」が所蔵する作品が一堂に展観され、二十世紀美術の精華が見られたのですから‥。

水彩画、油絵と一時はのめり込んだ時期がありました。学生時代の美術の熊田先生について学んだことも懐かしい思い出です。

ポール・セザンヌ(1890)、クロード・モネから、トニー・クラック(1999)まで72点の作品は今までにない感動を覚えました。

特に印象に残ったのは、ジャン・デュビュッフェの「愉快な夜(1949)」でした。
一瞬、子供の落書きを連想させる絵です。説明によると、彼はフランス生まれで独学で絵を勉強。その中でも1946年パリのルネ・ドルーアン画廊で「ミワポリュス・マカダム商会」という変った名前の絵が出されたとのことです。

この名前の中の「マカダム」と言う文字に目がいきました。
実は、1960年頃に私が学んだ道路工学の中に「マカダム舗装」というのが道路の歴史の中でありました。
粒度を一定にした土等を何層にも占め固めで道路とする、舗装の
種類です。

説明にもそうありました。彼はその舗装路面をキャンパスに見立てて削り取るような手法で描いたとのことです。

私には、子供の頃に土の道路面に木の枝で落書きをしたのを思い出しました。その懐かしい思いが、彼の絵の前で足を止めたのだと思いました。

話は変りますが、墨書についても、大師流を始めとして学びましたが、特にその道の有名な人が書かれた文字は、電子顕微鏡でみると、墨の粒子が一定の方向に向いているそうです。

真似をして書いた文字の墨の粒子は方向がバラバラになっているので、一目で偽者とわかるそうです。

私は、描かれた絵の前に立って、十分位、じっと見つめていると、その絵の中から、作者の想いが浮かび出てくるのです。
しかし、出てくる絵と出てこない絵があることに氣がついたのです。

それは、作者の、如何に描こうとするものへの想いが私たちには想像もつかない位の大きく深いものであるか、によって変るのではないか、と思うのです。(独断と偏見ですが多分、絵の具の色素が描きたいものになりきるくらい、一定の方向にあるかないかに)

人を動かすのは、心の想いが如何に大事か、それが大きく強いほど、その作用は大きい‥。
「合氣」と同じであるとおもうのです。

会場の売店で、72点の解説などを一冊に纏めれた「大阪コレクション」を購入しました。
最初のページに、招待いただいた島敦彦学芸員の一文が載っていました。
一人の大阪人の質問「このピカソは本物ですか」を題として。
島学芸員の今回のコレクションにかける想いが熱く伝わりました。
posted by 弘心 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月14日

「合氣」の一つの術理

前日の訪問者にこんなことも書いて伝えた。
「「合氣」は力学的に説明することが出来ます。
私はシビルエンジニァーですので、応用力学は専門です。

人の體は、206の骨と約500の筋肉と五臓六腑の内臓から出来ています。
そして、その骨を繋ぐ接点を関節とよんでいます。
力学的に表現すれば、普通の合氣道はその接点即ち関節を支点とした場合、双方が固定端として意識して、骨を筋肉(伸筋・縮筋)で操作して外力に抵抗しています。

だから、力のぶつけ合いが生じてしまい、結局力の強い方が強引に技に持っていくのです。
力学的には、曲げモーメントが最大に生じるような外力の受け方をしてしまうのです。

それに対して、「合氣」は可動端として意識します。相手が固定端としての外力と考えた場合、こちらは外力によって生ずる最大曲げモーメントが生じないような状態に持っていくのです(しかし、相手が可動端として意識した場合、相手を固定端となる所まで動かして、或いは技を用いて崩していく)。

すなわち、自分と相手との関係を自分を可動端側としたシンプルビームの構造として意識するのです。それも水平ではなく、限りなく垂直に近いものとして…。

間違ってもラーメン構造にはならないようにするのです。
崩す時は、剪断力が最大になる位置で行うことが重要です。

ここでは図を書いて説明できないのが残念ですが、相手には伝えた。しかし、力学的なことが全く頭に入っていない人には、少し無理だとわかった。

そして、合氣を会得すれば、その時点で「技」はまったく不用になる。
と伝えた。
理解されることを願う。
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2007年03月13日

二人の訪問者

来客でした。
いつもの想像どおり、合氣道についての客。
わざわざ大阪からとのこと。

1人は年配の方と、もう1人は三十代。
年配者は五十代とお見受けした。

ジャガイモと、はや取りの京菜の種を蒔く為、土作りをしている真っ最中でした。

両者とも長年合氣道をされていたようである。
話が熱を帯びて、ご指導願いたいとのことであったが、土作りがもう少しで一段落するので待って頂いた。

「ところでどのような稽古をされておられるのですか」と、尋ねた。
早速二人で実技をしてもらった。
先生と弟子のようで、演武することが合氣道だと思っておられるようだ。
話の中で、「何か違うのでは、との思いがありまして、本当の合氣道とはどんなものなのか、見せて欲しい」と言われる。

私は「いくら人を投げても人間性、すなわち人格は高まりません。人格者にはなれないのです。
合氣武道の奥にある精神性に気付かなければなにもなりません。

真の人間としての尊厳性を涵養させる為に技を方便に用いるだけなのです」と言いますと、何か不思議そうに顔を見ておられた。

「人を見て法を説け」という言葉が頭に浮かぶ。
しかし、話しているうちに、純粋に合氣道を思っておられることが分かった。

「私もまだ、もっと高度な合氣を求めての修行中です。合氣武道の技を体現することの究極は、「合氣」の会得です。それも年月をかけたから出きるものではありません。
一生かけても出来ない人もおられます。

ようは、論理的思考をし続けることが必要です。
何故できないのか、どうすれば出来るかを必死になって考える事です。「合氣」は、理論的に解明できるものです。頑張って下さい」と申し上げた。

「「合氣」を会得すれば、「心が體を動かす」ことの意味や、力にたよ.ことなく(上腕二頭菌三頭筋などの筋力を用いなくても)、相手を崩し投げることが可能になる。

そして、その「合氣」は行き止まりがない。進化しつづけるのである。これでよいと言うことはない。
ただし、貪欲なまでも、可能性を追い求める気構えが必要である」
と説明をした。

その後で、そのための1人で行う體の動かし方や、具体的に「合氣」をお見せした。
自由に力一杯、或いは、一般に言われている「氣」で持つことをしてもらい何度も何度も崩しては投げ、畳に叩きつけた。

最後には、二人で掛かってもらい、これもまた。自由に投げる。
一瞬に「合氣」で吊り上げ、そして瞬時に投げる。受身が取れない。
気の毒だが頭から落ちる。

しかし、それが自分で掛かって自分が勝手に転がっているように思うらしい。苦笑いと不思議さが混じった笑みを浮かべて、「こんな体験は今迄ありません。うれしいです。感激です…」
と感謝された。

畳に叩きつけられたのに、お礼の言葉が出てくる…。これも「合氣」のもつ術理の素晴らしいことのようです。

何かつき物が落ちたような面持ちで帰っていかれた。
「又、是非きますのでよろしく御願いします…」
とのことでした。

これが本当の「合氣」は「愛氣」を生み出すの意味かもしれない。
又、何ごともなかったようにして、畑に戻った。
posted by 弘心 at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

野球に合氣をいかす

心・技・体と言う言葉が良く使われる。
意味があってこの言葉順なのか…。

あえて私は、「心・体・技」とする。
こころがからだを動かすということから言えばこうなる。
心と體が一つになつて技に生命が吹き込まれる…。

武術の達人と言われた人は、最後には心の安寧を求めて、自然の中、あるいは禅の世界に求める。
柳生石舟斎や宮本武蔵しかりである…。しかし、武術だけではない。

野球に合氣をいかす、ということで、高校の野球部へ話をすることになった。
舞鶴市にある日星高等学校の野球部へ。
久しぶりの想いである。

何故かといえば、今から二十数年前にも野球に合氣をいかすとして、招かれていった事があった。
一つは、そ京都府の日本海側にある丹後半島の町、峰山町に、野村監督の母校でもある峰山高校の野球部へ招かれた。

ことの発端は、子どもをつれて、琴びき浜へキャンプに行った時、(この浜辺の砂浜は、歩くとキュッ、キュッと音がするその音が琴を弾くように聞こえることからその名がついたと言われている)

その浜辺には、温泉がわきでていた。
大きな樽が置かれていてその中に湯がそそがれている。
泳いで體が冷たくなると、その樽に飛び込む。

その樽の中に、独りの男性が入っていた。何の話からか合氣道の話にり、当時、巨人の長島選手や広岡選手、王選手が、私の師、心身統一合氣道宗主藤平光一の元に来ていた。
勿論、野球に合氣をいかす、ためにである。

王選手の一本足打法はその中から生まれた事は有名である。
そんな話をしたところ、以前から野球に生かしたかったとの話となり、
一度来て欲しいとのことになった。

井本巌夫先生で野球部の部長をしておられた。あとで分かったことだが、先生は立命館大学の神学部を出られて、当時、地域では、神童と言われておられたようです。又、私が通った高槻第一中学の教諭の友人でもあった。

当時峰山高校に、球速150キロを投げる選手がいた。広瀬という選手。
コントロールが悪いのでマインドコントロールの方法を。彼はその後、ドラフト一位でプロ野球に進まれた。

又、打撃を上手くするための方法…など、名刺で割り箸を切ることなどのパフォーマンスを交えて、いかに力を抜くことが必要か、を話した。

又、京都の名門校、平安高校の野球部へ、当時の野球部の風間部長に招かれて訪問したこと。さらには、当時のプロ野球団の阪急ブレーブスへも伺った。
懐かしい思い出である。しかし、井本巌夫先生と風間先生は二年前にお亡くなりになった。心からご冥福を祈ります。

話を元に戻して、舞鶴の日星高校の野球部の監督、山中始之先生は平安高校の野球部で活躍され、甲子園にも出場、
一時はプロへの誘いもあったが、中央大学へ進まれて社会人へ、しかし、野球が忘れられなく、高校の教師となられた素晴らしい方である。

社会人としての経験は、人間性を深める。そして教師となられたことは
人間を観ることが教育の原点であることを自覚されているからである。

一時間半ほど話をした。私の孫のような生徒を相手に、心が體を動かすことを中心にして、心と體・心と氣・體と氣などについて話した。

又、力を抜くことにより、いかに身体能力いや心体能力が増すかについて、バフォーマンスを見せた。
彼らは新鮮な驚きを発した。

彼らの頭に、感動が走る。
そして、最後に、何故野球をするのか、について質問をしてみた。
「楽しいから…」、「高校時代の思い出として…」などの言葉が出た。

「物事に打ち込むことの心底には、もっと深いものがあります。
野球を通じて自らの人格の形成にある。人間形成のために野球をする。
このことがしっかりと、心に刻みこまれなければなりません。
その思いが野球部の一人一人に自覚され。そして全員の想いが一つになったとき、素晴らしいチームとして生まれ変われるのです…。」

こう喋って、話を終えた。
創部八年目、公式戦の一勝を目指して彼らの奮闘を祈りたい。
posted by 弘心 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする