今までにも書いたことがある話題である。
最近、北海道函館市にある公立はこだて未来大学の森山徹・助教授がダンゴムシをつかって「心」の存在を探ろうとされている。
私たちの「心」は体のどこにあるのか。その問いへの昔の答えは心臓だった。
生死に深くかかわり、感情に伴って鼓動がかわるから、というのがその理由。現在はそんな説は顧みられないが、「脳だけで『心』のすべての説明がつくのだろうか」と考える研究者がいる。それが森山時教授である。
ダンゴムシを使って、特別に作られた通路に様々な障害物を置いて歩かせてみる。ダンゴムシの中にも、真面目タイプ、さぼりタイプなどが
いるそうである。
そのダンゴムシに通路を歩かせたとき、緊急事態が生じパニックになった時に、突発的に今までに無い行動(そのムシのもつ基本的な生活行動を逸脱した行動)をおこす、すなわち「思考」が、「心」があるという証拠にも.なるではないか…。というのが助教授の発想である。
発達した脳が全身の神経系を制御するヒトとは違い、ダンゴムシは七つに分かれた胸ごとにある神経節が体の動きをバラバラに制御し、頭部にある脳神経節は単に全体のバランスを取るに過ぎないとされている。そんな生き物が「心」を持つことがあり得るのか。
「昆虫ては、記憶と学習をしていることまでは間違いありません」そういうのは佐久間正幸・京都大学教授(昆虫生理学)。
電話ではうまく伝わらなかったことが、会って話したとたんに通じ合う経験は誰にでもある。顔の表情や身振り、手振りが言葉を超えた「何か」を伝えるからだと考えることか出来る。
自転車に乗るようになる、野球の打者がバットの芯でボールをとらえる…。
これらの「体が覚える」という感覚も、これまでは脳の働きとして説明されてきた。
だが、無意識に歩いているの足の細かい動きや、鉄棒の「けあがり」のように人間の意思で途中で止めるのは難しいような運動まで、脳の働きだけ説明がつくのか。
一方、「パブロフの犬」の実験て知られる条件反射はゴキブリでも見つかり、高等生物に限らないらしいことがわかってきた。
実に興味のある実験である。先生の研究結果を期待したい。
ヒトの心はどうか、「体の密なるを心と言い、心の租なるを体と言う」と「心が體を動かす」という言葉がある。
私は、心は體の総てに存在すると思っている。
お母さんが握ってくれたオニギリは、コンビニで売っている型に詰めて作られたものと違って、美味しい。
何故だろう。心をこめてつくるからである。
どこに心をこめるのか、手の心が微妙にご飯に影響を与えるのである。
手のひらは、あらゆるセンサーを備えている。
さらに、殺菌力は大きく、電磁波を放出する。
その想いが強いほど、手のひらに伝わっていく情報量は拡大する。
心は絶えず内に向かう性質をもつ。そして、その心の触手と言うべき「氣」は外に向かって進む。
話はかわるが、合氣道の體の動きは、単純ではない。前にも書いたが、人間の體の中の206の骨、そして約500の筋肉がそれぞれバラバラに動いている。いや、動かしているのである。しかし、その動きは、一つに法則に従っている。
同時に数種類の異なる動きを一度にするのである。ダンゴムシの七つの神経節の働きと似ている。
「氣」の働きが相手(ものの性質)を変化させるのである。
「心」と「氣」、その関係は永遠の課題でもある。
「もし、ダンゴムシに「心」があるのなら、人間の『心』と何が同じで何が違っているの。その点が明らかになれば、新たにわかることがあるかもしれません」と古山亘洋・国立情報学研究所准教授(認知科学)の言葉である。
(資料:朝日新聞・科学欄)
2007年07月09日
武と農
「心を鍛える」の続きは、後日にします。
舞鶴の梅雨時は、都会とは全く異なった様相を見せてくれます。
気候的的には、大陸からの気圧配置と、その流れが一番に影響を受けるからかも知れない。
以前にも書いた。武の語源は、「矛をとめる」即ち、闘える力があっても、
闘うことを意識しないことにあると解釈されてきた。
しかし、本来の意味は、「矛を持って歩く…」と解釈されている。
禁欲的な意味ではないのである。
私は、根源的には武は農から生まれ出たものと思っている。
なぜか、宮本武蔵しても、柳生石舟斎にしても、もともとは、農耕を主としていた家系であるからである。
體のつくりや、體の遣い方は自然を相手の農から必然的に学び取ったもの、と云うことができる。
備中をふるう、鍬で畝をつくる、土をおこす、種をまく、苗をうえる、木を切る、薪を割る、鉈をふるう、獲物をしとめる…。これらの動作に合った心と體が創られたとみる。
時には自然と対峙しながら、あるいは共生しながら、農作をして生きて来たのである。その中で自然と創られてきた。
備中を振り上げ、大地に打ち込み、大地を起こす。そこには畏敬と感謝の念がこめられている。大地を慈しむ心が、総てを大地が受け入れてくれる。
その道具が武器となった場合もおなじである。
私の合氣武道は、決して人を投げようと想わない。相手の想い即ち、氣を尊重する。
行く所へ自由に行かせてあげるのである。その氣は、「天にのぼり、地にかえす」
只、それだけである。
舞鶴の梅雨時は、都会とは全く異なった様相を見せてくれます。
気候的的には、大陸からの気圧配置と、その流れが一番に影響を受けるからかも知れない。
以前にも書いた。武の語源は、「矛をとめる」即ち、闘える力があっても、
闘うことを意識しないことにあると解釈されてきた。
しかし、本来の意味は、「矛を持って歩く…」と解釈されている。
禁欲的な意味ではないのである。
私は、根源的には武は農から生まれ出たものと思っている。
なぜか、宮本武蔵しても、柳生石舟斎にしても、もともとは、農耕を主としていた家系であるからである。
體のつくりや、體の遣い方は自然を相手の農から必然的に学び取ったもの、と云うことができる。
備中をふるう、鍬で畝をつくる、土をおこす、種をまく、苗をうえる、木を切る、薪を割る、鉈をふるう、獲物をしとめる…。これらの動作に合った心と體が創られたとみる。
時には自然と対峙しながら、あるいは共生しながら、農作をして生きて来たのである。その中で自然と創られてきた。
備中を振り上げ、大地に打ち込み、大地を起こす。そこには畏敬と感謝の念がこめられている。大地を慈しむ心が、総てを大地が受け入れてくれる。
その道具が武器となった場合もおなじである。
私の合氣武道は、決して人を投げようと想わない。相手の想い即ち、氣を尊重する。
行く所へ自由に行かせてあげるのである。その氣は、「天にのぼり、地にかえす」
只、それだけである。

