今、我が国を取り巻く情勢は極めて悪い。
世界的には、アジア諸国の先進国に向けての急ピッチの追撃。
国益とは何なのか、を問われている今である。
米国・中国・日本のトライアングルが二十一世紀の
世界経済の目となろう。
それを追う東南アジアの諸国そして北朝鮮。
経済の原点は、「ものを安く仕入れて、高く売る」ことにある。
先進国といわれる国は、価値観の異なる国の安価な労働力を求めて
漂流する。かって日本がアメリカの下であったように…。
その国の科学・文化は、先進国に安い労働力を提供するかわりとして、技術や組織力の在り方を学び、世界へと経済力を羽ばたかせることにより蓄積されていくものと思っている。
我が国に黒舟が襲来して以来、追い越せ追い越せの目標を持ってひたすらに物造りに前進してきた。
氣がつけば世界でも有数の経済国となった。
その途端に、我が国は目標を失った。目標とともに、
日本人としての精神的規範となる構造も元から根絶やしにされた。
教育の在り方はその最たるものであろう。
そして目標を失った日本丸は、新たな目標を求めて漂流することとなる。「物造りの時代」から「心の時代」と言われて久しい。
しかし、日本人の心は、まだ定まりがない。それは、日本人としての心の拠り所が無くなったからである。
我が国の歴史を紐解き、人物像を観た時、素晴らしい先人が存在したことに氣がつく。
しかし、日本人は不思議とその歴史をみようとはしない。
その具体例として、米沢藩の財政苦難を知識・見識・胆識でもって立て直した上杉鷹山の評価は、アメリカ大統領ジョン・Fケネディーが最初の演説の中で「東洋には素晴らしい人物が存在した…」として紹介された故に、我が国でもその名前が表面化した経緯がある。
わが師安岡正篤先生は、中国三千年の歴史から傑出した人物象を紐どき、東洋哲学者(陽明学者)として達成された。
そして師は、子女の教育の在り方が良い男をつくると云われた。
まさにその通りである。
男は女から創られたからである。
物造りは、男は出来る。しかし、いくら頑張っても「人」を造ることができるのは女性でしかできない。
しかもどんな精巧な機械やロポットでも「人」を造ることは出来ないのである。
そんなことは当たり前、といわれるかも知れない。
しかし、その当たり前のことが実は、認識されていないのである。
「出来ちゃった結婚」という言葉は、半世紀前にはなかった。
それは日本人として、恥じる言葉であったからである。
「人」つくる行為は、車をつくる、料理をする、などとは異なり、
神聖なものである。すなわち、「生命を造る行為」なのである。
女性が子供を産まなくなったのは、今の日本の情勢から観ると当然であろう。
師はいう、
自分造り・人・国造りは「四維」にあると。
四維とは、
・礼…正しい秩序
・義…自己の使命、意義を社会に向ける
・廉…無私になる。全体の幸せにたつ
・恥…自分勝手な行動、利己的な姿は全体から見れば深く恥じること
さらに、自らと人・組織・国を滅ぼすは「四患」にあると。
四患とは、
・偽…自分を偽る
・私…私利私欲に走る
・放…欲望のままにおこなう
・奢…贅沢をする
昨年の一年を、漢字しすれば「偽」となったことは、ご処置と思います。
この一年間、思慮してみたい。
2008年01月29日
2008年01月25日
田舎の冬
除雪車のキャタピラの音で目が覚めた。
明るい光が窓から差し込む。窓を開けてみると、あたり一面雪化粧。
15cmは積もっている。
一昨年には50pの積雪があり、家の前の道路までの50mの雪を
除くのに丸一日かかってやっと脱出したことがあった。
大変な苦労をした。
昨年の秋に植える野菜は、ネギ以外は植えていない。
山の斜面の雑木を冬の間に切ろうと計画している。
上の畑に、小さな池を作ったが猪に潰されてしまった。
今年こそ、仕上げてメダカ、鰌などを育ててみたい。
大根、里芋、カボチャ、小豆、ピーマン、葱…、およそ野菜は作らなくてもいただける。
ありがたい。
97歳の方がゆっくりと歩いて来られる。手には自分の畑で作られた
大根が袋とともに揺れている。
「いつも、めずらしいものを頂いてありがとうございます。
こんなものですが、もらってもらえますか」と遠慮勝ちにおっしゃる。
恐縮する一瞬でもある。
モノよりも、心遣いが心に沁みる。
ありがたく、頂戴させていただく。
裏の山裾から湧水が流れて、桝状の水溜に入る。
その中に、魚がいる。上からの流された土によってその桝が浅くなり水深が3pしかのない。
前から氣になっていた。
やっと土を上げてやることが出来た。
これで魚も凍え死ななくてすむ。安心である。
オニヤンマの幼虫は無事だろうか。ホタルの幼虫は…そんなことに
心が向く冬でもある。
木刀を振る動きを大地に向かって、備中を振り下ろす。
大地が快く迎えてくれる。力ではなく、氣で振り下ろす。
天地との対話の始まりである4月が待ち遠しい。
今年は、新しい世界に向かって進んでいこうと思っている。
外に向かって、合氣を伝えたいこともその一つでもある。
法人の計画する事業もやっと動き出した。
全てが今年に掛っている。
新たな立命への年である。
明るい光が窓から差し込む。窓を開けてみると、あたり一面雪化粧。
15cmは積もっている。
一昨年には50pの積雪があり、家の前の道路までの50mの雪を
除くのに丸一日かかってやっと脱出したことがあった。
大変な苦労をした。
昨年の秋に植える野菜は、ネギ以外は植えていない。
山の斜面の雑木を冬の間に切ろうと計画している。
上の畑に、小さな池を作ったが猪に潰されてしまった。
今年こそ、仕上げてメダカ、鰌などを育ててみたい。
大根、里芋、カボチャ、小豆、ピーマン、葱…、およそ野菜は作らなくてもいただける。
ありがたい。
97歳の方がゆっくりと歩いて来られる。手には自分の畑で作られた
大根が袋とともに揺れている。
「いつも、めずらしいものを頂いてありがとうございます。
こんなものですが、もらってもらえますか」と遠慮勝ちにおっしゃる。
恐縮する一瞬でもある。
モノよりも、心遣いが心に沁みる。
ありがたく、頂戴させていただく。
裏の山裾から湧水が流れて、桝状の水溜に入る。
その中に、魚がいる。上からの流された土によってその桝が浅くなり水深が3pしかのない。
前から氣になっていた。
やっと土を上げてやることが出来た。
これで魚も凍え死ななくてすむ。安心である。
オニヤンマの幼虫は無事だろうか。ホタルの幼虫は…そんなことに
心が向く冬でもある。
木刀を振る動きを大地に向かって、備中を振り下ろす。
大地が快く迎えてくれる。力ではなく、氣で振り下ろす。
天地との対話の始まりである4月が待ち遠しい。
今年は、新しい世界に向かって進んでいこうと思っている。
外に向かって、合氣を伝えたいこともその一つでもある。
法人の計画する事業もやっと動き出した。
全てが今年に掛っている。
新たな立命への年である。
対談から
昨年の11月2日に「ばかの壁」の著者養老孟司氏と
歌手の加藤登紀子氏の対談がTVであった。
その時に少し氣にとまった内容があったのでご紹介しましょう。
(人と自然)
・感覚を鍛える
・不幸は文明から、幸せは自然から
・風から学ぶ
・男が悪いのは、女(母親)が悪い
日本には四季があり、その意味で四季折々の自然が醸し出す
様々な変化に敏感に感じる精神を培うことが、目に見えない
世界を知る第一歩となる。
時間に追われ、流行におわれ、ブランドものにはまり、
ギャンブルにはまり、はまりものに追われての生活…、
なんのために生きているのか働いているのか、との疑問が
少しでもわいてくれば、不幸のはじまりである。
年金は少しでも、自然の営みに従い、土を耕し、四季折々の
作物をつくり、自然の恵みを頂き、太陽が登れば起きて
太陽が沈めば眠る…。
自らが自然の中の一員として、天地とともに生きる心構えをもつ。
私がお世話になっている村落は、大半がそうである。
97歳の女性が畑で野菜をつくり、自然の恵みを食べられて、
たまにはゲートボールに興じておられる。
天に召されて行かれる方の年齢は、百歳前後である。
生を全うした、と云えるのではないか。
東風が吹けば…、風玉が悪さする…、まさに、
自然からの連絡である
風は、生きる知恵を授けてくれる。
生かされるための風心である。
男は女からつくられた…、男は女から生まれたのである。
胎教から、その影響を受けていることを考えれば、すなずける。
吉永小百合主演・山田洋次監督の映画「母べい」を見ればよくわかる。
(男と女)
・女は実態、男は現実
・ブータン国は、女性が中心
・男の子が心配。有機の徳目が必要今は勇気が消えた。
男の子は、ほっておくとおとなしくなる。
逆に女の子は、元気活発になる。
だから女子には躾教育をしなけれぱならない。
(夫婦関係)
・90度の関係が良い
・異質がよい
以前にも書きましたが、女性の脚本家内舘牧子氏の言葉に、
「男は、先が見えないことにわくわくする。
女は、先が見えることで満足する」さらに、
日本の代表的作曲家団伊久磨氏は、
わからない(妻が時分の事を)から、48年間夫婦がもったんだ、と。
(人生をどう生きるか)
・どん底に落ちたら掘れ
・社会を変えようと思えば自分を変える
・わくわく生きる…加藤登紀子
・日本人は、生きていないのじゃないか…養老孟司
少し、考えてみてみましょう。
歌手の加藤登紀子氏の対談がTVであった。
その時に少し氣にとまった内容があったのでご紹介しましょう。
(人と自然)
・感覚を鍛える
・不幸は文明から、幸せは自然から
・風から学ぶ
・男が悪いのは、女(母親)が悪い
日本には四季があり、その意味で四季折々の自然が醸し出す
様々な変化に敏感に感じる精神を培うことが、目に見えない
世界を知る第一歩となる。
時間に追われ、流行におわれ、ブランドものにはまり、
ギャンブルにはまり、はまりものに追われての生活…、
なんのために生きているのか働いているのか、との疑問が
少しでもわいてくれば、不幸のはじまりである。
年金は少しでも、自然の営みに従い、土を耕し、四季折々の
作物をつくり、自然の恵みを頂き、太陽が登れば起きて
太陽が沈めば眠る…。
自らが自然の中の一員として、天地とともに生きる心構えをもつ。
私がお世話になっている村落は、大半がそうである。
97歳の女性が畑で野菜をつくり、自然の恵みを食べられて、
たまにはゲートボールに興じておられる。
天に召されて行かれる方の年齢は、百歳前後である。
生を全うした、と云えるのではないか。
東風が吹けば…、風玉が悪さする…、まさに、
自然からの連絡である
風は、生きる知恵を授けてくれる。
生かされるための風心である。
男は女からつくられた…、男は女から生まれたのである。
胎教から、その影響を受けていることを考えれば、すなずける。
吉永小百合主演・山田洋次監督の映画「母べい」を見ればよくわかる。
(男と女)
・女は実態、男は現実
・ブータン国は、女性が中心
・男の子が心配。有機の徳目が必要今は勇気が消えた。
男の子は、ほっておくとおとなしくなる。
逆に女の子は、元気活発になる。
だから女子には躾教育をしなけれぱならない。
(夫婦関係)
・90度の関係が良い
・異質がよい
以前にも書きましたが、女性の脚本家内舘牧子氏の言葉に、
「男は、先が見えないことにわくわくする。
女は、先が見えることで満足する」さらに、
日本の代表的作曲家団伊久磨氏は、
わからない(妻が時分の事を)から、48年間夫婦がもったんだ、と。
(人生をどう生きるか)
・どん底に落ちたら掘れ
・社会を変えようと思えば自分を変える
・わくわく生きる…加藤登紀子
・日本人は、生きていないのじゃないか…養老孟司
少し、考えてみてみましょう。
2008年01月23日
日本丸の行方
年明け早々から、食品の産地偽造、弱者、特に幼児子供に対する
加虐行為、殺人。
自治体職員の汚職、国会議員の本分を忘れた行動、的の外れた
国会での議員の発言。グローバル社会にあって
先の読めない経済人の発言。
暫定税率の廃止、ガソリン解散、アメリカのサムプライム問題を取り巻く
発言などはその最たるものであろう。
特に今開かれている国会の中継での代表質問には失望した。
今、国民は何を考えているのか、何を望んでいるのか、
今の我が国は世界の中でどのような立場にあるのか…
その中にあって、我が国の政治はどうあるべきか。
政治と経済との最適な関係はどうあるべきなのか。
など、もっと深めなければならない課題が山積している。
国家百年の計を根底においた発想がなければ、
この国は滅びることになるであろう。
日本人としての独特の精神的涵養が培われなければならない
ことは言うまでもない。
今の我が国は、「四患」が蔓延っている。
自らを造る、人を造る、国を造る条件は、「四維」いにある。
両者を精神的涵養の素として心に刻み込むことが最大の課題である。
加虐行為、殺人。
自治体職員の汚職、国会議員の本分を忘れた行動、的の外れた
国会での議員の発言。グローバル社会にあって
先の読めない経済人の発言。
暫定税率の廃止、ガソリン解散、アメリカのサムプライム問題を取り巻く
発言などはその最たるものであろう。
特に今開かれている国会の中継での代表質問には失望した。
今、国民は何を考えているのか、何を望んでいるのか、
今の我が国は世界の中でどのような立場にあるのか…
その中にあって、我が国の政治はどうあるべきか。
政治と経済との最適な関係はどうあるべきなのか。
など、もっと深めなければならない課題が山積している。
国家百年の計を根底においた発想がなければ、
この国は滅びることになるであろう。
日本人としての独特の精神的涵養が培われなければならない
ことは言うまでもない。
今の我が国は、「四患」が蔓延っている。
自らを造る、人を造る、国を造る条件は、「四維」いにある。
両者を精神的涵養の素として心に刻み込むことが最大の課題である。
2008年01月11日
今在りて今無きを知る
男が弱くなったことは事実である。
その一つに、男子の本懐すなわち、志というもの、
何のために男としていきているのかという自覚が
希薄であることも原因であろう。
陽明学者安岡正篤師は「今日のように文明が退廃してくると、
ことに日本において最後の運命的な問題は女性問題であろうと思う。
女性がしっかりしておれば、まだまだ日本は大丈夫であります」
その例として安岡師は、江戸時代と明治維新を支えた背景には、
妻として母としての女性がしっかりとしていたからだと説いている。
安岡正篤師の女性観は、当然ながら東洋の人生観によって成り立つ、
それが「陰陽相対性理論」である。
師は、宇宙や人生には無限の創造と変化があるが、その営みを可能にしているのは、
「生の活動力」即ちエネルギーであるとする。
この力が外に向かって発動し、分化し、発展していくが、
この一連の働きが「陽」である。
木に例えれば、地上に出ている部分が「陽」で、地下にある根幹部分が「陰」である。
地上に見える枝葉は、根幹部分からの力(栄養)を得て、
成長することが出来る。
このように、陰と陽の関係があって、初めて健全な創造と、
万物の生成化育が行われるのである。
そして命が保たれているのである。
これが安岡正篤師の云う「陰陽相対性理論」である。
すなわち、文明や文化というのは、外に向かう男の領分であるが、
これが爛熟し、退廃するようになればなるほど、
女性の存在が大切になってくる。
男の本懐とは、すなわち、「…外に向かう男の領分…」なのである。
この志が今の男には希薄なのである。
こうした男性と女性の陽と陰の根本としての働きをしっかりと認識し実践していけば、
まことに健全な命が男女ともに発揮できるのである。
そのためにも、今の一瞬を大切に生きることが必要なのではないだろうか。
その一つに、男子の本懐すなわち、志というもの、
何のために男としていきているのかという自覚が
希薄であることも原因であろう。
陽明学者安岡正篤師は「今日のように文明が退廃してくると、
ことに日本において最後の運命的な問題は女性問題であろうと思う。
女性がしっかりしておれば、まだまだ日本は大丈夫であります」
その例として安岡師は、江戸時代と明治維新を支えた背景には、
妻として母としての女性がしっかりとしていたからだと説いている。
安岡正篤師の女性観は、当然ながら東洋の人生観によって成り立つ、
それが「陰陽相対性理論」である。
師は、宇宙や人生には無限の創造と変化があるが、その営みを可能にしているのは、
「生の活動力」即ちエネルギーであるとする。
この力が外に向かって発動し、分化し、発展していくが、
この一連の働きが「陽」である。
木に例えれば、地上に出ている部分が「陽」で、地下にある根幹部分が「陰」である。
地上に見える枝葉は、根幹部分からの力(栄養)を得て、
成長することが出来る。
このように、陰と陽の関係があって、初めて健全な創造と、
万物の生成化育が行われるのである。
そして命が保たれているのである。
これが安岡正篤師の云う「陰陽相対性理論」である。
すなわち、文明や文化というのは、外に向かう男の領分であるが、
これが爛熟し、退廃するようになればなるほど、
女性の存在が大切になってくる。
男の本懐とは、すなわち、「…外に向かう男の領分…」なのである。
この志が今の男には希薄なのである。
こうした男性と女性の陽と陰の根本としての働きをしっかりと認識し実践していけば、
まことに健全な命が男女ともに発揮できるのである。
そのためにも、今の一瞬を大切に生きることが必要なのではないだろうか。
2008年01月10日
今在りて今無きを知る
昨日、四軒隣のHさんが亡くなったとの回覧がまわってきた。
丁度2年前に奥さんが亡くなった。
これも突然の死で、朝眼が覚めたら寝床の中で…。
元気にされていて、同窓会の友達との旅行を楽しみしておられたとのこと…。
何かの本で読んだことがあるが、男は連れ合いを亡くすと、そのあとの生存期間は
二年半が平均だとか。
それとは逆に、女は生き生きとなり、嬉々として生きられるらしい。
何故なのか。
男には生涯、精神的自立は出来ないのだろうか。
それは男子の本懐が失われたことが、原因と思っている。
私は、「夫婦は他人」ということを、常々口にしてきた。
幾ら仲が良くても、決して血の繋がりは出来ない。
死ぬまで他人なのであることを、男はまず自覚すべきなのである。
一度、他人と自覚して、そして相手を観ると、又、違う面が観えてくる。
そして、必ず別れなければならない、ということを自覚する。
それはどんな別れ方かは論じないが…。
すると、少し違った自分に気付く。
まず、「自らを知る」ことから始める。
つづく
丁度2年前に奥さんが亡くなった。
これも突然の死で、朝眼が覚めたら寝床の中で…。
元気にされていて、同窓会の友達との旅行を楽しみしておられたとのこと…。
何かの本で読んだことがあるが、男は連れ合いを亡くすと、そのあとの生存期間は
二年半が平均だとか。
それとは逆に、女は生き生きとなり、嬉々として生きられるらしい。
何故なのか。
男には生涯、精神的自立は出来ないのだろうか。
それは男子の本懐が失われたことが、原因と思っている。
私は、「夫婦は他人」ということを、常々口にしてきた。
幾ら仲が良くても、決して血の繋がりは出来ない。
死ぬまで他人なのであることを、男はまず自覚すべきなのである。
一度、他人と自覚して、そして相手を観ると、又、違う面が観えてくる。
そして、必ず別れなければならない、ということを自覚する。
それはどんな別れ方かは論じないが…。
すると、少し違った自分に気付く。
まず、「自らを知る」ことから始める。
つづく
2008年01月01日
新しい年を迎えて
年末から冬型の天候…、大雪…などと予報をされていましたが、
どうも穏やかな正月のようですね。
高槻は風が少し強く吹いていますが、耐えられます。
舞鶴も雪とのことでしたが…、風雪注意報が出されていますが…。
西舞鶴の「弘心塾」には、
・心に何かしらの悩みを抱えて…
・強くなりたい…
・合氣に触れたい…
・対人関係をなんとか…
・生きていくことに自信が…
・子供に落ち着きを…
・異文化にふれたいとの外国人…
・陽明学の一端を…
など、様々な方が来られました。
多くの人との出会いがありました。
この縁は家族以上に大切にしております。
私が在職中(地方公務員)に出会いをした人の総数は、
4726人と以前にも書きました。
そのうち、400の方々との交流が続いています。
それから…風雪8年(少しオーバーです)新しい出会いが
続いています。
「人は、如何に多くの人と出会うか、によってその人の器量が定まる」という言葉がありますが、自らの人格や品格あるいは性格の一端も出会いを重ねることにより、その相手から学びとる心次第によって培われるものです。私の今まで生きてきた体験から、断言できます。
・出会い
「小才は縁に出会って縁に氣付かず、中才は縁に氣づいて縁を生かさず、
大才は袖振りあった縁をも生かす」
人と人との出会いは、決して偶然ではなく、必然である。
と氣付くことです。
そこには、目に見える世界よりも、目に見えない世界があることを知ることです。そしてそこからのメッセージが込められているということを自覚するのです。
相手の心を大切にすること、相手を変えようとすれば自分がまず変わることが一番なのでしょう。
その心は、人間以外の全てにも向けなければなりません。
その心は「啄同機」を何時も秘めたものでなければなりません。
そうすれば、運命を立命(運命を変え自らの望む人生とする)とすることが出来るのです。
期待いたしております。
終わりに、計画は最初に立てるべきもの。として
「四計」を紹介しておきます。
『四計』
「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり、
一生の計は勤めにあり、一家の計は身にあり」
今年も、皆さんとともに、精進して参りますので
よろしくお願いいたします。
どうも穏やかな正月のようですね。
高槻は風が少し強く吹いていますが、耐えられます。
舞鶴も雪とのことでしたが…、風雪注意報が出されていますが…。
西舞鶴の「弘心塾」には、
・心に何かしらの悩みを抱えて…
・強くなりたい…
・合氣に触れたい…
・対人関係をなんとか…
・生きていくことに自信が…
・子供に落ち着きを…
・異文化にふれたいとの外国人…
・陽明学の一端を…
など、様々な方が来られました。
多くの人との出会いがありました。
この縁は家族以上に大切にしております。
私が在職中(地方公務員)に出会いをした人の総数は、
4726人と以前にも書きました。
そのうち、400の方々との交流が続いています。
それから…風雪8年(少しオーバーです)新しい出会いが
続いています。
「人は、如何に多くの人と出会うか、によってその人の器量が定まる」という言葉がありますが、自らの人格や品格あるいは性格の一端も出会いを重ねることにより、その相手から学びとる心次第によって培われるものです。私の今まで生きてきた体験から、断言できます。
・出会い
「小才は縁に出会って縁に氣付かず、中才は縁に氣づいて縁を生かさず、
大才は袖振りあった縁をも生かす」
人と人との出会いは、決して偶然ではなく、必然である。
と氣付くことです。
そこには、目に見える世界よりも、目に見えない世界があることを知ることです。そしてそこからのメッセージが込められているということを自覚するのです。
相手の心を大切にすること、相手を変えようとすれば自分がまず変わることが一番なのでしょう。
その心は、人間以外の全てにも向けなければなりません。
その心は「啄同機」を何時も秘めたものでなければなりません。
そうすれば、運命を立命(運命を変え自らの望む人生とする)とすることが出来るのです。
期待いたしております。
終わりに、計画は最初に立てるべきもの。として
「四計」を紹介しておきます。
『四計』
「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり、
一生の計は勤めにあり、一家の計は身にあり」
今年も、皆さんとともに、精進して参りますので
よろしくお願いいたします。

