2016年06月14日

挨拶


平成28年6月4日第33回関西地区心身統一合氣道体技発表会において、大会委員長として挨拶

第33回大会開催にあたり、多数の皆さんのご参加を頂き、厚く御礼申し上げます。
又、大会開催にあたり、準備をして頂きました山本本部師範を始め多くの関係者の方々に心から御礼を申し上げます。

さて、今年は、一般社団法人心身統一合氣道会が新しい組織として組織改革を行った一年目になります。
具体的には、一般社団法人の定款変更が行われて、人事の若返りと社員・理事の定数の削減。支部制の廃止・主だった神奈川県支部・広島県支部などが解体されて、総ての道場・教室が本部直轄の位置づけされました。そして、総本部が栃木から東京に移設されたことにより、これからの一層の発展を期待いたします。
武道の心体を創るということは、次の二つを会得することでもあります。
それは、「呼吸・感覚・氣づく力」、であります。全てのものの呼吸を感じ・第六感を働かし・物事の本質をつかみ取ることでありす。
そしてもう一つ、「啐啄同機」(さいたくどうき、又は、そったくどうき)であります。雛が孵化する時は、卵の中の雛が殻を自分のくちばしで破ろうとし、又親鳥もそとからその殻をやぶろうとする、そのタイミングがぴたっと一致するからこそ、雛鳥はこの世に生を受けて外の世界に出ることができる、という禅語゛であります。この二つの働きがどちらかが早すぎても、遅すぎてもいけない、この絶妙な自然の摂理の機を「啐啄同機」というわけです。

いまさら申すまでもなく、心身統一合氣道の創始者藤平光一宗主は、心身統一合氣道の理念は、「争わざるの理」であり、そしてその目的は、人格の涵養・陶冶でもって、自らの人格を創ることにあり、と今から40年前にすでに喝破されていたのであります。

今の世相を見ます時、政財界ともに、「偽」、即ち、偽ること、嘘をつくことが横行しております。人を滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼす、「四患」の意味を忘れているのであります

その中にあって、私達は、心身統一道、心身統一合氣道を通じまして、人格の涵養・人格の陶冶、自らの人格を創る
ことに邁進して頂きたいと思います。
其れでは、皆さんのご健闘を期待して、ご挨拶といたします。
posted by 弘心 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホタルの乱舞

毎年6月の第一週目の日曜日に、敷地内の湧水水路からホタルが飛びだす。
しかし、年々少なく成って行くようです。水路の一部をU字溝に変えたのがいけなかった…。一度水路を素掘りのものを並行して設置してみようと思っています。
餌となる「かわにな」が上方に昇れるようすれば又復活できる…。
又、六十年前から鬼ヤンマも、ヤゴが生息して毎年孵化している…。これも少なくなっている…。必ず鬼ヤンマがその水路に戻ってくる…そして卵を産みつけている。この水路もU字溝になっている…。幅を広げて素掘りに…。

小さな庵でも、天地は多くの仕事を与えてくれる。
天が必要とするまでは、森羅万象とともに生きていく…。
菜根譚に次のような言葉がある。
「ここちよい花や風・清らかな月や雪、静かな人だけの所有。
春秋の草や木・夏冬の川や石、のどかな人だけの権利。
(風花之潚酒・雪月之空清、唯静者為之主。水木之栄枯・竹石之消長、独間者操其権。)
posted by 弘心 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伝承されない「春の鶯の高音」

今から七年前位から、鶯の鳴き方が変化している。以前にも書いたことがあるが大正時代に、鶯の鳴き合わせ会があり、その時の鳴き声が「ホー、キッチヘ゜カッコー」と啼く鶯が一番人気となった。その鶯を今の値段で一千万円以上の値が付いたが持ち主は譲らなかった、とある。鶯は、春子(春に生まれた雛鳥)を獲って、これぞと思う啼き方をする鶯の声を聞かせて、その鳴き声を覚えさせるのが流行した。

舞鶴の庵の私の山に、毎年鶯がやって来る…。そして啼き声を聞かせてくれる…。ところが、鶯の政調と言われるホー、ホケキョが聞かれなくなった…。
ホー、ホケキキョからホー、チョットコイ、と変化して、動画で紹介する現在の鳴き声になりました。自然界においても、正しく伝承されない現象が起こっている…。人間社会では、なおさらなのであろう。
変化に氣づく感覚を研ぎ澄まさなければならない時代になった。
posted by 弘心 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

懐かしい想い出 懐かしい想い出 懐かしい想い出


ふとTVの相撲中継(大阪場所)を見たら何所かで見た顔があった…、画面に映ったのは、審判員を務めておられる桐山親方でした。この方は元黒瀬川。今から何年ぐらい前だろうか、三十年以上は経っていると思うが当時財団法人氣の研究会の東京本部道場で、髷を結った力士が来られていました。
当時財団法人氣の研究会理事で有泉金水氏という方がおられた。氏は医者で、氏の医院に、東村山出身の黒瀬川関が診察に来られて、「どうしても十両からは上に行くことができない、相撲を辞めようかと思う…」とその胸中を訴えられた、すると、先生は「一度、合氣師範の藤平光一先生に会われては…」と言われた。そのことが始まりでした。

当時、プロの力士で十両ともなれば、素人などは全く叶わないほどの力の持ち主です。その力士が藤平先生と相撲をとった。不思議にその力士がコロンと土俵にひっくり返ったのです、何度やっても力士は、藤平先生を負かすことが出来なかったのです…。「これが氣の力というものです…」と淡々と説明されていたのが、衝撃的印象でした。

確か、千葉県勝浦の日本武道館研修センターでの研修会の時、研修が終わった後、藤平先生は、ロビーでテレビを見ておれました。九州場所(福岡)でした。黒瀬川関が負けた時、「云う通りやっていないなぁー、」と独り言…。
暫くして、先生に電話が掛ってきました。「そうだょ。そのことを忘れては駄目だよ…」と黒瀬川関からの電話に応えられておられたのを今もはっきりと思い出します。

その後、黒瀬川関は、小結まで、昇進されその後引退して、現親方になられて活躍されています。三日前の場所での審査員として、アナウンサーが「桐山親方は、合氣道をされていたようですね」との問いかけに「はい、それは自分の心が如何に大切かを学びました…」と応えられていました。

相撲場所で、力士から「合氣道」という言葉が出たことも又大変珍しいことで、一瞬、昔の懐かしい思い出が浮かんできました。
posted by 弘心 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする