2018年03月09日

今日の言葉


すべては無我である
(自分のものなどないことを理解すれば、幸せになれる)
私達は、いろいろなものを自分のものだと考えています。しかし、実際には自分のものなど一つもありません。
どんな財産も永久に持ち続けることはできず、いつかは自分の手を離れていきます。また心も感情や妄想に突き動かされ、自分の思い通りにはなりません。命も必ず終わりを迎えます。
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〇〇〇〇交流協会代表N氏宛書簡

お元氣な様子、又、ご活躍のことと拝察いたします。最初で最後になりますが、返信をいたします。まず最初に私の基本信条についてであります。精神については、武士道を藤平光一氏(最高位十段、合氣道界最強の達人として世界21カ国に広められた)に師事40年。天風会主宰中村天風氏、東洋哲学者(陽明学)安岡正篤氏に35年…など多くの先達に学びました。藤平翁からは、争わざるの理・人として人格を造る、ことを。天風師には、心身統一道として心が體を動かす原理。安岡先生には、人としての生き方・運命は変えることができるとして立命学を学びました。いまだ修業途中であります。お陰をもちまして、地方行政に三十数年間に4721人の方との出会いと関わり、特に田中角栄氏、町村自治大臣、佐藤栄作氏の子息、元大蔵省銀行局長大月 高氏、神戸電鉄社長奥田氏…などの方との出会いは強烈な印象と精神学びました。なおその後におきましてもさらに多くの出会いをさせて頂きました。貴台は私のリタイヤ後のその中の一人でもあります。私の信条は、「四維」と「四患」を守り、至誠・至公・誠実であります。しかし、私は四患を一番嫌います。それは人として自ら滅し、組織を滅ぼし・ひいては国を滅ぼすからであります。貴台のことですから充分お分かりと存じます。次に台湾との交流についてです。台湾とは今から約40年前にある人物との出会いが最初です。その後、今から十数年前に台湾から招聘を受けて武道の指導に参り今に至っております。最後に貴台の会の会員であったT氏の件です。貴台は、人を使って脅迫にもとれる行為をT氏にされました。ものごとは双方の言い分を聴かなければその真意は分かりません。組織を率いる者は、まず自らの信条が確立していなければなりません。人は誰ひとりとして完成された完全な人格を持つものは存在しません。何時までも相手の非をあげつらい相手を誹謗するだけではなく、相手を良い方向に導いていくことこそが組織の代表ではないでしょうか。いや、釈迦に説法でしたね。さらに、私宛てに台湾行政院から書簡が届きました。そのことについて貴台は「〇〇〇〇交流協会のおかげですね」と私に言われました。おかげではないでしょう。対面をさせて頂き名刺交換をさせて頂いた結果です。台湾のバシー海峡の戦没者慰霊祭に舞鶴から貴会の会員でもない二名を参加して頂きました。不明朗な旅費内訳により誘った私は大変迷惑を被りました。第三者の旅費と会員でもない人の年会費などが含まれた内訳、その後清算すると言いながら為されていない…。これは考え方によれば詐欺になります。会の代表者が自ら責任をもって事後処理にあたることが必要です。会計担当と直接話し合えば一度で済む話ではありませんか。会計担当者のT氏1人に責任を負わせるのはもっての外であります。会で生じたことは、すべて代表者にあります。最後に貴台からメールはT氏に伝えておきました。貴会の御発展をお祈りいたしまして最後の返信とさせて頂きます、

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京都台湾交流協会の発足


台湾との交流は、今から約40年前から…、「台湾への架け橋」と言う一冊の本がとりもつ縁となりました。今年で10年…年二回の訪台で20回になります。訪台で心身統一合氣道通じて沢山の素晴らしい友人が出来ました。台北と花蓮、今年は台南高雄にも参ります。今回の「京都台湾交流協会」は、二年間の雌伏へて設立いたました。これは法人化への第一歩と考えています。多くの方の入会をお待ちしています。二年に一度の台湾への訪問交流、年間を通じての講演会、会員同士の情報交流、規約に定めた事業部門にわかれての活動…京都と台湾のより密接な関係の構築に努めたいと考えています。重ねて多くの方の入会をお待ちしています。入会希望の方には、本会の「規約」などお送りいたします。
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台湾R氏宛てコメント


御存じと思いますが台湾の合氣道は、大阪合気会の田中万川氏が、台湾の柔道家の李氏に初めて伝えられました。李氏が台湾で出版された合氣道の本で知りました。私は初め合気会で植芝盛平翁に師事しました。又、田中万川氏とは、高野山での合宿など、一緒に修練いたしました。その後は、植芝盛平翁から藤平光一(当時合気会総師範部長合氣道最高位十段…海外21カ国に広められた)に伝えられた合氣道は「合氣道は、天地の氣に合するもの、として盛平翁が亡くなった後、心身統一合氣道・心身統一道を創見されて現在に至っています。私は藤平光一師範が合気会を退会された時、藤平光一先生と一緒に合気会を退会して、藤平光一先生に師事して今に至っております。今の合気会の合氣道は植芝盛平翁の技とは基本的に異なっています。創始者植芝盛平翁の技は、完全に力を抜いておられましした。すなわち、リラックスこそが合氣道の基本なのです(植芝盛平翁から直接お聞きしました)。そのことを藤平光一師範は悟られました。そして当時、合氣道界最強の師範として国内外にその名をしらしめられました。私は3月3日〜6日まで台北へ参ります。今回は私が訪台10年の節目として、一般社団法人心身統一合氣道会として、心身統一道・心身統一合氣道の普及のために参ります。真の合氣道とは何か、台湾の皆さんに改めてお伝えしようと思い参ります。
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藤平光一先生・植芝物平翁のこと


1974年に「合気ニュース」を創刊された編集長のスタンレーブラニン氏(合気道史家)が語る藤平光一先生の実像。
藤平光一先生との出会いとともに1997年まで藤平光一宗主と7回の会見が行なわれました。その中でのトピックスとしてのニュースは「藤平先生はそれまで武道関係の雑誌のインタビューに応じなかった理由として、「私が昔のことをしゃべったら、彼ら(植芝盛平の弟子たち)がダメになってしまうだろうと思ったから(合気ニュース110号)」と言われています。つまり、植芝盛平を神秘化したり超能力者にまつりあげている弟子たちにとって、盛平翁の強かったのは彼が完全にリラックスしていたからだという事実が明らかにされてしまっては……困るわけです。「しかし、本当のことを残しておかなければなりません」ということで『合気ニュースの一連の会見の実現となったのだといわれています。何故植芝盛平は、強いといわれるようになったのか…当時合氣会総師範部長であった藤平光一師範は、「それは完全に力を抜く、即ち、リラックスを会得されていたからなのです」と見抜かれていました。決して神秘的ではなく、当然の結果なのです。既に極意を会得されていた藤平光一師範(合氣道十段位)は、1960年代後半から70年代にかけて藤平先生の海外での活躍には素晴らしいものがあります。事実、当時の私たちにとり、植芝盛平大先生は壁に貼ってある写真の人、神秘的な存在でしかありませんでした。しかし、藤平先生は実際に腕をとって投げおしえてくださる現実の人。具体的に解説を交えて教えてくださる堅実のひと、として人の心に入っていきました。そうした合気道普及での藤平先生の活躍は、残念ながら現在出回っている合気道関係の書物には残されていません。私としては、そういう事実を合気道史上に残しておきたい、現在の若い人たちに知ってほしいと思ったのです。
私(奥山)は、藤平光一(合氣道十段位・心身統一合氣道創始者)に師事して約四十数年になります…。
合氣道は「完全に力を抜く…リラックス」ことが一番重要であり、極意であると心身統一合氣道を創見された藤平光一先生は、みずから中村天風翁の「心が體を動かす」と言う言葉と心身統一道と山岡鉄舟の一九会での禊修行などで、そのことを会得されました。武田惣角から植芝盛平そして藤平光一と伝えられた合氣道は、人の氣に合わすのではなく、「天地の氣に合する道」が合氣道である、と喝破されました。
真の合氣道とは何か…、相対世界ではなく、絶対的自己を造り上げること、即ち「争わざるの理」と「自らの人格を造る」ことに在ります。私達は藤平光一宗主が創建された「心身統一合氣道」を藤平光一宗主から直接学び、宗主亡き後は、子息の二代継承者藤平信一会長のもとで世界に広められています。藤平信一会長は、父藤平光一宗主に想像を絶する教えのもとに耐え、見事に合氣道の真髄を会得されました。私は二代継承者藤平信一会長の4歳の時から見守って来ました。そしてこれからの合氣道界を牽引されるのは彼以外に無いと断言致します。今年は一般社団法人心身統一合氣道会は「心身統一道・心身統一合氣道」をもって、台湾へ参ります。そして台湾合氣道と表武をもって交流いたします。よろしくお願いいたします。
posted by 弘心 at 22:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする