2023年12月23日

道場とは


合氣道で修練の場として、道場という言葉を用いている。
道場とは、その語源は…仏教語で、釈迦が悟った時、その座っている場を道場という。
道場によっては、様々な目的が定められている。

私の弘心館道場では、「争わざるの理」を学び、そして「人格の涵養」を図ることを目的としている。そのために一つの方便として統一道・心身統一合氣道を用いているのである。
藤平光一先生の心身統一の四大原則は、小乗的すなわち自らに課するもの。心身統一合氣道の五原則は、大乗的すなわち他に課するもの、として理解している。

藤平光一先生が書かれた誦句集に「…争わざるの理を会得したならば、人自ら我に従う…」とある。争わざるの理とは如何なるものか。
参考として、「猫の妙術」。これは山岡鉄舟が手放さなかった本。中国の弓の名人和昌の話、日本三大剣聖針ヶ谷夕雲と高弟小田切との立ち合いで,三度の「合抜け」。
ここから窺がえるのは技術面であり、人格に関わっている。
しかし、真理は別のところにある。

話は変わりますが、今の時点で一大関心事は、国の最高機関であります国会に所属する国会議員の裏金についてあります。嘘偽りを行い議員辞職…。過去には嘘偽りを繰り返して、命を失った総理大臣も。いずれも人間失格と言えるでしょう。
更に、ダイハツ工業の全車種の販売停止事件…。これも車の安全性に関わる検査項目の偽造です。ここにも嘘偽りの事例があります。

わが国の政財界の人心の荒廃は、行きつくところまで行ってしまった。

その原因は如何なるところにあるのか…。一言でいいますと、「素養」がないということである。
只、知識だけ詰め込んでいる人がいかに多いか…。知識を見識にして、胆識、節操…と華昇させることが大事なのだ。
四書五経までは言いませんが、せめて言志四録・呻吟語ぐらいは素養の一つに入れるべきであろう。

道場の責任を負う者は、それなりの覚悟が必要。学習塾ではないからである。
自らの人間性が多くの人心に影響を与えることを考えれば、素養の上にたった教養が求められる。
模範のテキストを見せて、その型を教えるだけであれば、「仏作って魂入れず」ではないか。
学ぶという字は、真似ぶ、まねぶからきたもの。真似をすることが大事である。
それは生きたテキストで…。以心伝心でなければならない。

因みに弘心館道場訓は、「四維」と「四患」を明記している。「四患とは、「偽・私・放・奢」この中に一つでも犯せば、自らを滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼす。四維とは、「礼・義・廉・恥」。
今回は「道場」という言葉から少し話を致しました。





posted by 弘心 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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