「下流大学が日本を滅ぼす」「夫婦の格式」「なぜ生きる」
の三冊。
少子化による、「大学全入時代」を目前に私立大学の
定員割れが過去最高に、学生をお客様扱いにする大学に
社会に出て生き抜く若者を育てることができるのだろうか?
と「ひよわで、甘ったれ」と酷評。
さらには、今のキャンパスの現状を次のように表現。
・打たれ弱い、すぐ泣く学生が急増
・一人で大学に行けない学生
・批判されると泡を吹いて倒れる
・宿題を出すと怒鳴り込む親
・入学式は、祖父・祖母まで一緒に
・卒論を教授にタイピングさせる…
改めて考えさせられる本でもある。
著者は、下流社会シリーズを書く三浦展氏。
今の男女平等は、この国から何を奪ったのか。
混迷する現代男女関係を一刀両断。
そして、幸せに生きるための二人のルールとは?
・夫婦の間で男女平等はない
・一言あれば、直に女は納得できる
・子供の前で亭主をこき下ろすなど、言語道断…
「男を立てる」「内助の功」…そんな言葉はどこへ行って
しまったのか。今の夫婦に投じる画期的男女論でもある。
著者は、「渡る世間は鬼ばかり」橋田寿賀子氏。
文明がもたらす人間の苦しみを直視した夏目漱石と
マックス・ウェーバを手がかりに、苦悩を通して真に
強さを掴む生き方を提唱。
・何のために働くのか
・変わらぬ愛はあるのか
・何故死んではいけないのか
・信じる者は救われるのか
・悩みぬいて人は強くなる…
著者は、姜尚中氏。
これらの三冊の本を読んでみて、共通したものがあることに
氣が付いた。
それは、その病根として、劣化する現在日本の
経済・社会にある。
我が国は、歴史的に見て、人は一人では生きられない
ことを承知したうえで、血縁による大家族制や
地縁による共同体を形成し濃密な人間関係を築いてきた。
そして、下田沖に黒船が来てから、西欧に追い越せ
追い抜けと努力してきた。
その中で明治維新後の政府は、共同体を崩壊させ、
さらには戦後の外国からの強制的制度改革を受け
長い間にわたって培われた我が国の家族制度、
地域コミニティー。教育制度を一変させた。
特に教育は、日本人独特な思想を根底から変革。
徳川時代に培われた男女の教育思想(具体的には、子女の教育に重点がおかれた。なぜか、子どもはその国の将来を担う…、そして女性はその子どもを生み出す。人を創り出せるのは、女性だからである。その女性(母親)の精神的健全化は、ひいてはその国の存亡に関ることになるからである)を完全に崩壊させた。
橋本政権以降、市場原理主義が格差社会を作り出し、日本人としての精神的骨格を骨抜きにされた国民は建国始まって以来の受難の時代に突入した。すなわち、戦後の高度経済成長は大家族制を解体し、核家族を生み出し、バブル後は、それすら解体しつつある。
国家並びに企業は国民の生存・自由・幸福の保障と追及を自己責任の
もとに帰属させるかのごとく、制度・雇用を変化させてきた。
このような社会にあつては、特に若年層には生きる目的が絶望に変わっても不思議ではない。百数年経た現在、人間性希薄・無機質な社会に生まれ育った若者は残酷な親子・兄妹殺人が起こり、殺すにはだれでもよかった、という言葉となって絶叫する。
今、求められるのは、政治改革でもなく、その前に私たち一人一人の
意識改革てはないだろうか。
三冊の本からは、そんな声が聞こえてくる。
2008年08月18日
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