昭和36年頃だったように思う。
私は当時、「青春の門」をくぐっていた。
自己に対するというか、人生に対するというか、
生き方に対するこころの葛藤が渦巻いていた。
その時、当時、大徳寺塔頭徳禅寺住職の立花大亀老師の
もとで参禅していた。確か、当時で師は61歳位だと
おもう。痩せて華奢な体つきで、しかし、柔和な中に
眼光鋭く、こちらのこころを射抜くような
面ざしの方でした。
ある日の老師の話が、私のこころを変えた。
「…私たちが飯を三度食うのも、死ぬから食うのであるし、衣服をきるのも、着なくては死ぬから着るので、なにもかも、私ども人間のあらゆる働きに死ぬということにかかっておると思うのです。
だから死ぬことはそれでよいとして、生きている間どうあるべきか。
死ぬことを脱皮したうえの人間の在り方は、生活を極めて単純に、文化的にいきていきたい。生かしていくということです。これが人間の生きていく努力になってくるわけです。
禅宗ではまず何のために修行するかということが第一問題は、生死問題と言っています。…まず、死ぬということを解決する。その上で生きている問題を解決していく。この二つをカギとして修行が行われるわけです。そして、自分というものの今の立場というものはことごとく相手があるのです。そして、自分がすっかりすると、対者にとらわれている場合が大方なのです…。腹が減ったから飯を食う。これはいかにも自分です。
ところが、腹が減ったから飯をくうということになってくると、何を食ったらうまい、何が栄養になるかというような、つまり第二義的な観念がすぐについてきて、それは腹が減ったら飯が食いたいという無意味な感じではなくて、すでに第二義的な課題がそこにできてくる。
それは対者に自己をとらわれてしまっているのです。
はなはだしいものになってくると、自分がパチンコをしたいがためにわずかな金がほしい。それで運転手殺しをやるとか、立派な身分の人がデパートで万引きをしたとかいうことにもなる。それはみな相手に自己を奪われてしまっているのです…。つづく
2008年08月26日
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