明治期まで、年間の参拝者八万人と記されており、麓には
宿屋が十軒もあり、茶屋、土産物店が軒を並べていたという。
当時は、由良川の舟が利用され、船着き時から約四キロ歩く
だけだったので老若男女を問わず大勢の人が参拝したようだ。
その舟便が途絶えた関係もあって、大正から昭和三十年代ごろ
までは参拝客も激減し、元伊勢も衰退の一途をたどった。
その後、元伊勢まいりは、昭和四十年代後半ごろから急に
盛んになり、昭和五十年ごろからは、ほとんど往時をしのぐ
状況になってきた。
最大の原因は自動車の普及と道路の整備であろう。
又、福知山・宮津間を結ぶ北近畿タンゴ鉄道宮津線が開通
したので参拝者は、さらに増加のけいこうにある。
現在の元伊勢参拝者は、地元近郊中心から急に遠隔に広がって
ゆき、大阪・神戸・姫路・和歌山・岐阜と・愛知・石川方面
からの参拝者が目立った来た。
単純な観光客よりも、熱心な崇敬者の参拝者が圧倒的に多く、
宗教団体や教祖的信仰者のお参りが非常に多いのも特色の
ひとつである。
表参道と麻呂子杉
表参道は三百メートル。二百二十段に及ぶ自然石の石段
がつついている。
左右には深い神秘な森と天を摩する大木。
麻呂子杉は、聖徳太子の子弟茂呂子親王か御手植杉で、
英呉(あご)軽足、土熊と言う三人の賊を討つため祈願した
みしるしだと伝えている。
千年以上の古木で参道に聳え立っている。
もとは三本杉であったが、永い年月の間に二本は落雷などで
相次いで枯死し、今は一本残すのみとなっている。
小宮
八十の小宮が、ご本尊を中心に、前後左右を囲む。
皇大神ゆかりの摂社の他、全国一宮等有験の社を集め、
八方参り(八方除参り、八方ひらき参りともいう)の
信仰がある。(つづく)
2009年01月12日
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