2014年06月16日

第31回関西地区心身統一合氣道体技発表会での挨拶余談


平成26年6月14日、大阪市立中央体育館で開催。
総勢約250人の参加を得て、成功裏に終わった。
毎年この時期に行われるのであるが、準備から始まって、進行・採点・評価・表彰状など、大変な労力である。その意味で、大阪本部の総括責任者の山本師範の努力には敬意を表します。彼あっての関西地区本部でもある。
毎回、浅学な小生に、大会委員長という重責を命ぜられる。
開会にあたり、挨拶をさせて頂いた。時間の関係で十分に伝えることが出かなかった。少し補足をさせて頂き、提文としたい。

「第31回心身統一合氣道体技発表会にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。まず最初に、本大会開催にあたり、準備その他多くの諸事にご尽力頂いた関係者の皆さんに、心から厚く御礼申しあげます。

少し振り返ってみますと、昭和46年9月16日、渋谷のオリンピック記念青少年総合センター体育館に、藤平光一先生から氣の原理・心身統一法などを学びたいと熱望していた6名の人々が集まったのが始まりでした。
このことは、またたく間に広がり同年12月には数百名にも達しました。そして「氣の研究会」と名付けられ発足致しました。

昭和47年11月3日に、待望の東京本部事務所設立・昭和49年10月9日、厚生省から戝団法人が認可、大阪市淀川区に、関西地区本部の設立。
その後、昭和52年3月第一回全日本心身統一合氣道体技審査競技会の開催、など、着々と広められて行きました。
そして、昭和55年2月24日に新宿区立・新宿文化センター大ホールにおいて、第一回の「氣の研究発表会」が厚生省後援で開催され、当時の野呂恭一厚生大臣、氣の研究会顧問衆議院議員玉置和郎氏等の祝辞を頂き盛大に行われて、四大原則・五原則が確立されたのであります。
その後の発展は、皆さんのご承知のとおりです。

さて、今、サッカーの第20回ワールドカップ(W杯)が開催されていますが、代表の一人、兵庫県滝川高校出身の岡崎慎司選手のお母さんが、TVで話されていました。彼は負けず嫌いで、良く失敗もする。その時には、いつも「引き出しに積み立てをしなさい」そして必要な時に引き出して、参考にしなさいと。

心身統一道では、「氣」と「臍下の一点」を学びました。心身統一道・心身統一合氣道の引き出しは、臍下の一点であります。清濁併せのむ、すべては臍下の一点にいれます。そしてプラスを引き出すのであります。
人生万般、あらゆるスポーツにも用いることが出来るのが、心身統一の四大原則・心身統一合氣道五原則・「氣」であり、「臍下の一点」なのです。即ち、「心が體を動かす」原理なのであります。
心身統一道・心身統一合氣道は、自らの人格の涵養を図ることにあります。
終わりにあたりまして、日頃の修練の結果を思う存分出して頂くことを念願してご挨拶といたします」                   以上。

昭和55年2月24日に新宿文化センター大ホールで第一回氣の研究発表会のパンフレットには、藤平先生が「柿の実のように」「争わざるの心」「体技30」などについてその意味を話されています。

時間があれば、長年にわたって探求してきた「争わざるの理」についても、触れておきたかった…。私のブログ「武農合一」でその詳細は触れている。
(藤平光一先生と同郷で合氣道・居合等を修業されたH氏から、最近、貴重な文献、「針ヶ谷夕雲先生相伝(手書きの本)」を進呈して頂いた。その中の一文でもって、霧が晴れる如く完全に氷塊した。H氏には、感謝の氣持ちで一杯である。)

後談であるが、心身統一道・心身統一合氣道を学ぶ若者なの中には、ものの言い方、相手の氣持ちを察することが出来ない、年長者を年長者と思わない、自分の思いのままに行動、等、周囲とり不協和音を感じ取る事が出来ない者が増えている、との指摘が出された。
指摘された者は、心身統一合氣道の技などは、良く出来ることのようだが…。
この例は、「何のために心身統一合氣道を修練するのか」の典型的な事例であろう。指導している者は、徹底的に話あうことが必要で、場合によっては、厳しい指導も必要と考えられる。何故なら、その為の心身統一の五原則を学んでいるのだから…である。
posted by 弘心 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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