2015年01月02日

言葉の力

日本のリーダーに求められる「言葉の力」とは、立命館大大学院
(言語学)東昭二教授は次のように述べている。

「言語学者の批評として、今の政治家の演説には、「フレーム」が
欠落していると言われている。
フレームとは、クラシック音楽がを例にとると、「モチーフ」。
調べが繰り返される中、浮かび上がる主題のこと。
その点、米国のオバマ大統領は演説に定評がある。
その特徴は、自分の話ではなく、聴き手側の話を中心にしている。
日本の政治家は、「言葉が最大の武器」という意識が低い。
自分がどんな風で語り、どんな言葉を多用しているかを意識せずに
話す人が多く見られる。
社会言語学の研究によると、日本人は「わきまえ行動」をとりがちとされてる。
場をわきまえて社会的なルールや仕組みに沿って話したり行動したりすることを
重んじるらしい。だから、演説にしても、「演説とはこんなもの」という「わきまえ」が前提として
政治家言葉や口調で話そうとするため、聞き手には伝わってこない。
そして日本の政治家は300年前の啓蒙思想に取りつかれている人が多い、
とも分析されている。
現代のリーダーの言葉に求められるのが説得力である。
その意味でフレームの内容は別として、みんなが共感するフレームを提供するのが
一国のリーダーに求められる能力である。」と。

確かにそのようである。
日本の政治家は、何故話がヘタクソなのか。アメリカのオバマ大統領の演説は、
言葉はわからなくても、何故か、その言葉のリズムあるいは、感情の入れ方、
顔の表情から、此方に伝わるものが感じられる。

一つには、心から體を動かすような、琴線に触れる言葉や表情が自らのものとして
出していないからではないか。

話は違うが、合氣道の塩田剛三氏は、合氣の説明に「中心力」という言葉だけしか
喋られない。植芝盛平翁は、難しい宗教の言葉を引用して語られた…。
心身統一合氣道創始者籐平光一氏は「氣」と「臍下の一点」。

しかし、よく考えると、的を得ている。
「共感する主題」をあらゆることを試されてきて、「恐縮された言葉」となって
吐き出されたものであろう。 一貫してプレがないのが特徴でもある。

「言葉の意味」と「言葉の力」を深く認識してみることが重要である。
posted by 弘心 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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