言霊とは、「言葉に宿っている不思議な霊威」「古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた」(広辞苑)といわれている。
さらに、言葉とは、「人の音声の意味を持っているもの。また、それを文字にあらわしたもの」と記されている。
少し話はそれるが、1986年に編纂された「漢語林」の著者鎌田 正(東京教育大学名誉教授・文学博士)はその著書の中で、「漢籍が我が国に伝来して以来、言語・文学・思想等、我が国の文化が漢字・漢語を媒体として発達したことは、事新しく述べるまでもない…近年における科学技術の進歩はまことに目まぐるしく、言語生活も機械化の開発に伴い、その能率的効果の顕著な反面、漢字・漢語に対する知識が著しく低下し、誤字ないしは狂言戯語ともいうべき当て字の氾濫は、見るにたえないものがある。これは漢字を国字としているわが国にとっては、きわめて重大なことと言わなければならない…」と述べられている。
文字の字源が象形文字といわれいることからも西洋の言語とは根本的に異なっていることは事実である。
このような意味あいをもっている言葉は、日本人の心に直接響き入り込む。
昨日の新聞に、90最の夫が87最の寝たきりの妻を殺したと記事があった。その原因は、「妻が命令調で指図したから…」と。
近所の人の話では、「とてもそんなことをする方ではありません。よく介護をされていましたのに…、疲れられたのでしょう」そんなコメントをされていたのを聞いたとき、やりきれない思いがした。
振り返ってみると身びいきかも知れないが、男性が女性に危害を加える時は、言葉に誘発されるのが多くみられる。
元来、男は寂しがり屋なのである。以前にも書いたが、連れ合いが亡くなれば、そのあと二年半位で男は弱るか死に至ることが多いと云われている。高齢者では特に多いようである。
小さい時から母親に甘やかされて育てられた男は、その潜在心に母体への高い依存度が蓄積されているのかも知れない。
男は母親から創られたのであるから当然と言えばそれまでだか…。
大体男が年をとると、夫婦間での呼び方が変わる。夫は妻を「おかぁちゃん」というようになるらしい。しかし、女は邪険になる、すなわち「うちのおとうちゃん」ひどいのになると「うちのおっさん」いずれも関西の下町ではあるが…。
逆に言えば、それだけ男が弱い生き物といえるであろう。
しかし、精神的自立をした男は異なる。山田方谷(陽明学者)などはそのあまりの清貧さに女房が逃げて帰ったといわれる。
その人、人の「こころざし」が違うのであろう。
世の男性よ、菅子の言う「四維」を自覚し、自分造りをしよう!
次の言葉を長野の元友人に捧げたい。
「愛の存在に対しては、ただひとつの証拠があるのみである。即ち関係の深さであり、関係する各人の活発さと強さである」(エーリッヒ=フロム『愛するということ』)
2008年02月14日
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