カタコトという除雪車の音で目が覚めた。
一晩で約30センチの積雪である。
今から三年前にも大雪の時があった。
その時は道路まで出るのに、二日掛って雪かきをして車を出した。
このときは約50センチの積雪でした。どんよりとした空、振り続ける雪…、風が雪を舞い上げる…。
風の音以外は聞こえない。
ときおり、ヒヨドリが餌を求めて、庭の南天の赤い実をついばみに来る。夜には、狸が餌を求めて、犬走りを走る。
そしてお土産を置いて行く。朝の仕事の一つにその処理がある。
隣家の梅原きぬえさんから、大根を頂く。
以前に畑の大根をいるだけ抜いて持って行って下さいと言われていた。しかし、遠慮していた。
「凍ってしまうので…持ってきた。たべて…」と。
今年で数えで百歳になるおばあさんは、すこし足腰が弱ってきたと話されていた。このごろは雨戸が閉まっている日が多い。
自分で薪を焚いて風呂を沸かして入っておられる。
自給自足に等しい生活をされている家が大半だと推測する。又、老人人口比率も50%を超えている。このことは自治活動が困難になってきていることにヒタヒタと近づいていることを示している。
村の一人の方は「十年後は考えられない、いや、考えない…」との言葉が深く耳に残っている。
ひとり亡くなり、又ひとり亡くなり…、その家が空き家となっていくことへの恐怖心が伺えた。
全国で「限界集落」といわれている村落が約3000箇所存在すると言われている。そのうちの一つが、この村(久田美)でもある。
国も都道府県も市町村も、至急対策がほしい。
舞鶴市の総合計画では確か人口の減少することを是とした内容である。まちづくりはそんなものではない。人口増に向けての基本構想・基本計画となるものが何故出来ないのか。
「人口が減少します…」ということは、何もしない(計画がない)ということである。そうであれば、自治体の職員は市長以下いらない。
事業をしてほしいと言えば、金(予算)がないという。金がなければ
頭を使えば良い。市町村こそ、知識を知恵にする。即ち、知識・見識・胆識の有無が問われる組織はない。さらに節操を重んじることである。
今こそ、「見識」すなわち物事の本質を観る目を持ってほしい。
前の市長には、様々な提案をした。志半ばで引退された。残念である。次期の総合計画の見直しにあたっては、知識人はもとより多くの異なった世代の委員によって構成されることを願いたい。
土地利用の見直し、住みやすいまちづくり、住民の命にかかわる事業は重点的に進める、若者が働く場所の創設、地域の特性を生かした村おこし事業、全国から注目されるあるいは第一位となるまちづくり…
等いくらでもある。「礼・義・廉・恥」を実践すれば良い。
話は変わるが、宮崎県知事の東国原詩氏に、当選された時に手紙を出した。私の約40年の地方行政の一端を務めてきた経験からの助言である。
議会、官僚との接し方や人材育成についてである。
まず、幹部職員には県についての想いを小論文に書かすこと。
そして、相手を知ることから始める、など…である。
実行されたようである。その後の知事はTVのとおりである。
舞鶴市(舞鶴市民)にとって何が必要なのか。その本質は何か。
その為の知恵をだすことが今求められるのではないか。
2008年02月19日
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