2008年04月17日

超高齢社会の悲哀

朝テレビをつけると、舞鶴市で85歳の母親の死を四か月間放置していた事件が起こった。
テレビに出る一日前に、事件について知った。
その時、此の事件には「二つの問題がある」と即座に頭に浮かんだ。
一つは「本人の年金のため」
二つには「事件性」
幸い最初の推理があたった。
「死んだので年金が貰えなくなる」「葬式代がなかった」と母親の死体を隠ぺいしていた家族の一人の言い訳である。

この問題は以前大阪でも起きていた。
私はこの問題には根深いものが潜んでいるものと思う。

 私の人生を大きく変えた人生の師の一人に、今から約35年前、当時大阪医科大学の衛生公衆衛生学教室の教授でおられた吉田寿三郎先生との出会いがあった(以前に出会いについて書いた)。
京都大学医学部を卒業、その後厚生省に、その時代(昭和15年前後)に画期的な結核の治療法を開発されていた。
 しかし、国の機関の学閥などの抵抗あり、日の目を見ることはなかったそうである(私は先生からその論文を頂いている)。

そして、後の日本医師会会長となられた武見太郎氏にその逸脱した頭脳を見出され、数多くの提言をされた。
勿論我が国の公衆衛生に大きく貢献されたことは云うまでもない。
そして先生のもう一つの顔、国際老年学会の役員としてである。
私は吉田学校の第一期生と自負している。
先生から多くのことを学ばせて頂いた。
すなわち「社会を構成する人間の生まれてから死ぬまでの営みと幸せになる仕組みづくり…社会福祉について」である。
先生は当時既に、今の長寿社会とそして惹起する様々な社会問題については既に予言されていた。

 話がそれた。元に戻そう。
舞鶴市は今人口約89000人、高齢者人口約2200人。
高齢者比率は24.7%、すでに超高齢社会に入っている。
今回の事件も民生委員のからの通報で分った。それまでに行政はどうであったか、関係部局の職員が自宅訪問したが、親族の人に遮られて本人を確認するには至らなかったそうである。

 このような問題が形はかえて増えるものと考えられる。
それぞれの市には、その自治体の将来を見据えた計画、即ち「総合計画」ある。その位置づけはどうなのか。

 まず、ハード計画はどうか。確かに福祉施設計画では、すでに将来のことを考えての特養、老健施設などの数は充足している。例えば、舞鶴市の認知症発症者の予測は4%とすれば約880人の出現となる。その数に見合った施設は確保できているということである。

 ソフト計画はどうか、組織が充分な人材を要しているか、計画に有効な実施計画になっているか、福祉関係のネットワークは充分か、
民と官との役割分担は明確か…などである。

東舞鶴と西舞鶴とは地形にも意識にも異なっている。
又、太平洋側の都市とも違う。
福祉問題だけではなく、商店街の活性化、限界集落など課題は多い
しかし、全てはその市の「街づくり」に掛っている。

改めて提言したい。







posted by 弘心 at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/93674422
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック