2024年02月09日

誕生日のお祝いの言葉を頂いた方への 御礼の言葉

多くの方から小生の誕生日に嬉しいお言葉を頂戴いたしました。心から厚く御礼申し上げます。
父奥山喜峰から合氣武術、植芝盛平翁から合氣道、藤平光一先生から心身統一合氣道。日野徹叟老師(一九会)から人としての生き方。中村天風翁から心が身体を動かす原理。安岡正篤先生から陽明学…。
約75年にわたる教えを受けました。

その間、大学で都市工学を学びシビルエンジニアとして地方自治に参画。数多くの街づくりに携わって参りました。
特に人間を知るため、大学で原始仏教(釈迦が生まれて死後百年)
を学び、全て物事には,「真理」があることを知ると共に、釈迦が説いた「無常・苦・無我」を自覚いたしました。
その後の私の「合氣」には、大きな変化をみました。

植芝盛平翁の「我則宇宙」「我舞えば天地舞う」「わしの合氣は米糠二合持つ力があればできるんじゃ」の言葉の意味が自然に解けていきました。

そして、藤平光一先生の「氣の原理」に基づく合氣道…。

更には、安岡正篤先生から「知行合一」「格物致知」を学んだことは、その後の私の生き方を大きく変えることになりました。

全て「何のために生まれてきたのか・今何のために生きているのか・心は何処にあるのか・心とは何か」その真理を自覚することが、真の合氣を会得する一歩であります。

私の教室の方々に三年間説いてまいりました。心の変化が始まったことは言うまでもありません。
「道場」とは、釈迦が菩提樹の下で悟りを得たその場を言います。すなわち仏教語であります。
故に、私は道場とは人格の涵養の場、としております。

弘心館道場での修練はその為に存在するものです。
今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

心身統一合氣道会弘心館道場
師範 奥山弘邇 拝
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2024年01月20日

物事の真理

舞鶴の限界集落に庵を立ててしばらくの頃の話。
その頃の思い出が走馬灯のごとく目に浮かぶ。振り返ってみた…。

平成十五年一月七日
「日本海側にいよいよ冬将軍がやってきた。
紅葉は落ち、草は枯れ、大地は霜により、持ち上げられている…これからが初心に帰る毎年恒例の禊である…。湧水で身を清め…新たな下帯をしめる…足袋と草履…襦袢、道衣、筒袴で身支度…。手作りの木刀と杖(毎年、我が山の木から鉈で作りあげる)が折れるまで「粗朶木打ち」と「立木突き」を…。たべものはとらない…神経が研ぎ澄まされ…感覚がひろがりを見せる…無駄な力が削がれ…太刀・杖と一体となり…體から邪気が抜け出るまで…日没とともに終わる…至福の時である」

こんな自虐的なことが数年続いた。今から見れば未熟なことを曝け出している。いくら肉体を鍛えても駄目であった。
心を鍛えることに気付かなければならない。今、想うと懐かしくもあり、悲しい想い出でもある。


そして、「何のために生まれてきたのか・今何のために生きているのか・心は何処にあるのか・心とは何か」を説いて二十年が過ぎ全てを知り得た…。

今、無常・苦・無我、という真理を知った時、心と身体は宇宙に解き放されている…。
皆さんとともに真の合氣道に向かって前進しよう。よろしくお願いいたします。
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2024年01月11日

令和六年度の事業


昨年は体調を崩し、六か月の治療をやむなくされました。
しかし、台湾台北教室の開設、宮津教室の開設と前進することが出来ました。
これも指導員の皆様、会員の皆様のお力添えによるものと感謝申し上げます。
さて、本年は飛躍の年として取り組んで参ります。その一つとして高槻教室は開設50周年を迎えました。舞鶴教室も20周年。

次の事業を実施いたします。
@「高槻教室開設50周年・舞鶴教室開設20周年記念表武大会」開催    
     日  時 令和六年十月十三日
     場  所 高槻市総合体育館柔道場
     内  容 日頃の修練の結果を披露  全国・海外の道場・教室も参加よろしくお願いいたします。


A「高野山夏季合宿」開催
     日  時 令和六年八月三、四日
     場  所 高野山大学武道館
     宿  泊 天徳院宿坊  講話 宮島阿闍梨(予定)

海外の教室にも参加要請をしています。
多くの参加をお願い致します。
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新年にあたって

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年の重要な二つの事業について少しお話致します。

@ 記念表武大会  A 高野山夏季合宿について
心身統一合氣道会弘心館道場高槻教室は、開設して五十年。私が合気会で修行をして植芝盛平翁から段位を受けて指導を始めたのが始まりである。
1974年、合氣道高槻スポーツ少年団として発足。
当時は子供、大人を含めて約120人を指導させて頂いた。二組に分けておこなったが今から思うと大変苦労した。
高槻市立桃園小学校の講堂、高槻小学校の講堂。高槻警察の道場を借りての指導。
高槻警察の道場では、ある子どもが、警察署のトイレットぺーパーに小便をかけて回る子供が現れ警察署長から苦情が出て大変な思いをした。
特に高槻マリア・インマクラダ幼稚園の園児が大半を占めていた。
シスターのいうことを聞かない子供は「奥山先生の合気道を習いなさい」と送り込まれてきたのを覚えている。順番待ちの園児が多数いて苦慮したのも記憶にある。

1977年に「心身統一合氣道高槻スボーツ少年団」と改名。その後高槻スポーツ少年団を退会、現在に至る。
沢山の想いを経て今も高槻教室は続いている…。その教室の開設五十周年を舞鶴教室開設二十周年と共に高槻で開催させて頂く…。感慨深い。
是非皆さんの表武をよろしくお願いいたします。

当時の大阪合気会の合宿は、高野山の宝亀院で行われていました。弘法大師空海が衣替えをしたという井戸がある由緒ある塔頭である。
宝亀院には別棟の武道場(約百畳)があるために重宝された。田中万川氏(合気会師範)が中心となり通年実施されていた。
ある合宿で田中師範はグレーの袴をつけて手には扇子を以て指導されていた。
植芝盛平翁の真似をされたのだと思うが…受けを取る方が正面打ちを仕掛けたころ扇子で受けて扇子が真二つに避けてしまった…。目のやり場にこまったことがあった。
田中万川師範は大阪の合気道発展に大変尽くされた。植芝盛平翁からは、「…技はさておき、わしの精神的なものはよく学んでおった…」と話されていたのを覚えている。

高野山夏季合宿は、創めて何年にもなる…。宿坊は天徳院。道場は高野山大学の武道館にお願いしている。
宿坊天徳院は、前田利常の正室・珠姫の菩提を弔っている由緒ある名刹で、
小堀遠州作の庭園があり素晴らしい景色を有している。
修練は、高野山大学の武道館。
奥の院までの散策はいつも心を和やかにしてくれる。
さらには、歴史上の人物のお墓も多く、いにしえの物語を思い起こさせる…。
子どもを中心とした合宿では、夜の肝試しが好評でした。これも懐かしい思い出。
宿坊での精進料理は、日ごろの飽食にならされていることに懺悔の想いを知らしめさせてくれる。

弘法大師空海の生誕1250年にあたる年、この地に修練の場を求め建立した空海は、私たちに何を伝えようとしているのか…。
空海は、絶対主観・必死一心の想いをして、この山深い里で修行…。
高野山が今の姿となったのは、明治時代以降と伝えられている。
それまでは幽玄の地…修練の場として山の奥深くひっそりと佇んでいた…。
私たちは、日ごろの技を、この地に深く沈め残す心勤めを、この一日に託そうではありませんか。
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2023年12月23日

道場とは


合氣道で修練の場として、道場という言葉を用いている。
道場とは、その語源は…仏教語で、釈迦が悟った時、その座っている場を道場という。
道場によっては、様々な目的が定められている。

私の弘心館道場では、「争わざるの理」を学び、そして「人格の涵養」を図ることを目的としている。そのために一つの方便として統一道・心身統一合氣道を用いているのである。
藤平光一先生の心身統一の四大原則は、小乗的すなわち自らに課するもの。心身統一合氣道の五原則は、大乗的すなわち他に課するもの、として理解している。

藤平光一先生が書かれた誦句集に「…争わざるの理を会得したならば、人自ら我に従う…」とある。争わざるの理とは如何なるものか。
参考として、「猫の妙術」。これは山岡鉄舟が手放さなかった本。中国の弓の名人和昌の話、日本三大剣聖針ヶ谷夕雲と高弟小田切との立ち合いで,三度の「合抜け」。
ここから窺がえるのは技術面であり、人格に関わっている。
しかし、真理は別のところにある。

話は変わりますが、今の時点で一大関心事は、国の最高機関であります国会に所属する国会議員の裏金についてあります。嘘偽りを行い議員辞職…。過去には嘘偽りを繰り返して、命を失った総理大臣も。いずれも人間失格と言えるでしょう。
更に、ダイハツ工業の全車種の販売停止事件…。これも車の安全性に関わる検査項目の偽造です。ここにも嘘偽りの事例があります。

わが国の政財界の人心の荒廃は、行きつくところまで行ってしまった。

その原因は如何なるところにあるのか…。一言でいいますと、「素養」がないということである。
只、知識だけ詰め込んでいる人がいかに多いか…。知識を見識にして、胆識、節操…と華昇させることが大事なのだ。
四書五経までは言いませんが、せめて言志四録・呻吟語ぐらいは素養の一つに入れるべきであろう。

道場の責任を負う者は、それなりの覚悟が必要。学習塾ではないからである。
自らの人間性が多くの人心に影響を与えることを考えれば、素養の上にたった教養が求められる。
模範のテキストを見せて、その型を教えるだけであれば、「仏作って魂入れず」ではないか。
学ぶという字は、真似ぶ、まねぶからきたもの。真似をすることが大事である。
それは生きたテキストで…。以心伝心でなければならない。

因みに弘心館道場訓は、「四維」と「四患」を明記している。「四患とは、「偽・私・放・奢」この中に一つでも犯せば、自らを滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼす。四維とは、「礼・義・廉・恥」。
今回は「道場」という言葉から少し話を致しました。





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2023年08月28日

生きている意義について

私は次のように思慮いたします。「何のために生まれてきたのですか」、それは、幸せになるために生まれてきたのです。「今、なんにためにいきているのですか」、自分の幸せを求めると共に、他の人の幸せを望むために生きているのです。「幸せとは何なのですか」、それは心を清らかにすることです。「心を清らかにするとはどういうことですか」まず、原始脳で物を考えないことです。それは好き嫌い損得で考えないことです。そして礼・義・廉・恥に生きることです。さらには八正道をまもることです。次に利他の心・四無量心を得ることです。「心はどこにあるのですか」「心とは何なのですか」………弘心館道場へお越しください。お話しいたしましょう。
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2023年08月26日

コメント

奥山先生のお父さんも武術家ですか?

そうです。私が三歳の時には、大阪市北区池田町八番地(今の天神橋五丁目)の実家は鉄工所を営んでいました。その時には既に八光流の師範でした。工員を相手に不思議な技の修練をおこなっていました。五歳から父に教わりました。

その後、東京支店ができて、昭和31年に東京日本橋高島屋の野外ステージで植芝盛平翁が初めて合氣道を公表しました。父に連れられて、みたのが 合氣道でした。その時の植芝盛平翁の技は凄いものでした。その技は今は見ることは出来ません。

そして父が亡くなる前に、邇心流合氣武術八段の允可とともに二代継承者として相伝を受けました。平成11年のことです。
父奥山喜峰、植芝盛平、日野撤そう、中村天風、藤平光一、安岡正篤先生学び現在に至っております。
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常に前向き」という心の持ち方


齢八十三も半ばを過ぎた。振り返れば、合氣武術と心の持ち方を父奥山喜峰、植芝盛平翁、藤平光一(敬称略)、日野撤叟、中村天風、安岡正篤(敬称略)に学んだ…。
商売の神様といわれた松下幸之助氏は、中村天風に学び、後に自ら松下政経塾をつくり人材育成に努めた。
その松下幸之助氏が若かりし頃、大阪の守口で二股ソケットの製造の仕事を夫婦で営んでいた。商売が少しでも滞ると布団をかぶって寝ていた。それを妻が起こして天風会に送り出していた…。
それが後年、松下電器からパナソニック…と発展していったことは周知の事実です。天性の商才に、中村天風の説く「運命も健康も仕事も全ては人間の心の持ち方によるものだ。自らが主になれ」という言葉を実践された結果なのです。
また、のちに「京セラ」を世界的な企業にさらにはJALの再建、KDDの創設などを成し遂げられた稲盛和夫氏も物事の真理を会得されたその一人です。四無量心…利他の心を自らのものとして企業経営に成功された。
彼は企業には正義・大義がなければできない。物事に取り組む場合、一切の疑念を抱かない、人間として正しいかどうか、人生観・哲学を持つ…と説かれ「京セラフィロソフィー」として小さな冊子として、全社員が共有されていた…。
則ち「心が身体を動かす」「全て心に始まり心で終わる」「人生の目的は心を磨き、他に尽くすこと」その原理を会得されたのです。それを武術に活かすか企業経営にいかすか、人間としての生き方にいかすか。私が学んだ六人の師はそのことの真理を説かれていたのです。
「人生のすべては自分の心が映し出す」、この言葉を肝に銘じてこれからも歩んでいきたい。
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2023年08月22日

一級河川久田美川による災害とその対策


由良川に注ぎ込んでいる久田美川は台風7号による集中豪雨により甚大な災害を受けた。久田美川に沿って点在する約百数件の村落の半数以上が被害を受けている。
被害状況は、床下・床上までの土砂流入である。原因は上流からの流木が久田美川をせき止め、越流した土砂が家屋に流れ込んだものと、久田美川に流れ込んでいる支流が、久田美川の流木堆積による越流により流出が阻害されたたために家屋に土砂が流れ込んだものとの二面からである。
いずれにしても上流からの膨大な流木がその原因である。

具体的に言えば、久田美川の流域面積内の急峻な地形にある杉檜などの成木が伐採されて放置された。それが今回の豪雨により法面の崩壊とともに下にある樹木をなぎ倒し土砂とともに流出した…というのが正しいと言える。
いずれにしても久田美川の始流の地形は大きく変化している。渓谷が大規模な法面崩壊で大量の土石により平坦地となった。
更には、久田美川は長年土砂の堆積を放置されていたため、河川の断面が著しく変化している。
舞鶴市・京都府の担当部は、久田美川の流域面積から、計画降水量を定めて、単位時間当たりの流出量を算出して、久田美川の必要計画断面を決定する。
そして、その計画断面積と現況における断面積を比較検討して、拡幅計画あるいは堆積した土石の浚渫工事など適切な事業を実施すべきと考える。
河川工学を学んだ職員であれば、コンサルタントに委託する以前の問題である。事業計画・事業実施について国との交渉を期待する。
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2023年08月17日

台風7号による限界集落久田美の被害について、舞鶴市長の見解を問う

久田美に住んで約20年…。今回の久田美地区の被害は著しいものがあります。原因は、上流からの流木によるものです。為政者は、全ての災害の原因の究明にこそ責務があるのです。
久田美川の災害は、突き詰めて言えば人災ではありますまいか…。
上流の流域面積内にある森林の管理に問題がある。材木の搬出のため切り出した木材を防災の意味から流出対策をしなければならない。
調査をすべきであります。
もし、財産区財産であれば請け負った者の責任を問うべきです。

話は変わりますが、久田美川は、一級河川です。その管理者は国、それを京都府が代行し、さらに舞鶴市に…。
管理費は京都府、舞鶴市に流れているはず。しかし、草刈など管理は限界集落久田美村のボランティアに任せて、僅か消耗品のみ支給…。こんなことは言語道断!舞鶴市が実施すべきであります。
以上、二点。市長の見解をお聞かせ下さい。
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長老の話


今年もお盆の日がやってきた…。昨年の今頃、隣家のKさんが92歳で亡くなられた。
私がこの限界集落に移住をしようと決意したのは、元舞鶴市長江守氏の影響にもあったが、実際古民家を見てその隣に住まれていたKさんの人柄にもあったことは事実である。今から約24年前の話。
物件を下見に行ったとき、初めて出会った。その時に村の歴史や、前を流れる一級河川久田美川に纏わるものとして(弘法大師空海がこの地を訪れた折、一杯の水を河川で物を洗っていた老婆に所望した…老婆は「旅の者には飲ませる水はない」とけんもほろろに断った…。その時、空海は黙って手に持っていた杖で川に突き立てた。その時からその区間だけ水の流れがなくなった…)など話された。実際、川の水は十メートル上流からなくなっている…そして十メートル下流から流れ出している…。その区間だけ水は伏流水となっていた。
このような話は、全国どこでもあることが後でわかった。
次にある時、Kさんが真顔で「わしが死んだら、村の寺からは葬式はだしてくれるな、〇神社に頼んでほしいと息子に言っておいた、と憤懣やり場のない表情で話された。この村には村が建立した寺がある。宗派は曹洞宗。
「わしの親しい者と住職を変えてもらう運動をしている、どうすればよいか教えてほしい」とのこと。」
その理由は、僧侶としての人格がない…話をすれば、フィリッピンへ〇を買いに行った話ばかり、嫁を家に縛り付けて、自分の年老いた母親の面倒を見させて車の運転免許も取らせない…。まだまだある、人をみると口癖のように「よい院号がある、250万出さんか」。Kさんは、「人間として正しい生き方や人の道を説くことが住職の仕事なのに、全く真逆なことを平然としてやっている。怪しからん、そんな人間に死んでお経をあげてもろても、何のありがたみもない…」こんな住職は許せんとのことであった。
正論である。

色々と調査をして、過去の事例などを資料にして渡してあげた。結論として、住職の更迭は非常に難しいということになった。
具体的な事例、例えば宗教法人を設立した寺であれば、財政運営に疑問点があり法人財産の横領、不明慮な会計処理など…があれば可能性はある…ということである。
わが国に仏教が中国から伝来したのは、538年、552年とされているが538年が正しいのではないかとされている。
特に鎌倉新仏教は、次の6宗。浄土宗、浄土真宗、時宗、法華宗、臨済宗、曹洞宗。詳しい内容は省きますがが、仏教界に新しい動き始まった時代と理解している。
私は大学の都市工学科を出て都市計画、道路、橋梁、河川、都市公園、都市緑地、都市再開発、最終処分場、ごみ焼却場…そして建築まですべての事業に携わってきた。
しかし、考えてみれば全て人の生活に深く関わるものばかりであることにふと気が付いた…。そのためには、人間を知ることが大事である、との思いから
大学で佛教学を学びなおしました。特に原始仏教(釈迦が生まれてから死ぬまでを言う)には深く傾倒していきました。
高価なサンスクリット語辞典を手にして、苦労した思い出がある。
それからの私の街づくりの内容は大きく変わりました。
話は元に戻して、私の家の宗旨は日蓮宗。先祖代々日蓮宗の寺には寄進をされてきました。その寺には先祖代々の墓もある。立派な寺を建造して活動をされている。宗門が寺の生活の糧として、様々な年中行事をつくり活動されている。
日蓮に関する歴史的経過及び今出版されている関係書籍に目を通してきた。
並びにNHKの日蓮に関する放送を視聴した。日蓮は自ら釈迦に例えるぐらい釈迦を本尊としている。そして、今の日蓮宗派の各寺は日蓮の六老祖といわれている六人の弟子の何れかの系統を受け継いでいる。
日蓮は、国を想い憂い、国民の幸福を願い,祈願し、時の為政者に直接嘆願した。其の為の迫害は歴史の通りである。
しかし、現在の釈迦の想いを受け継ぎ、行動する者は存在しないと言っても過言ではない。更には、釈迦の説く真理にもとづいての日常的な説法などはない…。三時思想、末法の時代といわれる現在、氣づきそして行動を起こす宗教者が存在しても良いのではないか…と思われる。
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2023年08月11日

舞鶴鴨田市長宛ての文書


初めまして奥山弘邇と申します。舞鶴に移住して約20年になります。高槻市在職中、元市長江守氏と仕事の関係で昵懇にさせて頂きました。私が高槻市の理事をしておりました時、地域防災計画で舞鶴市と交流都市構想を策定。日ごろは経済・文化交流を。広域地震の時には、相互の避難地として助けあうというものでした。しかし、江守氏の突然の市長出馬断念されたために計画は断念いたしました。
その後、元市長斎藤氏の時、舞鶴市からの依頼で舞鶴市総合計画策定のおり、参画させて頂きました。
その時、斎藤氏に、舞鶴市の将来を考える時、その理念となる「市民憲章」が必要です。と申し上げました。しかし、斎藤氏はそんなものはいらない、との返答でした。近隣市は全て市民憲章は策定ずみで舞鶴市だけがありませんね。と反論しましたが無駄でした。理解の仕方が違いました。しみんけんしょうとは市長の行動を監視するもの、との見解されたのでしょう…。
今回、市議会で市民憲章について質問が出され、検討しますとの回答されました。是非、素晴らしい市民憲章を期待しております。
(私の友人、三輪真之氏(元早稲田大学教授・全国の市民憲章創設に尽力)が毎年福知山市で市民憲章の会がありますとき、お会いして市民憲章談議をしております)

その後、舞鶴市長からメールを頂きました。実現に向けて努力する。とのことです。
具体的には、どのような形態をとるのか、短い文章の中に、未来の都市づくりの姿と市民像。自治体の理想の役割と市民の責務。上位計画に対する自治体・市民の決意。地方自治の理想の姿……など。
舞鶴市職員の力量を見届けたい。
posted by 弘心 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月22日

今、心の中の一番大切なもの…。



合氣道を習いにきている子どもの中に、いつも心の中にある子どもがいます。
何故なのか…私の長男は七歳のときに、事故で亡くしました…。たぶんその面影とだぶったのでしょう…。
昭和30年後半から40年代…高度経済成長に中、仕事しごと中心で、おお!モウレツというコマーシャルがテレビでいつも流れていた時代。自治体も同じでした。子どもに接する時間が少なかったのは事実です。「即樹善童子位」彼に付けられた戒名です。思い出すと今も涙が溢れます…。

Kさん、小学二年生の時から合氣道を習い始めました。今、四年生。突出の高熱、腹痛、下痢…病院で治療中です。真面目で合氣道に対する思いが素晴らしいのです。学ぶということは、まなぶということは、まねぶ、まねぶ…まなぶとなったんだよ、だから頭で考えないで、まねをしなさい。心身統一合氣道は自分をつくること、じんかくをつくることだよ…。受け身、膝行、つま先立ち、統一体、姿勢・視線・間合い。氣・リズム・大きい…など操体感覚を反復…基本技・通常技。三級までの実力…を持っています。

心配です、とてもとても心配です。しかし、如何にもできないのが悔しいのです。Kさんとのメールでのやりとりでしか出来ないふがいなさ…。

本人には「必ず治る、という強い「氣」出すこと」。「絶対負けない!という強い想いを持つこと」。と私がついている大丈夫だよ、というメールを。
そして、お母さんには、「不安な顔をしないで、大丈夫!!お母さんがついているから必ず治る…」とささやき続けてください。
更に、病気は医者が全てなおすのではありません。本人の生きようとする強い氣力…と家族の強烈な想いと愛が子どもを守るのです…その意味では、母親の役割は重大かつ重要なのです。母親が病氣を治すと言っても過言ではありません。強い姿勢でいてください。すべて人類は、母親から誕生したのですから…と申し上げました。

私は人生83年間において、劇症肝炎・脳梗塞・大動脈解離B型と三度にわたる大病を乗り越えてきました。その氣力の元は、自らの幸せとともに他の人の幸せを望むために、今、生かされている。そのためには何が何でも死ぬわけにはいかない!! 四無量心・利他の心、この強烈な想いが生きながらえてきた源なのです。
治ったら、おいしいものを食べに行こうね…。そしてまた、あいきどうを一緒にしようね…と約束をしました。

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2023年07月05日

今日の言葉



「運命を好転するには、全て悪く悪く考えないことである。いいことだけを絶え間なく心に描くことだ」。

以前にも書いた。医学博士の池見酉次郎先生が「バイオフィードバック」という本を出された。その本の中に次ぎのような記述がある。「がん細胞を酸素で包んでしまうと癌細胞が増殖しなくなり、消えてしまう結果も見られた…」という内容のものである。先生はその時、人間の持つ自然治癒力に関心を持たれ呼吸の力を感じられた…。
その後先生は心療内科を創設された。次に先生自身が体験されることになる。
先生は手術の激務、依頼原稿の遅延などで精神的に追い詰められ大量の吐血。レントゲンで調べた結果、手術が必要と判明。不安と焦燥…その時学生時代、神経衰弱にかかったとき、森田療法で治療したことを思い出された。どうせここまできたら仕方のないことと割り切って、逆のことを考えることにした。
生まれて今日までの楽しいことだけを一つ一つ思い浮かべてそのイメージを大きく拡げてみた。毎日毎日そのことを繰り返した。手術の日、弟子たちがやってきて「念のためにもう一度レントゲンを撮らせてください」
やがてレントゲン写真を手にした弟子か困惑した表情でやってきた。
「先生、異常がないのですが…」結局、健全であることが判明。手術することなく退院。まさに「例外的治療」。
病理学的は、主として死体の解剖処理をして考察を進めている。死体はあくまで死体であって物でしかない。
その死体にある内臓の疾患した部分を切って捨てるしかない。したがって今まで胃潰瘍で来た患者さんにはすべて手術をして患部の切除をしたものだ。切除すれば疾患部分はない。無いからもう治りましたと言って、患者さんたちは退院していった。
しかし、本当に治癒したといえるのだろうか、単に悪い部分を切って捨てただけではないか。いうなれば一種の対処療法で、決して原因に対する根本治療とはいえない。先生は改めて過去に退院していかれた患者のカルテを調べてみた。驚いたことにかなりの人たちが、三年から五年後に再び同じ胃潰瘍になっていたという事実がわかった。
生きている人間。患者の体は病んでいるとはいえ、紛れもなく生きているのだ。そして生きている心の持ちようによっては、人間はより健康にいきようとする霊妙な力が働いていることを忘れてはならない。あれほど吐血した自分の胃潰瘍が治ったのは、自分の心の持ち方ひとつだったという事実に、改めて感動をしたという。
身体が健康であっても、心が消極的否定的不健全であれば、やがて身体は健康を失っていく。しかし、心が積極的肯定的健全であれば、身体は健康をとり戻すことになる。
そして心身が健康であり健全であれば、運命も好転すると信じてよい。
あとは未練を残さない。振り返らない。前を向いて、上を向いて機能性を信じ自分に出来ることは何か、そこから新しい希望が生まれる。
「私は生きている」生きている以上は、生きている限り、生き生きと考える方が自然ではないか。


私は今まで、こんな思いで生き抜いてきた……。これからも……。
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2023年06月04日

今日の言葉


「なによりも自分で自分を欺かず、至誠を尽くす。これを天に仕えるという。」


「中庸」に「誠は天の道なり。これを誠の道にするは人の道なり」とある。
誠とは偽りのない真心のことで、つまり自分自身を偽らないことである。
自分を偽ることはすべてを偽ることになるからである。


心身統一合氣道の師範と呼ばれている指導者の中には、このことが分かっていない者が存在する。指導者の資格はない。指導者と呼ばれるものには、再任試験を実施して、資格を問うことが必要である。
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人心の荒廃


国会議員の不祥事、わが国にリーダーと言うべき人物の嘘偽りの行動…。息子を秘書に…、その人物がこともあろうに首相公邸での不適切行動が公にさらされた…。
親族を招いての宴会は、非常識いうほかない。
いつから総理大臣他要職の行動が問題視されたのか…。
それは第69代大平正芳内・中曾根康弘閣総理大臣までと言っても過言ではない。
それ以降の人物は、何かと問題を抱えた。
大平正芳氏などは、帝王学を学んでいる。それが精神の大きなバックボーンとなり、人物を作り上げているのである。
大平正芳氏の座右の書は何か…。中国古典の「論語」、「孟子」
、「十八史略」など。日本のものとしては「日暮硯」と「言志四録」。特に自分を高め、指導者としての心得を学ぶには、やはり「言志四録」が一番であると。
したがって今の岸田総理大臣などは、帝王学を学んでいない。
学んでおれば、不祥事が起こるはずがない。
ましてや息子に、何が人間として必要か、についての教育がなされておれば…公邸での前代未聞な恥じずべき行動が起こるはずはない。
私は想う。昔の人と今の人との学問の違いを。
「言志四録」をよんでみて、江戸時代のと我々現代人とでは、教育・学問にに対する姿勢が根本的に違っていた、人間の鍛え方が大きく異なっていたということである。
日本資本主義の父といわれた渋沢栄一は、江戸期の学問を受けた一人だが彼は五歳のころから「四書」「論語」「孟子」「大学」「中庸」を読み、十五、六歳までに「五経」(易経・詩経・礼記・春秋) さらに「小学・史記・十八史略・文選」などの中国古典を読破したとある。これだけの教養を身につけていたのである。
今の政治家や経済人で、これらの本を読んだことのある者は何人いるだろうか…。
指導者と名乗るものは、己の素養について一度振り返ってみるがよい。自らの心を知ることこと、そして相手の心を知ることが第一歩である。そのためには何を為すべきか…。
物事の真理を悟ったものこそ、指導者と言えるのではないか。
posted by 弘心 at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の言葉


「人の心の霊妙な働きは「氣」主体としている。孟子は「氣はそもそも体に充満しているものだ」といっている。だから、氣を充満させておけば、何事もやり抜くことが出来る。もちろん技能や工芸についても同じことである。」
何事も「やる気」がなければ成功しない。その「やる気」を出させるのが「志」であり、そのもとは邪心のない」颯爽溌剌なる気持ちなのである。
そのためには、「心とは何か」
自らの心は、どこにあるのか」
を知らなけれならない。
人間、探求心を失うと、最早、進歩はない。
posted by 弘心 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の言葉


「税金から給料をもらっている役人にとって、好ましい字が四つある。公(公平)、正(正義)、清(清廉潔白)、敬(己を慎み人を敬う)。
これをよく守れば過失を犯すことはない。また、好ましくない字が四つある。
私(私心・不公平、)邪(不正)、濁(いやしいこと・賄賂)、傲(おごり高ぶること・傲慢)、これを犯すこと、禍いを招く。」
役人のみならず、上に立つ者が守るべき四文字といえば、〔公・正・清・敬〕。
捨てなければならない四文字は「私・邪・濁・傲」。
しかしながら、現在の役人やに立つ者は、まったくこれとは逆のことをやっているのではないか。
posted by 弘心 at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の言葉


「部下が、一生懸命仕事に務めていたなら、上の者はよく励まし、誉めてやることだ。ときには妥当性を欠く場合があって、もしばらくは様子をながめていて、機会を見て徐々に諭してやるがよい。決して頭ごなしに押さえつけてはならない。押さえつけると、意欲を失って、萎縮し、それ以後は真心を尽くさなくなってしまう。」


この言葉は、安岡正篤先生から学んだ。先生は佐藤一斎先生が書かれた「言志四録」から教示頂いた。
余談であるが、俳優の高倉健の自伝に「あなたに誉められたくて」(林泉舍)という本があったが、彼は母親褒められたくてこれまで頑張ってきたことを告白している。

人は誰でも誰かに「褒められるため」生きているのである。
そのようなことが分からない、理解できない一部の方が存在する…。
自分の思い道理にならないと、相手に罵詈雑言を浴びせる指導者…。
悲しいことである。
posted by 弘心 at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月06日

合氣武道と出会って75年…。であい、わかれ、旅だち…。


年度の終わりそして新しい年度の始まり…このころになると、今まで共にしてきた友人、知人、なかまといわれてきた人とのわかれ・たびだちなど様々な場面を見てきた…。
合氣武道といわれているものとの出会い…75年が過ぎた。
今一度振り返ってみた。

子どもクラスでは、突然奇声を上げて道場を走り回る…。まったく人の言っていることを聞かない…。目が定まっていない…。など大変苦労したが、子どもの心臓と血管との関係、脳と手の関係を理解すると納得することが出来た。
更には、古代ギリシャ・アテネの教育との出会いは、私を子どもに対する見方を大きく変えた。
さらに分かったことは母親と子どもとのコミニケションが上手くなされていないこともわかった。家庭教育が崩壊している傾向が強い。

大人クラスでは、自分中心で相手を無視。注意すると、「やってるつもりです」との答え。人の話には、目を合わせない。視線が下を向いている。
無関心…。自ら感覚でとらえようとすることができない。知識の教育を叩き込まれたため、頭で考えようとする。武道は無意識の教育である。
山本五十六も手を焼く。今、思うと発達障害といわれる範疇に入るのであろう

これらに対して、根気よく助言し、観察をしてきた…。今まで述べ約五万人の方との出会いの中で、特徴的には、最高学歴(大学、大学院など)の人ほど、その傾向が見られた。中村天風、安岡正篤先生の「人間としての生き方」などとは、無関係なのである。東洋哲学などクソくらえである。
武道を学ぶ、武道を伝えるとは如何なることなのか…。最早,学習塾の範疇となり下がった感がある、と思うのは私だけであろうか…。

さらに、武道を指導する指導者と称する人たちはどうか…。〇段、師範と言われている人ほど、お分かりにならない人が少なからず存在する。
師範といわれ審査を担当する高段者。私の道場・教室で長年努力して、やっと昇段試験にたどり着いた…。明日試験という時の事前講習会で、考えられない罵詈雑言を浴びせられて、「先生、私はあの方の人間性はついていけませんので本日でやめます…」。何人もいました。残念で仕方がない。
その中の一人は、今、国の機関で宇宙関係の仕事についている。小学生の時から始められて、素晴らしい青年に成長された…。しかし、今も心に傷を負っている…。
一番残念なのは、指導者本人に自覚がないことである。

今は心身統一合氣道会がリスクマネジメントなどを制定して、表面上は無くなったように見える…。しかし、指導者の心の問題はそう簡単にかわるものではない。よほどの自己改革の努力、心底から問題解決のための努力が為されなければ解決には至らないであろう。

「物事の真理を知り、知識主義を棄てて、見識を育てよ」この言葉は、師安岡正篤先生から何度も言われてきた。
「知識というものは、それ自体では何の役にも立たない。頭の中で、いくら豊富な知識を持っていたとしても、それだけでは人間の形成にはならない。知識を心身の血肉化とする、つまり「知恵」に進化させることである。これが見識であり、それを体得することによって、信念が確立され、行動力の原点となるのである」 と。

私は三年間、修練の前に「心の問題」を説いてきた。今年三月で終了。
残念ながら理解して大きく変わられた方と、まったく無反応の方とに分かれた結果になった。
「人生のすべては自分の心が映し出す」「もっとも深い心は宇宙へと通じる」
一番印象に残った言葉です。

(弘心館道場では、又、百誦会を再開します。そこで「心の修養を基礎とした人間精神の再形成」のための集いです。関心がありますればご参加ください)
posted by 弘心 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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