2018年12月13日

S氏への書簡

行動学

向寒のみぎり、お変わりなくお過ごしのことと拝察いたします。
さて、貴台からのメールについて、きづいたことを書き送ります。
「今の私に必要なのは、自分の絶対的自信と相手への絶対的評価であると思います…」と言われています。しかし、一番必要なのは、相手への信頼感です。その為には、「総て清濁併せのむ器量」と「相手を見抜く力」を持たなくてはなりません。
電話の話の中で「利他の心」についてもお話いたしました。又、「何故生まれてきたのか…」「何のために生きているのか」についても話しましたね。もう一度思い出してみて下さい。基本は、どのような時にも自らが「主である」ということを自覚すること、そして如何なる相手にも対等の立場で接することです。そして次の心得を心に叩き込んで下さい。
行動する人・事を行う者が難関を突破する行動学
A 己を審らかにする。
B 事を審らかにする。
C 時を審らかにする。
行動⇒ 明白簡易になって行動
⇒行動の目的や問題の所在を分かりやすく明確にする⇒
クリアーな行動となる
以上の言葉の真の意味を思慮してみて下さい。次回は「仕事の心得七ヵ条」について書き送ります。
 

                                          
                          

                          
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2018年11月15日

なぜ親と子に心身統一合氣道を伝えるのか(2)


日本武道のルーツは、古代ギリシャ、都市国家アテネにあると言われています。すなわちアテネにおける教育にその原点がありますが、特に合氣道(心身統一合氣道)とは密接な関係が存在します。
 人口約二万人の都市国家(ポリス)おいて、多数の偉人を輩出していることは歴史を見ればわかりますが、何故この少ない人口の都市に優秀な人物が多く存在したのか、この事実には、古代ギリシャの教育方法にあると考えられています(ルドルフ・シュタイナー 人智学)。 子供が生まれて7歳になると同時に、ギムナストと呼ばれる今で言う体育の教師に預けられます。すなわち「ギムナストによる教育」です。そこで子供たちは自分の体の動きを通じて、一つの大きな宇宙的運動を体験することで、一種の宇宙的なリズムを自分の身に付けるのです。シュタイナーの言葉を使えば、「生命体」(東洋の霊学でいう「氣」の働き)をそれによって強めたと言えるのです。そして闘技と群舞を学びます。その指導の一番の重要視は、呼吸法を通じて、宇宙との一体感の自覚、さらには血液の流れとその役割を学ぶと共に體の仕組みと骨格・筋肉の細部にわたる身体的精神的能力を試されるのです。
 特に、幼時からの宇宙感との関わり、宇宙の浩然の「氣」との呼吸力による一体感は、身体的精神的能力に大きな変革を生じさせるのです。そして子供たちは、大きな自然の流れ、大自然の法則性を身体で覚えていきます。
このような「無意識の教育」がなされることにより、感性の豊かな人間性が培われ、頭脳の持つ全方向性が花開くことに繋がっていくのです。古代ギリシャの都市国家(ポリス)アテネはこのような教育によって、歯が生え換わる時期である7歳から14歳の間に、闘技と群舞により、完全な調和のとれた肉体に鍛え上げることによって、後は、放っておいても上記で述べたようにその頭脳は素晴らしい方向へと展開していくのです。多くの偉人はこのことを学んでいたのです。現代は、「意識の教育」が施され、知識が全てであるような教育の方向に向けられていると言っても過言ではありません。この「意識の教育」が強まれば強まるほど、「無意識の教育」は為されなくなっていくのです。東洋哲学では、全ての生命の根源である「氣」というものの実在を自覚します。現在科学では、素粒子物理論として、物質として一番小さな物を探究しています。現在、その物質「クオーク」が発見されました。科学はまだもっと小さな物質を追い求めています。しかし、今から約3000年前に「氣」という概念ですでに感覚として分かっていました。今のように高度な数式などは無かった時代に、感覚として捉えていたことは驚くべきことです。心身統一合氣道の創始者藤平光一氏は、「万有を愛護し、万物を育成する天地(宇宙)の心を以て我が心としよう。心身を統一し、天地(宇宙)と一体となることがわが修行の眼目である」を座右の銘としているように、「天地(宇宙)の氣に合する道」これが心身統一合氣道です。それには自らの心と氣を自覚することが重要です。心身統一道・心身統一合氣道の修練によって「心が體を動かす」原理を学びます。それは人間本来持っている素晴らしい能力を導きだします。心身統一道・心身統一合氣道は、「争わざるの理」を理念とし、真の人間としての「人格をつくる」ことが目的なのです。我が国において、徳川家康は関ヶ原の戦いの後、官学として「朱子学」を取り入れました。「意識の教育」のです。しかし、その対岸の思想として位置する「陽明学」は、「無意識の教育」です。明治維新へ命を賭けた青年群像は、陽明学者といわれる人物の影響を受けたと言われています。我が国の陽明学の祖の中江藤樹、左藤一斎、岡山の高梁市が生んだ陽明学者山田方谷はその代表です。我が国における東洋哲学の一人者であります安岡正篤氏は陽明学を立命学として体系づけられ多くの人達が学ばれました。古代ギリシャの思想・ルドルフ・シュタイナーの思想・心身統一合氣道の思想・陽明学の思想は同じ原点をもつものなのです。                                                       
                                                                  以上
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私が学んだ三人の師


私は、人生の師として、三人の先生に学びました。一人は、心身統一合氣道の創始者藤平光一先生です。日本の合氣道界では最強の人で、合氣道の創始者植芝盛平翁から最高位十段を授与された先生で、世界25カ国に広められました。
藤平光一先生から心身統一道として、心と體を一つにする手法即ち心身統一の四大原則(@臍下の一点に心を静めて統一する。A全身の力を完全に抜く。B身体の総ての重みをその最下部におく。C氣を出す。)を。心身統一合氣道からは、基本の技を通じて「心が身体を動かす」原理を学びました。武士道とは、「死ぬことと見つけたり」は、葉隠れの有名な言葉です。心身統一合氣道は、試合はありません。心と體を究極まで、修練によって高めて行きます。即ち「試合は死合」となります。心身統一合氣道の理念は、「争わざるの理」。そして其の目的は、「人としての人格をつくる」ことなのです。  心身統一道は、心と體を一つにする為の四大原則を自らの日常に用います。心身統一合氣道は、次の五原則から成立します。@氣が出ているA相手の心を知る➂相手の氣を尊ぶC相手の立場に立つD率先窮行。この一つを間違っても技にはなりません。
二人目は、東洋哲学者安岡正篤先生。先生からは、陽明学を学びました。人創り、組織創り、国を創る為には、「四惟」と言う言葉があります。「礼・義・廉・恥」です。この中でも「廉」は一番重要です。礼とは、国や人でも、その働きが正しい秩序を保ち美しく調和していることです。義とは、礼を支えるものか、自己の意義や使命を社会的に果たしていくという意味の義であります。廉とは、国や社会の為という全体の仕合わせに立つには、自分というものを無にして奉仕すること。即ち、無私になるということです。これが「廉」であります。恥とは、以上のような精神に立てば、自分勝手で利己的な姿は、全体的な「公(おおやけ)」から見れば、深く恥じなければならない。これが「恥」、恥をしることなのです。又、人を滅ぼし、組織、国を亡ぼすものとして、「四患」があります。「偽・私・放・奢」です。特に「偽(嘘、いつわり)」は一度で自らを殺してしまいます。
現在我が国において、最高学府を出て、一流企業を立ち上げた者、或いは政治家・教育関係・スポーツ関係団体が、嘘偽りの為に、マスコミの前で頭を下げて、謝っている姿を数多く目にします。そして姿を消してしまいます。嘆かわしいことです。
三人目は、私が三歳の時から指導してくれた父(奥山喜峰…邇心流合氣武術を創設)です。力を全く使わないで自らの氣の動きで相手を、自在に導く(天と地に)ことでした。相手を掴むのではなく、手を添えるだけでよい。真っ先に相手の心・氣の動きを感覚で捉えよ。感覚を鍛えよ。それにはどのような相手にも慈悲心でもって接することだ。勝とうとは決して思ってはならない。只、「負けない」と言うことを研究せよ…。など、今となってようやくそのことが理解できるようになりました。教え全般を、自らの人生の指針として、更に社会関係、仕事に、家庭生活など全般に用いて頂ければ幸甚です。
            心身統一合氣道師範七段・邇心流合氣武術八段  奥山弘邇
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七十年を経て辿りついた私の合氣道

七十年を経て辿りついた私の合氣道
ここに私が合氣武道と歩んで参りました経過を少しお話をいたします。1945年から父に学び、そして1961年に東京高島屋の野外ステージで初めて植芝盛平翁の合氣道を目にいたしました。そして現在まで約73年間都市計画技術者として街づくりに専念すると同時に、柔道、剣道、空手、拳法そして合氣道の探求に努めて参りました。この長きにわたる間、出会いと共に多くの修練生が集ってくれました。
私は、父からの教えと、心身統一合氣道創始者藤平光一先生の心身統一の四大原則・心身統一の五原則、誦句集とともに、中村天風師の心身統一法、原始佛教(釈迦の誕生から死までの教え)、安岡正篤師の陽明学(立命学)の教えなど、人間としての在り方、生き方を説いております。 「何のために生れてきたのか、何のために生きているのか…」この根本原理について理解することが最初となります。その上にたって、「心が體を動かす原理」「氣の原理」などを学び理解することが求められるのであります。そして心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」、目的は「自らの人格をつくる」ことに帰着いたします。 
私の心身統一合氣道は、決して力で相手を崩したり、投げたりは致しません。そのためには、自らが完全なリラックスに同調する、そして相手を力で掴まない、軽く触れる、そして相手の心・氣を導くのです。すなわち行きたいところに行かせてあげるのです、行きたいところとは何か、天と地です。人は死ぬと體は地に戻り、エーテル体は天(宇宙の彼方に)に。宇宙の氣から生じた私達は又宇宙に戻ります。その意味は、相手の氣を真上真下(天と地)に導くことにあるのです。護手と攻手はその意味で基本技を用いて表武するのです。崩され投げられた攻手は、護手からではなく、何故、崩されたのか分からないまま自らが崩れるのです、ここには、護手と攻手と間には何の思惑もないのであります。相手に攻撃を仕掛けた者がひとりで打ちこんで、ひとりで崩れて転がっている…。ここに「争わざるの理」の一片があるのです。そこに、「我即宇宙」「我舞えば宇宙舞う」「合氣は愛」という言葉が生まれるのです。そのための第一歩として、「氣づき即行」と「清濁併せ呑む」ことを自らのものとしなければなりません。すなわち、相手の心・氣の動きを五感、六感で捉えることです。
私は、生きていく上においての真理を求めています。それは「悟りを求める心」を発することが重要と考えます。真理の教えを聞いて「歓喜の心を生ずること」すなわち悟りを求める心は、人間にとって真実の喜びにつながると思っているのです。慈悲心すなわち、四無量心の四つの心「慈・悲・喜・捨」は、計り知れない広大なものであり、これらがはたらきかける対象となる人々もまたはかり知れない(無量)ところから「四つのはかり知れない利他の心」と言われています。この利他の心をもって、様々な苦しみや悩みを持っている人々を高いところから観るのではなく、苦しんでいる人々と同じ立場に立って共に苦悩し、共感して共に救いの岸を目指していく、という心のあり方を意味しているのです。このことを自らの心の原点にして、先人が艱難辛苦の末に出来た基本技を方便にして自らの人格・品格の向上に努めなければなりません。真の合氣とは何か…合氣道は未だ完成されたものではないと思っております。自らの心身が極限にまで研ぎ澄まされて、心の動き、氣の動きが同一化され、相手の総ての動きが透視され、そして相手と同化した時、初めて真の合氣に近づいたとの認識がなされるものと思慮いたします。そのためには、「自らの身体の完全なリラックス・相手の心と氣を真っ先に読み取る・自らの體を自在に操る術・基本技の集積」が極意です。以上
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2018年10月03日

Sさんへの書簡

秋冷の候、貴台におかれましては、益々ご清栄のことと拝察いたします。
過日は合宿にご参加頂き心から厚く御礼申し上げます。
又、心の籠った品を頂戴いたし恐縮に存じております。更には合氣武術などについて、様々な意見交流をさせて頂きましたこと御礼申し上げます。
私共の会員には、藤平光一先生の誦句集とともに、中村天風師の心身統一法、原始佛教、安岡正篤師の陽明学の教えなど、人間としての在り方、生き方を説いております。
「何のために生れてきたのか、何のために生きているのか…」この根本原理について理解することが最初となります。その上にたって、「心が體を動かす原理」「氣の原理」を学び理解することが求められるのであります。そして心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」、目的は「自らの人格をつくる」ことに帰着いたします。
私の合氣道は、決して力で相手を崩したり、投げたりは致しません。そのためには、自らが完全なリラックスに同調する、そして相手を力で掴まない、軽く触れる、そして相手の心・氣を導くのです。すなわち行きたいところに行かせてあげるのです、行きたいところとは何か、天と地です。人は死ぬと體は地に戻り、エーテル体は天(宇宙の彼方に)に。宇宙の氣から生じた私達は又宇宙に戻ります。その意味は、相手の氣を真上真下(天と地)に導くのです。護手と攻手はその意味で基本技を用いて表武するのです。崩され投げられた攻手は、護手からではなく、何故、崩されたのか分からないまま自らが崩れるのです、ここには、護手と攻手と間には何の思惑もないのであります。相手に攻撃を仕掛けた者がひとりで打ちこんで、ひとりで崩れて転がっている…。ここに「争わざるの理」の一片があるのです。すなわち、「我即宇宙」「我舞えば宇宙舞う」「合氣は愛」という言葉が生まれるのです。
私は、生きていく上においての真理を求めています。それは「悟りを求める心」を発することが重要と考えます。真理の教えを聞いて「歓喜の心を生ずること」すなわち悟りを求める心は、人間にとって真実の喜びにつながると思っているのです。
慈悲心すなわち、四無量心の四つの心「慈・悲・喜・捨」は、計り知れない広大なものであり、これらがはたらきかける対象となる人々もまたはかり知れない(無量)ところから「四つのはかり知れない利他の心」と言われています。
この利他の心をもって、様々な苦しみや悩みを持っている人々を高いところから観るのではなく、苦しんでいる人々と同じ立場に立って共に苦悩し、共感して共に救いの岸を目指していく、という心のあり方を意味しているのです。このことを自らの心の原点にして、基本技を通じて自らの人格・品格の向上に邁進いたしております。
今後も機会がありますれば、お会いしたく存じますと共に、重ねてお礼申しあげます。                                  敬具
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2018年08月22日

夏の甲子園!秋田県立金足農業高校準優勝おめでとう!


夏の甲子園!金足農業高等学校準優勝おめでとう!!心からお祝いします。

私は、彼らの努力と様々な人達の支えによって成し遂げられた成果に心揺さぶられました…。
ここに、高校野球の原点を見た思いです。金足農業高等学校の野球部員の一人一人は、無名で過去の経歴は皆無です。その彼らが快進撃を行ない優勝は出来ませんでしたがすばらしい活躍をされました…。今大会での一番のヒーローと言っても過言ではありません。おめでとう!おめでとう!心から祝辞をおくります。

過去(昭和6年)の甲子園の大会で、台湾の嘉義農林学校が出場して準優勝(史実)で終わりました…。このことと重なり、涙が止まりませんでした…。

映画「KANO」当時の嘉義農林学校出場のあらまし
「1944年(昭和19年)、錠者大尉ら大日本帝国陸軍の将校たちは、南方の戦場へ向かうために台湾の基隆駅から、台湾南部へ向かっていた。錠者は同行者に「嘉義に着いたら起こしてくれ」と言って、しばしの眠りにつく。

1931年(昭和6年)夏、甲子園球場で行われた第17回全国中等学校優勝野球大会の開会式に、錠者は札幌商業のエースとして参加していた。日本本土の学校だけでなく、大連や京城といった外地の学校のプラカードも見える。そこに交通事情から遅れて参加してきたのが、嘉義農林学校野球部の選手たちであった。

物語はさらに1929年に遡る。のんびりしたチームの「嘉農」野球部は当然連敗続きであったが、新任監督として迎えられた日本人の近藤兵太郎によるスパルタ式訓練により、部員たちの心には徐々に闘争心と甲子園出場への夢が芽生えていった。近藤は日本人のみを贔屓することなく、守備に長けた日本人、打撃に長けた漢人、韋駄天の如く足の速い高砂族の選手たちのバランスの良いチームを作り上げていく。また、かつて近藤が指導し、その指導に萎縮した松山商業と比べ、嘉農の選手たちが伸び伸びとプレーする姿は、近藤自身を成長させ、チームに対する愛情を深めていくのだった。

少年たちは日本語で教育を受け、日本語を話した。しかし街や仲間内では台湾語を話した。日本の統治下にある街には日本語と漢語があふれ、近代化整備が進みつつあり活気に満ちていた。一方で、農村は治水対策が不十分で、台風のたびに甚大な被害を受けていた。エースピッチャーの呉明捷(愛称は”アキラ”)は山陽堂書店の手伝いをしており、店員である静に憧れを寄せていた。しかし静はやがて台中の医師と結婚して嘉義を去る。アキラは爆竹を燃やして彼女を祝福しつつ寂しげに見送る。

当時、台湾代表として全国中等学校優勝野球大会へ出場するのは、決まって日本人のみで構成された台北一中や台北商業であった。当時は台湾全島で1校のみしか代表として甲子園に行くことが出来ず、その為に台湾大会で優勝する必要があった。「一度も勝ったことがない」チームの快進撃は止まらず、勢いに乗って全島優勝を果たす。台北から凱旋した選手たちは町中から大歓迎を受ける。しかし選手たちは、当時のアジア最大の水利事業であった嘉南大圳完成を知るや、パレードを中断して用水路へ向かう。水が満ちていることに感動すると、視察で用水路を下ってきた八田與一に会い、優勝を報告するとともに、八田から激励を受ける。

迎えた甲子園大会、下馬評では弱すぎて本土のチームには相手にならないのではと危惧されていた。甲子園球場に来た嘉農の選手たちは、「甲子園の土」の質の良さに感動する。初戦の対神奈川商工戦では、3-0の完封に抑え、一躍注目チームとなる。その様子をスタンドから見ていた錠者は、激しく動揺する。マスコミからの取材を受けた嘉農の選手たちには当初「日本人の子は手を挙げて」「日本語は理解できるのか」等と偏見の眼差しが向けられる。近藤は民族を問わず「同じ球児だ」と反論し、生徒たちを守る。

準々決勝の対札幌商業戦は、19 - 7で圧勝。試合中、札商ピッチャーの錠者は茫然自失となり、自分でも理解できないうちに自らマウンドを降りてしまう。

再び、1944年。錠者大尉は、嘉義駅での大砲の積載に時間がかかることを確認すると、嘉農の練習場へ向かった。あの時の彼らの強さの原点は、何だったのか。街には第二次世界大戦中の大日本帝国領として戦意を高揚させる垂れ幕があふれていたが、かつてのような活気はなかった。錠者は、荒れ果てた練習場のピッチャーマウンドに立つ。

準決勝の対小倉工業戦も、10-2で圧勝。魂の篭もった姿勢と素晴らしい強さは本土の野球ファンをも魅了し、応援するファンも増え決勝戦では超満員の観衆が甲子園に詰め掛ける。そして決勝の相手は名門中の名門、中京商業[6]。

地元の嘉義市内ではラジオ中継に熱中し狂喜乱舞する市民たち。静も出産したばかりの子供と共に嘉農を応援する。日本中だけでなく台湾でも大勢のファンが固唾を呑んで見守る中、その試合が始まる。しかし、アキラの指は限界を迎えていた。試合中に出血したアキラを近藤は降板させようとし、チームメイトとともに激しい意見が交わされる。結局、アキラは続投するがフォアボールを連発し、押し出しで得点が入ってしまう。そこに守備の選手たちが「俺たちが守るから、敵に打たせろ」と叫ぶ。ベンチの選手たちはアキラの応援歌を絶唱する。結局、中京商の吉田正男に完封に抑えられ、優勝はできなかった。しかし、嘉農の最後まで諦めない奮闘ぶりは日台それぞれの人々に強い印象を残し、スタンドにいた錠者は健闘を称えて「天下の嘉農」と絶叫する。その声はどんどんと大きくなり、やがて観客席全体から響き渡るのだった。

負けても泣くな、勝っても泣くなと指導された選手たちも、「僕たちはいつ泣いたら良いんですか?」とついに号泣する。選手たちは、準優勝盾と甲子園の土を手に、船で台湾への帰路についた。船上ではしゃぎながら野球をする選手たちの前に、やがて懐かしい台湾の地が近づいて来る。

エンドロールで、近藤や選手たちのその後が紹介される。ある者は日本の野球界で活躍し、ある者は台湾で野球の普及に貢献した。そして、ある者は第二次世界大戦(太平洋戦争)で戦死したのだった。」
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2018年08月14日

ものごとの成就

物事の成就
私の道場では、誦句集の唱和のあとに、「心の法則」に関する話を致します。その中の一つに次の様な話があります。
「人は何かにつけて達成しようとする意志が働きます。しかし、そのことが十分理解できているのか、については明確でない場合が多々多いのが通常です。
なぜできないのか?簡単なことです。心のもちかたを変えていないからです。では、どのように変えればよいのか…。

先ず意識を変える、すると行動が変わる、つぎに習慣が変わる、性格が変わる、人間が変わる、人生が変わる、即ち運命が変わる…。最初の一つをよい方向に変えることにより、運命を変えることが出来るのです。
これが立命学です。私は師、安岡正篤先生に徹底的に教え込まれました…。今思うと感謝で一杯です…。」

話は戻りますが、道場でこのことも幾度となく言葉に出して言い続けてきた経緯があります。しかし、その時は頭で分かった、と思う…だが馬耳東風、馬の耳に念仏…の様相に陥っている…。試しに、話終わった後に尋ねます…、「今、私がお伝えした話はどのような内容でしたか?」「………。」
これは、頭で考えようとするからできない。感覚でとらえることです。
いつも「理性の脳」を使う訓練をしなければなりまません。このことの説明は後日にいたします。

 皆さんに一つのことを伝えます。「氣づき即行」という言葉です。私達は、無意識のうちに、自らの心が意志力を生じさせて、今、一瞬一瞬の事象を眼の表象でとらえて意識づけしています。まず、このことを自覚してください。

 そして次に、意識したものを行動に移すのです。例えば、「履物を揃える」というたった一つのことを意識した時、即時に行うのです。自らのものと、さらには他の人のもの、多勢の人のもの…と広げていきます。それを習慣づけします。たったこの一つの行動が、あなたを大きく変えるのです…。

 意識付けが早くなり、行動が早くなり…。これが他の行動にも影響を及ぼすのです。例として、合氣道が上手になりたい…との想いがあるとすれば、その想いに大変な影響を及ぼすのです。合氣武道は、一瞬の心の動きが、生死をわけることに繋がるのです。
日常的に、のんべんだらりとした決断力のない生活をしているものが、幾ら道場に来て修練を積んでも、成就は程遠いものになるでしょう。

 ここにも「こころが體を動かす」原理が働くのです。
そして、一つのことの意識付けが出来たなら、又、次のものに移していきます…。
合氣武道のことを一つの例にとれば、次のことを自らに課することにより、成就(達人となる)することは間違いありません。
それは、五段階を自らに昇華させることです。
一、自らの體の全ての部位を完全に力を抜いてリラックスさせる。
二、こころの動き、氣の動きなどを一瞬、先に感覚で読み取る。
三、自らの體のすべての部分の動きを體に自覚させる。
四、技の基本の動きを数百万回、自らのこころの宝庫であるアラヤシキに入れる。
五、アラヤシキの潜在心が現在心に導かれて無意識に出る…成就である
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2018年08月13日

戦争体験

私は今78歳です。戦争を体験しています。確か昭和18年から20年にかけての大阪大空襲を眼の前にしました。
昭和18年頃だと思いますが大阪北区の今の天神橋五丁目の自宅から、大八車に家財道具を積んで、約30kmの道を母と共に歩いて高槻の疎開先へ行きました…、その時、長柄大橋の下には、沢山の方が折り重なるようにして死んでいました…。
その光景が今もフラッシュバックとなって時々眼に浮かびます…。

疎開先の小高い畑に妹と一緒に居る時、B29の爆撃機が編隊を組んで飛んで行くのが見えました…。夜中にもかかわらず、大阪方面の空襲の火は実に真近くに見えるのです。真っ赤に燃える巨大な炎と、上空からパラパラ(焼夷弾)と火の塊が降り注ぐの見ていました…。
さらには、桧尾川(高槻市五領村)で泳いでいると、二機のグラマンが低空飛行して機上掃射をしてくるのが眼にして、慌てて潜って逃げた想い出もあります…。
今振り返ってみますと、その時の気持ちは今の私には思い出すことが出来ません…。空襲が終わった後、歩いて母と自宅(工場)を見に行きました…。焼け野原の中に、鉄の支柱とプーリーが風に揺られてカランカランと音を立てているのが今も耳に残っています…。

 貴台が提起された原爆投下後の少年の写真から見えるのは、一つの言葉で表現することは出来ません。
日本の近代史を分析することも必要ですが、この独りの少年の精神性の強さに心動かされます。
唯、何の罪もない独りの少年に残酷な想いをさせたその時代の大人たちに云いようのない怒りがこみ上げてきます。
二度とこの様な苦しみ・悲しみを、未来を担う子どもたちが受けることのない社会造りに私達は注視しなければなりません。

戦争のために、私達の家族は幸せとは程遠い生活と家族の不幸に見舞われました。
戦争さえなかったら、母や妹…いや全ては、今とは異なった社会に住んでいたのではないか…。母の想像を絶する苦労もなかったのでは…などと思います…。母には、出来る限りのことを致しましたが、今ももっともっと親孝行をしておけば良かった…と少なからず後悔する毎日です。
如何なる戦争も否定します。
今、日本は少しずつ変な方向に向いているように思えてなりません。

人間は一つの行ないからも、ものごとの真理を見ることが出来ます。
幼少の頃から教わってきた武道…合氣道の「争わざるの理」と言う理念は、全てに通じるものであります。真の理を独り独りがどの程度まで理解されているのでしょうか…。
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人造り、組織造り、国造りの原則

 以前にも書きましたが、国造りの原則として掲げるのは、自らをつくり、組織をつくり、国を創るのは、「四維」すなわち「礼・義・廉・恥」であります。
礼…国や人でも、その働きが正しい秩序を保ち、美しく調和していることである。
義…礼を支えるものが、自己の意義や使命を社会的に果たしていくという意味の「義」である。この「義」は、自己の利益を求める「利」で    はない。「利」は、利己であり、私であって、社会や国という全体に立つ姿ではない。
廉…国や社会のためという全体の仕合わせに立つには、自分というものを無にして奉仕すること。即ち、無私になるということである。こ    れが「廉」である。
恥…以上のような精神に立てば、自分勝手で利己的な姿は、全体的な「公(おおやけ)から見れば、深く恥じなければならない。これが     「恥」、「恥」を知ることである。
このような礼・義・廉・恥は国家として最も大切なことであるが、それは同時に人としても大事なことである。

 それ故に自分を造り、人造り、国造りに全ての根本となるものは、精神的な原理・原則となる「四維」に基づかなければならないのである。換言すれば、国の指導者たる者は、この「四維」をしっかり踏まえて実行していれば、人造りという教育をしっかりと根をおろしたものになる、といえるのである。
 私の師、安岡正篤先生は、功利に走り、便利さに氣を奪われて、人間というもののあり方、生き方を見失ってしまっていることにいち早く氣付かれて、私たちに警鐘を鳴らされていた。私はそのことを徹底的に叩き込まれました。今は亡き師に感謝で一杯である。   
posted by 弘心 at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の言葉

今日の言葉
「生活のなかの行いすべては、心の浄化(悟り)に繋がっていることを自覚しよう」
日々の行いすべてを正しく行って、真の幸せと心の浄化(悟り)を目指すのが、正しい生活です。「正しい」というのは、心と體が落ち着いていて、力強く、愛にあふれ、恐れや不安等が無い状態を言います。好き嫌い、善悪などで区別、判別することではありません。
その中には、人を傷つけたり、恨んだり、盗んだりするのではなく、自分の心と體を、いたわり思いやりをもって、丁寧に扱うことなど、すべての「正しい行い」が含まれています。
ものの見方、心のつかいかた、體のつかいかたが、今どんな状態なのかと氣かつかなければなりません。そして意識を覚酔させるのです。それは日常生活、あるいは仕事を通じて行います。
心身を汚さないように正しくつかっているか、見つめ汚れていれば反省をして見つめ気づいて、正しく使うよう‥。
そのためには「氣の統一法・氣の呼吸法即ち「瞑想」をし、内観を整え浄化して、積極的によいエネルギ―を充満させること継続して行うことが一番重要です。
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2018年06月22日

高槻市立寿栄小学校のブロック塀倒壊事件について

高槻市寿栄小学校は、昭和三十年後半から五十年代にかけて高槻市が人口急増都市としての時に、多くの学校が造られました。その時に造られたものではないか?と推測致します。阪神淡路大震災以前のものでしょう。その頃はあまり耐震構造としての考え方がありませんでした。多分最初はネットフェンスであったように思います。その後にブロック塀に…。しかし、高さ1,6mのプロック塀については、構造的には最低、基礎コンクリートは底辺0,5m高さ0,8m天端0,3mの重力式、地盤支持力に応じた基礎グイの設計が必要です。主鉄筋として異形鉄筋16mmを30cm間隔に配筋、根入り60cmは必要です。更には基礎コンクリートからのブロックは三段目までは巾20cmのものを積み上げ、間詰めコンクリートは全空洞に施すべきです。当然配力鉄筋も、二段毎に異形鉄筋13mmを。そして応力計算(設計外力に対する安定計算)をすることです。控え壁も設置するが、場所、条件によってはそれだけでは実際は安全ではありません。特に控え壁については、外からの外力について有効に働きますが内側から外に向かっての外力には問題があります。さらに控え壁とブロック塀との接合部においては控え壁とブロック塀の主筋と配力筋との接合を充分行なうことが重要です。ブロック塀については、構造計算まで行なうことは少ないと思われます。私は在職時代にはシビルエンジニァとして多くの道路橋梁その他の土木構造物、さらには木造建築、高層建築物を計画、設計・施工を担当致しました。その経験から申し上げました。簡単に工務店に依頼されますことに少し危惧致しております。まず、設計コンサルタントに依頼されることを望みます。
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2018年06月06日

第35回関西地区心身統一合氣道体技発表会における挨拶

只今ご紹介頂きました大会委員長の奥山で御座います。一言御挨拶申し上げます。
本日は、発表会の為に多くの方の参加を頂き心から厚く御礼申し上げます。又、今回のために多くのご尽力を頂きました方々にも重ねて御礼申し上げます。
 最近、我が国の状況は、政財界だけでなく宗教団体までも「偽」を巡っての問題が惹起しています。(政治活動資金不正使途、大手企業の粉飾決算、データー改竄、政界を揺るがすモリカケ問題、スポーツ界のハラスメント、芸能・宗教界における不倫問題など)日本人としての精神はどうなっているのか…、全て我が国の教育に問題があると言えば、日大アメフト部の試合中の行動から考えられないような現状が暴露されました。
たった一つの言葉「偽(四患…偽、私、放、奢)」。すなわち、嘘をつく、偽るということが人間として最低の資質を表していることを何故解らないのでしょうか。子どもの頃、両親から「嘘は泥棒の始まり…、うそをついたら閻魔さんに舌を抜かれる…」と言われて育ちました。一国の総理大臣までも嘘をつく…最早、日本人の精神は由々しきところまで来ていると言っても過言ではありません。
さて、私達は心身統一合氣道を通じて多くの人達との交流を図っています。心身統一合氣道の理念は、「争わざるの理」そしてその目的は「人としての人格を造ること」にあります。
今、合氣道は、世界の140カ国、約650万人が学んでいます。リトアニア、インドネシアなどまだまだ広がる勢いです。
なぜ、拡がっていくのか…、試合が伴わない、言語が異なっていてもお互いに通ずる何かが存在する…。これは合氣道には、深い精神性が内在しているからであります。それはお互いの信頼と愛があるからでしょう。
今一度、何故、合氣道の修練をするのか…について考えて見て下さい。
今日は体技発表会です。日頃の修練の結果を見せて下さい。この場は勝ち負けを競う場ではありません。ましてや、相手に勝とうとしてはなりません。勝とう勝とうと、思うことが即ち相対的世界に自らを置いているのです。
只、「負けない」ということだけを研究するのです。合氣道の表武など小さな小さなことなのです。
なぜ、何のために生れて来たのか…、これから何処へ向かおうとしているのか…、何のために生きているのか…。
今一度この思いに振り返って見て下さい。全てに「負けない」という心もちになる為には…、何をどうすれば…どう生きればよいのか…。
皆さんのご健闘をお祈り致しまして、ご挨拶とさせて頂きます。
有難うございました。
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2018年05月23日

書簡

あなたからのメールを拝見しました。あなたの質問にお答えします。
合氣道創始者植芝盛平先生は、大東流合氣武術の武田惣角から合氣武術を学ばれ、独自の工夫を重ねて完全に力を抜く(リラックス状態)ことを悟られました。そして合気道を確立されたのです。
1969年に植芝盛平氏は亡くなりました。
藤平光一(合氣道最高位10段)先生は、それまで「財団法人合気会」の理事と合氣道全国師範部長をされていました。そして世界21カ国に合気道を広められたのも藤平光一先生です。
藤平光一先生は、心身統一法・禊修業を通じて、「心が身体を動かす」原理と「リラックス」を悟られて、真の合氣道を確立されました。植芝盛平先生と同じ悟りを会得されたのです。
植芝盛平先生が亡くなられた後、合気道の基本的考え方について、二代目道主植芝吉祥丸氏と藤平光一先生と話し合いが行われました。植芝吉祥丸先生は、「合気道は人の氣に合わす」と言われました。
藤平光一先生は「合氣道は天地の氣に合する道である」と説かれ合氣道から「氣」を取ればそれは合氣道ではない、と言われました。
合氣道に対する考え方が基本的に異なるため、藤平光一先生は同じ道を歩むことは出来ないと決心され、1974年に財団法人合氣会を辞められました。そして「心が身体を動かす」原理を学ぶ「心身統一道」と真の合氣道即ち「心身統一合氣道」を伝えるために「心身統一合氣道会」創設されたのです。
藤平光一先生は今までの合氣道の技を整理されて、合氣道の真髄を心身統一合氣道として30体技として纏められています。
武田惣角から植芝盛平そして藤平光一と伝えられた真の合氣道は、
現在、藤平光一先生の子息、藤平信一氏が藤平光一先生から苛酷で厳しい指導を受け、二代目道主として、国内外に心身統一合氣道の普及のため、
活躍されています。
私は合気会では三年で三段になりましたが、真の合氣道を学ぶため
藤平光一先生か合気会を辞められた1974年に、合気会を辞めて藤平光一先生に師事いたしました。合氣道歴は今年で73年になります。現在、海外(台湾)担当師範(七段)として、台湾へ10年間指導。台湾教室ができています。私達の合氣道は、「氣」の原理「心が身体を動かす」原理を心身統一道・心身統一合氣道の技で学びます。
以上、一般社団法人心身統一合氣道会の概要です。宜しくお願い致します。
合気会の技とは、根本的に違いますので、初めから学んで下さい。合気会との関係は、当面の間はそのままで結構です。心身統一道と心身統一合氣道を学んでいきますと、真の合氣道のことが理解されます。その時点で、どちらかに決心されることが必要となります。一度、お越しください。見て頂くと良く判ります。
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2018年05月02日

日本精神について

日本精神(リップンチェンシン・受け継がれていく日本の言葉と心)とは
李久惟(ジョー・リー《孫世代》)(1975年、台湾・高雄市生まれ。東京外国語大学卒。専門は語学教育、歴史、比較文化。30言語以上を学習し、15言語以上を話すマルチリンガル。多言語多文化研究会代表、次世代グローバルリーダー育成の会主宰、拓殖大学客員教授。日本李登輝友の会理事。常に海外・日本国内各地をとびまわり、語学講師の指導。企業や各種団体に広義とセミナーを行う。通訳として台湾新幹線プロジェクト、野球国際大会、(オリンピック予選、コナミカップ、映画祭(沖縄国際映画祭など)東日本大震災では、台湾と日本の双方各地にて震災支援活動を行い、義捐金活動をいち早く呼び掛け奔走した1人。日台親善の次世代を担う日本精神を受け継ぐ台湾人。)氏が台湾の祖父母から受け継ぎ自分なりに感じたものをまとめられたものです。日本精神のエッセンスとして62項目を書かれています。その中から30項目を紹介。
〇きめ細かなおもてなしの心
〇和をもって貴しと為す(聖徳太子の十七条の憲法の精神
〇見返りを求めない利他の心と無償の愛
〇責任感が強く、任務を最後まで完遂する根気と強い精神力を持つ
〇自分の仕事に誇りを持ち、皆のために一生懸命である。
〇世の中に必要とされる万業を興し、技術を磨くことを怠らず、さらなる発展ための開発・発明を絶えず続ける。
〇魂を込めてものづくり。
〇自然万物、そして人がつくったものにも魂が宿ると信じ大切にする。
〇礼儀ただしく、高い道徳心がある。
〇進んで公益となることをおこなう。
〇マメで律義で勤勉
〇如何なる困難にも負けず乗り越える不屈の威信
〇悪しきことを正すという正義感にあふれている
〇他人にも春風の如く暖かく接し、成長のために自分(または身内,数え子)には、厳しくする。
〇自然万物への愛と感謝する心
〇八百万の神の信仰
〇幼き弱きものへの慈しみ
〇すべてはひとつ、大いなる和の世界、宇宙のすべては一元、八紘一宇
〇大自然との調和を大切にする、ビッグハーモニー
〇美と知への飽くなき探求心、飽くなき自己研鑽
〇全体を見渡せる俯瞰力、細部に至る洞察力、ひとつにまとめあげる達観力
〇神や目に見えぬ存在への畏敬の念
〇自分の祖先・ルーツに誇りを持ち、代々それらの思想と伝統文化を受け継いでいる
〇親孝行で、家族、友人を大切にする
〇特に人の教育を大切にし、幼児の早期教育に力を入れていた(江戸しぐさの「三つの心、六つの躾、九つの言葉、十二の文、十五理、それで末決まる」を受け継いできた)
〇三つ子の魂百まで
〇ときに、「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂(吉田松陰)」をよしとする
〇許す心を持ち、善も悪もすべてを受け入れる懐の深さがある
〇純粋・純真・純情
〇古来の伝統、自分の決めたこと、自分の信条を頑なに守り通す
〇一期一会、一瞬一瞬というほんのひと時でも大切にする
                                              以上
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教育勅語と日本精神

教育勅語と日本精神  教育勅語は悪か…。

国会で、ある事件を巡っての質疑応答…そしてそれを報じる新聞。遡って2017年2月23日と3月3日のM新聞の論評・社説に次のような言葉がある。
「…世の中は思い通りにならない。とくに子どもの教育はそうである。国も同じで、必死に日本の独立を守った明治の先人は教育勅語を子孫に残し後世の安泰を願った。しかしそれを覚え込まされた世代は無残にも大日本帝国を滅亡させる。だが世の中にはこの21世紀にもう一度試そうという人もいるらしい。教育勅語園児に暗唱させる幼稚園を運営する学校法人が今度は小学校を作るという話である…」さらに「…明治憲法下の教育理念である教育勅語は忠君と国家への奉仕を求めていた。1948年、『基本的人権を損ない、国際信義に対して疑いを残す』などと衆参両院で排除と失効確認が決議された。公式決議の意味は重く、教育現場での暗唱はふさわしくないはずだ…」と主張している。
前段の論評で「…それを覚えこまされた世代は無残にも大日本帝国をめつぼうさせる。…」とのべている。この指摘は正しいとは言い難い。祖国を想うことは人として当然のことではないか…。しかし、国民の心を何かに誘導しようとする指導者の思惑の材料となれば又意味は異なってくる。純粋に人間としての精神性を説くことに特化すればこれ以上のものはない。天皇の名のもとに、いや時の為政者が名を借りて国民を強制的に一方向に導くようなことであれば、これも又異議を唱えなければならない。

又、今の時代に当時そのままの言葉を子供に丸暗記させ、日常的に暗唱させるということは、時代錯誤も甚だしい。
特に、1948年に我が国の衆参両議院での排除と失効確認が決議された事実は事実として受け入れなければならない。しかし、当時我が国が世界的に置かれている状況と敗戦国と戦勝国との関係について、深い洞察力が必要ではないだろうか。GHQの支配下におかれていた状況は、再び軍国主義としての芽を徹底的に排除すべく作業が行われて、我が国のあらゆる文化が、特に武道関係においては、禁止という名のもとに封鎖されている。その様な中にあっての「決議」であることも忘れてはならない。
特に「基本的人権を損ない、国際信義に対して疑いを残す…」という表現についても違和感がある。真の基本的人権の意味・真の国際信義とは何を指して云うのか…。

それではそれぞれ専門的立場の人たちの意見はどうか。日本教育史が専門の日本大学の小野雅章教授は 次のように述べられている。「教育勅語は、明治期ですら政府内で内容が問題視され、改定が議論された。それを今に至って政治家が称賛するとは……」と。  しかし、実際、教育勅語が出た4年後に文相になった西園寺公望は、勅語の価値観を「文明の進歩に少なからず障害を与える。皆さんは注意し、古く偏った考えを打破し、世界の文明に合わせた教育を進め……」(1895年4月、東京高等師範学校での訓示)と批判し、「女子教育を充実させ……外国人に親切に」などと書き込んだ「第2次教育勅語」の草案を書いた。 驚くことに、明治天皇自身が西園寺の指摘を受け入れ、草案の起草を命じたという。しかし西園寺の病気で実現しなかった(文相参事官を務めた竹越与三郎著「西園寺公」1947年)。
政治思想史に詳しい放送大教授の原武史氏は「現憲法の国民主権、基本的人権の尊重と正反対の内容です。『良いことも書いてある』と評価する人は、一体どういう読み方をしているのか」とあきれるのだ。
 なぜなら「父母に孝に……」などの「徳目」が並ぶ一文は「以て天壌無窮の……」で結ばれる。「つまり『良いこと』のように並ぶ徳目は、すべて皇室を支えるために臣民に課す、という位置づけです。戦前の小学校でも、これが教育勅語の核と教えられた。一部を切り出し、全体を評価することはできません」と解説する。
 元文部科学相の下村博文氏も14年4月に「内容はまっとうだが、昭和期に誤った使われ方をした」と述べたが、原さんは「確かに小学校で暗唱が課されたが、昭和期に語句が変わったわけではない。最初から問題のある思想を内包していた」と両断した。
天皇が新憲法下において、象徴としての存在となった今、「教育勅語」を当時のままの姿で、今の教育現場に移行させることは、時代錯誤も甚だしいことは
常識ある者にとっては当たり前のことであろう。

しかし、当時の「教育勅語」が国民に与えた影響を考える時、前述の「…無残にも大日本帝国を滅亡させる…」との表現には違和感を覚える。大日本帝国の滅亡は異なる事由での問題ではないか。

私は台湾との関わりを今から38年前に持った。そして多くの台湾の人たちと交流をさせて頂いた。その中でリップンチェンシン・日本精神という言葉を知った。それは今77年間生きてきた私にとって初めての出会いであった。1947年、新教育下においては道徳・修身などの教育は無かった…。私達はその真っ只中にいた…。

台湾の長老たちが若かりし時、日本統治下において受けられた教育の中心は「教育勅語」を中心になされた。その影響下で生きて来られた人達の精神的状況は、総てが国を滅ぼすあるいは人間破滅のような結果にはなっていないことも又事実である。
一つの事例として、李久惟氏が書かれた「日本人に隠された『真実の台湾史』」の一節を紹介したい。

「…台湾に対する様々な視点で書かれた過去の著作はすでに多くありますので、日本統治時代を経験した祖父母世代から聞いてそだった、われわれのような孫の世代が、どう受け止め、どう感じていて、近年の震災義損金活動やWBCの日台戦の応援で見せた心と動きにどう結びついているかに注目して頂きたいと思います。
もともとアジアの最貧地域のひとつだった台湾に、日本の先人たちは奇跡を起こしたのです。日本治世の功績は大きくわけて三つあります。本書では以下の三つを主眼に書いています。
1.農水(食べ物と水)
2.近代化の基礎インフラ、産業
3.教育(技術と精神)
日本の先人たちは とにかくやればできる と 利他の心 で「必ずや人や国の為に役立つ人間になりたい」いう強い意志で語学や専門分野に実績を残しています。台湾では数え切れないほどの功績とそれにまつわる物語が残っています。今の日本人もそのDNAを受け継いでいるので、目覚めたときには凄まじい勢いと力を発揮すると台湾の祖父母の代の多くに信じられているのです。

日本時代のすべてを美化するつもりはありませんし、盲目的に日本が好きなのではありません。いつの世にも、世界のどの国でも、善も悪も、その両方が混在していると思います。当然ながら日本統治時代にも光の部分もあれば、もちろん影の部分もあったことは否めません。しかしながら祖父母世代から書いた表現ですが、「「日本時代は、台湾にとつて光が九割以上、闇が一割以下』。比較して「オランダ時代、清国の時代、初期の国民党時代は、闇が九割、光が一割だった」と言うのです。

搾取ではなく共存共栄を主とした日本の統治は、台湾の民にとても尊敬され、今なお多くの人々は感謝の心を忘れていません。台湾人も日本人も、受けた御を返すということを大事にしている点は良く似通っていて、お互いに心行きが共有でき、共に志を持ち未来を歩むことのできる民族なのです。
日本時代は結果的に台湾の近代化の基礎を造り、食べ物と水のあふれる大地に変え、台湾を幸せにしてくれたのです。
台湾には今も日本の心が息づいているのです。
台湾の祖父母世代は日本統治だった台湾に暮らし、今の日本人が失いかけて
る大切な日本(リップン)精神(チェンシン)(大和魂)を持ち続け、孫の代にも伝えようとしてきました。日本精神の代表的なものが 利他の心 なのでしょう。
自分よりまず人のことを思いやる心。自分だけのための人生を過ごすのではなく、「人・家族・地域・公・国・世界」のために人生を全うするという心。『求めあうより与え合う』という生き方。「誰かの光・希望となる存在」になるための生き方。そんな社会環境や人間関係を形成してこられたのが日本の先人たちなのです。見返りを期待せずに人助けや人の役に立つことを進んでする、そして喜んでもらえたらそれ自陣が自分の喜びになるという捉え方で、人や公に尽くし絶えず自己鍛練を怠らず自省しながら技術も人格も高めていく人生をすごすこと。以上のようなことを、日本人の先人が台湾に真剣に教えてくれたのです。
日本が教えてくれたことの一つとして、祖父母世代はよく、自分と先祖がつながる「逆さピラミット」の話をしてくれます。
自分がうまれてくるには必ず父母がいます。その上にもそれぞれの父母がいます。二十八代前に遡れば、その数かなんともはや約一億三千万人に及びます。皆すべて兄弟親戚。だから助けあうのは当り前なことです。そしてまた、その連綿とつながった命のリレーのなか、自分と関わるすべての祖先を、誰ひとり欠いても今この瞬間に自分が存在しません。まさに「命のリレー」で、祖先たちは過去の飢饉や自然災害などの天災、戦禍・事件などの人災をすべて潜り抜け、脈々と受け継いできたのです。
今の自分があるのは、ある意味で「奇跡」なのです。生かされていると感じることが出来れば、それは感謝の心につながり、人のために役に立とうという気持ちが生まれます。
古来より日本が大切にしてきた、知育・徳育・体育・住育など、何れも大切ですが、こうした教育の根底には、人のつながりを重んじ、常に人のために思って行動できる、そんな利他の心が流れているのだと思います。
かっての日本の先人が持っていた素晴らしい美徳・日本精神を、皆で再度思い起こしてほしいというのが台湾の祖父母世代の人たちが長年秘めていた、日本に対する強い想いの一つなのです…」

以上が、李久惟氏の書かれた本、「日本人に隠された真実の台湾史」の一部です。

我が国の東芝などの企業経営者や政治家がこのような心をもって経営に、政治活動に従事していれば、不正決算・粉飾決算や政治活動資金の不正使途のような不祥事は起こっていないはずです。ましてや、一国のトップたる総理一家が忖度などと疑いを掛けられずに済んだのではないだろうか。日本人には何かが欠けているものがあるのではないでしょうか。

今、我が国の政財界のみならず、管子が説く「四患」の中のたった一つの「偽」という言葉が遵守できない精神的混迷の中において、日本人としての精神的支柱として何が存在するのか、何が必要なのか、問われているのではないか。




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吉田寿三郎先生(故)

吉田寿三郎先生(故)のこと
今から13年前の平成17年五月に一つのボランティア活動団体が閉会をした。23年間続けてきた高槻ウエルエージング協会である。
昭和58年に7人から始めた。シビルエンジニァーが何故福祉を‥といぶかる人が大半であった。この団体を発足させるまでに、さらに十数年遡ることになる。

高槻市は京都と大阪の丁度中間に位置し、昭和40年代には十年で人口が倍になるという全国でも有数の人口急増都市であった。市の予算の半分は教育予算すなわち学校の建設費である。そのためにインフラ整備は他市と比べて低いものとなった。

そのような中にあって公共事業の目玉は、中心市街地を平面交差で分断している私鉄の連続立体交差化事業があった。初代の建設準備室長として国の採択に向けて取り組んでいた。
鉄道の仮線敷きとしての役割も兼ねた都市計画道路を新たに鉄道の北側に計画をした。
大阪医科大学の敷地が少し都市計画道路に掛かった。当医科大学の卒業者で作る仁泉会というのがあり、その代表者の一人が「市民病院の役割もして市には多いに貢献しているのに、その大学の敷地を道路にかけるとはけしからん」と反対の意向を示したのである。その時の大学の反対のための委員会委員長で吉田壽三郎という衛生学公衆衛生学教室の教授がおられた。週に三日は教室に通うことになった。

京都大学の医学部出身で国際老年学会の理事をされており、わが国でも著名な先生であった。
白髪の穏やかなその容姿と先生の説かれるアカデミックな論調は、全ての人を魅了せずにはいられないすばらしい先生でした。私はその吉田学校の最初の生徒でもあった。

当時に「日本老残」「デイケァーのすすめ」「高齢化社会」などの多くの著書があり、昭和40年代にすでに五十年後の超高齢社会を見通されていた。北欧が60年から90年かけてゆっくりと高齢化社会へ移行したのに比べて、日本はわずか25年で同じ状態になることへの危機感をいつも口にされていた。毎日と言ってよいほど、電話が掛かり一時間ほどその話をされる。「奥山さんいよいよ迫ってきましたよ。今、一人の老人を五人で養っていますが、三十年先には二人で一人となります。抜本的な考えをしなければ破綻しますよ。具体的には富の再配分です‥‥」最初は全く分からなかった。当然であろう専門分野が違うのである。

しかし、少しずつ頭の中が変わっていくのが自覚できた。私自身は都市工学科を出て、総合計画・都市計画・橋梁・都市公園・道路・橋梁・高架事業・都市再開発・高層建築…などを専門としていた。私の頭には、構造的な思考が勝っていました。しかし、その構造物や建築物は誰のために造るのか…人間が主となる目的で造らなければならない…その点が欠けていたことに氣がつきました。人間を知ることが大切…ということに氣がついたのです。その意味で吉田先生との出会いは、天が私に与えたものとの想いに達しました。
1978年に国際老年学会の後をうけて、京都国際会議場で京都大学総長奥田東先生を中心として、吉田先生は京都国内シンポジウムを開催された。アメリカのバトラー博士など世界から老年学の権威者が集まって来られた。私もその一端を担わせていただいた。僅か三十分でしたが、財団法人氣の研究会の藤平光一先生が「氣について」話された。心が体を動かすことを「折れない手」を壇上で実験され、バトラー博士などが腕を出して真剣な顔でテストをしておられたのが目に浮かぶ。

厚生省の時代には同省の課長より先に合格したためいずらくなったこと、当時の日本医師会の武見会長から絶大な信頼を受けられたこと、肺結核の治療に新しい画期的な論文を発表、しかし、学閥による抵抗から実際に表に出ることがなかったこと等、いろいろりなお話しをうかがうことが出来た。特に昭和の三十年代から自らスェーデンに行って数十年後に必ずや遭遇する超高齢社会解決策を求められたがその答えはなかった。わが国の福祉施策は北欧をモデルとして作られてきた。失敗もまたそのとおり模倣をしてきたのである。

「先生はアカデミックな分野で活動されています。私は具体的に地域で実践をさせていただきます」、先生が主宰されている「日本ウエルエージング協会」とおなじく「高槻ウエルエージング協会」をつくります。土木技術者の福祉ボランティア活動の始まりであった。

資金がないため、福祉論文などの応募をして稼いだ。大阪社会福祉協議会の福祉論文募集に今までの活動記録を論文にして応募した。第一席に入賞した。その時の審査委員長は、大阪府の福祉計画である。「ファインブラン」の中心であり、地域福祉論で有名な大阪市大の名誉教授である岡村重夫先生であった。大阪社会福祉協議会の講堂で、福祉の専門家や民生委員、行政職員など約800人を前にして、二時間しゃべらせて頂いたことも懐かしい想い出である。その後、愛は地球を救う、の団体から380万円の移動入浴車の贈呈を受ける。読売新聞の愛と光の事業団からの寄贈など、一躍全国ネットとなった。

特別事業部として「寝たきり老人等の在宅における入浴援助事業部」をつくって八年間行った。(移動入浴車で延べ250人の寝たきり老人を在宅において入浴)市議会、自治体への働きかけ(誓願)をして制度化へと移行させたことは、ボランティア活動の真髄とも云えるものである。無償性・継続性・提言性‥ボランタリズムの自覚が求められる。

因みに、高槻ウエルエージング協会の設立趣旨は、「人間が、真の人間として尊厳を保ちながら生きることのできる地域社会の創造」である。
シビルエンジニァーとしてその後の街づくりの視点をその主旨をコンセプトにしたことは言うまでもない。

私の人生の一部を変えたともいえる吉田先生は、既に鬼籍に入られている…。もっともっと先生と一緒に居て、お話を聞きたかった…そしてもっと役に立たせて頂きたかった…。想いが募るばかり…。先生との出会いには改めて感謝で一杯である。




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2018年03月27日

日本のゆくえ2


今、日本中が不思議な方向にある。たった一つの土地問題に絡んで日本人の精神構造があぶりだされている。その国をある意味ではリードする官僚といわれるグル―プ。国民から選ばれた自称代表と言われるグループ。その中に如何にして取り入ろうとする野心家…。さらにそれを面白おかしくメディアは煽る…。冷かな目で眺めてみると、あまりにも情けない人の集まりといえる。
「君子は諸れを己に求む。小人は諸れを人に求む」この意味は、君子は何事も自分に責任を課すが、小人は責任を人のせいにする、ということである。我が国には、君子にあたいする人物はいないのだろうか…。
市井の中に存在するが、先に述べた集団には存在しないと言っても過言ではない。「偽」という言葉一つが守れない…。いつわる、うそをつく、だます、などの意味を持つ。人としての尊厳に係わる一番大切なことである。
いつからこのような精神に成り下がったのであろうか。教育勅語が問題…道徳が問題…修身が問題、などと原始脳だけでの判断で、自らがエリートと思いこみ生きてきたことに思いが及ばないのであろうか。
何かが欠落していると感じるのは私だけなのか…。
知識を最重点におき、それを知識とすることが出来ず、勿論見識も胆識も…ない。今、前財務省理財局長の証人喚問が行われている。自らに罪が及ぶような答弁は誰もがしないであろう。それを承知で質問が延々と続いている。
この事件でおいて一体誰が損害を被ったのか…。現在、問題となった土地は元の国有地として戻っている…。売買による被害はない。もし、この約九億の土地が八億円も値引きされて一民間人に渡されそして民間人は転売をして大きく儲けた…、さらに次次と転売…、国民の財産が不当な値引きにより、売られていたことにより、国民は多大な損害を被った…ということであれば時間をかけてでもその原因の究明をしなければならないであろう。しかし、実際はそんなことにはなっていない。土地は国有地のままである。無駄な国会での討論はほどほどにすることも必要ではないか。その為に空転している国会運営と、その為の費用は多大な額である。税金の無駄遣いと言われても仕方ないのではないか。野党は政権交代のチャンスとばかり、そのほうに力を入れていると思われても仕方がない。
きのどくなのは証人となったM氏である。家族もあり友人もあり、前途洋洋な人生をこの様な形で人生の幕引きをすることに忸怩たる思いであろう。
家族や子どもはどのような思いで一日一日を過ごされているのであろうか…。本人の自業自得という言葉を云い放つだけで済ますのは、あまりにも人情がないのではないか、と思うのは私だけなのか…。

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2018年03月14日

日本のゆくえ

日本のゆくえ
今、我が国が大きく揺れている…。即ち、「国有地売却に関する決議文書改ざん問題」である。ことの起こりは、学校法人に学校建設に伴う国有地払い下げにことを発する。幼稚園児に教育勅語を暗記させて父母の前で唱和させる…異様な雰囲気の中に子どもを置く…、時代錯誤も甚だしいこの学校に、こともあろうか時の総理大臣の妻が賛辞をおくり、名誉校長などを引き受けている。この学校法人に国有地を払い下げることが進む…。国は財務省が担当。国会は野党の払い下げに伴う交渉経過資料提出を巡り与党と対峙、空転する。ここに提出資料の改ざん問題が浮上する。見つけ出そうとする野党と、隠し通そうとする与党。人間は権力のあるものに対して全ての者とは言い切れないが、おもねようとする姿勢がある。今回はこのことが如実に現れたものと断言できる。
一国の総理大臣の妻が関係する事業なので何とかしてその思いに添いたい…。その空気が組織の中に充満した時、やってはならないことまで犯して忠誠心を表そうとする。その経過を記した公文書が、後になって国会の中に提出することになった時、組織は都合の悪い内容を外して抵抗のないようにする…。そのことが今、おおやけになろうとしている…。安倍首相はこのことについて、次のように語る。
「…国民のみなさまから厳しい目が向けられていることを真摯な受け止め、なぜこんなことが起きたのか,全容を解明するため調査を進めていく。…」と述べた。」
私はこの言葉を聞いて、唖然とした。ことの発端は自らの妻が総理大臣の妻という立場を利用し国有地払い下げの交渉に関与したことにある。
国有地払い下げの交渉に安倍首相の妻が嘴を入れた。その内容が経過資料となった。都合の悪い経過をないものとするために、余分な文章を削除したことが今回表面に出た…。何故、削除したのか…根底には安倍首相の国会答弁(私や妻は一切関係していない…)に整合性を持たせる為に、財務官僚が経過資料を改竄した。その為に若い官僚1人が自殺した。さらには担当部局のトップは辞職した。
たった一人の智慧をもたない女の行動のために、人の命が失われ、又、有能な官僚も輝ける人生に終止符を打った…。そして国民の税金が空転国会に無駄な費用として使われたことになる。ことの発端となった女については、毒婦と表現してもよいであろう。
今の日本人はなぜ管子が説く「四患」のうちの一つ、「偽」ということを犯してしまうのか…。政財界に蔓延しているこの現状は、この国をどこへ導こうとしているのか…。
国民一人一人が真剣に思慮することが必要ではないか。


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2018年03月09日

今日の言葉


すべては無我である
(自分のものなどないことを理解すれば、幸せになれる)
私達は、いろいろなものを自分のものだと考えています。しかし、実際には自分のものなど一つもありません。
どんな財産も永久に持ち続けることはできず、いつかは自分の手を離れていきます。また心も感情や妄想に突き動かされ、自分の思い通りにはなりません。命も必ず終わりを迎えます。
posted by 弘心 at 22:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

〇〇〇〇交流協会代表N氏宛書簡

お元氣な様子、又、ご活躍のことと拝察いたします。最初で最後になりますが、返信をいたします。まず最初に私の基本信条についてであります。精神については、武士道を藤平光一氏(最高位十段、合氣道界最強の達人として世界21カ国に広められた)に師事40年。天風会主宰中村天風氏、東洋哲学者(陽明学)安岡正篤氏に35年…など多くの先達に学びました。藤平翁からは、争わざるの理・人として人格を造る、ことを。天風師には、心身統一道として心が體を動かす原理。安岡先生には、人としての生き方・運命は変えることができるとして立命学を学びました。いまだ修業途中であります。お陰をもちまして、地方行政に三十数年間に4721人の方との出会いと関わり、特に田中角栄氏、町村自治大臣、佐藤栄作氏の子息、元大蔵省銀行局長大月 高氏、神戸電鉄社長奥田氏…などの方との出会いは強烈な印象と精神学びました。なおその後におきましてもさらに多くの出会いをさせて頂きました。貴台は私のリタイヤ後のその中の一人でもあります。私の信条は、「四維」と「四患」を守り、至誠・至公・誠実であります。しかし、私は四患を一番嫌います。それは人として自ら滅し、組織を滅ぼし・ひいては国を滅ぼすからであります。貴台のことですから充分お分かりと存じます。次に台湾との交流についてです。台湾とは今から約40年前にある人物との出会いが最初です。その後、今から十数年前に台湾から招聘を受けて武道の指導に参り今に至っております。最後に貴台の会の会員であったT氏の件です。貴台は、人を使って脅迫にもとれる行為をT氏にされました。ものごとは双方の言い分を聴かなければその真意は分かりません。組織を率いる者は、まず自らの信条が確立していなければなりません。人は誰ひとりとして完成された完全な人格を持つものは存在しません。何時までも相手の非をあげつらい相手を誹謗するだけではなく、相手を良い方向に導いていくことこそが組織の代表ではないでしょうか。いや、釈迦に説法でしたね。さらに、私宛てに台湾行政院から書簡が届きました。そのことについて貴台は「〇〇〇〇交流協会のおかげですね」と私に言われました。おかげではないでしょう。対面をさせて頂き名刺交換をさせて頂いた結果です。台湾のバシー海峡の戦没者慰霊祭に舞鶴から貴会の会員でもない二名を参加して頂きました。不明朗な旅費内訳により誘った私は大変迷惑を被りました。第三者の旅費と会員でもない人の年会費などが含まれた内訳、その後清算すると言いながら為されていない…。これは考え方によれば詐欺になります。会の代表者が自ら責任をもって事後処理にあたることが必要です。会計担当と直接話し合えば一度で済む話ではありませんか。会計担当者のT氏1人に責任を負わせるのはもっての外であります。会で生じたことは、すべて代表者にあります。最後に貴台からメールはT氏に伝えておきました。貴会の御発展をお祈りいたしまして最後の返信とさせて頂きます、

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