2020年08月27日

「武」を極める



次に「…自らの人生は、自らの心がきめる。そして、すべて心で始まり心でおわる…」という言葉があります。
私は心の法則について、修練場で三年間話をさせて頂いた。
武道、華道、茶道など全てにおいて、自らのものとするためには、その根本は「心」の問題を解決しなければならないことを伝えました。
いくら技を習得して上手くなったとしても、真の意味で役には立たない。
合氣道を例にとれば、理念は「争わざるの理」。目的は「人格を造る」ことにあります。
最初に、
・何のためにうまれてきたのか
・今何のために生きているのか
・あなたの心はどこにあるのですか
・心とは何なのですか
・幸せとはどの様なことを云うのですか
・心を清らかにするとはどういうことを云うのですか
・真善美、善とはどのようなことですか
・氣づき即行、現実大肯定・清濁併せ呑む、とはどの様なことですか
このことについて、即座に答えがかえってこなければならない。

すなわち、以上の言葉を頂点にして、自らのものとして、確固たる不動心を得なければならない。
真・善・美の持つ真理を掴むことが重要です。
「心が身体を動かす」という原理を日常生活の中において、実践することです。
いま目にしたこと、出会ったこと。いまおこっていること、など一瞬の変化に全てが決して偶然ではなく必然である、と認識することが最重要です。
すると心と身体が今までとは全く異なった反応を示すようになります。「心が身体を動かす」ということに意識が働きだすのです…。
ここまでが一段階です。つづく
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2020年08月10日

舞鶴市の建設事業不正事件


事件の顛末

 京都府舞鶴市が水道管敷設工事を発注したところ施工済みだったことが判明し、受注した業者に対し、別の工事を発注していたことが3日、市への取材で分かった。新たに入札などを行っておらず、専門家は「きちんと契約を結び直すべきだ」と市の対応を批判している。
 市によると、昨年5月30日、同市溝尻中町の水道管の取り換え工事で指名競争入札を行い、市内の業者が約122万円で落札した。業者が6月に試掘したところ、該当工事はすでに行われていた。このため、市はここでの工事を取りやめ、同市森本町での別の新設管敷設工事を同じ業者に追加発注した。この際、入札を行ったり随意契約をしたりしなかったという。
 設置する水道管の直径が異なったため、契約金額は当初工事の倍以上となる約259万円だった。
 同市は「森本町で水道水が濁るなど緊急性があった。法令違反などはなかったが、契約変更のやり方は不適切だった」と釈明。なぜ工事が終わっていたかなどは分かっておらず、「お粗末な限りで管理が適切でなかった」としている。入札制度などに詳しい法政大学大学院の武藤博己教授(行政学)は「ありえない事例だ。緊急性があったとしても、手続きを簡略化するなどして契約を結び直すことが普通だ」と批判している。
対策

 今年に入って新聞沙汰になった事件はこれで二度目である。このような小さな事件が起こるということは、実際表に出た以外にあるのではないか…。と疑いたくなる。蟻の一穴が破壊(大事件)につながらなければよいと願う。
此の事が判明した時点で、第一に何故このようなことに成ったか、の究明。第二に契約の解除。第三に試掘したまでの費用の積算をして業者に支払う(設計変更を行い清算)第四に新に設計をして入札行為。何故こんな簡単なことが出来ないのか…理解に苦しむ。組織の無能力が原因だ。前の事件の時、市長は今後このようなことは起こらないように徹底する、と断言したが…。それも実際は何もしていなかったのではないか。今から約1800年前に、中国の管子が言った言葉に「四患」がある。それは人を滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼすのは、「偽・私・放・奢」であると…。舞鶴市は、そのうちの「偽」嘘偽りを犯しているのである。統治能力の無い市長は即刻退陣すべきである。
行政を監視する立場でもある議会も、その役割を果たしていない!! 市長に忖度する議員ばかりで、舞鶴市の発展は望めない。組織としては、職員の資質が一番に問われる。以前の事件の時にも書いたが地方自治法の理念が全く理解されていない。こんな職員を誰が採用したのか…。徹底的な組織改革が必要である。

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2020年06月15日

国は大阪府知事の姿勢を学べ!


 国が率先して、新型コロナ感染症のパンデミック対策に対して、3月に「新しい生活様式」なるものを打ち出した。

 この時点でそんな生活様式は、わが国の伝統文化・芸能・武芸・芸事などは壊滅してしまう、人と人とのふれあいが…お互いの感覚を鍛え、以心伝心として伝え合うもの…又、相手の呼吸をはかることが生死を左右するもの…などと共に、社会の原単位である家庭が崩壊してしまうのではないか…と指摘した。

 わが国はお上が言えば、ハハァ…とその通りに従うのが当たり前のような面もある。しかし、おかしいものはおかしいと声をあげることが必要である。

 マスコミにおいても、この上に豪雨が続き避難場所はどうなるのか…、ソーシァルディスタンス2mを確保すれば避難所は…と何が何でも当てはめようとしている。家庭単位として確保すればよいのであって、家族一人一人に2m確保することは関係ないのである。家ではソーシァルディスタンスは意識していない…。ただし、家族の中に感染者が出た場合は異なる。

 今、大阪での専門家会議がオープンで行われた、その席上で専門家の一人が「マスクをしていればソーシァルディスタンスは必要でない」「手洗いは完璧でなく、まめにすればよい」「緊急事態宣言は必要なかったのではないか」「陽性者がでた店休業する必要なし…」「陽性者の隔離よりも弱者隔離」「ウイルスゼロにしなくてよい」など、今までとは全く異なった内容が語られた。
全く同感である。人は人間であって、機械やロボットではない。

 大阪府知事の第2波に備えての対策に大いなる期待をしている。今までのコロナ禍における死者の内訳分析。特に高齢者の命を守る…。大阪府民の命と経済を守る…など大変意義のある発言でした。
この内容は、東京では一切語られていない…。

国は今都道府県に起こりつつある様々な事象について、真剣に対峙する気持ちをもってほしい。
  


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2020年05月22日

舞鶴市の市政運営・組織運営はこれで良いのか!!


令和二年5月16日の新聞報道によると、建設部の職員が架空工事をでっち上げて、不法支払いをした容疑で同部職員9人を処分。
この様な事件は、行政組織としては、決してあってはならない。

人口10万ほどの都市は、一番経営のやり易い。隅々まで目が届く組織である。それが出来なかったとすれば、市長の統治能力が疑われると同時に、組織そのものが体をなしていないと断言できる。

今回の件は、建設部ぐるみの事件で建設部長が最終決断をして、実行されたものであろう。その罪は重い。
公文書偽造…などの罪に問われることは必須である。この際、過去にこの様な事案がなかったか、徹底的に調査をすべきである。

舞鶴市の判断は、関係者が依頼退職、自主弁済をしたとして、市は告訴しないという。身内をかばうのも、ほどほどにしてほしい。
地方公務員は、何の為に仕事をするのか、についての認識が欠如している。是非、議会で徹底的に追及してほしいものである。

私は、過去に40万都市の検査室長として、延べ数千億の事業の検査に携わった。しかし、こんな事件は皆無であった。
職員全員が地方自治法の理念をしっかりと身につけていたからである。

二年ほど前に、舞鶴市の若い職員二名が私の家に来られた折、
「あなたは、日常の仕事をするにあたり、何を基本としているのですか?と聞いたところ、答えることが出来なかったのを思い出した。
市長以下、この事件を機に、地方自治の原点に戻って市政運営をされることを願うものである。


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2020年05月11日

人間が、「「真の人間としての尊厳を保ちながら生きることのできる地域社会の創造…」を理念として活動してきた思い出…。

人間が、「「真の人間としての尊厳を保ちながら生きることのできる地域社会の創造…」を理念として活動してきた思い出…。

今から約四十数年前…わが国が「長寿社会大綱」がつくられ、当時福祉六法の改正が始まったころ、私たちは高槻市で数人でボンティア団体「高槻ウェルエージング協会」を立ち上げボランティアとは、ボランティア活動とは、について一から勉強を始めた。
当時は、ボランティア、ボランティア活動の意味、社会事業と社会福祉の違いについてあまり理解されていなかった…。
ましてや、社会福祉と地域福祉の違いについても理解されていなかった…。私たちは、その言葉を一つ一つ根拠に基づいて理解し、説明をしていった。今まで、ボランティア連絡会という名称であったものを、ポランティア連絡協議会、としたのもその結果であった。

福祉六法の改正とともに、特別養護老人ホームまでに、デイケアー、デイサービス、中間施設…など新しい言葉が作り出されてきた。
今の福祉の形態の原型である。在宅介護による家族の疲弊を助けるために一時期預ける施設…など。
当時高槻にある大阪医科大学の衛生学・公衆衛生教室の教授吉田寿三朗先生(京都大学医学部卒、厚生省、国際老年学会常務理事・世界WHO評議員、その他多くの歴任・経歴)との出会いが、私の生き方の一つを変えたといっても過言ではない。先生は、日本ウェルエージング協会を設立、世界に向けてアカデミックな発言をされていた。その論調たるや素晴らしいものでした。

私は、高槻市の役職をしながらボランティア活動に熱中した。
大阪府立大学社会福祉部の船曳教授、京都府立大学の地域福祉論・在宅福祉で有名な右田教授(女性)特に大谷大学の…名前が浮かんでこない…教授(女性)その他多くの福祉関係の先生方にはご指導頂いた…。私の専門の工学部の先生より多かったのを覚えている。
活動の資金稼ぎに、懸賞論文に応募して一位に…。大阪ガス、読売新聞の愛と光の事業団などから、多くの機材を頂きました。

「寝たきり老人等身体の不自由な人の在宅における入浴事業部」を立ち上げて八年間220人の方を在宅で入浴を実施…。その経過を一冊の本にして、当時は、寝たきりになったら風呂に入れないという問題を、人権問題として取り上げて、高槻市議会に請願として市民の権利を行使して各会派を説得。当初議会で全会派一致で可決。それからは寝たきりになっても在宅における入浴は、市が実施することとなった。

このように、ボランティア活動は、ボランタリズムを精神として、無償性・継続性の活動である、ということと、それに提言性を加えておこなうことが重要と位置付けた。
即ち、行政の手伝いではなく、このようにすれば問題は解決する、という実績をつけて提言していくことがボランティアの役割と位置付けたのである。地域の大会、全国大会に出席して、主張してきた…。

その後、福祉六法の改正に伴い、国は、高齢化社会に向けて新しい施策を打ち出し、超高齢社会に向けて歩みだした…。
私たちは、その時点で、会の目的は、ほぼ達成されたとして高槻ウルエージング協会は、23年の活動の幕を閉じた…。

思い出に残ったのは、大阪府社会福祉協議会主催の懸賞論文で一位になり、大阪谷町の大阪社会福祉協議会の大講堂で二時間の講演をさせて頂いたこと。全くの専門外の者が、大阪府下の都市の福祉関係者、民生委員など800人の前で…。
読売新聞社「愛と光の事業団」から表彰、「愛は地球を救う」から移動入浴車、大阪ガスから入浴の浴槽などを寄贈されたこと。
感謝と共に、懐かしい思い出です。


posted by 弘心 at 22:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月04日

国が唱える「新しい生活様式」?

国が唱える「新しい生活様式」
今日の日曜討論で、経済担当大臣は、「新型コロナウイルス禍の後には、新しい生活様式が始まる…」とコメントした…。私はこの言葉の意味が理解できない。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、世界で300万人以上の感染者と20万人の死亡者を出しつつあると言われている。
1929年の大恐慌以来の大打撃…すなわち、国際秩序が解体傾向にあると言っても過言ではない。私が危惧するのは、それだけではない。

イギリスにこんな言葉がある。「ソッドの法則」…意味は、起こりうる悪いことは、起きる。それは、よりによって最悪の時に起こる」と…。
即ち、複合災害である。今わが国には、東京直下型大地震及び南海トラフによる地震並びに富士火山爆発など…、いつ起こっても不思議でないと以前からいわれている。もし、このような事態になれば、小松左京氏の小説「日本沈没」は免れない。そのことに充分目を向けて、注意を図ることが重要である。

話を元に戻して、日本においても新型コロナウイルス感染症の第一波の後、あらゆる面において、分断と混乱が生ずることは間違いない。
しかし、危機の本質は、病原体ではない。人間同士の対立にあると認識したい。先に述べた国の提唱する「新しい生活様式」とは、関係大臣の言葉では、「出来るだけ人と人との密接・混雑を避け、対話も直接ではなく、媒体するものを用いての生活様式…」との発言である。社会を構成する原単位は、家庭である。そして家庭は個々の一人一人から成り立っている。それが隣人関係、地域、自治体…と連帯が国を作り上げていくのである。
その現実は、人と人との身体的・心の触れ合いと対話なしには、成しえない。すなわち、信頼関係が最も重要であるからである。そのことを無視して「新しい生活様式」を推し進めるとすれば、わが国は崩壊の道を辿るのは間違いない。
多分、コロナウイルス禍が存在する間…と注釈が必要であろう。

posted by 弘心 at 12:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月17日

未来を創造する休暇


国際通貨基金(IMF)が「世界恐慌以来」の経済危機というコロナ禍である。因みに1665年のペスト流行したロンドンの記録には、「人々は耐え難い混乱と苦悩のあまり身をも手余し、わめき散らし……狂気した人々が街をはしりまわる光景は、悲惨きわめた」と記されている。しかし、ニュートンは、ペスト禍で閉鎖された大学から故郷にもどり、閉鎖された一年半の時間に思索をかさねて万有引力の発見に繋がったのである。この機会をマイナスと捉えずプラスの発想で考えることが必要であろう。
社会全体の問題して捉えることも必要だが、社会の原単位は、一家庭の集合体と考える時、さらに家庭は一人一人の人間により構成されているとすれば、一人一人の問題として考えなければならない。今、新型コロナウイルス禍で家庭に籠らなければならない現実を直視する時、社会に向けての一人一人の発想が重要視されなければならない。今の時代はその手段はある。「個人から、自宅からの発想」は世界を変えるのではないか…。様々なネットワークの手段を通じて、一家庭から世界の国々の家庭との情報交流が、政治・経済・文化などに新しい息吹を与え、新な文明を芽吹かせることを期待したい。
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2020年04月13日

今、すべきこと

心の持ち方を変えよう。
 TV、新聞などコロナウイルスの話題ばかりです。知らない間に心はコロナウイルスばかりに囚われています。見ない、気にしないことに、心を、意思を切り替えましょう。
 そして、楽しい話題に心を向けるのです。以前に、心で思ったことは、必ず実現する。と言いました。 
 従ってコロナに対する恐怖心ばかりになると、実現するのです。「心が身体を動かす」と言う事を真に理解していくと、様々な結果にたどり着くのです。
 全てブラスの氣を出してプラスに思慮することです。
私は災難に遭遇すると、笑顔になります。そしてマイナスの意思を一切捨てるのです。私はそのことを一九会の日野鐵叟老師から学びました。「心は恐怖心が起これば、吹き消さない限り恐怖に向かうものだ」と。だから吹き消すと同時にプラスの意思に変えるのです。
心と言うものは、「知るという機能」だからです。
恐怖心などマイナスの要素が浮かんだ時、口から、フッ、と息を強く吹いてください。すると一瞬、頭から恐怖心が消えます…そして直ぐに、プラスのことに心を移すのです。
 ウイルスに勝とうなどは考えないで、只、「負けない」という意思力を強く持つのです。そして、又、すべてに強い意思を働かすのです。私の生き方です。
 私は死を恐れません、しかし、私の出会った多いの人たちへの不幸はあってはなりません!自らの死より辛いのです…。さぁー今から楽しいブラスの氣で過ごしましょう。
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2020年04月10日

杞憂


今、世界は目に見えない敵に脅かされている。新コロナウイルスという敵である。世界の歴史上数百年毎に形を変えて、あらわれている。ペストが流行った時も今と同じように、世界中が右往左往した。
私は昨年、令和二年には何かが起こる、と予言していた…。

それは東京直下型大地震、南海トラフ巨大地震、富士山火山爆発…など三つの自然災害である。しかし、違った…。ただこれ等の災害は、日本沈没を意味する。
あまりにも気象が今までとは異なっている…。さらには、いつ起こっても不思議でない、状況にある。

中國後漢の荀悦は『申鑒』で国を滅ぼす「四患」として、「偽・私・放・奢」を説いている。
自分を見失った人間は、偽(いつわり)の生活を送り、私利私欲に走っている。自分の欲望だけをもとめるために気ままで放埓(ほうらつ)となる。
その結果は贅沢(ぜいたく)ばかりを考えて、身を滅ぼしてしまう。
これは国でも同じである。
この中で、どれか一つが目立っても国は傾き、四つとも顕著になれば国は滅びてしまうのである。

わが国の政界の様子はどうか…。政界には、森友、加計、桜、などの問題は、「偽」そのものである…。
天が下す天罰が、まさに下ったものと考えるのは…私だけであろうか…。

来年のオリンピックは、中止になると予測する。
さらに三つの禍の一つが重なった時、有史以来の大変動となってわが国に襲い掛かるであろう…。そうならないことを願うのみであるが…。

心ある民は、心の準備をしておくことも…必要である。
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2020年02月29日

心身統一合氣道を会得する為には…。



心身統一合氣道を自らのものとする為には如何にすればよいか。それは、自らの日常生活を「真の生き方」にかえることです。日常生活の在り方が技に影響するからです。いくら人前でうまく見せる技をしても、何処かに不自然さが伺えます。一つの例として、たとえば家庭関係がうまくいっていない人は、体の転換がどうしても出来ないのです。心してください。まず、心の持ち方を変えることです。次の言葉を自らのものとしてください。

「幸せとはなにか」
「心を清らかにする」ことです。清らかにするとは何か…、自らの思考を「善と悪に分けて、善に意思をむけること」です。日常の意思は、総て「原始脳を捨て去ることです。原始脳とは、好き嫌い、損得、本能で物事を意識しないこと」です。すべて、真・善・美を判断の基準として、「理性の脳」を働かせることです。そのためには、「四患」と「四維」を自らの精神としなければなりません。勿論その前には、「何のために生まれてきたのか」「今生きているいるのは、何のためなのか」について、その「真理」をしることが大切です。
posted by 弘心 at 19:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月31日

令和元年(2019年)を振り返って

令和元年(2019年)をふりかえって

すべての教室において、誦句集の中の一つの言葉を大声で唱句した後、必ず話をする…。
それは、「自らの人生は、心が決める」に端を発する…。そして「すべては心に始まり、心に終わる」に帰着する。
統一道は「こころが體を動かす」原理を追求する。そのためには、自分のこころの存在を知らなければならない。自らのこころが何処にあるのか…、この問いに答えなければならない。
更には自らの存在について自覚することである。そのために次の問いに答えてほしい
○ あなたは何のために生まれてきたのですか
○ あなたは今、何のために生きているのですか
○ 幸せとはどういうことですか
○ 心を清らかに、さわやかにするには、どうすればよいのですか。
○ 善と悪にわけるとはどうすればよいのですか。
○ 原始脳とはどういうことを云うのですか。
○ 理性の脳とはどういうことを云うのですか。
○ 氣づき即行・清濁併せのむ・現実大肯定とはどのようなことを云うのですか。
以上の項目について、一年間伝えてきた。もう一度思い出してください。
次に合氣武道の理念は「争わざるの理」。目的は「自らの人格をつくる」ということを理解しなければならない。そのためには何をなすべきか…。
○ 自分の體の総てにおいてリラックスさせる
○ 相手に心を向ける・向身
○ すべてをさらけ出す
○ かまえない
○ 足捌き・胴捌き・腕捌き・手捌き
○ 「勝とう」と思ってはならない。
○ 「負けない」ということだけを研究する
○ 投げようとしてはならない。崩していることを知る
○ 相手の心・氣を導いて、相手の行くところへ行かせてやる
○ 統一體で始まり、統一體で終わる
○ 技はすべて引っ張ったり、押してはならない、上下に導く
○ 体幹は傾けたり、前かがみにならない
○ 體の一部であっても、掴んだりはしない
○ 軽く触れていること
○ 技は自分の体の前(正中心)でかける
○ その他…
これらは修練で一年間述べてきた。そしてやって見せてさせて来た。
来年は、もう一ランク上がって伝えます。期待してください。
最後に、その人の技の体現は、その人の日常生活の在り方が映し出されていることを知るべきです。日常生活の在り方を正すことが一大事である。
(私は都市計画をはじめとする街づくりを学んだ。そして何のための知識か…。すべて人の為、人が幸せになるため…。そのためには、なにを知らなければならないのか…。自らを知るためには人とは人間とは…について知らなければならない。二つ目の大学で「原始仏教」を学んだ。原始仏教とは、ゴータマブッダ(釈迦)が29歳で出家をして33歳で悟りを得て死ぬまでのことを云う。宗教ではない。釈迦が「宗教をつぶしなさい」という言葉をはいていることからも明白である。ゴータマ・ブッダの教えは、「心の科学」としての「真理」である)。


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2019年11月13日

佐竹本三十六歌仙絵



私は「三十六歌仙絵」を博物館で見たとき、何か、心に深く入り込んで来たことに驚きました…。特に襖絵と屏風の構図でした…。全体の配置と色彩…に.見る者に、描く側の感性が…突き刺すように入り込んできたことです。この感覚は今まで味わったことがありません…。そして仮名文字での表現はまさに…脳から腕を通じて手首そして指先と一体となった筆が…まるで生き物のように、「氣」の流れが和紙に伝わり…、一つの微細な線が仮名文字を表現して…言葉を現す…0.1ミリの繊細な線を筆で書き表している、手にもつ筆が筆先が無限に小さくなった先が…下の和紙に接した瞬間、一つの生命を生み出す如く合体する…。筆先と和紙の間に何の抵抗もなく同調する…。まさにアートです。心身統一合氣道も決して相手と対峙しない…相手の氣と同調して、相手の共に行くところへ行く(すなわち導くのである)、そこには、何の抵抗もなく共に流れるように同化する…。全く同じ感覚なのです。
共に美意識を鍛える…。真善美を追求する。アートとサイエンス、直観力と感性の次元なのである。
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2019年05月10日

平成から令和へ



新元号の出典は、初めての和書となる万葉集から…と。しかし、「出典は国書」との説明も文のひな型を思わせる漢籍を持ち出して疑義を呈するものも…。
新元号の予想騒ぎもネット上での難陳論議も…。国民主権の時代に新しい形としての皇位継承の姿なのでしょう。新しい元号にあやかって、その吉兆は、私達国民の心の持ち方にかかっていることを忘れてはなりません。

さて、我が国は下田沖に黒船が渡来して以来、欧米に追い付き追い越せとの思いで、一億火の玉となって突き進みました…明治・大正・昭和…、「ものづくりの時代」から、「心の時代」と変遷を遂げて来ました…。
しかし、敗戦後、今まで培ってきた日本精神は、総て戦勝国によって、放棄させられました…。

このことが現在の我が国の状況…即ち、一国のリーダーたる者、政財界、教育関係、スポーツ関係者たちの人心の荒廃の根源となったのです。
菅子の唱える四患「偽・私・放・奢」この四つの内、一つでも犯すことは、人を滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼすことになります。
一国のリーダー、政財界、教育関係、スポーツ界、その他の人達の「うそ、いつわり、詭弁、逃避…」は今は目を覆う有様です。改める心氣が求められます。

情報社会に突入して、世界は一変しました。IT社会の到来です。すなわち、新しいものづくりの時代です。すなわち、「心によるものづくり」です。
先駆者の後を手繰っていけば、物が造れた時代とはまったく違うことを自覚しなければなりません。
知識だけに頼った企業経営の時代ではありません。

それは物質主義や市場経済主義による変質的疎外感が蔓延った19〜20世紀が終焉して、新たな価値観をもった視点がおぼろげながら人心に浮かんできたもの…。それは新たな心の時代を模索し始めたと考えられます。

それでは何を頼るのか…。一人ひとりが物を見る目が違ってきたといっても過言ではありません。人の心に潜む「真の美しさ」とは何か…そこにヒントが隠されているのではないでしょうか。偏差値は高いが美意識は低いという人創りは誤った教育といっても過言ではありません。起業者は「美意識」を鍛えることになのです。そして「直観」と「感覚」によるものづくり…。これが「心によるものづくり」と言えるでしょう。

そこには、「真・善・美」がなければなりません。そのためには、リーダーは何をすれば良いのか…新しい価値観の創造、それは、美意識とともに、経営に新たな視点、即ちアート・サイエンス・仏教観なのです。そこに、令和の時代における人間としての生き方も含めて、答えがあると考えます。今一度、自らの心が何処にあるのか…確信されることを望みます。
さぁー、新しい元号とともに、新しい未来を…。
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T老師宛て書簡

今回の訪台におきましては、お世話になりました。
心から厚く御礼申しあげます。
特に新しい人との交流は、心身統一合氣道会にとって大変有意義でした。
合氣武術は、武田惣角(大東流柔術)から植芝盛平(後に合氣道と命名)、そして藤平光一(心身統一合氣道を創設)に真の合氣道として伝承されました。今、世界から注目されています。

私は台湾へ11年間(訪台22回)参りました。この目的は、只、心身統一合氣道の技だけを伝えるのではなく、心身統一道と共に、心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」であります。
そしてその目的は、「自らの人格を造る」ことにあります。
そのことを技を通じて伝えるために台湾へ参っております。
更には、今から12年前に、台湾の長老の方からはじめて「日本精神」という言葉を聞きました。その時は大変驚きました。

明治28年に台湾は「清」から日本渡されました。日本による統治が始まりました。
そして、児玉源太郎・後藤新平・新渡戸稲造らによって日本と同じ教育が実施されました。
このことは上から目線ではなく、植民地としてではなく同等の扱いがなされました…。
しかし、良い事ばかりでは無かったも事実です。
例として、終戦後、日本が台湾から引き上げる時、台湾の人達は次の言葉を吐きました「犬が去って、豚が来た…」と。
台湾へは「教育勅語」を中心とした教育がなされました。

親を大切に、兄弟仲良く、年上を敬い、物を大切に、自分のことより他の人のことを重んじる…など慈・悲・喜・捨、即ち地四無量心を大事にした教育でありました。
このことは昔の日本人が大切にしていた「利他の心」であります。

今の日本人には、このような教育は長い間為されませんでした。その結果が今の日本の精神状況です。哀しいことです。
昔の日本人の精神的支えであった「日本精神」…。このことを今の台湾の若い方に
心身統一道・心身統一合氣道を通じて改めて伝えるために、私は毎年台湾へ伺うのです。
少しずつ心身統一道・心身統一合氣道の理解者が増えて参りました。喜ばしいことです。
感謝の氣持ちで一杯です。

今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。又、次回お会い出来ますこと楽しみにしております。奥山弘邇拝
posted by 弘心 at 11:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

T老師宛て書簡

今回の訪台におきましては、お世話になりました。
心から厚く御礼申しあげます。
特に新しい人との交流は、心身統一合氣道会にとって大変有意義でした。
合氣武術は、武田惣角(大東流柔術)から植芝盛平(後に合氣道と命名)、そして藤平光一(心身統一合氣道を創設)に真の合氣道として伝承されました。今、世界から注目されています。

私は台湾へ11年間(訪台22回)参りました。この目的は、只、心身統一合氣道の技だけを伝えるのではなく、心身統一道と共に、心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」であります。
そしてその目的は、「自らの人格を造る」ことにあります。
そのことを技を通じて伝えるために台湾へ参っております。
更には、今から12年前に、台湾の長老の方からはじめて「日本精神」という言葉を聞きました。その時は大変驚きました。

明治28年に台湾は「清」から日本渡されました。日本による統治が始まりました。
そして、児玉源太郎・後藤新平・新渡戸稲造らによって日本と同じ教育が実施されました。
このことは上から目線ではなく、植民地としてではなく同等の扱いがなされました…。
しかし、良い事ばかりでは無かったも事実です。
例として、終戦後、日本が台湾から引き上げる時、台湾の人達は次の言葉を吐きました「犬が去って、豚が来た…」と。
台湾へは「教育勅語」を中心とした教育がなされました。

親を大切に、兄弟仲良く、年上を敬い、物を大切に、自分のことより他の人のことを重んじる…など慈・悲・喜・捨、即ち地四無量心を大事にした教育でありました。
このことは昔の日本人が大切にしていた「利他の心」であります。

今の日本人には、このような教育は長い間為されませんでした。その結果が今の日本の精神状況です。哀しいことです。
昔の日本人の精神的支えであった「日本精神」…。このことを今の台湾の若い方に
心身統一道・心身統一合氣道を通じて改めて伝えるために、私は毎年台湾へ伺うのです。
少しずつ心身統一道・心身統一合氣道の理解者が増えて参りました。喜ばしいことです。
感謝の氣持ちで一杯です。

今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。又、次回お会い出来ますこと楽しみにしております。奥山弘邇拝
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2018年12月19日

書簡

一年があっと言う間に…この一年は一体何をしたのだろうか…。「一年の計が定まったら、先のことを考えるな! 今この瞬間、今の今を考えて生きよ!…」師のこの言葉を大切にして今まで生きて来た…。それで良かったのだろう…。「頭で考えるな…感覚で捉まえよ…。」組織の代表宛ての書簡である。

「拝啓 向寒のみぎり、貴職におかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。日頃は何かとご指導賜り心から厚く御礼申し上げます。
さて、過日は大変お世話様になりました。心から厚く御礼申し上げます。
貴台から世代交代について話されました。時代の変化に敏感に対応することは組織運営には必須であります。

組織の長として、人選と決断は何時の時にも求められます。今回の判断は的確であったのか…。とすれば彼らは組織上どのような立場で臨んでいるのか…。一個の人間に対して武道(合氣道)の技量を判断することに対して充分な知識と見識、胆識を備えているのか…、など感じることは多々存在致します(せめて「正語」に対する正しい認識は必要と考えます)。
時代も変化していますから「何故…なのか」の問いに対してきちっと答えられるだけの対応は求められるでしょう。

人に真理を認識する見識を伝えるには、四つの難関があります。それをクリァーすることです。その行動学は、次のものです。
@ 人を審らかにする。A 己を審らかにする。B 事を審らかにする。C 時を審らかにする。
そしてその行動は、明白簡易でなければなりません。釈迦に説法ですがご容赦ください。

最後になりましたが私の道場では、特に人生を、運命を、如何にしてプラスに変えるか(立命学)について日々説いております。
その例として「道を志す者の七見識」「仕事の心得七カ条」「六中観」「「人間の九つの品格」「マネジメントに活かす東洋的兵法」「指導者の条件…恥の自覚」「知識主義を棄てて、見識を育てよ」…などであります。

合氣道を始められた方が、一年で人間として大きく変わっていかれることに、感謝の念が堪えません。
引き続きご指導賜りますよう衷心からお願い申し上げます。     敬具

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2018年12月13日

S氏への書簡

行動学

向寒のみぎり、お変わりなくお過ごしのことと拝察いたします。
さて、貴台からのメールについて、きづいたことを書き送ります。
「今の私に必要なのは、自分の絶対的自信と相手への絶対的評価であると思います…」と言われています。しかし、一番必要なのは、相手への信頼感です。その為には、「総て清濁併せのむ器量」と「相手を見抜く力」を持たなくてはなりません。
電話の話の中で「利他の心」についてもお話いたしました。又、「何故生まれてきたのか…」「何のために生きているのか」についても話しましたね。もう一度思い出してみて下さい。基本は、どのような時にも自らが「主である」ということを自覚すること、そして如何なる相手にも対等の立場で接することです。そして次の心得を心に叩き込んで下さい。
行動する人・事を行う者が難関を突破する行動学
A 己を審らかにする。
B 事を審らかにする。
C 時を審らかにする。
行動⇒ 明白簡易になって行動
⇒行動の目的や問題の所在を分かりやすく明確にする⇒
クリアーな行動となる
以上の言葉の真の意味を思慮してみて下さい。次回は「仕事の心得七ヵ条」について書き送ります。
 

                                          
                          

                          
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2018年11月15日

なぜ親と子に心身統一合氣道を伝えるのか(2)


日本武道のルーツは、古代ギリシャ、都市国家アテネにあると言われています。すなわちアテネにおける教育にその原点がありますが、特に合氣道(心身統一合氣道)とは密接な関係が存在します。
 人口約二万人の都市国家(ポリス)おいて、多数の偉人を輩出していることは歴史を見ればわかりますが、何故この少ない人口の都市に優秀な人物が多く存在したのか、この事実には、古代ギリシャの教育方法にあると考えられています(ルドルフ・シュタイナー 人智学)。 子供が生まれて7歳になると同時に、ギムナストと呼ばれる今で言う体育の教師に預けられます。すなわち「ギムナストによる教育」です。そこで子供たちは自分の体の動きを通じて、一つの大きな宇宙的運動を体験することで、一種の宇宙的なリズムを自分の身に付けるのです。シュタイナーの言葉を使えば、「生命体」(東洋の霊学でいう「氣」の働き)をそれによって強めたと言えるのです。そして闘技と群舞を学びます。その指導の一番の重要視は、呼吸法を通じて、宇宙との一体感の自覚、さらには血液の流れとその役割を学ぶと共に體の仕組みと骨格・筋肉の細部にわたる身体的精神的能力を試されるのです。
 特に、幼時からの宇宙感との関わり、宇宙の浩然の「氣」との呼吸力による一体感は、身体的精神的能力に大きな変革を生じさせるのです。そして子供たちは、大きな自然の流れ、大自然の法則性を身体で覚えていきます。
このような「無意識の教育」がなされることにより、感性の豊かな人間性が培われ、頭脳の持つ全方向性が花開くことに繋がっていくのです。古代ギリシャの都市国家(ポリス)アテネはこのような教育によって、歯が生え換わる時期である7歳から14歳の間に、闘技と群舞により、完全な調和のとれた肉体に鍛え上げることによって、後は、放っておいても上記で述べたようにその頭脳は素晴らしい方向へと展開していくのです。多くの偉人はこのことを学んでいたのです。現代は、「意識の教育」が施され、知識が全てであるような教育の方向に向けられていると言っても過言ではありません。この「意識の教育」が強まれば強まるほど、「無意識の教育」は為されなくなっていくのです。東洋哲学では、全ての生命の根源である「氣」というものの実在を自覚します。現在科学では、素粒子物理論として、物質として一番小さな物を探究しています。現在、その物質「クオーク」が発見されました。科学はまだもっと小さな物質を追い求めています。しかし、今から約3000年前に「氣」という概念ですでに感覚として分かっていました。今のように高度な数式などは無かった時代に、感覚として捉えていたことは驚くべきことです。心身統一合氣道の創始者藤平光一氏は、「万有を愛護し、万物を育成する天地(宇宙)の心を以て我が心としよう。心身を統一し、天地(宇宙)と一体となることがわが修行の眼目である」を座右の銘としているように、「天地(宇宙)の氣に合する道」これが心身統一合氣道です。それには自らの心と氣を自覚することが重要です。心身統一道・心身統一合氣道の修練によって「心が體を動かす」原理を学びます。それは人間本来持っている素晴らしい能力を導きだします。心身統一道・心身統一合氣道は、「争わざるの理」を理念とし、真の人間としての「人格をつくる」ことが目的なのです。我が国において、徳川家康は関ヶ原の戦いの後、官学として「朱子学」を取り入れました。「意識の教育」のです。しかし、その対岸の思想として位置する「陽明学」は、「無意識の教育」です。明治維新へ命を賭けた青年群像は、陽明学者といわれる人物の影響を受けたと言われています。我が国の陽明学の祖の中江藤樹、左藤一斎、岡山の高梁市が生んだ陽明学者山田方谷はその代表です。我が国における東洋哲学の一人者であります安岡正篤氏は陽明学を立命学として体系づけられ多くの人達が学ばれました。古代ギリシャの思想・ルドルフ・シュタイナーの思想・心身統一合氣道の思想・陽明学の思想は同じ原点をもつものなのです。                                                       
                                                                  以上
posted by 弘心 at 22:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私が学んだ三人の師


私は、人生の師として、三人の先生に学びました。一人は、心身統一合氣道の創始者藤平光一先生です。日本の合氣道界では最強の人で、合氣道の創始者植芝盛平翁から最高位十段を授与された先生で、世界25カ国に広められました。
藤平光一先生から心身統一道として、心と體を一つにする手法即ち心身統一の四大原則(@臍下の一点に心を静めて統一する。A全身の力を完全に抜く。B身体の総ての重みをその最下部におく。C氣を出す。)を。心身統一合氣道からは、基本の技を通じて「心が身体を動かす」原理を学びました。武士道とは、「死ぬことと見つけたり」は、葉隠れの有名な言葉です。心身統一合氣道は、試合はありません。心と體を究極まで、修練によって高めて行きます。即ち「試合は死合」となります。心身統一合氣道の理念は、「争わざるの理」。そして其の目的は、「人としての人格をつくる」ことなのです。  心身統一道は、心と體を一つにする為の四大原則を自らの日常に用います。心身統一合氣道は、次の五原則から成立します。@氣が出ているA相手の心を知る➂相手の氣を尊ぶC相手の立場に立つD率先窮行。この一つを間違っても技にはなりません。
二人目は、東洋哲学者安岡正篤先生。先生からは、陽明学を学びました。人創り、組織創り、国を創る為には、「四惟」と言う言葉があります。「礼・義・廉・恥」です。この中でも「廉」は一番重要です。礼とは、国や人でも、その働きが正しい秩序を保ち美しく調和していることです。義とは、礼を支えるものか、自己の意義や使命を社会的に果たしていくという意味の義であります。廉とは、国や社会の為という全体の仕合わせに立つには、自分というものを無にして奉仕すること。即ち、無私になるということです。これが「廉」であります。恥とは、以上のような精神に立てば、自分勝手で利己的な姿は、全体的な「公(おおやけ)」から見れば、深く恥じなければならない。これが「恥」、恥をしることなのです。又、人を滅ぼし、組織、国を亡ぼすものとして、「四患」があります。「偽・私・放・奢」です。特に「偽(嘘、いつわり)」は一度で自らを殺してしまいます。
現在我が国において、最高学府を出て、一流企業を立ち上げた者、或いは政治家・教育関係・スポーツ関係団体が、嘘偽りの為に、マスコミの前で頭を下げて、謝っている姿を数多く目にします。そして姿を消してしまいます。嘆かわしいことです。
三人目は、私が三歳の時から指導してくれた父(奥山喜峰…邇心流合氣武術を創設)です。力を全く使わないで自らの氣の動きで相手を、自在に導く(天と地に)ことでした。相手を掴むのではなく、手を添えるだけでよい。真っ先に相手の心・氣の動きを感覚で捉えよ。感覚を鍛えよ。それにはどのような相手にも慈悲心でもって接することだ。勝とうとは決して思ってはならない。只、「負けない」と言うことを研究せよ…。など、今となってようやくそのことが理解できるようになりました。教え全般を、自らの人生の指針として、更に社会関係、仕事に、家庭生活など全般に用いて頂ければ幸甚です。
            心身統一合氣道師範七段・邇心流合氣武術八段  奥山弘邇
posted by 弘心 at 22:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

七十年を経て辿りついた私の合氣道

七十年を経て辿りついた私の合氣道
ここに私が合氣武道と歩んで参りました経過を少しお話をいたします。1945年から父に学び、そして1961年に東京高島屋の野外ステージで初めて植芝盛平翁の合氣道を目にいたしました。そして現在まで約73年間都市計画技術者として街づくりに専念すると同時に、柔道、剣道、空手、拳法そして合氣道の探求に努めて参りました。この長きにわたる間、出会いと共に多くの修練生が集ってくれました。
私は、父からの教えと、心身統一合氣道創始者藤平光一先生の心身統一の四大原則・心身統一の五原則、誦句集とともに、中村天風師の心身統一法、原始佛教(釈迦の誕生から死までの教え)、安岡正篤師の陽明学(立命学)の教えなど、人間としての在り方、生き方を説いております。 「何のために生れてきたのか、何のために生きているのか…」この根本原理について理解することが最初となります。その上にたって、「心が體を動かす原理」「氣の原理」などを学び理解することが求められるのであります。そして心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」、目的は「自らの人格をつくる」ことに帰着いたします。 
私の心身統一合氣道は、決して力で相手を崩したり、投げたりは致しません。そのためには、自らが完全なリラックスに同調する、そして相手を力で掴まない、軽く触れる、そして相手の心・氣を導くのです。すなわち行きたいところに行かせてあげるのです、行きたいところとは何か、天と地です。人は死ぬと體は地に戻り、エーテル体は天(宇宙の彼方に)に。宇宙の氣から生じた私達は又宇宙に戻ります。その意味は、相手の氣を真上真下(天と地)に導くことにあるのです。護手と攻手はその意味で基本技を用いて表武するのです。崩され投げられた攻手は、護手からではなく、何故、崩されたのか分からないまま自らが崩れるのです、ここには、護手と攻手と間には何の思惑もないのであります。相手に攻撃を仕掛けた者がひとりで打ちこんで、ひとりで崩れて転がっている…。ここに「争わざるの理」の一片があるのです。そこに、「我即宇宙」「我舞えば宇宙舞う」「合氣は愛」という言葉が生まれるのです。そのための第一歩として、「氣づき即行」と「清濁併せ呑む」ことを自らのものとしなければなりません。すなわち、相手の心・氣の動きを五感、六感で捉えることです。
私は、生きていく上においての真理を求めています。それは「悟りを求める心」を発することが重要と考えます。真理の教えを聞いて「歓喜の心を生ずること」すなわち悟りを求める心は、人間にとって真実の喜びにつながると思っているのです。慈悲心すなわち、四無量心の四つの心「慈・悲・喜・捨」は、計り知れない広大なものであり、これらがはたらきかける対象となる人々もまたはかり知れない(無量)ところから「四つのはかり知れない利他の心」と言われています。この利他の心をもって、様々な苦しみや悩みを持っている人々を高いところから観るのではなく、苦しんでいる人々と同じ立場に立って共に苦悩し、共感して共に救いの岸を目指していく、という心のあり方を意味しているのです。このことを自らの心の原点にして、先人が艱難辛苦の末に出来た基本技を方便にして自らの人格・品格の向上に努めなければなりません。真の合氣とは何か…合氣道は未だ完成されたものではないと思っております。自らの心身が極限にまで研ぎ澄まされて、心の動き、氣の動きが同一化され、相手の総ての動きが透視され、そして相手と同化した時、初めて真の合氣に近づいたとの認識がなされるものと思慮いたします。そのためには、「自らの身体の完全なリラックス・相手の心と氣を真っ先に読み取る・自らの體を自在に操る術・基本技の集積」が極意です。以上
posted by 弘心 at 22:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする