2008年11月27日

バイオマスタウン視察余話

村おこし、限界集落脱却のための一つの手段として、
地産地消を要にした「バイオマス計画」を試みる為に
先進都市でもある岡山県真庭市へ行った。

多くの得るところがあり、現在まとめとともに、
新しい計画を策定中である。

町並み保存とされている街道を歩きながら、
階段を上がっていくと、お寺に行き着いた。
勝山藩主三浦公菩提所でもある浄土宗安養寺。

住職が庭を掃いておられた。
正門の脇に書いたものが置いてあった。
一枚頂く。以下紹介内容です。

 ・長生きの五カ条・天海和尚(1536〜1643年)

 一、氣か長く…短期は損気 怒りは敵と思え(徳川家康遺言)
 二、仕事は堅く…働くは、傍(はた)を楽(らく)する菩薩行。
        人生の仕事に定年はありません。
        物事に奉仕くださ         い。
 三、色うすく…色とは欲望・執着の心。欲望執着を全部
        捨てろとは言わないが、少し押さえて
        こらんなさい。氣が楽ですよ。
 四、食は細うして…鶴の小食千年生きる。
          腹八分目に医者要らず怠け者の喰い急ぎ。
          粗食に腹八分めは百歳の保障です。
 五、心広かれ…小さな事に物事こだわるな。災難に遇う時は
        災難にあうがよかろう…良寛さん 
        万事成るようになるさ。

二度めの訪問時には、住職とお話をしてみたい。
posted by 弘心 at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

混迷の時代

 一国を代表する総理大臣を巡って、ここ数年はまさに
大臣職については激動の時代と言ってよい。

これほど、人間像と言うか、我が国のトップの人間性、
教養のほど、…が明らかになった時代はない。

悲しい話であり、日本人として、今まさに混迷の時代
に入っていると思わざるをえない。

麻生氏にあっては、吉田茂氏の孫にあたる?という贔屓目
もあって、今までとは違うだろうとの想いもあった。
しかし、だんだん怪しくなってきた…。

安岡正篤先生が生きておられれば、どのように評価される
であろうか。

先生は吉田茂氏が老師と呼び、公私にわたって指導・助言
を受けた人である。

先生は、昭和45年の年頭の言葉の中で、次のように述べ
られている。

「年頭にあたって本年(昭和45年)干支をこの様に
考えますと、大変参考になる意義と反省の資料を与えて
くれます。これを歴史の実際に微しても興味深いものが
あります。
 元来干支というものは、古代人が、殊に東洋では専ら
農耕中心の時代ですから、一年中の農業生産計画をたてて
それに基づいて諸藩の行政を進めていく、その年間の生産
計画とこれに関連する行政計画、即ち暦の基準になるもので
ありまして、単なる観念的抽象的な問題ではありません。
多年にわたる経験から実際に把握した指針でありますから、
歴史的実証的な教訓あるいは哲学と言うことにもなりましょう。
そこに大変興味深いものがあるわけです。

そこで本年から六十年前の庚戌(こうじゅつ)の年は
どうであつたかを調べますと、丁度明治四十三年に
あたりますが、この年に多年懸案の問題を戌削(じゅつさく)
いたしました。政治の面について申し上げますと、その頃は
政友会と非政友会にわかれ、特に野党の方に派閥が乱立して、
政治的に弊害を招いておりました。
その中心人物が犬養毅や島田三郎・河野広中等といった、
なかなかの豪の者ばかりでありまして、明治四十三年即ち
庚戌の春に断然これらの諸豪が集まって派閥解消をやり、
野党一本化を図ったという年であります。

また造反思想・造反運動が盛んとなり、社会主義・
共産主義の思想や革命運動が活発化するにおよんで、
政府は断乎たる決意をもってこれに臨み、幸徳秋水を
始めこれらの思想家・運動家を一網打尽にした年であります。
 なお対外的には多年の懸案であつた韓国問題に断を下して
日韓併合にふみ切りました。
経済面においても、一番顕著な問題は国債の問題でありまして
この国債の引受を十六の銀行が一致団結して実施しております。

 また歴史的にも後世に残っております改革はこの庚戌の年
におこなわれおりまして、これらは本年の大きな参考に
なるでしょう。
遠くは源頼朝が弟義経をたおして、鎌倉幕府建設の地固めに
堂々と都入りした建久元年、また白河楽翁が行いました
寛政二年の改革、或いは八代将軍吉宗の享保の改革等は
この庚戌の年にあたるため、本年は革新的に着々と勇敢
に実施しければならないということを教えております。

人間というものは何かきっかけをつかみませんと、漫然と
過ごしやすく、慣習的因習的になってしまって、愚図愚図
しておる間にこんなことになったということになり易い。
事業家は特にこの点を戒めなければなりません。何か
手がかりがありますと、物事を具体的に進めておく上に
便利でふり、好都合であります。

こういう意味で、年・月・日・時間の干支に注意をする
ことは大変参考となるものです。そしてこの干支は六十回
目に回ってくることに深い意味がありまして、われわれの
年齢で申しますと、六十という年即ち還暦を迎えますと、
どんな健康な人でも、どんな心がけによい人でも、肉体
的に問題が起こります。これを思い切って処理しないと
不老長寿は臨み得ません。
 月で申しますと六十ヶ月ですから、五年であります。
五年が経過するとやはり停滞して腐敗も伴ないがちですから、
人間はやはり五年に一度位は自分の生活を反省して革新する
必要があります。
また日で言いますと、六十日は即ち二か月でありますから、
日常生活な仕事においても、思い切って処理する必要が
あります。

 時間については前におはなししたので省略しますが、一日
二十四時間を子の刻から亥の刻まで二時間ずつ干支で区切って
あります。生理生活というものは最も大事な根本的な仕事の
一つでありますから、内蔵諸機関の活動と、時間と干支の
関係を認識して活用されますと、大変有益であります。…。」

大体以上の内容でありました。
まさに先生の言われるように、今年は波乱の年です。

そのように考えますと、この五年間は混迷の時代といって
過言ではない。
その第一の原因は、親から子にこれだけは伝えるべき、と
いうことが皆無になっていることではないだろうか。

特に「読み書き算盤」と言われ伝えられている中で、
「読み・書き」が重要である。

因みに明治維新を成し遂げた人物たちは、おおよそ二十代の
若者が多かった。

彼らの中には佐久間象山・吉田松陰など東洋哲学を学んだ人物が
多くいたことである。西郷隆盛は陽明学。

脳科学者、茂木氏はいう。
親、あるいは指導者は、人の脳に「ミラーニューロン」を導き出す
ような教育が求められるのである。

それは、例えて言えば「前で動く人の動きを真似しようと
するもの」そして、「メタ認知」を習慣づけるのである。
これは「自分を客観的に見ることが出来るようになる。
そうすれば、他人をしっかりと見ることが出来る人間に
育つ。

帝王学を学ぶということは、上記のような教育がその原点として
なければならない。

今の政治家のトップ、あるいは企業のリーダーには親あるいは
師と呼ばれる人からの上記のような教育がなされなかったので
あろう。

弘心塾での合氣道はそのためにある。

そろそろ来年くらいから、国政に自助作用が起こり、
常識ある為政者の出現を期待したい。
posted by 弘心 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

バイオマスタウン2

真庭市観光連盟がツァーを計画して参加者を募っていた。
幸い参加することが出来た。

法人事務局とともに、二日にわたって参加した。
バイオマスに積極的に関わっている企業の紹介があった。

真庭市のバイオマスタウン計画は行政からの発信ではない。
民が自発的に活動した結果である。

材木しかない市、その材木は今、山に植えられてから
長い年月放置され、荒廃の道を辿る…。

立ち上がった若手経営者がその危機感を募らせ自ら解決策を
求めて会議を重ねる…。

そして、「山があるから、材木が育つ。そして木樹は
天からの恵みとしての雨を貯え、大地に戻す…。

遠くなるくらいの時間をかけて、水を潜らせて、
温泉として蘇らす…。

その温泉は真庭の人々を豊にする…とともに、山おも蘇らす
命を秘めている…。
この循環に目覚めたとき、今ある樹木、木材の現状を知る
とともに、如何にその恩恵を受けるか…、
そのことに氣づいたのが、真庭市の経営者たち。

材木の製材から出る木の切れ端など、チップにして
ぺレットにして燃料にする。
発電のための燃料…、そのペレットから
色々な発想で新しい起業が生まれつつある…。

舞鶴の村おこしにも大変役にたった。

最後にお詫び。(「真庭念流」は間違いで、「馬庭念流」
が正解です。訂正させていただきます)
posted by 弘心 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

バイオマスタウン

村おこしの一つの計画を進めている。
この村は約130軒集落である。由良川に沿った五つの村、
加佐地域である。

その中でも一番大きい村。
しかし、限界集落である。村の長老の話では、
この村の檜は有名であったらしい。
お上への献上品として選ばれたという。

確かに由良川に注ぎ込む、一級河川の久田実川にそって
集落はある。

そしてその両側は、急瞬な山。その山肌に樹木がある。
厳しい寒さと風、限られた日当たり…。
それらの自然が年輪の細かい檜を造形する…。

今、超高齢者が大半となった村には、最早山の手入れは
出来なくなった。

荒れた山は、荒廃をさらに進める。
その樹木をなんとか出来ないか…。

チップにして…、くん炭にして…、ペレットにして…、
肥料、燃料にしてはどうか…。

この発想が村おこしの原点…。

明日、岡山県の真庭市へ…。
バイオマスタウン計画を実行している市。

真庭市は、真庭念流の剣術でも有名である。
一手お手合せを願いたい…。
posted by 弘心 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

本質を観る

・鳥鳴き花咲き山川うつくし…、
だがこれは天地の仮の姿だ。
水あせ葉は散り石・ガケまるだし…、
そこに天地の本体がある。
posted by 弘心 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こころの器

・こころはカラにするがよい。
カラなら悟りがはいりよい。
こころはつめておくがよい。
つめれば欲が入り込まない。
posted by 弘心 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こころの洗濯

・こころを洗って、学問けいこもするがよい。
でないと、ひとのフンドシでスモウをとりたがり、
ひとのリクツをツイタテにする。
これではゴウトウに刀を、ドロボウに米をやるようなものだ。
posted by 弘心 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月11日

こころの光

・こころの光は、闇にも青い空を見る。
こころの闇は、昼日なかにも鬼を見る。
posted by 弘心 at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

修行

修行は鍛えに鍛えた鉄のように。
早ごなしには、深みがない。
実行は重い弓を引くように、軽はずみでは、
ききめがない。
posted by 弘心 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こころのあり方

・こころは宇宙と同じ。
うれしいときは、良い風・良い雲。
悔しいときは、カミナリ・大雨。
優しくなれば、そよ風に露。
いかつくなれば、夏の日・秋の霜。
どれも必要。
ただ出たり消えたり、こだわることなく、
大空のようにありたい。
posted by 弘心 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

ブラス思考

・天が福をおしむなら、こちらは徳で立ち向かおう。
肉体をくるしめるなら、精神を楽にしておぎなおう。
境遇をふさがれたら、真理に生きて切り抜けよう。
天もこれにはどうもできまい。
posted by 弘心 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こころ

・念頭起処、 纔覚向欲路上去、 便挽従理路上来。
 一起便覚、此是転禍為福、起死回生的関頭。
 切莫軽易放過。

 こころの動きを、邪道と気がついたらすぐに、正しい道に
引き戻す。動けば気づき、気づけばもどす。これがわざわいを
福にし、死なずに生きる分かれ目だ。決してウカウカみすごすな。 
posted by 弘心 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心構え

・天地寂然不動、 而氣機無息少停。
 日月昼夜奔駈、 而貞明万古不易。
 故君子、間時要有喫緊的、心思、亡処要有悠閑的趣味。


天地は静かで動かぬが、いとなみはたえず続いている。
日や月は駆けどうしだが、光は永久にかわらない。
そこで人間、無事でもまさかの用意が必要、
いそがしくても、趣味が必要。
 
posted by 弘心 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変革

我が国をはじめ世界の経済は、いまやカオスの状況にある。
その中にあって、アメリカの大統領に、アメリカ史上初めての
アフリカ系黒人のオバマ氏が選ばれた。

大統領の急務として、上級官僚約3000人の人事異動が
行われる。一年はかかるといわれている。
組織全体から見ると、その何倍かの人事が動く…。

さらに、法的には、関連法の改正等があり、当面の仕事
としても、大変な時間がかかる。

レーガンから続いた30年は、民の経済活動には民にまかせて
官は口を出さない方針できた。この考えは間違いはない。

しかし、経済の仕組みが、1900年代とは全く異なった
方向に向かったことがその原因であろう。

イギリスは工業社会(物づくり)から金融立国として変身した。
アメリカは出来なかった…。

発端となった住宅ローンは、別名ニンジャローンと呼ばれている。
五年間は、利息のみの支払でよく、NOマネー・NOワーク・…、
で住宅が手にはいる。

当然、投機対象にして一攫千金の者も増えた。
バブルが始まった…。

個人住宅の売買契約に保障人がいらない仕組み。
だが、金を貸す銀行間同士でのリスク回避のために、
保障会社と保証金が交差する。

この仕組みを証券化したのである。
いわゆるデリバリー商品である。
そのモデルが他の取引にも派生した…。

バブルが弾けだした…。すると、五年間利息だけでよかった家が
価値が下落したために、投機対象としていた投資家は、一斉に
手放しだした。

一角が崩れると、あっというまに連鎖反応をおこす…。
リーマン・ブラザーズの倒産である。

そして連鎖倒産の序曲が始まった。もはや、アメリカだけで
なく、世界各国の金融機関へと広がっていった…。


「変革」を旗頭にしたアメリカ大統領の今後の活躍を期待
したい。

しかし、アメリカがくしゃみすれば風邪をひく、と
言われている我が国の経済はどうか、共和党は親日的、
民主党は中国に近づく。
特に副大統領は「日本は嫌い」と明言した。

「小さな政府」から「大きな政府」への転換。オバマ氏が
背負う約46兆円の負債をどうするのか…。
さて、どう変わっていくのか。


我が国の経済は、輸出依存型。そのために、十分な
内需拡大には至っていない。

どうすれば良いか。
ずばり、大変革である。道州制を実施して、国は地方が独自の
施策を創り出していける財源を移譲する。

地方経済を主体にして、セミインディペンデンスの地方づくり。
すなわち、衣食住に係るものは地方で創出。

食で言えば、地産地消。地方の雇用創出には、物づくり企業を
地方に分散するなど…。
地方同士が競うあう土壌づくりも…。

農地がない都会には、交流都市契約を結び、食についても
需要と供給のマスタープランを策定しあう。
交流人口に応じた国庫負担と地方交付税…など。
いくらでもある。

まさに、我が国こそ、「変革」を国民一丸となって叫ばなければ
ならないのではないか。
posted by 弘心 at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

冬への支度

日の落ちるのが早くなった。
山の木々も冷たい風に身震いするたびに
着ている葉を脱いでいく…。

畑の万願寺甘唐も伏見の甘唐もビーマンも…土に帰りだした。
つる紫だけが、一生懸命次世代を残す作業に先を急いている。

青紫蘇は種を既に落とし、来年に賭けている。
はなみずきも葉を落とし、びゃくだんの木も…。

土蔵の扉に色が褐色になったカマキリが必死でしがみついている。
最早、動く元気もない…。

次の日には下に落ちて。果てていた…。
土壁についた白い綿の塊のような世継を残して…。

湧水水路には、カワニナが静かに動いている…。
その横で、さわがにがじっと蹲っている。

のびるがあたらしい芽を出し、青い茎が長く伸びている。
ネギのかわりに、様々なものに使う。
餃子やネギ焼きの中にいれて食する。

「寒則殺」…冬はすべてのものを殺す…。そして
「暖則生」…春はすべてを生み出す…。

こころの冷ややかで冷たい人は、周りの人を
不幸にし、こころの温かい人は、すべての人を幸せにする…。

すべての人が幸せになってほしい…。
出来ればそのはたらきに一緒したい…。
幸せにしたい…。

生まれてきた意味を…いつも邇心に問いかけながら…。
大地と自然と対話がつづく…。
posted by 弘心 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界の歌姫

サラ・ブライトマンのことを少し書かせていただきました。
訂正をおねがいします。
CDなどの販売枚数は、総計2600万枚です。
よろしく。

確かにすばらしい声…。
今までも何人かのシンガーを紹介してきました。

こころ揺り動かされる声にめくり合うのは、実は受け手側の
感性にある。

目に目えない世界からの波動に全身を研ぎ澄まして
みよう。
posted by 弘心 at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ふたりで聴く音楽

和太鼓の演奏グループも舞鶴でもたくさんある。
東舞鶴の道場で、幾つかのグループが練習されている。
一度聞いてみたい。

さて、違うジャンルの話題。
クリスマスを二人??で過ごす方への話題プレゼント。

たまには、部屋を奇麗に掃除して、相手の気持ち
(こうしてほしい…)になって、、二人きりでの
演出もされてみては…。

その時に是非、この音楽を…????????
その一つめ、オリンピックでも歌った女性シンガー
サラ・ブライトン、彼女は出したCDは、総計2600枚。

今度初のクリスマスアルバム、HAPPY・CRISTMAS
をリリース。

透明なクリスタルな歌声は、きっと二人のこころが
溶け合うこと間違いなし?h?????n?[?g??[?h

その二つ、関西出身のバンジョ奏者、青木 研氏。
小学生の時に、フォークダンスの「オクラホマ…」の
バンジョの音を聞いて、志したとのこと。

当時は先生はなく、独学で取得。
ギター奏者と二人で奏でるその音は、すばらしいexclamation?~2

彼のバンジョは四弦。そのテクニックと、さらに彼の演奏中の
顔の表情がこれまた最高。
最近、アルバムを出した。

二人の気持ちが?O?b?h?i???????????jすること間違いなし???i?`???L?j

私は二つのCDをゲットしました???[???i?????????j

明日、大阪の四ツ橋の大阪フイドル倶楽部で彼等の演奏会がある。
時間のある方は、一度行かれては…。

自然・合氣武道との交わりは、私の生きていく要でもある。
しかし、あらゆる事象に関心をもち、良知とすることも
又、必要なのである。

人生を豊にするものは、有り余るお金でも物でもない。
ゆたかな感性とこころを全身でいかに感じとれるか、である。

人としても必要ではあるが人間として重要なことである。
人間として如何に生きるか。

その答えは、いかに最良の伴侶に巡り合えるか。
いかにして相手の為、人の為になるか。

人は、一人では生きられないのであるから…。
posted by 弘心 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

{ 「迷い」は迷い

もう、かれこれ二十年ほど前だと思う。
大阪城ホールに物凄い太鼓の音が響き渡った。

佐渡島が発祥の地。田 耕氏率いる「おんでこ座」
の和太鼓の演奏である。

おんでこ座の特徴は、メンバー全員が、フルマラソンを
完走して、太鼓演奏にかかる、というものである。
確か、アメリカ縦断の演奏の旅は、まさにその繰り返しで
あったという。

そのために、例えば、銀行口座の開設の仕方、お金の出し方
など、日常生活の常識が分からないまま、年をとる
ということにもなってしまう。

鍛えられた肉体、その身体が鞭打つように撓って、和太鼓
から様々な表現を引き出す。

その演奏に圧倒されたのを思い出す。
様々な大きさの太鼓を一人一人が独特のバチさばきで
一体となった響を出す。

若い兄弟の絶妙な三味線の掛け合い。尺八のアドリブ演奏。
褌姿の奏者が、大太鼓に向き合って、背を客席に向けての
バチさばき…。

その演出は、外国映画にあった。フランスのギャング映画での
ジャン・ギャバンが、男の悲哀を後姿で表現していた映画が
あった。そのような映画でのシーンがヒントとなったとのこと。

鉢巻をして、マラソンで鍛えた赤銅色の肉体に衣装は白い
褌のみ。

大太鼓を打つ腕がしなる…。踏んばる足…。引き締まった身体。
盛り上がった肩…。
鮮やかに演出されていた。

その奏者、林 英哲氏。
久し振りに、NHKの番組で出演されていた。
氏はおんでこ座で19歳から30歳まで修行を行い
その後独立した。

和太鼓の可能性を探すためである。
しかし、最初からうまくはいかなかったという。
初めて来た仕事は、ジャズピアニストの山下洋輔氏からの
依頼。

林氏は思ったとおりには演奏出来なかった。間違った。
そのことを山下氏に打ち明けたところ山下氏は即座に
「間違いはない」といわれたという。

その時、林氏は「目から鱗が落ちた」との思いであったとの
こと。

著しい不協和音であっても、そのこと自体は間違いではなく
間違いと思うこころの迷いが間違いであって、まさに
迷いが間違いなのである。

こころが身体を動かしているのである。迷いのない思いからは
間違いはない。

合氣武道も同じである。基本の型を極めていけば、いずれば
抜け出る…。

その時には、最早、「型」から見れば、間違いの方向に
進んだようにみえる。

しかし、間違いではない。間違いとは何を基準とするので
あろうか。

考え方、感じ方が変われば、生き方が変わるのである。

今年、田 耕氏は亡くなった。
しかし、数多くの太鼓奏者が育った。
氏の業績である。




その姿は
posted by 弘心 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

進化するとき

草が最後の働きを示すように、大きく伸びて
そして、地にかえる準備をしている。

二台の草刈り機をフルに活動させて、彼らを刈り取る。
特に笹とドクダミ、スギナは、その生命力は凄い。

刈っても刈っても芽を出す。
仕方なく根を取り除く。

しかし、次のときには又、新しい芽が出る…。
それも違う形で。

最近、體の動きに変化してきている。
一年のうち、何回か同じような感覚が體を襲う。
その時は、一時的に体の動きが止まる。

しかし、そのうち何日かして、突然全く異なった動きが
五體を駆け巡る。

無駄が剃りおとされたものが、新しい感覚として意識の中
から迸り出る…。

體の動きに進化が始まったのである。
畑仕事をして、大地と対話を…、そして體が疲れ切った時
その感覚がより鋭く現れる。

地蔵尊の花と水を取り換えて、こころを沈めて、真言を
唱える。地蔵尊の姿が一瞬、浮き上がって見える…。

自らの正中心軸上にあるチャクラーに一瞬せんりつが走る…。
地蔵尊の眼が異様に光っているように見える…。

それ以来、修練で対峙した相手のこころの動きがよりよく見え
そして動きが早く変化している。
そんな進化がもう五回も続く…。

これを見せしめるために舞鶴の地に導き寄せられたのであろうか。
目に見えない世界にこそ真理があることを認識する。
posted by 弘心 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

転換

今、世界経済は大混乱に陥っている。
アメリカのサブプライム問題から端を発した
金融問題は、アメリカ一国の問題ではなく、ヨーロッパ
にまて拡大している。

金融工学という言葉も生み出された。同じ工学でも
ものづくりではない。
紙と鉛筆から考え出された、金融商品であり、「かね」の
もつ魔力を利用した「あでくぜに」商法に過ぎない。

これらの商品は、得をする者と損をする者がはっきりとする。
一掬千金を企むゆえに、損得の格差は物凄いものである。

イギリスの老夫婦が、退職金の1000万円をリーマン・
ブラザーズに預けたところ、倒産で一夜にして90万円に
なったことが報じられていた。

しかし、誰もが収入がなくなれば、手持ちのまとまった資金は
高金利の商品にはしるのは当然ともいえる。

デカルトの有名な言葉に「我思う、故に我あり」がある。
デカルトは、考えている我、理性的な我が、絶対確実と考え、
我を世界の中心に置いて、自然と対立させた。

このような人間中心主義はソクラテス、プラトンの
ギリシャ哲学にあり、デカルトにおいて、拡大されたと
ドイツのハイデッガーは唱えた。

今の世の中は、人間中心に動いていると云っても
過言ではない。
我が国も、敗戦国となった以降、西洋哲学的思想が蔓延した。
その結果が、今の世相に反映していると考えてよい。

環境破壊も同様である。産業革命以来の科学主導の文明、
すなわち近代文明の根底にあるのがフランスのデカルトや
英国のベーコンが基礎づけた近代西洋哲学にあると言ってよい。

人間中心主義もそろそろ終焉に向かっているのではないか。
すなわち、自然主義への回帰である。

その考え方は、東洋哲学にある。その中でも、
仏教の教えにある。
「日本の思想の根底には『草木国土悉皆成仏』という
天台本覚の思想にある」と哲学者梅原猛氏はいう。
私もまったく同感である。

今こそ、自然中心の哲学に回帰すべきと考える。

今、テレビをつけた。
青山テルマが「まもりたいもの」を歌っている????????
あなたの「まもりたいもの」は何てすか?
posted by 弘心 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする