2014年03月07日

人間としての生き方

改めて、一年を振り返ってみた。昨年の今はこんなことを考えていたのだ、と…。(ブログ武農合一・2013・3より)
人間としての生き方     

今日は二十四節氣の啓蟄である。
多彩で多数の虫が蠢き始める日。
漢字には驚かされる。「蠢く…うごめく」という字は、
虫の上に春がのっかっている字である。

舞鶴の雪は、やっと90%融けた。そして雪の下からは
もう、半ば開いたフキノトウが顔を出している。

水仙も何本か花を開いてくれた。
花畑には、昨年にパートナーが一生懸命、チュウリップの
球根を埋めた…。土の中から少し芽を膨らませて眠っていた。

菜根譚に次の言葉がある。
「…寒則殺・暖即生…」。冬はすべてのものを殺し、春はすべてのものを
生かす…。という意味であり、これを人間の営みに表せば、

心の温かく穏やかな人は人を生かす…
しかし、心が冷やかで、冷たい人は、人を殺す…。

このように春はすべてを生かす意思を持っている…。
多くの虫や鳥、獣などが動き出した春…。

その気持ちは良くわかる。雪に閉ざされた数日間は、只、この雪が
一日も早く、止んでほしい…との気持ちが頭を駆け巡る…

雪がやめば、あれもこれも…したいことばかり頭に浮かぶ…
そんな思いで過ごす日々は、何かしら思考が止まり、しかし、
何かを成し遂げるイメージばかりが膨らむ…。

春の息吹は、このような勢いが、表面には出ないが、その中に
籠められているのであろう。

今年は、合氣道の修練において、新しい目標を掲げた。
修練者には伝えた。

故安岡正篤老師に陽明学を学んで三十八年目になる…。一体何をしてきたのか…師は、「何ものにも真剣になれず、従って何事にも己を忘れることが出来ない。
満足することが出来ない。楽しむことが出来ない。常に不平を抱き、不満を持って、何か陰口を叩いたり、やけのようなことをいって、その日その日をいかにも雑然、漫然とくらすということは、人間として一種の自殺行為です。
社会とっても非常に有害です。毒であります…」

では、どのような生き方をすればよいのか。師は言う。
「如何にすれば何時までも進歩向上していくことができるのか、
第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいくということです。
純一無雑の工夫をする……近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、ということです」

「人間に一番悪いのは雑駁とか軽薄とかいうこと…。これがひどくなると混乱に陥ります。人間で申しますと自己分裂になるのです。
そこで絶えず自分というものを何かに打ち込んでいくことが大切です」と。(安岡正篤一日一言)

さらに、私が尊敬する森 信三先生の言葉。
「真の誠は何よりもまず己のつとめに打ち込むところから始まると言ってよいでしょう。
すなわち誠に至る出発点は、何よりもまず自分の仕事に打ち込むということでしょう。
総じて自己の務めに対して、自己は一切を傾け尽してこれに当たる。即ち、もうこれ以上は尽しようがないというところ、なおもそこに不足を覚えて、さらに一段と自己を投げ出していく。
これが真の誠への歩みというものでしょう」と。(修身教授録)

森 信三先生は、又、様々なことについて、講義をされている。その中で、
「一時一事」もその一つです。

「…すべての武道の修練というものは、この「一時一事」の工夫において、大いに教えられる場合の多いものです。
武道以外の他の競技においても同様ですが、すべて敵と争う場合には、迷った方が負けになるのです。ですから、この「一時一事」の原則を、最も敏速に、かつ徹底して生かした方が勝ちを占めるのです。
そして、これは、ひとり武道や競技のみならず、実は人生そのものが、
またこうしたといえるでしょう…諸君らは、現在は、武道や競技などにおいて、この「一時一事」の修練をしているわけですが、その呼吸をさらに日常生活上の、あらゆる事柄において生かさなければならぬと思うのです。同時にまたこの点の工夫をするか否かが、武道や競技においても、真に上達するか否かの分かれ目となるともいえましょう。けだし古来名人と言われた程の人は、一振りの剣に全生命を集中してその生涯を、生きて来た人に外ならないのです」と。

安岡先生が説く陽明学の、格物致知と知行合一、
森先生が説く「生涯修業」…「一途一心」をこころして…

まだまだ学ぶことは多い。




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2014年02月04日

節分

友人の渡邊さんは日本でも色彩学については、指折りの方です。
その彼の特技の一つに易学があります。
彼の陰陽五行説から、節分について伺いました。
節分は、春を呼ぶ重要な行事とのことです。

「今日は易の世界での新年の始まり、節分。豆まきは春を迎えるまじないなのです。
木→火→土→金→水が循環する陰陽五行の思想。
硬い豆(金)は春(木)を剋す(やっつける)ので、先ず豆を煎って芽が出ないようにして投げつける。

部屋に残った豆(金)は、歯で噛み砕いて食べて、金をやっつけて木(春)がちゃんと訪れるようにする。
ついでに投げつける相手は鬼(鬼=陰=水=冬の象徴でもある)。

そうして冬を退散させて春を呼ぶわけです。
科学的な天気予報の無い昔は、ちゃんと四季が循環し、農作物を確保して通常の生活が
送れることが最大の関心事だったのですね。

尚、旧暦と新暦で季節感が1カ月ほどずれていますから、旧暦2月節分は現在の3月上旬の季節感です。
そう考えるとちょうど春の初めに相応しいですね。   

また、鬼を殺してしまうと五行の「水」が無くなり、季節が循環できなくなるので
殺さず追い払う(退散させる)だけなのです」

 豆まきを行う神社、お寺などでは、「鬼は外、ではなく鬼は内、福は内、と言って
両方とも内に入れてしまうところもあるようです。
一度、彼を招聘して、「色彩学と易学…」「陰陽五行説とイロ、イロ…」「超高齢者のイロの世界観…」
など、お聞きしたいですね。ご要望がありますれば、御一報下さい。


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2014年01月07日

謹賀新年

 旧年中はお世話様になり、心から厚く御礼申し上げます。
昨年は弘心塾道場において、大阪府・京都府・福井県・台湾・東京…など多くの方々が
修練に励まれました。

なかでも合氣武道の創始者や先駆者が残された言葉や技を検証。
さらには、東洋哲学者、宗教者などの言葉を吟じると共に
深く意味付けられた真理を紐解いて学ぶ「百誦会」を発足させました。

このことは、合氣武道の今後を示唆する意味あるものと確信するものです。
皆さん方の参画を心からをお待ちしています。
本年も多くの方々との出会いと共に、皆様方のご厚情賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
弘心拝
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2013年12月16日

小指と臍下の一点

子指の線と臍下小指の一点
心身統一合氣道では、「氣」と「臍下の一点」を重要視します。
その臍下の一点は、體のどの位置に存在するのか…。現時点では、
下丹田の内で力の入らない所、と位置付けされています。
しかし、その位置の確認は、なかなか難しい…。

其の事は又、別の機会に述べるものとして、昔、藤平宗主から
「臍下の一点は、小指の線と繋がっているのだよ…」と良くに言われていた…、其の時には何のことかあまり深く考えていなかった。

しかし、父から伝授された「邇心流合氣武術(父奥山喜峯は、八光流を学びその極意を得て、邇心流を創始・2000年、父が亡くなる前に、父からその極意奥伝を伝授、許状八段を受ける)」を体現してみて、その意味がはっきりと分かってきた…。

八光流は、(、奥山龍峰創始者(1901〜1986)が広められて、日本国内はもとよりハワイ、を経てアメリカ本土にも広く普及された。
技は、奥山龍峰創始者が様々な武道を極められて(大東流合気柔術もその一つ)創り上げられたものである。したがって、合氣道の技と良く似ているものも存在している。

八光流においては、特に體の仕組み特に、「経絡」との関係を重要視している。その中で、體に位置する経脈・絡脈のうち、「十二の経脈」の一つに「手少陰心経」がある。この経脈が小指の内側の線で、関連穴位は、極泉即ち臍と繋がっているのである。又、小指の表側の線で、「手太陽小腸経」は、その関連臓腑は、小腸に属し、心と胃と連結する。

すなわち、臍下の一点との繋がりがあると言っても過言ではない。
したがって、邇心流の小指返しを掛けられると、掛けられた者は、體の中、特に下腹から崩される感覚に陥るのである…。

さらに、八光流において「経絡」に沿って、線状に氣で指圧をして、體の修復をされている。
このことは、心身統一合氣道の藤平光一創始者が「氣圧療法」として説かれていることと、類似している。

古くは、八光流が大正時代から、国内からハワイ、ニューヨークと大きく発展したことから、心身統一合氣道の創始者が其の事についても、気づかれて、何らかの影響があったのではないか…。しかし、推測の域を出ないことを申し上げておく。(奥山弘心)
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2013年12月06日

品格

最近、何故か品格と言う言葉が頭を過る…。
「品格」とは、品物のねうち、しながら、人がら、品、気品…などの意味がある。
解字(文字のなりたち)は、会意。口+口+口。口は器物をかたどる。とりどりの
個性をもつ、さらに、「格」については、いたる、来る、そろむく、あがる、地位、身分、品等…。
(漢語林…東京教育大学名誉教授文学博士鎌田 正著)
と記されている。
人間の品格とは、その人のもつ品、気品を伴った地位、身分といえる。

今、わが国の経済界・政界の人心の荒廃は、すさましい状況にあると言っても過言でない。
以前にも書いたが、名を為し功を遂げた人物がそろって国民の前で頭を下げて謝る…。
東電福島原発事故の情報隠蔽、北海道JRの情報証拠の隠蔽事件、有名百貨店等の
食材偽装事件、警察幹部の不祥事件、さらには今、得たいの知れない金を受け取った
知事のことが話題である…数え上げればきりがない。

何故こうも品も人格も完全否定につながることをするのか。
今から50年前には、無かった様に想う。
又、当時の経営者や政治がには、それなりの品があり、人格が感じれた人が多く居た…。
そして、それぞれが生きていく上においての「哲学」を持った人が多かった。

その人達が高度経済成長期とバブル経済、そしてその崩壊、リーマン・ショック、など
様々な経験と数々の修羅場を乗り切ってきた。
それは、経営的経験、政治的経験の浅い人物が知識だけで、ところてん式に
経営者・政治家となって表面化してきたことに、大きな原因があると思うのは
私だけであろうか。

トップになろうとする者は、いや、我が息子を後継ぎにしようとする者は、
幼少の頃からそれなりの帝王学を学ばせてほしい。
そして、精神的にも肉体的にもぶれることのない人格を涵養することが望ましい。
それは、知識を智慧にするとともに、見識・胆識・節操と昇華させることの
出来る学識を培うことである。

明治維新の実現に向けて、主に二十代の若人が、生命をかけてまで情熱をぶつけたのは、
どのような精神だったのか…。
賢者は歴史を語り、愚者は経験を語る、という言葉が在るように、世界の過去の
歴史上の人物から学ぶことも重要である。その意味では、東洋哲学は必須であろう。

日本は国内総生産(GDP)で中国に抜かれ、やがてインドも上をいく。
更には、少子高齢化で国内経済は縮小していく。
しかし、悲観することはない。素養(礼・義・廉・恥)をみがき、教養をつけ、
正直で誠実な成熟した人物を育てていけば、世界のトップに立てると考える。

これからの日本人は、経済活動にしても政治にしても、欲深さや不正直でなく、
本当の意味で品格・人格が求められるのではないでしょうか。




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2013年12月04日

来客

以前舞鶴へ来られた陳(本名、査)さんが12月14日に舞鶴へ来ます。
今回で二度目。大歓迎です。
西舞鶴教室での修練に参加される。
台湾へ毎年二度、心身統一合氣道の指導で交流している。
台湾の合気道では、二段。彼の師、呂承榮老師の弟子である。
呂承榮老師は、四年前に氣を学ぶ為に、舞鶴へ来られた。

台湾での合氣道は、呂承榮老師の師、李老師が広められた。
呂承榮老師は、李老師の一番弟子でもある。「氣」については、
藤平光一宗主(心身統一合氣道の創始者)から田中万川師範へ…
田中万川師範から台湾の李老師へ伝えられた…。

不思議な巡り合わせである。台湾の李老師は、「氣」のことは分かっておられたが、
体現出来なかった…と想像している。それを一番弟子の呂承榮老師が気付かれたのである。
呂承榮老師は、私の一番のポン友である。

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2013年11月29日

今、日本人に失われているもの

 今年も世相において、様々な変容がありました。
北海道JRの報告書の偽装、有名ホテル等のレストランの食材偽装、
都民の多くの支持を受けた知事が、常識では考えられない多額な金銭の貸借…
借用書などの不自然な処理…など。

 国を代表するような、大企業のトップが、「偽」「私」「放」「奢」の四患を
犯して、国民の前で頭を下げる場面が数多く見られました。
日本人としての誇りも尊厳も踏みにじるようなこの人心の荒廃は目に
あまるものがあります。

この人心の荒廃は一体何故起こり続けるのか…。
明治・大正・昭和の初めの経営者・国を代表する人達は、幼少の頃から、
親からあるいは夫々の師事する者から「帝王学」を学んできた。
具体的な例として明治維新を成し遂げた多くの志士達は、
その精神的原動力となったのは、東洋哲学で在ったように…
代表的なものとして武士道がある。

何れにしても、自らを創る・組織を創る・国を創ることの人間に最小限求められるもの、
「四維…礼・義・廉・恥」が、最早忘れられていることが、今の日本人の
最大の不幸ではないでしょうか。

まず、自らの心と體に「正中心軸」を確立することである。その軸が天地(宇宙)を結ぶ
一直線と同化した時、「争わざる理」とともに何事にもブレナイ自身が誕生する…。
私の合氣武道は、その為の方便でしかない。

そしてその真髄を「百誦会」で学び、心が體を動かす原理を学ぶ…。

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2013年09月30日

伝承

高槻心身統一合氣道会高槻教室子供クラスに新しい会員が増えて来ました。
これも一重に保護者の口コミの御蔭と感謝しております。その分、責任重大です。
何故、親と子どもに伝えるのか、についての私の想いは、武農合一(ブログ)に書いております。一度お読みになってください。

子供たちは、體も一年一年大きく成長して、又、心も変化して参ります。
それがどの時点でどのように変化するのか、について親として十分理解することが望まれます。

教育は、家庭教育・地域教育・学校教育の三位一体となって初めて
達成されると言っても過言ではありません。

道場で拝見していますと、自分以外のことには、あまり関心を示さない子供が増えています。

その原因がどの点にあるのか…、難しいところです。しかし、子供は親の背を見て育つ、との言葉がありますように、やはり家庭教育が大きく影響しているのでしょう。

大阪大学の研究で、子供の意識調査の中で、「他人に親切にする子供は、他の人から親切にされることが多い傾向にある…」ことが分かってきました。その逆も又、真と言えるでしょう。

私と子供との接触は、二週間に一度それも僅か90分ほどです。
その間に、五感六感をフル動員して、個々の子供たちの體・心の様子を感じ取らなければなりません。

修練の初めに、誦句集の其の一、「座右の銘」を皆で唱和します。そして「心が體を動かす」原理を、心身統一合氣道の技を用いて伝える…。
更に、自らの人格・品格の涵養に繋げていくことへの誘い(いざない)こそ、私たち大人の使命と言えるのではないでしょうか。

舞鶴は、秋です。カマキリは、すだれに大きな卵を産みつけて、動かなくなりました…クツワムシも声が小さくなり…、鈴虫、マツムシ、コオロギなどが鳴いています…、
殿様カエルは、万願寺甘唐の葉の下で、虫が来るのをじっと待ちかまえています…
ヤモリは窓ガラスに張り付いて虫がくるのを待っています…
イモリは湧水の池であまり動きません…
メダカの子供が少し大きくなり、姿を見せ始めました…

万願寺甘唐、伏見の甘唐、ピーマン、セロリ…さつまいも(鳴門金時)カボチャは、収穫寸前です…キクイモは昨日収穫しました…
全て知人に送ります…。

山裾から湧水を水道管で引き込んでいます…流れ落ちる音が静かな静かな夜のひと時にリズムを奏でています…

満天の星空…猪が、猿が、鹿が、ツキノワグマが…夜の畑を散歩しています…

一度、舞鶴へ子供と一緒に…、いや、何方でも結構です、お越しください…。秋の夜長を、弘心塾道場でゆっくりとお話しましょう…。
(弘心)
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2013年08月21日

合氣談義

今年は沢山の人が弘心塾道場に来て頂いた。感謝。
何故か何時も合氣道の話しが中心となる。
特に、数十年一緒に合氣道の修練をした方とは、延々と続く…。
最近の話題は、もう一度合氣道について、原点から考えてみよう…、ということになった。

以前にも書いたが、大東流合氣柔術の武田総角から植芝盛平そして藤平光一(敬称略)と
伝えられた合氣道…。
財団法人合気会の総師範部長であった合氣道最高位十段の藤平光一が
心身統一道と心身統一合氣道を創設され、別の道を歩まれた…。
しかし、合氣道の原点は、植芝盛平から学ばれた事実は、明白である。

その意味で、まず最初に合気道の創始者植芝盛平翁が生前中に、「合気」、「合気道」
についての言葉とその意味について、纏めることにした。

今、振り返って言葉の意味を読み返して理解する時、深い意味が籠められていることがわかった。
その表現が、宗教的言語を交えているが、心身統一道・心身統一合氣道の藤平光一宗主と、
全く同一の内容であることも判明した。

次の言葉の意味をどのように理解されるでしょうか。
「…真の武の道は吾勝(あがつ)であり、正勝(まさかつ)であり、時空を超えて
相手の向上心に和合する勝速日(かつはやび)であることを悟った。
武道の使命たるものは、共存共栄の道を守ることが本願であらねばならない…」

「…いずれの道もそうですが、人間の現実を離れて、武道も宗教もないのです。吾勝、正勝、勝速日、
すべては自己の立て直しが仕事の基本であります…」と。





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2013年07月06日

自然との共生


武は農から生じてきたこと…、剣を鍬に持ち替えての大地との対話…
武農合一の実践については、幾度となく書き留めてきた…
合氣を求めて、自然との対話と武農合一の生活は、都会(大阪)から田舎(舞鶴)に来て約13年になる…
その間、自然の厳しさを身に沁みて自覚させてくれた…
しかし、その間、合氣の深淵に触れることが出来た…
人間が過去から持ち続けてきた、自然の體の動きと呼吸…
體全体の骨と筋肉を自在に操る…
それは大地が教えてくれる…
大地に「感謝報恩」の「氣」持ちを持つことで、初めて受け入れてくれる…
母なる大地…大地は総てのものを生みだす…
自然との共生は、大地から始まる…。

夜になれば、鹿、モリアオガエルのなぎ声が延々と続く…
猪が刈り草の下のミミズを探して、土を掘り返す…
ガラス戸には、明りを求めて、いろいろな虫がガラス越しに見える…
その虫を求めて、トノサマカエル・アマガエル・モリアオガエル・ヤモリ…
様々な生き物が、それぞれの生きる姿を見せてくれる…

朝、パートナーを送りだした後、約1時間は畑の草を引く…
そして、胡瓜、ブルーベリー、万願寺甘唐辛子、伏見の甘唐辛子、葱、ピーマンなど朝採りする…
キッチンの片づけ、洗濯物を干し、部屋を掃除して、法人の仕事に入る…
PCのメールを検索、仕事での連絡に指示…資料づくり…
東京事務所長とスカイプで連絡協議…
高槻・舞鶴心身統一合氣道会の会員(塾生)への連絡事項など…
そして、午前中が終わる。

午後は車で買い出し…野菜中心の生活…
時には舞鶴の魚…
一か月に一度、「かえし」を…最上の醤油とみりんを半々にして、火にかけて
沸騰する手前で火を止める…そして自然に冷まして、瓶に詰めて二週間寝かしたもの…
調味料は、カツオ・昆布・いりこ…、唯それだけで調理する…
素材の旨味を存分に引き出す…

弘心塾道場では、剣を鍬に持ち替えて…そして又鍬を剣に持ち替えての剣技…
私には、小野派一刀流の長年の修練の型と體の動きが身についている。今、柳生新陰流の動きにも體を馴染ませている…

藤平式呼吸法と釈尊の呼吸法などを丹念に行う…
邇心流の独特の操法を繰り返す…

朝に採った野菜などを中心にして、夕飯の支度に掛かる…
そして、一日の大半が静かに過ぎてゆく…。
今年は、敷地内を流れる湧水水路からのホタルが少なかった…。
晴れた日の夜空は、満天の星空…星の瞬く光が目に入った時…
天地の中心に…、宇宙の中心を下腹に包蔵していることが、不思議と
実感出来る。

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2013年04月23日

夏野菜・台湾との交流

今日の朝の気温は1℃。日中の気温は18℃、三日前には28℃と真夏日…。
最近の気象状況は、雪の降らない所に降らせたり、一年分の降雨量が一日…など、
世界的にも様々な現象を惹起している。

此方は、なかなか暖房器を片付けることが出来ない…。異常気象は自然災害が起こる
可能性は大きい。最近の中国・四川省の大地震は、目新しい。

さて、大地との対話が始まった。昨年は十分な畑での野菜作りが出来なかった。
今年は頑張ろうと思う。
草刈りは通常は草刈り器で…そしてミニトラクターで耕起するのだが…。
今回は、備中一本でおこなった。

剣を鍬に持ち替えて、大地を穿つ…、力を完全に抜いて、鍬の意思を確認しながら
打ちおろす…。
大地が快く受け入れてくれる…。
太刀捌きが間違ったいなかったことが
確かめられる。

三時間の対話は、あっという間に終わった…。苦土石灰をまいて酸性化した土を
中和する。明日は、上の畑を…。

まず、万願寺甘唐がらし、伏見の甘唐、ピーマン、胡瓜、茄、ミニトマト…
此処までは定番である。スイカ、ネギ、カボチャ、小松菜、ホウレンソウ、水菜等…は
違う場所に…。

今年は三月に七度目の台湾との交流。今回は、三日間は、台北市そして、最後の一日は、台中寄りの新竹市。洪さんの道場へ…。
約二時間の修練…。その後は、海鮮市場での食事、道場の稽古仲間の人達が、歓迎してくれた。
海に面している街のため、広い建物の中に、数多くの魚介類が、
トレーに生きたまま盛られている…。その中ら好きなものを選んで買って料理をしてもらう…。

あっと言う間の四日間でした。この歓迎の様子は、フェイスブックで紹介している。
沢山の歓迎と親切な心を…頂戴して、感謝の気持ちで、後にした…。
次回は11月に行く予定である。三月は、パートナーは仕事の為に行けなかった。
台湾では、多くの友達が出来ている。パートナーの不在を残念がってくれた。
特に、テコンドーの台湾チャンピオンのりんさんは、特に…。パートナーとはフェイスブックでの
交流は続いている…。

今日の国会中継で、行列の出来る弁護士事務所で名を高めて、国会議員になった丸山氏が
尖閣列島周辺の魚場について、平成八年らの課題であった台湾との協定を
わが国と結んだことに関連してわが国の立場について質問していた。
答弁に立った安倍総理は、東日本大震災に対しての台湾からの多大な額(200億円)の
寄付にふれて、心から謝意を示された上、歴史的に見てわが国とは深い関係にあり、
今後もその気持ちには変わりない。との答弁をされていた。

以前に「台湾へのかけ橋」という台湾での教育に情熱をもって、又、命をかけて遂行された
多くの人達の歴史を綴った本の話しをさせて頂いたことが、頭を過った…。

私は、合氣道という武道を通じて、交流を図ってきた。素晴らしい方ばかりである。
これからも続いていくであろう台湾との交流…。出来る限りのことを伝えていきたいと
心から想っている。




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2013年04月05日

原点

日本海の小さな都市、舞鶴にやっと暖かい季節がやってきました。
鶯が鳴いている…。昨年までは、変わった鶯が鳴いていた。普通は「ホーホケキョ」と鳴くのですが、「ホーチョットコイ」と鳴いていた。鶯は鳴き方を学習していく…。春子(
春に生まれた鶯の雛)が大きくなる過程で、成鳥の鳴き声を聞いて、覚えていく。
明治から大正時代に、道楽の一つとして、小鳥の鳴き合せ会が良く開かれた。鶯は勿論、目白・雲雀・モズなどを持ち寄って、襖一つ離れた部屋に、それぞれの小鳥が入った鳥籠を置いて、その鳴き声を競わせるものです。その時に、鶯で変わった鳴き声の鶯がいた。
その鳴き声は「ホーキッチベカッコ」と鳴く。この鶯の値段は、破格なもの。今の金額にして数千万円。是非譲ってほしいとの申し込みにも、決して譲らなかったと言われています。
又、この鶯の鳴き声を、若い鶯に聴かせて学習させるのに一声が数万したという。
趣味もこのくらいになれば、たいしたものです。話が横道に逸れましたが、今年はいつもの鳴き声が聞かれない。正調のホーホケキョに戻っています。
話は、変わりますが、合氣道の技法においても同じようなことが言えます。合気道の創始者植芝盛平翁の技も、「植芝盛平の合気道は、その後半生において著しく技法が変貌をとげている。学んだ時代によって技が違えば、その精神性もつねに躍動していた…。『戦後合気道群雄伝』」と翁の年齢と共に、大きく変化しており、今、インターネットにより、植芝盛平翁の高弟と言われる方の昔ながらの技を見ることができます。その体捌きや技を良く見れば、どの時代に学ばれた師範から教わられたかが分かります。それが今の今も伝承されています。しかし、一撃必殺の技ではなくなっています。今の技は誰によってなされてきたのか…。現代において、二人の翁を抜くほどの達人が出ないのは何故か、一つには時代背景とともに修練の手法にもあるのではないかと思います。
私は、合氣道は未だ完成されたものではないと思っている。
創始者植芝盛平翁が亡くなって幾つかの流派が誕生した。特に、台湾の合気道の発展は目覚ましいものが感じられます。古くは財団法人大阪合気会の田中万川(田中伊三郎)氏が台湾の李氏に伝えたのが、主となり今に至っているようです。したがって技も盛平翁の壮年期のものと類似している。台湾の李氏は、合気道は「氣」を重んじることに気づかれた。そのことは、呂老師の自宅で見せて頂いた李氏の著書に書かれていた。しかし、李氏に至っても対峙する相手の「氣」を導いて崩し投げることは出来なかったようです。それは書かれた内容からも分かります。そしてそのことに気付かれたのが、李先生の直弟子である呂老師でした。私が台湾へ「氣」のことを伝えようとするのは、その意味でもあります。
合気道最高段位十段の心身統一合氣道の創始者藤平光一宗主は、技が掛かってもいないのに、「受け」が勝手に先に飛んで受け身を取ることを、厳しく戒められた。又、「氣」を出して相手を打つ、或いは「氣」で掴むと、そう簡単には、相手は投げることは出来ない。「投げ」は、それ以上の「氣」を出して、そして、相手の「氣」を導いて、崩し投げる…。そこにお互いに「氣」を練り合うことにより、上達していくと説かれた。植芝盛平翁は、そのことを知っておられて、実践されていたのです。そして、「正勝吾勝」を説かれました。そのことを早くから見抜いて「心身統一」が必須であると悟られたのが、当時の合気会総師範部長の藤平光一師範でした。師も又、合気道とは、「天地の氣に合する道」であると説かれ心身統一合氣道を創立されたのです。綿々と伝えられてきた合気道の技。原点に戻ることも、必要ではないでしょうか。
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2013年03月11日

天地

天地之氣、暖則生、寒則殺。故性氣清冷者、受享亦涼薄。
唯和氣熱心之人、其福亦厚、其沢亦長。

天地のはたらきは、春に生み出し、秋冬に殺す。だからつめたい氣性の人は、生活もわびしい。
なごやかで親切な人だけが、ゆたかにくらして、他人をもうるおす。

心不可不虚。虚則義理来居。心不可不実。実則物欲不人。

心はカラにするがよい。カラなら悟りがはいりよい。心はつめておくがよい。つめれば欲が入り込まない。

不昧己心、不尽人情、不竭物力。三者可以為天地立心、為生民立命、為子孫造福。

心をくもらさず、まさけにおぶさらず、物をつかいきらず、この三つは天地の心にかない、人民のいのちをまもり、のちの世のさいわいとなる。
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生き方

天薄我以福。吾厚吾徳以迓之。天労我以形、吾逸吾心以補之。
天阨我以遇、吾享吾道以通之。天旦奈我何哉。

天が福を惜しむなら、こちらは徳で立ち向かおう。
肉体をくるしめるなら、精神を楽にしておぎなおう。
境遇をふさがれたら、真理に生きて切り抜けよう。
天もこれにはどうもできまい。
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今日の言葉

        心の三原則
静かに氣もちの澄んだ時、心の姿が見える。
暇でゆったりした時に、心のはたらきがわかる。
氣分がサッパリしたときに、心の味がのみこめる。
心をさとるには、この三つがなにより。
(静中念慮澄徹、見心之真体。間中氣象従容、誠心之真機。
淡中意趣冲夷、得心之真味。観心証道、無如此三者。)
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ライフワーク

東京ビッグサイトで開催されている「スマートエネルギーWeek2013」に。
親友二人(一人は法人の理事『東京事務所長』、二人はK大学とW大学。
私とは学生時代からの親友で、合氣道暦は50年以上つわもの。
植芝盛平翁・藤平光一翁から学ばれた人達で、そのうちの一人F氏は、
全国学生合気道連盟の初代委員長)。男の友情は、変わらない。
ますます親密になっているのを実感した。

前置きはその位にして、今、国連で提唱されている「0(ゼロ)エミッション」や
「エコ」…。さらには、今、法人で一大プロジェクトとして、
M市に「ルーラル・アメニティータウン構想(新市街地創生計画)」を
実施に移そうとしている。その為の参考資料収集として参加した。

四月からいよいよ基本構想・基本計画・実施計画の完成に向けての作業に入る。
今まで数年間、理念、目的、セミインディペンデンスの
街としてのエネルギー構造、居住空間、経済空間、移動空間、給排水空間、
癒し空間、交流空間、農の空間…、について熟考してきた。
これらの計画は、今までにはない設計思想を持つ。
又、このページで披露したい。
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美爺伝

法人の仕事(コンサルティング)の協議で高槻へ。
スーパーゼネコンと依頼者との協議が終わり、JR高槻駅へ…。
2月25日は、高槻最大の神社、北山天満宮の祭事が駅前の沿道一杯に…。
久しぶりに歩いてみた…。
駅前の西武百貨店へも…帰りは、京都駅から出て、駅前の景色と駅構内の大架構を見た。
京都駅の設計は、京都大学の教授で私の知人が設計…。懐かしい…。

高槻市は私の第二の故郷。約40年にわたる自治体での仕事は、都市計画すなわち
まちづくりの仕事でした。
多くの橋梁の掛け替え事業。都市計画道路事業、都市再開発事業、連続立体交差事業、
都市緑地事業、最終処分場建設事業、焼却炉新設事業、総合センタ建設、
地域防災計画、防災都市計画など、挙げればきりかない位の
事業に、携わった…。その間の多くの人との出会いは又多くの事を学ばさせて頂いた。
これからもまだその余韻は続く…。土本真紀著の「美婆伝」は、生きる意欲を高めさせてくれます。
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振り返って…

 今、あらためて振り返ります。父から合氣武道を学んだのが、3歳からでした。
大阪大空襲で大阪北区の工場が焼け落ちるまで、工場の片隅の小さな道場で、父が社員の弟子を不思議なを技で崩し投げるのを見て育ちました。
父は、八光流合気武術を習得していました。それから13年が過ぎ…、父親から東京へ行こうと誘われ、東京日本橋の高島屋で合気道の公開講演があるらしい…、とのこと。
其の時の植芝盛平翁の合気道は、私の人生をかえました。

 そして、 財団法人合気会に入門、一日6時間の稽古…、三年で三段を允可されました。
その後は、31年に見た翁の技は、稽古の道場では見ることは出来ませんでした…。翁は、「合気は、米糠二合持つ力があれば出来るのじゃ…」と口癖のようにおっしゃっておられました。
しかし、道場では、其の力ではとてもとても不可能でした…。当時の内弟子達は、手首を鍛えるのに、ビール瓶で叩いていた…との話しもあったくらいです。力で強引にねじ伏せるような技でした。

本当の合気道は、一体どのようなもの…そんな疑問が何時も頭にありました…。
昭和46年に翁が亡くなり、そして当時合気会の総師範部長をされていた藤平光一先生が、東京代々木オリンピックセンターで、氣のことを教える、「心身統一道」の会を創設されて指導を始められました。
藤平先生曰く、「合気道は、天地の氣と合する道が合氣道である」と喝破されました。決して人の氣に合わせるものではない。と…。
そして、先生は、財団法人氣の研究会を設立。本格的に、心身統一道と心身統一合氣道を広められました。
長年、心の中に、本物を求めて悩んで来た者としては、待望の瞬間でした。
月に一度の研修会千葉県勝浦の日本武道館研修センターには、全国から同じ想いの同士が掛け参じて、熱気が迸るような雰囲気の中、藤平先生の指導を受けていました。
「心が體を動かす」「相手の氣を導く」「氣を出す…」など多くの言葉で、合氣の原則を語られ、私たちは、砂に水の如く、吸収していきました…。
今、心身統一合氣道会は、二代継承者によって、日々修練されています。風貌・人格とも引き継がれています。
振り返ります時、ゅ「八重の桜」の舞台であります会津藩。会津藩のお留技と言われた合氣柔術。その源流ともいえます大東流合氣柔術武田総角から植芝盛平、そして藤平光一へと引き継がれてきた合氣武道…。その思想は、盛平翁の「正勝吾勝」「合氣は愛じゃ」「我舞えば宇宙舞う…」「我則宇宙」から藤平光一翁の「心が體を動かす」「心身統一の四大原則」「心身統一合氣道の五原則」さらには、「万有を愛護し、万物を育成する心を持って、我が心としよう、心身を統一し、天地と一体となることが、我が修行の眼目である…」「行修十訓」と言葉は違えども、その真理は同じことなのです。
約四十数年にわたり。子供・大人クラスで合氣道を指導させて頂いて参りました。その中で多くのことを学ばさせていただきました。そして、約50年を経てやっと「真の合氣」に辿りつくことが出来ました。
 
 二人の人生の師、藤平光一先生からは、心が體を動かす原理を学び真の合氣に導いて頂きました。もう一人は、安岡正篤先生からは、東洋哲学、陽明学を学び、人生を立命とすることを教わりました。
共に、「自らの人格の涵養」すなわち、人格形成の為の修業なのであります。 
あっと言う間の73年でした。
これからもさらなる「真の合氣」を求めて、行き止まりの無い旅は続きます…。 
共にプラスの氣を持って前進しましょう。
弘心
posted by 弘心 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月03日

お見舞い

塾生の一人のYさんが、K大病院へ入院されたのでパートナーと見舞い。
腰椎の摩耗から神経を圧迫して足に痺れがあった。
最近は、膝も痛くなり修練もままならない様子だった。
合気道暦は30年、養神館合気道三段。思うところあって、入門された。
二年になる…。職務は公務員である。正義感が強く、探究心と
真面目さは、人一倍培われた方である。
私が合氣道に対して疑問をもち、悩み苦しんだ理由…。相照らすものが
うかがえた…。彼は、心か體を動かす原理を見事に自らのものとした。
後は、如何にして體に伝えるか、である。
手術後一年は、激しい受け身は出来ない。そして、今年の四月には転勤…。
それまでに是非とも「合氣」を伝えておきたい。

人の出会い、縁の不思議さ…。一体何を私に示唆されているのか…。
しかし、Yさんとの心の絆は、つながっている。
今まで何人ともこのような別れがあった。そのたびに自らの心に
言い聞かせてきた。出会いは、別れの始め…と。しかし、心の絆は
永遠に…。

術後の明るいKさんの顔を見て、病院を後にした。
posted by 弘心 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

新しい年を迎えて

今年は大躍進の年…、と啓示を受けて何か心の状態が何時もとは違う。
年が明ければ、大変なことが起こる…とのこと。
「大変とは、自らが大きく変わること」と言われてなるほどと思った。

昨年の年の瀬も差し迫った12月25日に、0医科大学病院眼科へ。
以前に白内障で手術をした右目がぼやけて見えてきたので、
主治医の名医であるS医師にお世話になった。

濁りの原因である物質をレーザーで粉砕する…。
その時間わずか1分にも満たない。完全に元に戻った…。

何故か良く見える。近くから遠くまで…。小さな小さな文字も…。
不思議である。T市のO眼科の掛り付けの女医先生も不思議と
首を傾げておられる。

私の舞鶴の家の敷地内に、地蔵尊がおられる。田舎暮らしとの想いで
所有者から買い取った時、一輪車の荷台をさかさまにして、屋根代わりとして
その下に居られた。

新しい社を手づくりで作ってそこに鎮座して頂いた。
高槻教室のK君にもお手伝い頂いた。
又、パートナーが赤い前掛けを作ってくれた…。

社の前には、山裾からの湧水と、池の下からの湧水で何時も清水が
なみなみと湛えている。
其の池の水は、腐らないことが分かった。
その証拠に花瓶に入れた花が大変長持する…。

隣家のK棟梁の家にも湧水が出ている、水質検査では、名水とのこと。
業者か買いに来たが断ったと言われていた。

何故、ここに地蔵尊が存在するのか…、以前の持ち主がどのような思いで
ここに安置されたのか…。隣人のKさんからは目の地蔵さんと聞いた。
そのKさんは、昨年の1月4日に亡くなった。

そして、花を添えて、水を代えて、お供え物をして…。
地蔵尊の真言、オンカカカビサンマエイソワカを唱えて、
以前には其の池の水で目を洗っていた…。

多分、目に見えない世界への畏敬の念が…、見守ってくれたもの、と感謝とともに
有難いと思っている。
心が體を動かすことの原理が此処にもある。



posted by 弘心 at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする