2012年11月26日

台湾の合気道との交流

11月22日から25日まで、今回六回目の訪台。
延べ約70人の人達が熱心に修練に励んでくれた。
特に呂老師、日本の企業から台湾に出向されている
Hさん、Aさんをはじめ合気道の修練者が素晴らしい
歓迎をして頂いた。感謝で一杯である。

同行してれた舞鶴心身統一合氣道会の4名も、多くの人達との
交流に感激の面持ち。

三年前に、台湾の三つの大学の合気道倶楽部の学生も参加してれた。
更には、台北から少し離れた新竹市から来られた洪さんから
来年はぜひ来てほしいとのこと。又、新しい出会いが出来た。

自費で訪台して、無報酬で心身統一合氣道を伝えてきた…。
人は、何故そこまで…。との疑問がわくらしい…。

何の意味もない。ただ、今まで六十五年にわたって
真の合氣を求め続けて、やっと辿りついたものを
伝えたいだけである。
私は今に境地になるまで、どれだけもがき苦しんだかは、
私のみの知るところ…。
その結果を伝えたいだけである。

絶対的世界に到達した今、何の想いもない。
大地との対話や、天地と一体となる…という意味も
我舞えば天地舞う…。我即宇宙…。合氣は愛てある…
など、無理解な時を超えた…。

「武農合一」では、様々な想いを綴ってきた…。
命ある限り、歩き続けていくことを見守ってほしい…。

今から、40年ほど前、茨木市の山本氏(台湾台北師範卒教師として
台湾での教育に従事されて多くの子弟を育てられた)から
「台湾へのかけ橋」という、日本人の教師の台湾での教育歴史を
書かれた本を頂いた。さらには、50冊を頒布してほしいと
頼まれてその思いに何とかかなうことが出来た…。

その時から、今台湾との交流がもう定められていたのかもしれないと
思うと不思議な感慨にひたる…。

新しい多くの人達と出会いをした。感謝である。

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2012年11月15日

冬に向かって

田舎の冬は、あっというまにやってくる…
寒菊が咲き、紫式部が小さな紫の実をつけた枝が幾重にも
重なっている…

真っ赤な実をいくつも付けた南天…
真っ赤な実をいくつも蔓につけた美男かづら…
毎年このごろになると、このブログで紹介している…。

窓越しに見える、野鳥のための餌だなには、ミカンの実が
この実が…まだ食べられていない…
土蔵の土壁にじっととまりつづけているカマキリが
ひくいところにで卵を生んでいる…

玄関の戸には、真黒になったカマキリがとまり、動かない…
くさ虫は、あまりみあたらない…、この冬は雪が少ないのかも…

裏山の雑木は葉の色を黄色から赤、茶に変わり…おちていく
猪が餌を求めて、畑の刈り取った草の下にいる昆虫などを
探して土を掘り返す…

鹿が農道に…、また゜熊は来ない。猿は早くから出て
せっかくの無花果を食べていた…

雨がやんだり、降ったり…、そのたびに気温が下がり、冬に向かう…
仕事の合間をみて、大地との対話を…土づくりを…
来年は何を植えようか…。

来週は台湾へ心身統一合氣道の指導に…沢山の友達が待っていてくれる…
自らの中で日々進化している合氣…
合氣藤には国境はない…。「合氣は愛である」









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2012年11月06日

結縁灌頂

10月27日、高尾山神護寺で弘法大師灌頂開壇一千二百年記念平成高尾灌頂を受けた。
『…結縁灌頂は、『大日教』という真言密教の根幹の教典に、
「所説の五種三昧耶の中には、第二の三昧耶の分際、秘密大悲二壇には大悲壇の灌頂なり」
と説かれています。

灌頂の多くは、出家者を対象としていますが、結縁灌頂は、出家、在家、
また老若男女を問わずだれでも受けることができる、貴重な灌頂です。
すなわち、だれでもみな壇に入って投花し、その御縁のみ仏の御真言を授かります。

そして、み仏の五つの知恵をあらわす水を受者の頭頂にそそぎ、その人がもともと
持っている仏としての本質に気づき、仏性を未来永劫に失わず、迷いト月を取り去り、
自身の平安と幸福、人々の調和をもたらすものです。…』(平成高尾灌頂より)

バートナーは、すでに何度も受けている。この儀式が千二百年も続けられていることに
感嘆した。この場所での儀式は、今回で最後と思われる。

人の心が何を體に与えるのか…、不思議な体験をさせていただいた。
これも皆、人との出会いによってもたらされたもの。その縁に感謝である。

何か、以前の自分と違うものが感じられる…。それが何か、はこれからの
自らの行いになよって示されてくるのではないか…。

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2012年10月17日

洞の会との交流

友人のI氏の招待で、話しをする機会を与えられた。
大阪は日本橋の洒落た店で、その名も妖怪・妖精アートカフェ「イルミタイ」。
十数人の前で、「心が體を動かす原理」ー仙人への序曲ーについて、二時間ほど…。

参加者の皆さんは、奈良県の大峰山の修験道と天川村の村おこしなどに
関心と興味と参画されている方がたである。
人生の辛苦を経験され、どの方もいっかごんを持たれた方ばかり…。
副題が「仙人への道」としたことが興味をよんだようである。
しかし、あなたの心がどこにありますか?との質問に真面目に答えて頂いたことに
感謝…。
 
東洋での「氣」の概念から、素粒子物理学、クォークの中の17番目の
ヒッグス粒子との関係まで…少しづつ、自らの存在とは、何処から来たのか?
などに近づける…さらには宇宙(天地)の彼方へといざなう…。

そして現実に、実際に體を用いて証明していく…。
天地と自らの関わりを、百姓仕事と重ねて…。如何にして大地の意に応えるかを
剣を鍬に持ち替えての対話から導く…。
如何にして天地(宇宙)と一体となるか、どうすればなれるのか…。、
心身統一合氣道の技は、その為の一つの方便にすぎない

「絶対的世界には争いは無く、相対的世界にのみ争いは生ず。
我れ、心身を統一して天地と一体となり、天地の理を実行するならば、
人自ら我に従う。生存競争、弱肉強食という勿れ。真の成功に道は、
争わざるの理、即ち、平和への道と全く同一の道である(藤平光一著(誦句集)」

「仙人への序曲」でもある。
次回は「舞鶴観光とグルメ&氣の修練ツァー」と銘打っての旅…
如何なりますやら…。
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2012年10月11日

争わざるの理

「絶対的天地に争いはなく、相対的世界にのみ争いは生ず。
我、心身を統一して天地と一体となり、天地の理を実行
するならば、人自ら我に従う。
生存競争、弱肉強食という勿れ。真の成功の道は、
争わざるの理、即ち、平和への道と全く同一の道である。」
これは、心身統一合氣道創始者藤平光一宗主が書かれた誦句集の
一節(争わざるの理)である。
難解な言葉である。この一文は何を意図されているのか。
又、合気道の創始者植芝盛平翁も、これに似た言葉を吐かれている。
すなわち、「われ舞えば天地(宇宙)舞う…」である。
私たちは、相対的世界に生きている。しかし、自らの精神的世界
において、「心が體を動かす」原理からは、自らを相対的世界から
絶対的世界に置くことは出来る…。
しかし、この言葉を、『狭義』な意味と『広義』
な意味に分けて考えてみてはどうだろう。
少し言葉の意味を探索してみよう。
「天地」とは、天と地の間。宇宙という意味。
「理」とは、@「おさめる」「すじを通す」A宇宙の本体、宋学では現象を氣というのに対し、その根底の本性を理といった。
解字としては、王(玉)+里。すじの意味.玉のすじ、きめ。
「絶対」とは、他にならぶもののないこと。他との比較、対立を絶っていること、
一切他からの制限を拘束されないこと。
広義な解釈で、結論から言えば次のようになる。
生き物は総て天地(宇宙)から生じたものである、であるならば宇宙と繋がっていると考えれば一つ一つの物質は、その根底で繋がっている((科学的にはヒッグス粒子と氣の関係を考えてみれば理解できる)。
天地と一体となる、ということは、自らの存在をその根源まで遡って自覚し、精神的に生きるものは総てみな同じなのだ…との自覚をすることである。その中では、絶対的天地におくことができる。
その時点ではじめて「万有愛護」を理解することが可能になり、すべてのものを守り育てることが出来るのである。
「争わざるの理」には、幾通りものすじ道がある。具体的なものとしては、山岡鉄舟が一番大事にしていた「猫之妙術」の本の中に出てくる古猫、中国の紀昌という弓の名人、そして勝海舟が「恐るべき達人であった。自分は剣をもつて、その人の正面に立つことが出来なかった」と評した江戸時代初期に活躍した針谷夕雲の「相抜け」。
三つの詳細については、機会があれば述べるが、この三つの話の共通点は、自らの「こころ」の中にある。大自然の法と一致した心身の働きというもので、同じ大自然の法と一致した者同士、そこには勝ち負けはない。即ち争わざるの理は「自らの品格と人格」にあるのである。





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2012年10月10日

舞鶴心身統一合氣道会創立十周年記念表武大会成功裏に終わる


お礼状
この度、舞鶴心身統一合氣道会創立十周年記念表武大会開催にあたり、格別なるご支援を頂戴致し有難う御座いました。心から厚く御礼申し上げます。
 振り返りますれば、平成十四年八月八日に舞鶴心身統一合氣道会を発足させて以来、十年の年月が経ちました。その間、多くの方のお力添えを賜り、大阪府は元より京都府・福井県にそして国外には台湾にも心身統一道・心身統一合氣道を、さらには心身統一道を少年野球・企業経営などにも広めて其々に成果を上げることが出来ました。これも一重に、ご尽力を頂きました結果と感謝申し上げまして、御礼の言葉とさせて頂きます。敬具
平成二十四年十月吉日
舞鶴心身統一合氣道会主宰 奥 山 弘 邇

去る九月三十日、表記大会を実施いたしました(昨年は、高槻心身統一合氣道会
創立四十周年記念表武大会を実施)。
 二年にわたっての記念事業は、会員その他多くの方のご尽力により、
成功裏に終えることができました。重ねで心から厚く御礼申し上げます。
 東京から駆けつけて頂いたH氏、心身統一合氣道会の理事・本部長のY氏、
有難うございました。
開催にあたり、記念品の製作、会場のレイアウト、横幕や細かい手順など、
大会委員として高浜教室のYさん、西舞鶴教室のWさん、大変な御尽力をして頂いた。
紙上をお借りして御礼申し上げます。
又、入会まもないSさん、Tさん、一生懸命の表武に感動しました。
 更には、仙台から駆けつけてくれたKさん…。今年の四月から、転勤で仙台へ
行かれていました。別れのとき、こみあげるもので言葉になりませんでした…。
そして、舞鶴での創立のきっかけを作って頂いた西舞鶴教室のOさんからの突然の花束は、
一瞬、過ぎ去った十年間の様々な様子が走馬灯のごとく頭を過るとともに、
眼の前の景色が二重に見えて言葉に詰まってしまいました…。
ささやかながら、充実した大会が出来ましたこと、心から厚く御礼申し上げます。

みなさんの心の中での、何かの変化の兆しを感じ取って頂ければ幸甚です。
又、次のステップに向けて共に参りましょう。、



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2012年09月18日

55年前の歌

書庫を整理していたら、カセットセ―プがで出来た。
かけてみると、「花の合気道」と「男の魂」という歌。
1967年にミノルホンからレコード発売。歌手は、十和田みどり。
と、大文字 伸。非常に上手い。こんなに上手い歌い手は
今はいないと言っても過言ではない。
特の、男性の低音は、素晴らしい…。
因みに、両者とも石川県金沢の出身である。
御存命(失礼)なら一度お会いしてみたい。

歌詞を紹介しよう。
『花の合気道』
一、合気の道は一筋に 己を磨く為にある
  人の為なら身を捨てる 強い覚悟が和を招く
二、正義に薄い今の世は 我慢のならぬ事ばかり
  ここに合気の真髄で 破れ時代のよこしまを
三、流れる水はただ清く 転がる石に草はない
  これぞ合気と知るまでは 汗の試練を積むがよい
四、一たび内に備えれば、外には全て憂いなし
  技と心の一体を こめた演武に花が咲く

『男の魂』
一、自分に自分が勝ちたけりゃ 死にものぐるいで 稽古しな
  奥は深いぞ 合気の道は やってみなけりゃ 分るまい
  やってみなけりゃ 分るまい
二、男と男の つながりは 顔ではないのさ 心だぜ
  俺とお前は 同じ仲間 尽す誠が 胸にしむ
  尽くす誠が 胸にしむ
三、つらい苦しい 修業だが 涙が落ちても 泣くじゃない
  悔しかったら 気合いをこめて 富士を片手で 持ちあげろ
  富士を片手で 持ち上げろ 

以上の内容です。

『花の合気道』は、2000年にもクラウンから成田理恵(三橋美智也の弟子で
千葉県出身)という歌手がCDを出している。しかし、今は絶版になっている。


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2012年09月03日

武道としての合氣道

政治家の中でも、合気道を若い時にやった…、或いは現在も
やっている人達が存在する。
自民党の海部氏、亀井静香氏などはその代表的な人達である。
しかし、彼らが合気道の熟練者であったということは、その
言動からも感じなかった。
合気道の関係者から聞いてはじめてあぁーそうか、の程度
である。

同じ武道でも剣を極めた人は違う。歴史上にその名を残している
人達、勝海舟、山岡鉄舟、西郷隆盛、昭和の剣聖といわれた人達…。
同じ武道でも何故意識の差が存在するのか…。

その一端は、新渡戸稲造氏の「武士道」に表されている(奈良本辰也訳)。
さらには、「葉隠れ」などに、日本人の精神的根源がうかがい知ることが出来る。

「武の意味は、戈を止めるすなわち、争わないこと、
争わない道、それが武道…」。などと勝手な理由をつけて
「合気道は、争わない、相手の気に合わせるもので、受け身を中心として、
投げて投げられ行うものである…。そのあとのビールの一杯は格別である。
そのためにやっているくらいだ…」
そんな言葉を、他の合気道を習っている人、台湾合気道からも聞いた…。
そこには何の哲学も意義もなたない。

武の真の意味は、戈は武器、止は歩くとい言う文字の象形文字、即ち「戈を持って
闘いに行く」、という意味。又、道は、行く先々の怨霊をしずめるために
敵の首級を手にぶら下げて歩いていく…。という意味であり、武道の意味は、
まさに血なまぐさい言葉なのである。しかし、時代とともにその意味も少しづづ
変化したことは否めない事実でもある。

創始者植芝盛平翁は、「正勝吾勝」を標榜された。まさに「己に勝つ」ための
修業なのである。その深遠なる意味を理解しなくてはならない。

心身統一合氣道の創始者藤平光一宗主は、自らを「万有を愛護し万物を育成する
天地の心を持って我が心としよう。心身を統一して天地と一体となることが、
我が修業の眼目である。として、「心身統一の四大原則」を。
自らの生き方、社会との対峙する心得、心身統一合氣道の技の根源として
「心身統一合氣道の五原則」を創見された。

その中には、武士道が説く「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」と
王陽明が説く「知行合一」。さらには、菅子が説く「思惟・四患」。
ルドルフ・シュタイナーの説く「人智学」などが存在することは、言うまでもない。

今の政治家には、せめて、自らを、組織を、国を亡ぼす「四患」すなわち
「偽・私・放・奢」くらいは、己の正中心にたたき込み、ブレないことを望みたい。









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2012年08月30日

武道としての合氣道

昭和30年代後半の時期に、田中万川氏が書かれた本がある。
確か執筆は、田中万川氏が直接書かれたもので、謡曲の本に良く
似た外観で筆書縦書きのものである。
価格はお祝も兼ねて、一万円だった。

内容は絵(イラスト)で説明しているものもある。
全体的に、植芝盛平翁が喋られた言葉を書いたもの。
「真空の氣…」、「氣を導いて投げる…」ことなどが難解な
宗教用語などを用いて説明されている。

独特の人柄で、関西の合気道の発展に尽くされた功績は大きい。
夏の高野山(宝亀院…弘法大師空海が衣代えをされた寺院で
有名。別棟に道場がある)での合宿によく参加した。

その時も白い袴に足袋姿で手には扇子を持ち、弟子を相手に
演武されていた…。しかし、今思えば、舞を舞うような気分で
されていたのではないか、と推測するのであるが、
なかなかそうは上手くいかなくて、弟子の打つ
正面打ちにその扇子が真っ二つに裂けた時には、笑うに笑えず
苦しい思いをした一場面があった。

盛平翁からは「精神的に可愛がられていた…」意味はそうであったかと
妙なところで納得したものである。

しかし、そんなことを上回る人柄が、多くの合気愛好者をひきつけた
所以であったのであろう。

台湾まで行かれていたことは、当時は知る由もなかった。
台湾に「氣」という言葉を伝えられたことは大きな功績であろう。

それを今、台湾の呂師範が後を引き継ごうとされている…。
私が自費で台湾に伺い、無報酬で教えるのも、呂師範のその心に
答えようとする他ならない。

心身統一足氣道の創始者藤平光一氏(合気道十段位)は、「心か體を動かす」
原理から、相手の「氣」を導いて投げることを体現された。

宮本武蔵の五輪書や、小野派一刀流の極意書、柳生新陰流の家伝書…
などに残された言葉は、心に大きく響く。それらの内容が、剣の道ならず
人が人として生きる道としても、指針となるものである。

特に、これからのわが国を背負って立つ若人・大学生に指導される
合氣道は、まず、第一に自らの人格形成に役立つものでなければならない。
勝敗や優劣競うものではなく、人間としての心の深淵に可能なまで迫っていく
中身を持たなければならない。当然指導者には確固たるアイデンティティが
存在すことはいうまでもない。

心身統一の四大原則や心身統一合氣道の五原則などは、その一端であろう。
私がルドルフ・シュタイナーや東洋哲学にも求めるのもすべてそのためである。







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2012年08月29日

武道としての合気道

台湾の合気道との交流は今年で六回目になる。
台湾からわざわざ舞鶴の道場まで訪ねて来てくれた
呂承榮師範は、財団法人大阪合気会の代表であった
田中万川氏と合気会本部多田師範に習われた李師範に
習われた。
今の台湾合気道は、李師範が広められたと言われている。

李師範が台湾で出版された合気道の本に、そのことが
書かれている。そして、合気道創始者植芝盛平翁の写真とともに、
田中万川氏の写真も載せられている

田中万川氏は、盛平翁から「精神的に可愛がられた…」
との記述か本部出版物に記されていることからも
「合気道は、「気」が大事であり、相手の気を導いて
投げる…」と李師範の出版本に書かれていることは、
多分田中万川氏の伝えたところだと推測できる。
(植芝盛平翁に当時内弟子として、関西に翁とともに関西へ
指導に来られた藤平光一氏は、勿論、田中万川氏や当時大阪での
高段者に指導されていた。このことは、昭和三十年代後半に
高槻市商工会議所の副会頭をされていた浜…氏(記憶が薄れている)が
若かりし頃、藤平光一氏から直接大阪で指導を受けたと直接会って
お聞きしたことからもはっきりとしている)

呂師範も、長い間、そのことが頭にあり、是非
気のことを知りたいとの思いで、舞鶴へ来られたのである。
つづく





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2012年08月28日

秋の氣配

今年は何故か時間のたつのが早く感じる。
畑の草も十分に刈れていない。又、日時を決めて
刈りたい。
台所の横は吐き出しのひき違い戸がある。この時期に
なると、いろいろな昆虫がやってくる…。
光に導かれて、小さな昆虫がガラスに張り付く…。
その虫を求めてカエルやヤモリが…。
その様子も少しずつ減っていく…

キリギリスから夜になるとクツワムシに。
やがて鈴虫、マツムシ コオロギなど…。

今年は山に餌が多いか猪は姿をム見せない…、代わりに
甲高い長い鳴き声…、多分鹿と思われる。

鍬を剣に持ち替えて、大地と対話する。少し日差しが
弱くなる時期になると一日中鍬をを振るう。
その時期になると、體の正中心軸の位置を確認する…。

今の時代に冬季に山に入り粗朶や木を切り出して
蒔きを作るために、木を割ると云うような作業を
する人は都会では皆無であろう。

幸いにして、子供のころにその体験をした。いや、やらなけ
ば、その年の冬は越せないのである。

今は、大地との対話により、実感している。
鍬や備中の遣い方は、歩いているのと全く違わない。
足の運び方も同じ…。

足の運びが速くなるのは、驚いたり、慌てるからである。
又、遅くなるのは、相手を怖がる心理によるものである。

真近に物が飛んでくると、自然と瞬きをする…。これは自然で
あって、普段の自然な心を失わないことが大切。
すなわち、これが不動心というものである。

剣の達人たちが、精査した言葉で残した極意書には、そうした
言葉が数多く残されている。
心身統一道として、教えられている内容とは間逆な内容も存在する。
この可否は、自らが體で検証して、その答えを見つけることが
必要であろう。

妄信は、盲進につながる。









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2012年08月26日

もとめごころ

今日は少し、厳しいことを…
自宅によく電話がかかる。
最初に名乗られて、「見学させてもらっていいですか?」
「どうぞ、来てください。お待ちしています」
そして、見学に来られる…。
それであれば、問題はない。、

しかし、月謝など詳細をきいておきながら、「お名前は?}」
と聞くと、「見学に行ってからいいます…」
そして、来ない…。

非常識きまわりない。こちらの寛容さ加減が
間違いなのかもしれない。
しかし、武道を学ぼうとする者であれば、こちらは
それなりの人間性を想像する…。これが間違いなのであろう。

何時も「人との出会いは、決して偶然でなく、必然である」と説く。
その人の人生はの可否は、いかに多くの人との出会いが
あったかに左右される。
即ち、「小才は縁に出会って、縁に気づかず。
中才は縁に出会って縁を活かさず。大才は袖振る縁をも活かす」

自らの運命を立命と出来ない人が増えているように感じるのは
私だけであろうか…。



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2012年08月25日

合氣武道への想い

武道と出会って、半世紀、六十年を過ぎた…。
父から教わった合氣武術と小野派一刀流のあの峻烈な気合いと捌き…。
「氣合は、対峙する相手の五臓六腑を体内から引き抜く位のものでなければ
ならない」
「一瞬、相手を虚脱状態に至らしめる…」と口癖のように教わった…。

さらに、「合氣武術はすべて自然體でなければならない。
そのための平常心…、脱力はその入り口だ。そして心をゆるめると、
すべてか良くみえる、氣の動きも…」
自然體の自然の動きが出来てこと、技が生まれる…。
いかなる時も日常的に何もない時の心と體の状態で臨まなければならない…」

「心の中を一陣の春風が吹く抜けていくような心と體の状態は、
いかなる相手とも敵対しない…、天地(宇宙)と一体(同化)となることが、
合氣武道の修練目的である」…と。

半世紀前に、父から多くのことを学んだ…臍下に一点を意識することも勿論である。
そして、剣では小野派一刀流を仕込まれた。まさに體の遣い方は同じであった。
今の合氣剣とは、次元が大きく異なる…。
それくらい一刀流は剣に対する理論が確立しているのである。

昭和31年、東京は日本橋の高島屋の野外ステージで、合気道創始者植芝盛平翁の
公開演武を父に連れられて観た。

合氣道創始者植芝盛平翁の言葉に「我則宇宙…」「合氣は愛…」「我舞えば天地舞う…」
などの語録は、何時もこころの底にあった。
いつしかその言葉の意味が理解できるようになった(以前のブログで解説)。
氣がつけば、技も大きく変わり進化した。合氣の開眼である。

昔、一九会での日野鉄艘老師のもとでの終業時、麦八分・米二分のご飯を梅干しと
白湯で頂いてる時、ボソッと囁かれた言葉が心に沁みこんでいる。

舞鶴の田舎で、剣を鍬に持ち替えての大地との対話は、合氣に対しておおきな
影響を与えてくれた。
これからもさらに進化し続けていくだろう…。

今まで、又今も、私を支えてくれる多くの人達に感謝の念で一杯である。
何時でも、弘心塾道場にお越しください。合氣について語りましょう。
お待ちしています。









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2012年07月18日

いじめと自殺

またぞろ教育現場において、いじめの問題がマスコミを賑わせている。
マスコミの論調を聞いていて、おやっと思うところかある。
さらには、虐めている側には、「遊びだった…」などとの発言。
どちらの意見を正しいとみるか…。

一つだけはっきりといえるとは、「足を踏まれた痛さは、
踏まれた者にしかわからない」ということである。
踏んだ側がいくら何をいおうが、それは真実にはほど遠い、というもので
ある。
いじめられた側が、虐められたと言えば、そのことが事実であり、
真実である。しかし、恣意的なものもあることも又、事実である。
私も小学生のころによく虐められた。

戦争によって都会から田舎に母と義母、私、妹の四人が疎開してのことである。
その時代は、一つの村単位でまとまっていた…。
春夏春冬様々な行事が行われて、村の人達も外部からの侵入者には、
なにかしら警戒心が見て取れた…。

同じクラスの五人が、一里(約4km)の西国街道を歩いて学校に通う時に
その道道で虐められた…じっと耐えた。
父からは、おまえに教えたのは、相手を打ち負かすことではない。
相手と仲良くすることを教えた…との言葉は、子供心にわからなかった。

しかし、小学五年生になった時、形成が逆転した。
まず、勉強で勝つとに集中した、おかげでクラスでトップになった…
そのことが次第に相手より心理的に優位に立つ自分に気づいてきた…。
ある時、帰り道で、何時ものように、體をつかんできた、その時、無意識に
相手のきている服を引き裂いた…、すると、泣き出した。

相手の母親が、家に怒鳴り込んできた…母は謝りそして破けた服を縫いそして
返しに行ったことを鮮明に覚えいる…。
それからは、私が武道を父から習っていたことを知ると同時に、私に服従をした。
それからは、親しくなったことは言うまでもない。

その彼も中学卒業と同時に社会に出て、やがて小さな会社を持った。
しかし、若くして病死した。
小学校同窓会を二年に一度、旧村単位で持ち回り開催しているが、
亡くなったのは彼位で他は健在である。
悲しくも懐かしい想い出でである。

生き物の世界においても、力学的にも力の弱い方向に力は働く…。
それを制御することは難しい。
しかし、教育の場においては、持つ意味がことなる。
教育は、家庭教育・地域教育・学校教育の三つが均等になされてこそ、その意味を
発揮する。

家庭崩壊がみられ、地域の一体感も欠如しつつある現代社会において、家庭教育と
地域における教育までも学校教育に付加させられるようでは、虐め問題は解決しにくい
ことは言うまでもない。

こんな時こそ、父親が我が子に教えることが重要である。学問は、学校に任せて、
、「真の人間として尊厳を保ちながら生きることの出来る地域社会の創造への
参画」についてである。

今から約35年ほど前に、合氣道を習いに来られていた人の話しで
、その方から聞いたことに、「合氣道を習っていたということだけで
、虐められたことはなかった」と話されていた。変なところで役に立ったようである。
今、その人の子供が習いに来ている。

虐めをなくすことへの努力も必要であることは言うまでもないが、
虐められないための心と體づくりの教育指導も又、合わせて行うことが必要ではない
だろうか…。




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2012年06月01日

日本人の身体文化

明治二十年代に、今まで日本人が日常的生活の中から培ってきた
身体操作とは異なるものが入ってきた。
ヨーロッパの兵式体育が学校教育に取り入れられ始めた。
今の球技などはそういった動きの上に成り立つていると言っても
過言ではない。
これらの身体操作は、ヨーロッパの民族が狩猟を中心とした
ことから、獲物を獲るには、早く走り、高く飛び上がるなどが
必要であるため、足先で大地を蹴り、そして場合によっては
高く飛び跳ねるなどの身体操作が必要となった。

それに比べて日本人は、農耕民族として大地にしっかりと足をつけて
膝を緩めて腰を落とし、體の一部として鍬や斧の重みを體の
バランスと調和をはかりながら操る…さらには、田圃を歩く時には、腕を
振って歩くことより、抜き足差し足に沿った腕のつかいが必要となり
ナンパ歩き(軟場歩き)が生まれた。これらはいずれにしても、強靭な
足腰を作り上げたと考えられる。

そこから生まれた身体操作は新しく取り入れられた体育の動きとは
異なるものである。

特に宮本武蔵と柳生新陰流の身体操作にその特徴が
伝わっている(五輪書、兵法家伝書)。

心身統一合氣道は、さしずめ柳生新陰流の活人剣の
思想と、千葉周作の北辰一刀流の身体操作に近い。
その意味からも、もう一度原点に戻った體躁法から
見直すことも又、必要と考える。





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2012年05月05日

尾崎 豊

今、企業では新人社員の引き留めに躍起になっている。
会社ぐるみで、褒めることを奨励、あるいは、飲み会に
参加すれば、ポイントがもらえる仕組み…など、あの手この手
のようである。
しかし、3人に1人が辞めていく。
今、五月病と呼ばれる時期…日本の若者は一体何者なのか。
平成生まれの新人達、彼らは経済の右上がりの社会を知らない。
ゆとり教育で緊張感に欠け、一番多感な年ごろを精神的拠り所を、
何処に求めて良いのか迷った時期を過ごして、
不況で就職も厳選されて選ばれた者しか就職出来ない社会にあって
自分がどう生きていけばよいのか…目標が定められない者が
大半なのかもしれない…。
丁度今から20年前、一人の若者が自殺した。1980年の
バブル突入前の時代…。
尾崎 豊である。当時十代のカリスマ的な人物と標榜された。
しかし、突然一人でニューヨークに…そして突然の死…。

今、彼の生きざまと、彼の残された日記から、あらためて
注目されている。

今の時代とは間逆な陰影をもつ社会にあって彼の持つ繊細なまでの
精神が醸し出す多くの詩は、今も、共通するものが確かにある。
それが心に響くからなのであろう。

「17歳の地図」では、自分がどう生きていけばよいのか、と同時に
「人生は自分のしたいことをする為にある」と叫ぶ…
最後の日記には、自分は決して反逆児でも、カリスマでもない、
自己責任を強く求めているし、そしてみんな今の社会を直視して「壁」
に妥協ではなく、自分自身から進んでそって行く生き方に氣づこう…との
メッセージと解釈するのは、私だけだろうか…。
彼が生きていれば今、40代…、息子と同年代…。
何かを感じてくれているのであろうか…。不肖の息子でないことを
願って…。

人は一人では生きていくことは出来ない…。「人」という字は、お互いに
支え合う象形でもある。お互いのこころと、言葉を大切にした社会であれば
生きる意味が大きく違ってくることは、言うまでもない。

合氣道の創始者植芝盛平翁は、晩年「合氣は愛じゃ…」を口癖に…
合氣道修練者でこの意味を本当にこころと體で理解して、表武出来る
者は果たしてどれくらい居られるのであろうか…。

尾崎 豊の詩と合氣道との節点はここにある…。
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2012年05月01日

非なる心

悲しみとは、非なるこころがおこすもの、すなわち尋常でない
こころが體を動かし、動かされて、発動するもの…
勝手な解釈をしていることは、百も承知である。

話題になっている「子供の事故」何故こんなに多くそれも
連鎖反応的に起こるのであろうか…

それなりの事由があるに違いない。
さらには、「原発」の必要性についても今こころの中に占める割合は
大きい…

「足を踏まれた痛さは、足を踏まれた者しか分からない…」との言葉が
ある。確かにそうである。私自身、長男を亡くした…。今生きていれば
五十歳に届く年齢…、しかし、私のこころの中では、六歳のまま…。

非なるこころで過ごした数年間は、まさに地獄…
その事実は、まさに多くの試練を与えてくれた…、非なるこころは、
生き方を変えろ、人生を変えろ…、との内なるこころが、吠え続ける…

そうだ「そのことを、最愛の息子が自らの命と引き換えに示唆したのだ…」
と、天の声が非なるこころに夜も昼も間断なく囁く…。

人生が大きく変わった。自らの五十年の歴史を振り返ると、自覚できる。
多くの人達との出会いは、その為に用意されたのと…。
「礼・義・廉・恥」の四惟の教えに生きること。

非なるこころを、心身統一合氣道会二代継承者藤平信一氏が
説く「心を静める」ことによって、非でないこころが
生じてくる…。

そして、そのこころを客観的に観る。
その繰り返しが、スパイラル的に華昇されることが、
運命をかえる…すなわち、立命への入り口である。

今年に入ってから、こころも體も大きく変わりつつある。
合氣武道、身体能力、感受性、予知力、慈愛心…はっきりと
今までとは異なり更に進化している…。

有難い、感謝で一杯である。
話しは変わるが、毎朝、6時半ごろになると、五十メートル離れた
隣家から、洗濯機の音が聞こえてくる…。その音で起きる。

昨日から、畑の草刈り…野蕗が大きくなっている、ノビルも…
今年は鬼あざみが多い…、少し残して、草刈り器を振り回す…。
耳を澄ましていると、パチン・パチンとなにやら爆ぜる音…、

20mほど離れた山の斜面から、何やら家に庭に、屋根に飛んでくる。
拾ってみると一円玉の大きさの茶色い種が落ちている。

パートナーと山へ…、わかった、藤の種。藤蔓についている
硬い二十センチほどの鞘が弾けてその中の種が飛び出してくる音だった。

今年の台湾への指導は、一つの区切りとなると思っている。
八人ほどの参加者になる。今年は、陳さんに託すことも思慮している。

前の田圃の田植えの用意が進んでいる。連休には終わるだろう。
やっと、桜の花が散り終えた…。
剣を鍬に持ち替えて、畑の土おこしを…。
花壇には、パートナーか゜植えたチュウリップが満開…。

寒菊も芽を出して、葉を広げている…。
花みずきも満開…、白檀の氣も芽を吹いた…。





















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2012年04月26日

暖則生

「天地之氣、暖則生、寒則殺。…」
「天地の氣は、暖かなればすなわち生じ、寒くなればすなわち殺す。…」
そして、「故に,性氣清冷なる者は、受享もまた涼薄なり…と続く。
菜根譚の中の一節です。
「天地のはたらきは、春には生み出し、秋冬に殺す。だから冷たい気性の人は
、生活もわびしい。なごやかで親切な人だけが、ゆたかにくらして、他人をも
うるおす。」

山の斜面にはやまぶきの花が咲き、少し遅れで桜が満開…、水仙、レンギョ
チュウリップ、たんぽぽ、チンチョウゲ、ボケの花、侘び助…。
タラの芽があっと言う間に葉を伸ばしている…。

いっきに気温があがって、待ち受けていたように…様々な草が一斉に伸び出した…。
又、雑草との戦いが始まる…。

春は、すべての生き物に新しい命をふきこむ…。そして新しい営みが始まる…。
道場にも、人事異動で去っていかれる方、また、新しく入ってこられる方…
喜悲交々を表してくれるのも又、春である。

しかし、見学にはよく来られるが、なかなか続けられる方は少ない…。
私の塾は、来るか拒まず、去るを追わず、を自然体として懇切丁寧に
心身統一合氣道とは、を説明させていただいている。

親切も時にはあだになるのであろう。
今年は氣をつけていきたいと思っている。

こんな山の中の庵にも、世相のさざ波は伝わッてくる…
常識的に考えても「おかしい」と感覚的に受け入れられないような
判断をする政治家…、
痛ましい交通事故での人の命について何の感情も示さない若者…。

東京の友人とスカイプで話しあう中でも、話題は、、
はたして今の日本人は、百年前と比べてどうなのか…について。

侃々諤々となるが、結論は、「異なってきている」である。
自らの姿勢が、自らの正中心軸が天と地を繋ぐ垂直線とがっちりと
一致している姿勢。すなわち、どんなことがあろとも決してぶれない
姿勢(統一體・胴づくり)を保たなければならない。

「合氣」の基本でもある。いや、合氣だけでなく、政治家も…すべての
者に対して…。

ぶれることは、災いを引き起こすことは歴史をみてもわかる。
武道を志す者は、芯のある、真の人間になることにある。

「髪も歯も抜けて、かりの身はやがてほろびてゆく。鳥や花になって、
まことのわれは長くのこる」(菜根譚)
















posted by 弘心 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月02日

始動


朝、目覚めるとともに、仏壇の扉を開ける…
小さく鐘を鳴らして、音にのせて…さらに、ローソクの光と線香の
紫煙に乗せて、一日の想いを伝える…
炊きあがった一番のご飯を、水とともに供える…

神棚の水を替えさせていただき、二礼二拍手一礼
これも両手の心に乗せた想いを手を打つ音にのせて、
一日の想いを伝える…

新しい年度の二日目が始まる…

々畑には一斉に草が伸び始めた。
花壇にも様々な花が芽を出し始めた…

フキノトウはすでに花を咲かせて白い胞子を飛ばしている…
ノビルは二十センチにも伸びてきた…

サザンカも満開、紅梅も蕾を開いている。
雪で折れ曲がった枝にも、新芽が出ている…

タラの芽も、コゴミもあと少し…
春の恵みを食するのも今が一番…、

昨夜、東大阪のYさんから電話を頂いた。子供と一緒に
心身統一合氣道を習いたいとのこと。入会の栞を送らせて
頂くことになった。

舞鶴教室にも二名の方から入会の栞を…
既に見学に見えた…。

人事異動で転勤になられる方、又、新しく入門される方…
喜悲交々の四月…。

別れるのは辛い…、会うは別れの始め、と言い聞かせる…

今年も多忙になりそうだ。責任も重い。


























posted by 弘心 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

朱蒙(チュモン)

紀元前108年、今の韓国・北朝鮮の領土が
中国の領土の一部も含まれて広大な領土であったのが
当時の漢により侵略されていた…。
その古朝鮮(この名称も歴史的にみれば不自然さがあるが…)の
領土を取り戻し、侵略され流民となった者を救い出し、

新しい国、「高句麗」を造った歴史上の人物、朱蒙の一生を
描いた物語である。さらには、その妻が二人の息子とともに
「百済」を建国する。

時代考証には、建物の屋根材が瓦であったり、絹の織物で
煌びやかな衣装など、歴史的にみて、あるはずがないものが
あったり、何かと不自然さはあるものの不思議とひき込まれる。
何故なのだろうか。

壮大な歴史観を縦糸として、限られた人物の営み、苦悩、策略、謀略など
を横糸として織りなすドラマ…。

ひとりひとりの上半身、特に顔の表情での演技が大半である…
その演技が観ているものの中に移入してくる…。
どうもその辺に謎がありそうである。

全81話、述べにして81時間。約十日間で観終わった。

国破れて山河あり、との言葉のとおり、一代の英雄からその子へ
と引き継がれていくが、永遠ではない。他国からの侵略に敗れて

又、新しい英雄にとって代わる…。その歴史は、山河のみが知る。

世界の歴史をもう一度ひも解いてみることも又、必要ではないだろうか。
「愚者は経験を語り、賢者は歴史を語る」との言葉があるように…。








posted by 弘心 at 13:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする