2008年11月10日

ブラス思考

・天が福をおしむなら、こちらは徳で立ち向かおう。
肉体をくるしめるなら、精神を楽にしておぎなおう。
境遇をふさがれたら、真理に生きて切り抜けよう。
天もこれにはどうもできまい。
posted by 弘心 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こころ

・念頭起処、 纔覚向欲路上去、 便挽従理路上来。
 一起便覚、此是転禍為福、起死回生的関頭。
 切莫軽易放過。

 こころの動きを、邪道と気がついたらすぐに、正しい道に
引き戻す。動けば気づき、気づけばもどす。これがわざわいを
福にし、死なずに生きる分かれ目だ。決してウカウカみすごすな。 
posted by 弘心 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心構え

・天地寂然不動、 而氣機無息少停。
 日月昼夜奔駈、 而貞明万古不易。
 故君子、間時要有喫緊的、心思、亡処要有悠閑的趣味。


天地は静かで動かぬが、いとなみはたえず続いている。
日や月は駆けどうしだが、光は永久にかわらない。
そこで人間、無事でもまさかの用意が必要、
いそがしくても、趣味が必要。
 
posted by 弘心 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変革

我が国をはじめ世界の経済は、いまやカオスの状況にある。
その中にあって、アメリカの大統領に、アメリカ史上初めての
アフリカ系黒人のオバマ氏が選ばれた。

大統領の急務として、上級官僚約3000人の人事異動が
行われる。一年はかかるといわれている。
組織全体から見ると、その何倍かの人事が動く…。

さらに、法的には、関連法の改正等があり、当面の仕事
としても、大変な時間がかかる。

レーガンから続いた30年は、民の経済活動には民にまかせて
官は口を出さない方針できた。この考えは間違いはない。

しかし、経済の仕組みが、1900年代とは全く異なった
方向に向かったことがその原因であろう。

イギリスは工業社会(物づくり)から金融立国として変身した。
アメリカは出来なかった…。

発端となった住宅ローンは、別名ニンジャローンと呼ばれている。
五年間は、利息のみの支払でよく、NOマネー・NOワーク・…、
で住宅が手にはいる。

当然、投機対象にして一攫千金の者も増えた。
バブルが始まった…。

個人住宅の売買契約に保障人がいらない仕組み。
だが、金を貸す銀行間同士でのリスク回避のために、
保障会社と保証金が交差する。

この仕組みを証券化したのである。
いわゆるデリバリー商品である。
そのモデルが他の取引にも派生した…。

バブルが弾けだした…。すると、五年間利息だけでよかった家が
価値が下落したために、投機対象としていた投資家は、一斉に
手放しだした。

一角が崩れると、あっというまに連鎖反応をおこす…。
リーマン・ブラザーズの倒産である。

そして連鎖倒産の序曲が始まった。もはや、アメリカだけで
なく、世界各国の金融機関へと広がっていった…。


「変革」を旗頭にしたアメリカ大統領の今後の活躍を期待
したい。

しかし、アメリカがくしゃみすれば風邪をひく、と
言われている我が国の経済はどうか、共和党は親日的、
民主党は中国に近づく。
特に副大統領は「日本は嫌い」と明言した。

「小さな政府」から「大きな政府」への転換。オバマ氏が
背負う約46兆円の負債をどうするのか…。
さて、どう変わっていくのか。


我が国の経済は、輸出依存型。そのために、十分な
内需拡大には至っていない。

どうすれば良いか。
ずばり、大変革である。道州制を実施して、国は地方が独自の
施策を創り出していける財源を移譲する。

地方経済を主体にして、セミインディペンデンスの地方づくり。
すなわち、衣食住に係るものは地方で創出。

食で言えば、地産地消。地方の雇用創出には、物づくり企業を
地方に分散するなど…。
地方同士が競うあう土壌づくりも…。

農地がない都会には、交流都市契約を結び、食についても
需要と供給のマスタープランを策定しあう。
交流人口に応じた国庫負担と地方交付税…など。
いくらでもある。

まさに、我が国こそ、「変革」を国民一丸となって叫ばなければ
ならないのではないか。
posted by 弘心 at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

冬への支度

日の落ちるのが早くなった。
山の木々も冷たい風に身震いするたびに
着ている葉を脱いでいく…。

畑の万願寺甘唐も伏見の甘唐もビーマンも…土に帰りだした。
つる紫だけが、一生懸命次世代を残す作業に先を急いている。

青紫蘇は種を既に落とし、来年に賭けている。
はなみずきも葉を落とし、びゃくだんの木も…。

土蔵の扉に色が褐色になったカマキリが必死でしがみついている。
最早、動く元気もない…。

次の日には下に落ちて。果てていた…。
土壁についた白い綿の塊のような世継を残して…。

湧水水路には、カワニナが静かに動いている…。
その横で、さわがにがじっと蹲っている。

のびるがあたらしい芽を出し、青い茎が長く伸びている。
ネギのかわりに、様々なものに使う。
餃子やネギ焼きの中にいれて食する。

「寒則殺」…冬はすべてのものを殺す…。そして
「暖則生」…春はすべてを生み出す…。

こころの冷ややかで冷たい人は、周りの人を
不幸にし、こころの温かい人は、すべての人を幸せにする…。

すべての人が幸せになってほしい…。
出来ればそのはたらきに一緒したい…。
幸せにしたい…。

生まれてきた意味を…いつも邇心に問いかけながら…。
大地と自然と対話がつづく…。
posted by 弘心 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界の歌姫

サラ・ブライトマンのことを少し書かせていただきました。
訂正をおねがいします。
CDなどの販売枚数は、総計2600万枚です。
よろしく。

確かにすばらしい声…。
今までも何人かのシンガーを紹介してきました。

こころ揺り動かされる声にめくり合うのは、実は受け手側の
感性にある。

目に目えない世界からの波動に全身を研ぎ澄まして
みよう。
posted by 弘心 at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ふたりで聴く音楽

和太鼓の演奏グループも舞鶴でもたくさんある。
東舞鶴の道場で、幾つかのグループが練習されている。
一度聞いてみたい。

さて、違うジャンルの話題。
クリスマスを二人??で過ごす方への話題プレゼント。

たまには、部屋を奇麗に掃除して、相手の気持ち
(こうしてほしい…)になって、、二人きりでの
演出もされてみては…。

その時に是非、この音楽を…????????
その一つめ、オリンピックでも歌った女性シンガー
サラ・ブライトン、彼女は出したCDは、総計2600枚。

今度初のクリスマスアルバム、HAPPY・CRISTMAS
をリリース。

透明なクリスタルな歌声は、きっと二人のこころが
溶け合うこと間違いなし?h?????n?[?g??[?h

その二つ、関西出身のバンジョ奏者、青木 研氏。
小学生の時に、フォークダンスの「オクラホマ…」の
バンジョの音を聞いて、志したとのこと。

当時は先生はなく、独学で取得。
ギター奏者と二人で奏でるその音は、すばらしいexclamation?~2

彼のバンジョは四弦。そのテクニックと、さらに彼の演奏中の
顔の表情がこれまた最高。
最近、アルバムを出した。

二人の気持ちが?O?b?h?i???????????jすること間違いなし???i?`???L?j

私は二つのCDをゲットしました???[???i?????????j

明日、大阪の四ツ橋の大阪フイドル倶楽部で彼等の演奏会がある。
時間のある方は、一度行かれては…。

自然・合氣武道との交わりは、私の生きていく要でもある。
しかし、あらゆる事象に関心をもち、良知とすることも
又、必要なのである。

人生を豊にするものは、有り余るお金でも物でもない。
ゆたかな感性とこころを全身でいかに感じとれるか、である。

人としても必要ではあるが人間として重要なことである。
人間として如何に生きるか。

その答えは、いかに最良の伴侶に巡り合えるか。
いかにして相手の為、人の為になるか。

人は、一人では生きられないのであるから…。
posted by 弘心 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

{ 「迷い」は迷い

もう、かれこれ二十年ほど前だと思う。
大阪城ホールに物凄い太鼓の音が響き渡った。

佐渡島が発祥の地。田 耕氏率いる「おんでこ座」
の和太鼓の演奏である。

おんでこ座の特徴は、メンバー全員が、フルマラソンを
完走して、太鼓演奏にかかる、というものである。
確か、アメリカ縦断の演奏の旅は、まさにその繰り返しで
あったという。

そのために、例えば、銀行口座の開設の仕方、お金の出し方
など、日常生活の常識が分からないまま、年をとる
ということにもなってしまう。

鍛えられた肉体、その身体が鞭打つように撓って、和太鼓
から様々な表現を引き出す。

その演奏に圧倒されたのを思い出す。
様々な大きさの太鼓を一人一人が独特のバチさばきで
一体となった響を出す。

若い兄弟の絶妙な三味線の掛け合い。尺八のアドリブ演奏。
褌姿の奏者が、大太鼓に向き合って、背を客席に向けての
バチさばき…。

その演出は、外国映画にあった。フランスのギャング映画での
ジャン・ギャバンが、男の悲哀を後姿で表現していた映画が
あった。そのような映画でのシーンがヒントとなったとのこと。

鉢巻をして、マラソンで鍛えた赤銅色の肉体に衣装は白い
褌のみ。

大太鼓を打つ腕がしなる…。踏んばる足…。引き締まった身体。
盛り上がった肩…。
鮮やかに演出されていた。

その奏者、林 英哲氏。
久し振りに、NHKの番組で出演されていた。
氏はおんでこ座で19歳から30歳まで修行を行い
その後独立した。

和太鼓の可能性を探すためである。
しかし、最初からうまくはいかなかったという。
初めて来た仕事は、ジャズピアニストの山下洋輔氏からの
依頼。

林氏は思ったとおりには演奏出来なかった。間違った。
そのことを山下氏に打ち明けたところ山下氏は即座に
「間違いはない」といわれたという。

その時、林氏は「目から鱗が落ちた」との思いであったとの
こと。

著しい不協和音であっても、そのこと自体は間違いではなく
間違いと思うこころの迷いが間違いであって、まさに
迷いが間違いなのである。

こころが身体を動かしているのである。迷いのない思いからは
間違いはない。

合氣武道も同じである。基本の型を極めていけば、いずれば
抜け出る…。

その時には、最早、「型」から見れば、間違いの方向に
進んだようにみえる。

しかし、間違いではない。間違いとは何を基準とするので
あろうか。

考え方、感じ方が変われば、生き方が変わるのである。

今年、田 耕氏は亡くなった。
しかし、数多くの太鼓奏者が育った。
氏の業績である。




その姿は
posted by 弘心 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

進化するとき

草が最後の働きを示すように、大きく伸びて
そして、地にかえる準備をしている。

二台の草刈り機をフルに活動させて、彼らを刈り取る。
特に笹とドクダミ、スギナは、その生命力は凄い。

刈っても刈っても芽を出す。
仕方なく根を取り除く。

しかし、次のときには又、新しい芽が出る…。
それも違う形で。

最近、體の動きに変化してきている。
一年のうち、何回か同じような感覚が體を襲う。
その時は、一時的に体の動きが止まる。

しかし、そのうち何日かして、突然全く異なった動きが
五體を駆け巡る。

無駄が剃りおとされたものが、新しい感覚として意識の中
から迸り出る…。

體の動きに進化が始まったのである。
畑仕事をして、大地と対話を…、そして體が疲れ切った時
その感覚がより鋭く現れる。

地蔵尊の花と水を取り換えて、こころを沈めて、真言を
唱える。地蔵尊の姿が一瞬、浮き上がって見える…。

自らの正中心軸上にあるチャクラーに一瞬せんりつが走る…。
地蔵尊の眼が異様に光っているように見える…。

それ以来、修練で対峙した相手のこころの動きがよりよく見え
そして動きが早く変化している。
そんな進化がもう五回も続く…。

これを見せしめるために舞鶴の地に導き寄せられたのであろうか。
目に見えない世界にこそ真理があることを認識する。
posted by 弘心 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

転換

今、世界経済は大混乱に陥っている。
アメリカのサブプライム問題から端を発した
金融問題は、アメリカ一国の問題ではなく、ヨーロッパ
にまて拡大している。

金融工学という言葉も生み出された。同じ工学でも
ものづくりではない。
紙と鉛筆から考え出された、金融商品であり、「かね」の
もつ魔力を利用した「あでくぜに」商法に過ぎない。

これらの商品は、得をする者と損をする者がはっきりとする。
一掬千金を企むゆえに、損得の格差は物凄いものである。

イギリスの老夫婦が、退職金の1000万円をリーマン・
ブラザーズに預けたところ、倒産で一夜にして90万円に
なったことが報じられていた。

しかし、誰もが収入がなくなれば、手持ちのまとまった資金は
高金利の商品にはしるのは当然ともいえる。

デカルトの有名な言葉に「我思う、故に我あり」がある。
デカルトは、考えている我、理性的な我が、絶対確実と考え、
我を世界の中心に置いて、自然と対立させた。

このような人間中心主義はソクラテス、プラトンの
ギリシャ哲学にあり、デカルトにおいて、拡大されたと
ドイツのハイデッガーは唱えた。

今の世の中は、人間中心に動いていると云っても
過言ではない。
我が国も、敗戦国となった以降、西洋哲学的思想が蔓延した。
その結果が、今の世相に反映していると考えてよい。

環境破壊も同様である。産業革命以来の科学主導の文明、
すなわち近代文明の根底にあるのがフランスのデカルトや
英国のベーコンが基礎づけた近代西洋哲学にあると言ってよい。

人間中心主義もそろそろ終焉に向かっているのではないか。
すなわち、自然主義への回帰である。

その考え方は、東洋哲学にある。その中でも、
仏教の教えにある。
「日本の思想の根底には『草木国土悉皆成仏』という
天台本覚の思想にある」と哲学者梅原猛氏はいう。
私もまったく同感である。

今こそ、自然中心の哲学に回帰すべきと考える。

今、テレビをつけた。
青山テルマが「まもりたいもの」を歌っている????????
あなたの「まもりたいもの」は何てすか?
posted by 弘心 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする