2020年05月11日

人間が、「「真の人間としての尊厳を保ちながら生きることのできる地域社会の創造…」を理念として活動してきた思い出…。

人間が、「「真の人間としての尊厳を保ちながら生きることのできる地域社会の創造…」を理念として活動してきた思い出…。

今から約四十数年前…わが国が「長寿社会大綱」がつくられ、当時福祉六法の改正が始まったころ、私たちは高槻市で数人でボンティア団体「高槻ウェルエージング協会」を立ち上げボランティアとは、ボランティア活動とは、について一から勉強を始めた。
当時は、ボランティア、ボランティア活動の意味、社会事業と社会福祉の違いについてあまり理解されていなかった…。
ましてや、社会福祉と地域福祉の違いについても理解されていなかった…。私たちは、その言葉を一つ一つ根拠に基づいて理解し、説明をしていった。今まで、ボランティア連絡会という名称であったものを、ポランティア連絡協議会、としたのもその結果であった。

福祉六法の改正とともに、特別養護老人ホームまでに、デイケアー、デイサービス、中間施設…など新しい言葉が作り出されてきた。
今の福祉の形態の原型である。在宅介護による家族の疲弊を助けるために一時期預ける施設…など。
当時高槻にある大阪医科大学の衛生学・公衆衛生教室の教授吉田寿三朗先生(京都大学医学部卒、厚生省、国際老年学会常務理事・世界WHO評議員、その他多くの歴任・経歴)との出会いが、私の生き方の一つを変えたといっても過言ではない。先生は、日本ウェルエージング協会を設立、世界に向けてアカデミックな発言をされていた。その論調たるや素晴らしいものでした。

私は、高槻市の役職をしながらボランティア活動に熱中した。
大阪府立大学社会福祉部の船曳教授、京都府立大学の地域福祉論・在宅福祉で有名な右田教授(女性)特に大谷大学の…名前が浮かんでこない…教授(女性)その他多くの福祉関係の先生方にはご指導頂いた…。私の専門の工学部の先生より多かったのを覚えている。
活動の資金稼ぎに、懸賞論文に応募して一位に…。大阪ガス、読売新聞の愛と光の事業団などから、多くの機材を頂きました。

「寝たきり老人等身体の不自由な人の在宅における入浴事業部」を立ち上げて八年間220人の方を在宅で入浴を実施…。その経過を一冊の本にして、当時は、寝たきりになったら風呂に入れないという問題を、人権問題として取り上げて、高槻市議会に請願として市民の権利を行使して各会派を説得。当初議会で全会派一致で可決。それからは寝たきりになっても在宅における入浴は、市が実施することとなった。

このように、ボランティア活動は、ボランタリズムを精神として、無償性・継続性の活動である、ということと、それに提言性を加えておこなうことが重要と位置付けた。
即ち、行政の手伝いではなく、このようにすれば問題は解決する、という実績をつけて提言していくことがボランティアの役割と位置付けたのである。地域の大会、全国大会に出席して、主張してきた…。

その後、福祉六法の改正に伴い、国は、高齢化社会に向けて新しい施策を打ち出し、超高齢社会に向けて歩みだした…。
私たちは、その時点で、会の目的は、ほぼ達成されたとして高槻ウルエージング協会は、23年の活動の幕を閉じた…。

思い出に残ったのは、大阪府社会福祉協議会主催の懸賞論文で一位になり、大阪谷町の大阪社会福祉協議会の大講堂で二時間の講演をさせて頂いたこと。全くの専門外の者が、大阪府下の都市の福祉関係者、民生委員など800人の前で…。
読売新聞社「愛と光の事業団」から表彰、「愛は地球を救う」から移動入浴車、大阪ガスから入浴の浴槽などを寄贈されたこと。
感謝と共に、懐かしい思い出です。


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2020年05月04日

国が唱える「新しい生活様式」?

国が唱える「新しい生活様式」
今日の日曜討論で、経済担当大臣は、「新型コロナウイルス禍の後には、新しい生活様式が始まる…」とコメントした…。私はこの言葉の意味が理解できない。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、世界で300万人以上の感染者と20万人の死亡者を出しつつあると言われている。
1929年の大恐慌以来の大打撃…すなわち、国際秩序が解体傾向にあると言っても過言ではない。私が危惧するのは、それだけではない。

イギリスにこんな言葉がある。「ソッドの法則」…意味は、起こりうる悪いことは、起きる。それは、よりによって最悪の時に起こる」と…。
即ち、複合災害である。今わが国には、東京直下型大地震及び南海トラフによる地震並びに富士火山爆発など…、いつ起こっても不思議でないと以前からいわれている。もし、このような事態になれば、小松左京氏の小説「日本沈没」は免れない。そのことに充分目を向けて、注意を図ることが重要である。

話を元に戻して、日本においても新型コロナウイルス感染症の第一波の後、あらゆる面において、分断と混乱が生ずることは間違いない。
しかし、危機の本質は、病原体ではない。人間同士の対立にあると認識したい。先に述べた国の提唱する「新しい生活様式」とは、関係大臣の言葉では、「出来るだけ人と人との密接・混雑を避け、対話も直接ではなく、媒体するものを用いての生活様式…」との発言である。社会を構成する原単位は、家庭である。そして家庭は個々の一人一人から成り立っている。それが隣人関係、地域、自治体…と連帯が国を作り上げていくのである。
その現実は、人と人との身体的・心の触れ合いと対話なしには、成しえない。すなわち、信頼関係が最も重要であるからである。そのことを無視して「新しい生活様式」を推し進めるとすれば、わが国は崩壊の道を辿るのは間違いない。
多分、コロナウイルス禍が存在する間…と注釈が必要であろう。

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2020年04月17日

未来を創造する休暇


国際通貨基金(IMF)が「世界恐慌以来」の経済危機というコロナ禍である。因みに1665年のペスト流行したロンドンの記録には、「人々は耐え難い混乱と苦悩のあまり身をも手余し、わめき散らし……狂気した人々が街をはしりまわる光景は、悲惨きわめた」と記されている。しかし、ニュートンは、ペスト禍で閉鎖された大学から故郷にもどり、閉鎖された一年半の時間に思索をかさねて万有引力の発見に繋がったのである。この機会をマイナスと捉えずプラスの発想で考えることが必要であろう。
社会全体の問題して捉えることも必要だが、社会の原単位は、一家庭の集合体と考える時、さらに家庭は一人一人の人間により構成されているとすれば、一人一人の問題として考えなければならない。今、新型コロナウイルス禍で家庭に籠らなければならない現実を直視する時、社会に向けての一人一人の発想が重要視されなければならない。今の時代はその手段はある。「個人から、自宅からの発想」は世界を変えるのではないか…。様々なネットワークの手段を通じて、一家庭から世界の国々の家庭との情報交流が、政治・経済・文化などに新しい息吹を与え、新な文明を芽吹かせることを期待したい。
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2020年04月13日

今、すべきこと

心の持ち方を変えよう。
 TV、新聞などコロナウイルスの話題ばかりです。知らない間に心はコロナウイルスばかりに囚われています。見ない、気にしないことに、心を、意思を切り替えましょう。
 そして、楽しい話題に心を向けるのです。以前に、心で思ったことは、必ず実現する。と言いました。 
 従ってコロナに対する恐怖心ばかりになると、実現するのです。「心が身体を動かす」と言う事を真に理解していくと、様々な結果にたどり着くのです。
 全てブラスの氣を出してプラスに思慮することです。
私は災難に遭遇すると、笑顔になります。そしてマイナスの意思を一切捨てるのです。私はそのことを一九会の日野鐵叟老師から学びました。「心は恐怖心が起これば、吹き消さない限り恐怖に向かうものだ」と。だから吹き消すと同時にプラスの意思に変えるのです。
心と言うものは、「知るという機能」だからです。
恐怖心などマイナスの要素が浮かんだ時、口から、フッ、と息を強く吹いてください。すると一瞬、頭から恐怖心が消えます…そして直ぐに、プラスのことに心を移すのです。
 ウイルスに勝とうなどは考えないで、只、「負けない」という意思力を強く持つのです。そして、又、すべてに強い意思を働かすのです。私の生き方です。
 私は死を恐れません、しかし、私の出会った多いの人たちへの不幸はあってはなりません!自らの死より辛いのです…。さぁー今から楽しいブラスの氣で過ごしましょう。
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2020年04月10日

杞憂


今、世界は目に見えない敵に脅かされている。新コロナウイルスという敵である。世界の歴史上数百年毎に形を変えて、あらわれている。ペストが流行った時も今と同じように、世界中が右往左往した。
私は昨年、令和二年には何かが起こる、と予言していた…。

それは東京直下型大地震、南海トラフ巨大地震、富士山火山爆発…など三つの自然災害である。しかし、違った…。ただこれ等の災害は、日本沈没を意味する。
あまりにも気象が今までとは異なっている…。さらには、いつ起こっても不思議でない、状況にある。

中國後漢の荀悦は『申鑒』で国を滅ぼす「四患」として、「偽・私・放・奢」を説いている。
自分を見失った人間は、偽(いつわり)の生活を送り、私利私欲に走っている。自分の欲望だけをもとめるために気ままで放埓(ほうらつ)となる。
その結果は贅沢(ぜいたく)ばかりを考えて、身を滅ぼしてしまう。
これは国でも同じである。
この中で、どれか一つが目立っても国は傾き、四つとも顕著になれば国は滅びてしまうのである。

わが国の政界の様子はどうか…。政界には、森友、加計、桜、などの問題は、「偽」そのものである…。
天が下す天罰が、まさに下ったものと考えるのは…私だけであろうか…。

来年のオリンピックは、中止になると予測する。
さらに三つの禍の一つが重なった時、有史以来の大変動となってわが国に襲い掛かるであろう…。そうならないことを願うのみであるが…。

心ある民は、心の準備をしておくことも…必要である。
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2020年02月29日

心身統一合氣道を会得する為には…。



心身統一合氣道を自らのものとする為には如何にすればよいか。それは、自らの日常生活を「真の生き方」にかえることです。日常生活の在り方が技に影響するからです。いくら人前でうまく見せる技をしても、何処かに不自然さが伺えます。一つの例として、たとえば家庭関係がうまくいっていない人は、体の転換がどうしても出来ないのです。心してください。まず、心の持ち方を変えることです。次の言葉を自らのものとしてください。

「幸せとはなにか」
「心を清らかにする」ことです。清らかにするとは何か…、自らの思考を「善と悪に分けて、善に意思をむけること」です。日常の意思は、総て「原始脳を捨て去ることです。原始脳とは、好き嫌い、損得、本能で物事を意識しないこと」です。すべて、真・善・美を判断の基準として、「理性の脳」を働かせることです。そのためには、「四患」と「四維」を自らの精神としなければなりません。勿論その前には、「何のために生まれてきたのか」「今生きているいるのは、何のためなのか」について、その「真理」をしることが大切です。
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2019年12月31日

令和元年(2019年)を振り返って

令和元年(2019年)をふりかえって

すべての教室において、誦句集の中の一つの言葉を大声で唱句した後、必ず話をする…。
それは、「自らの人生は、心が決める」に端を発する…。そして「すべては心に始まり、心に終わる」に帰着する。
統一道は「こころが體を動かす」原理を追求する。そのためには、自分のこころの存在を知らなければならない。自らのこころが何処にあるのか…、この問いに答えなければならない。
更には自らの存在について自覚することである。そのために次の問いに答えてほしい
○ あなたは何のために生まれてきたのですか
○ あなたは今、何のために生きているのですか
○ 幸せとはどういうことですか
○ 心を清らかに、さわやかにするには、どうすればよいのですか。
○ 善と悪にわけるとはどうすればよいのですか。
○ 原始脳とはどういうことを云うのですか。
○ 理性の脳とはどういうことを云うのですか。
○ 氣づき即行・清濁併せのむ・現実大肯定とはどのようなことを云うのですか。
以上の項目について、一年間伝えてきた。もう一度思い出してください。
次に合氣武道の理念は「争わざるの理」。目的は「自らの人格をつくる」ということを理解しなければならない。そのためには何をなすべきか…。
○ 自分の體の総てにおいてリラックスさせる
○ 相手に心を向ける・向身
○ すべてをさらけ出す
○ かまえない
○ 足捌き・胴捌き・腕捌き・手捌き
○ 「勝とう」と思ってはならない。
○ 「負けない」ということだけを研究する
○ 投げようとしてはならない。崩していることを知る
○ 相手の心・氣を導いて、相手の行くところへ行かせてやる
○ 統一體で始まり、統一體で終わる
○ 技はすべて引っ張ったり、押してはならない、上下に導く
○ 体幹は傾けたり、前かがみにならない
○ 體の一部であっても、掴んだりはしない
○ 軽く触れていること
○ 技は自分の体の前(正中心)でかける
○ その他…
これらは修練で一年間述べてきた。そしてやって見せてさせて来た。
来年は、もう一ランク上がって伝えます。期待してください。
最後に、その人の技の体現は、その人の日常生活の在り方が映し出されていることを知るべきです。日常生活の在り方を正すことが一大事である。
(私は都市計画をはじめとする街づくりを学んだ。そして何のための知識か…。すべて人の為、人が幸せになるため…。そのためには、なにを知らなければならないのか…。自らを知るためには人とは人間とは…について知らなければならない。二つ目の大学で「原始仏教」を学んだ。原始仏教とは、ゴータマブッダ(釈迦)が29歳で出家をして33歳で悟りを得て死ぬまでのことを云う。宗教ではない。釈迦が「宗教をつぶしなさい」という言葉をはいていることからも明白である。ゴータマ・ブッダの教えは、「心の科学」としての「真理」である)。


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2019年11月13日

佐竹本三十六歌仙絵



私は「三十六歌仙絵」を博物館で見たとき、何か、心に深く入り込んで来たことに驚きました…。特に襖絵と屏風の構図でした…。全体の配置と色彩…に.見る者に、描く側の感性が…突き刺すように入り込んできたことです。この感覚は今まで味わったことがありません…。そして仮名文字での表現はまさに…脳から腕を通じて手首そして指先と一体となった筆が…まるで生き物のように、「氣」の流れが和紙に伝わり…、一つの微細な線が仮名文字を表現して…言葉を現す…0.1ミリの繊細な線を筆で書き表している、手にもつ筆が筆先が無限に小さくなった先が…下の和紙に接した瞬間、一つの生命を生み出す如く合体する…。筆先と和紙の間に何の抵抗もなく同調する…。まさにアートです。心身統一合氣道も決して相手と対峙しない…相手の氣と同調して、相手の共に行くところへ行く(すなわち導くのである)、そこには、何の抵抗もなく共に流れるように同化する…。全く同じ感覚なのです。
共に美意識を鍛える…。真善美を追求する。アートとサイエンス、直観力と感性の次元なのである。
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2019年05月10日

平成から令和へ



新元号の出典は、初めての和書となる万葉集から…と。しかし、「出典は国書」との説明も文のひな型を思わせる漢籍を持ち出して疑義を呈するものも…。
新元号の予想騒ぎもネット上での難陳論議も…。国民主権の時代に新しい形としての皇位継承の姿なのでしょう。新しい元号にあやかって、その吉兆は、私達国民の心の持ち方にかかっていることを忘れてはなりません。

さて、我が国は下田沖に黒船が渡来して以来、欧米に追い付き追い越せとの思いで、一億火の玉となって突き進みました…明治・大正・昭和…、「ものづくりの時代」から、「心の時代」と変遷を遂げて来ました…。
しかし、敗戦後、今まで培ってきた日本精神は、総て戦勝国によって、放棄させられました…。

このことが現在の我が国の状況…即ち、一国のリーダーたる者、政財界、教育関係、スポーツ関係者たちの人心の荒廃の根源となったのです。
菅子の唱える四患「偽・私・放・奢」この四つの内、一つでも犯すことは、人を滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼすことになります。
一国のリーダー、政財界、教育関係、スポーツ界、その他の人達の「うそ、いつわり、詭弁、逃避…」は今は目を覆う有様です。改める心氣が求められます。

情報社会に突入して、世界は一変しました。IT社会の到来です。すなわち、新しいものづくりの時代です。すなわち、「心によるものづくり」です。
先駆者の後を手繰っていけば、物が造れた時代とはまったく違うことを自覚しなければなりません。
知識だけに頼った企業経営の時代ではありません。

それは物質主義や市場経済主義による変質的疎外感が蔓延った19〜20世紀が終焉して、新たな価値観をもった視点がおぼろげながら人心に浮かんできたもの…。それは新たな心の時代を模索し始めたと考えられます。

それでは何を頼るのか…。一人ひとりが物を見る目が違ってきたといっても過言ではありません。人の心に潜む「真の美しさ」とは何か…そこにヒントが隠されているのではないでしょうか。偏差値は高いが美意識は低いという人創りは誤った教育といっても過言ではありません。起業者は「美意識」を鍛えることになのです。そして「直観」と「感覚」によるものづくり…。これが「心によるものづくり」と言えるでしょう。

そこには、「真・善・美」がなければなりません。そのためには、リーダーは何をすれば良いのか…新しい価値観の創造、それは、美意識とともに、経営に新たな視点、即ちアート・サイエンス・仏教観なのです。そこに、令和の時代における人間としての生き方も含めて、答えがあると考えます。今一度、自らの心が何処にあるのか…確信されることを望みます。
さぁー、新しい元号とともに、新しい未来を…。
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T老師宛て書簡

今回の訪台におきましては、お世話になりました。
心から厚く御礼申しあげます。
特に新しい人との交流は、心身統一合氣道会にとって大変有意義でした。
合氣武術は、武田惣角(大東流柔術)から植芝盛平(後に合氣道と命名)、そして藤平光一(心身統一合氣道を創設)に真の合氣道として伝承されました。今、世界から注目されています。

私は台湾へ11年間(訪台22回)参りました。この目的は、只、心身統一合氣道の技だけを伝えるのではなく、心身統一道と共に、心身統一合氣道の理念は「争わざるの理」であります。
そしてその目的は、「自らの人格を造る」ことにあります。
そのことを技を通じて伝えるために台湾へ参っております。
更には、今から12年前に、台湾の長老の方からはじめて「日本精神」という言葉を聞きました。その時は大変驚きました。

明治28年に台湾は「清」から日本渡されました。日本による統治が始まりました。
そして、児玉源太郎・後藤新平・新渡戸稲造らによって日本と同じ教育が実施されました。
このことは上から目線ではなく、植民地としてではなく同等の扱いがなされました…。
しかし、良い事ばかりでは無かったも事実です。
例として、終戦後、日本が台湾から引き上げる時、台湾の人達は次の言葉を吐きました「犬が去って、豚が来た…」と。
台湾へは「教育勅語」を中心とした教育がなされました。

親を大切に、兄弟仲良く、年上を敬い、物を大切に、自分のことより他の人のことを重んじる…など慈・悲・喜・捨、即ち地四無量心を大事にした教育でありました。
このことは昔の日本人が大切にしていた「利他の心」であります。

今の日本人には、このような教育は長い間為されませんでした。その結果が今の日本の精神状況です。哀しいことです。
昔の日本人の精神的支えであった「日本精神」…。このことを今の台湾の若い方に
心身統一道・心身統一合氣道を通じて改めて伝えるために、私は毎年台湾へ伺うのです。
少しずつ心身統一道・心身統一合氣道の理解者が増えて参りました。喜ばしいことです。
感謝の氣持ちで一杯です。

今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。又、次回お会い出来ますこと楽しみにしております。奥山弘邇拝
posted by 弘心 at 11:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする