2008年10月14日

神戸からの便り

携帯が鳴った。
出ると女性からの声、元町の南京町の「上海餃子」の店から
である。

八月だったか久し振りに、私の一番信頼している人と
神戸へ行ったとき、何を食べようと、迷っていた。
そして、立ち止まったのが水餃子を食べさせてくれる店の前。

入ろうかどうしょうかと迷っていると、中から亭主が
出てきて、「おいしいよ、どうぞどうぞ…」と
片言の日本語に誘われて、入ってしまった。

南京町の本通の終点近くの右側の露地を少し入った所。
水餃子については、御汁の中に浮いているものとばかり
思っていたが、全く違った…。

油を使っての焼き餃子とは異なり、蒸して作ったもの。
油を使っていないので、厨房が素晴らしく綺麗。
普通の中華の店は、油で汚れているのが常。

そのことも、店の亭主の自慢の一つ。
勿論、水餃子にかけては一番の自信作である。

初めて食した。美味しかった。亭主が自信を持つはず。

人が良いものだから、つい水餃子の具に、舞鶴特産の
万願寺甘唐はどうかなぁーと思い送る約束をした。

今年も万願寺甘唐、伏見の甘唐、茄、胡瓜、ビーマンなど
物凄く実ってくれた。
一昨日お送りをした。そのお礼の電話だった。
又行きたくなった…。
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こころの型

俳優の緒方 拳氏が亡くなった。
彼を知ったのは、年代は忘れたが深沢七郎氏の小説
「楢山節考」が映画化された時である。

大阪南のジャズ喫茶で歌って、のちに関西出身の
ジャス歌手として人気のあった坂本スミ子が、
母親役で出ていた。

坂本スミ子も歯を全部抜いて、迫真の演技をされていた
ので記憶に深い。

貧しい山村の生活、食いぶちを少しでも減らすために
一定の年齢に達すると、老人を山に捨てに行く習わしが
あった。

緒方 拳が演ずる息子が、年老いた母親「おりん」を
背負って、山に捨てに行く場面は、今だ目に焼き付いている

おりんばあさんは、息子に背負われながら、淡々とした
気持ちを息子に語りかける…。もはや、自分の行く末を
覚悟し、逆に息子を叱咤激励する。

息子は、しきたりとはいえ、こころでは、親子の情に
揺さぶられる。

そして最後の別れの場面…。

この映画は、国際的に評価を得て、幾つもの賞をとった。
それから数十年が経って、NHKの「この人にトキメキ」で
あったように思うが、キャスターから、こんな質問がなされた。

・どのような気持ちで演技をされているのですか。
 私は「演じる」ということは、「演じない」ことだと
 思っています。
・ではどうして…。
 ただ「想い」だけです。

不思議とこの一言が私のこころに残っていた。

まさに「こころが體を動かす」のである。
武道をたしなむ者には、周知のことであるが
「型」を学ぶ。

すべての型は凄まじいばかりの体験と経験の積み重ねから
生まれたまさに武に対する「想い」が凝縮されて、体現され
たものである。
それは無駄がなく、五体が自然に反応するものである。
それは自然に窮りがないように、人の想いあらゆる創造・
芸術‥などにも極りがない。そして思索の終わりには
いつも自然が鎮座する。自然への帰依へと帰着する。

私の尊敬する武道家の一人、坪井繁幸氏は著書の中で
「型」について次のように述べている。
「…先人達が、型をのこしていったのは、その時代を
よりよく生きるための彼らの実験の一つの結果であり、
行動の軌跡である。
そして、より鋭く生命の核心に迫った型は、まさに
生命の核心そのものがあらわになったように鮮烈であり、
ものごとの本質から放たれる光にように僕らの胸をつく。
そして、このような極まった「型」」が、永く歴史を
貫いて生き抜いていくのだ。
人間の文化の色々な場面で「型」は、丁度、ものを入れて
保存する瓶の「形」が、もうこれ以上動かぬぎりぎりの
形に極まってしまっていて、何千年となく、その形態を
かえないのと同じく、ほとんど不変と思われるかもしれない。
だが極まってしまえば、今度はそこに、その形の中で
ものごとを深め磨くという作業にも移るのである。
「能」の型などはその代表例だろうが、剣道などでも、
刀を振りかぶってきりおろす、刀を突き付ける。という動作は、
各流派大同小異で、磨きぬかれている「型」である。
そこでその型を何回も繰り返すことを通じて、その動きの
「髄」をえてゆくのである。
そして、一度この「髄」を飲み込めば、それが、他の色々の
技に全部通用してゆける。それが「基本技」である…」と。

そこにあるのは、「おもいつづける」こと。それも
「ひたすら純粋に…」一点の曇りも思惟が在ってはならない
ことは言うまでもない。
すなわち、「止観」することである。

心身統一合氣道の昇段試験で受験者は試される。
即ち、こころの持ち方が白日にさらされ明らかになる。
試験に合格した者は、今までとは違ったこころを見せてくれる。
うれしい。
そして、すでに「立命」へ一歩踏み出しているのが分かる。

自らの生き方までも変えていく位、先達の遺産としての
「型」は重い。

そのことに氣付くことが新しい人生の扉を開く。
それ以上に、指導者の責任は重い。
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2008年10月13日

生命の根源

人間は心身も、天地も、同じ一つの「氣」によって
支配されている。このような「氣」の概念は中国思想の
中にも一貫して流れている。

上古の中国には、万物は「氣」によって構成されていると
考えた。孟子、列子、筍子、荘子、呂氏春秋、菅氏など
多くの氣説があるが、これらを体系的にまとめたものに
「淮南子」がある。

「淮南子(えなんじ)」天文訓によると、最初に虚空があり、
虚空のうちに、宇宙が生まれ、宇宙のうちに「氣」が
生じ、「氣」のうち、軽くて透明なものは、うすくたなびき
天となり、重く濁ったものは、沈み固まって地となった。
そしてそこから陰陽二氣が生じ、そこから万物が生成
されていったとされている。


我が国の学者も中国の「氣」説について、深い関心と
興味を示している。

このように「氣」という概念がすべての生命の根源と
想像された。

最近、わが国から四名の学者にノーベル賞が授与された。
今から約60年程前には世の中のものはすべて、原子によって
構成されていると考えられていた。

しかし、さらに小さな物質が存在することが、分かってきた。
素粒子物理学にる素粒子の発見である。

素粒子の大きさは、1mmの4兆分の1という。
素粒子と反素粒子の2種類があり、ぶつかると
消滅する性質を持っているとされていた。

しかしその後、反素粒子の方が消滅しないで少し残る
ことが判明した(対称性の破れ)。
その残りのものから、「もの」が出来た。
と推測されている。

このようにして、観念論的には物質の根源として「氣」と
いう概念で意識されてきた。

一方、科学は私たちの身の回りのあらゆる物質を構成している
最小要素が何なのか、人類は物質の根源を求めてきた。

18世紀から19世紀にかけては水素や酸素といつた
元素・原子が根源と考え、その考え方が確立した後も
究極の素粒子を追い求める動きは絶えなかった。

現在は、陽子や中性子はクォークと呼ばれる複合粒子が
合わさって出来た複合粒子だとわかっている。

このようにして、限りなく小なるものを求めて科学は
進展している。このことは、宇宙の起源にも繋がっている。
そして、生命の根源にも繋がっているのである。

人間の感覚により、想像された概念が、実は科学という
知的行為により、立証されることに、人間のもつ超能力
の凄さを実感させられる。

「人は氣より生じた」ということが、具体的な数値で
実証される日も近いのかも知れない。
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2008年10月04日

実りの秋

今年は柿が豊作となった。
くぼ柿で比較的に小さい柿である。
直径5pほどの大きさ。

一昨年に出来るだけ枝を切った。枝を切ると、柿の木は
生存に危機感を感じて…次の年には多くの実を付けるらしい。
しかし、一年おいて、今年になった。

この柿を見ると、子供のころを思い出す。
昭和22年頃、今のようにお菓子などのものは
何もない。お腹が減ると、友達の家の庭に植えてある
柿の木に登ってこの柿を頂いた。

その頃の農家の庭には、必ず果実樹が最低一本はあった。
その他には、枇杷、無花果、グミなどが植えられていた。

これは聞いたところによると、非常食としての考えからで
植えられたとのこと。

又、山に入って、山桃、はらんきょ、アケビ、栗、椎の実
さらには、池に自生しているヒシの実のなどをさ、探して
食べた。

今、野生動物も食べるものに困っている。
落ちたクリの実は猪に先に食べられてしまう。
低木の富有柿は、熊に。うっかりすると、千客の残り物を
頂く羽目になる。

実りの秋も、生存をかけた闘いの場でもある。

世界の経済がどうなろうが、食品加工物の偽装があろうが、
汚染米であろうが、自給自足の生活には、そんなに深刻さ
はない。

どこかの国のように、飽食美食にお金を使い、そして
メタボになり、又、お金をかけてトレーニングセンターに
通うこともない。

農作業は體を使うことが、直接生産性に繋がった運動となる。
無駄がないのである。

数十日先の、収穫を想像しながら剣を鍬に持ち替えて
大地を耕す。

大地との対話も出来る。
天地のつながりも実感できる。
生きることの原点ではないか。

実りの秋は、まさに生きる喜びが実感できる時期でもある。
posted by 弘心 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

地蔵菩薩の社

平成20年9月28日、やっと完成した。
思えば約3年かかった。
毎年お盆の日になると、今年こと、今年こそと意を新たに
していたがなかなか出来なかった。

今年の7月に入って「作らせていただこう」という氣に
なった。

材木を買い求めて、図面を書き、段取りをした。
ノミで臍を切り、木造住宅と同じ作り方で…。

図面を書いたり、木を切り、カンナで削り、ノミで臍を切る。

今まであった簡単な社(二寸角の木材を釘で
留めた枠組みの上に、トタンを打ちつけその上に
一輪車の鉄製の荷台を被せて、針金で固定したもの)
を取り除く。

ブロックを積み、その中には台として、コンクリート製の
タイルを張った流し台が用いられていたものを細かくして
中に詰めた。

セメントを練り、詰めていく。

レヘルを水平器で調節して、基礎を作り出す。
アンカーボルトを埋め込んで、完成。

地蔵菩薩の社は、三方は開けておく。
何故なのか。

もともと石に彫りこまれた石像(地蔵菩薩像)は、
野辺にあって、その石造の四分の一は土の中に
埋め込まれて立っているのが、その姿である。

出来るだけ見渡せるものが良い、とのことから社は
囲い込まないのである。

柱、梁は松材を。屋根の下地は杉板。
床は松板を用いた。一番難しかったのは屋根。
赤のカラー鉄板を用いた。

板金は未経験。
しかし、雨が下に入らないようにすることが出来ればよい。
如何にして、釘穴を隠すか、である。

鉄板の裏に、屋根の寸法を書き、その長さに曲げシロを加算
して切る。

何の道具もない。角材と手で仕上げた。角材は折り目を
整えるため。後は手で折り曲げていく。

木材には、防腐剤防虫剤を二度塗った。

出来あがってみると、大変な重量で一人では持ち運べない。
修練に来られている。Nさんにかいてもらって据え付けた。
さらには、一緒になって一生懸命に手伝っていただいたK氏
Hさんにこころから感謝申し上げたい。

石像を洗い清めさせていただき、新しい赤い前掛にかえて
、奥に鎮座していただく。
花を活け、水をそなえた。

私は日蓮宗なので、開ぎょうげ、方便品第十六等のお経をあげる。
これであれば、五十年はもつ。私はもういない…。

この地蔵菩薩は、その地にあって、接する人を見守ってくれる。
言い伝えでは、「眼の地蔵尊」であるらしい。

菩薩とは、仏になろうとして、修行をするものをいう。
因みに菩薩とは、サンスクリット語の、
「ボデイ・サットヴァ」の当て字である。

仏教は人間をサットヴァ『SATTVA』すなわち「執れているもの」
と呼ぶ。その理由は、「南仏大蔵経」の中の「相応部経典」に
しめされている(機会があけば述べてみたい)。

さらに、仏教の目指すものは何か、すなわち、
仏陀・buddha(budhーめざめるー過去受動分詞)という。
「執着なきもの」「めざめたるもの」という意味である。

すなわち、仏教とは、この仏陀になるための教えなのである。
では、釈尊は何を悟ったのか。
その前に釈尊は何を問おうとしたのかを明確にする
必要がある。
釈尊の問いとは、「私が今生きてここにいるということは
どういうことなのか」ということである。

すなわち、自分を含めて、人間の存在とは何なのか、
ということである。
そして得た結論は、すべての存在は縁起の理によると
いうことであった。

「縁起」それが釈尊の悟りの内容であつたのである。
われわれは、仏陀になるための道を学ぼうとしているので
あるから、いずれにしてもその教えに耳を傾けることが
必要であろう。

仏陀になるとは、「執らわれているもの」サットヴァが、
真実なるものに「目覚める」ボディすることである。

そのためには、ボディへの道を歩まなくてはならない。
この道を歩む者を修行者という。

修行者は、「執らわれているもの」でありながら、
「目覚める」ことを目指して歩んでいるもの、すなわち、
ボディ・サットヴァ(bodhi-sattva)である。
これを漢字で書けば、「菩提薩捶」であり、
略して「菩薩」である。

釈尊も、観音も、地蔵も、弥勒も、普賢も、文殊もみな
菩薩として精進し、今現にしつつある菩薩もいるのである。

菩薩は、仏陀になるために、四弘誓願(しぐせいがん)
という願をたて、その願を成就するために、限りないほどの
長期にわたって六度の行を修し、一つは自己の悟りのため、
もう一つは人々の教化のために不惜身命の努力を重ねる
のである。

私たちもその一員であることに間違いはない。
心身統一道・心身統一合氣道はそのための方便の一部に
過ぎない。
posted by 弘心 at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

見識

一国の将来を担うべき役割を任じられた男が、又、
不用意な言葉を発してその役を辞めた。

今度は国土交通省のトップ。その前は一年間で四人も
変るという珍事を演じた農林水産省のトップ。

又、一国の総理大臣が二人続けて、途中でその役割を放り投げて
辞めてしまう…。

こんなことが日常茶番になってしまえばこの国は滅びて
しまうと危惧するのは私だけではないだろう。
いつからこのような事態になったのであろうか。

昔にも短期で辞めた総理大臣もいた。しかし、その理由が
ことなる。

石橋湛山氏の場合は、病というものに勝てなくて、仕方なく
野に下った…。健康であれば、彼は又違った国づくりの
秀でた手腕を見せたであろう。

田中角栄氏はロッキード事件で辞任した…。しかし、
私が直接会った限りでは、一般のマスコミの批評とは全く
ことなった人物であった。

以前にも書いたが、何か大きな渦(外国の国益という
名のもとに、精密に仕組まれた罠に嵌められた感がある…)
に巻き込まれたのではないか…との想いが強い。

このように、病あるいはスキャンダルによって辞めた人物は
少なくない。

しかし、今のような状態はなかった。
情けない話である。

その人の持つ言葉・語彙はその人の教養の高さを示す。
教養とは、一流の大学の門を潜ったかどうかではなく、
その人の生まれてからこのかたの生き様、何を考え何を
なさんとして生きてきたか、にある。

その結果が、内面から迸る言葉となって、吐き出されたとき、
人は感動と感銘にひたるのである。

人間、一度吐いた言葉は消えない。言葉として相手に出す
までに充分思慮深きことが必要なのである。

それは、言葉は言霊として、相手に入る。
思いつきでものを言って、すぐに取り消すなどは
言語道断である。

自らの人格の軽薄さを露呈していることに
氣付くべきである。

「こころが體を動かす」、ことへの見識が確かめられる
ことにも気付くべきであろう。

それには、「知識」を「見識」とすること。更には、「胆識」
「節操」を学びとることである。
posted by 弘心 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

世界同時恐慌

アメリカのリーマンブラザーの倒産。
この破たんは、底知れない怖さがある。

アメリカの経済はサブプライムローンに端を発して
倒産の連鎖を懸念している。

銀行の貸し渋り、いや「貸し渋り」ではなく、
「貸し止まり」が常識となつているという。

我が国の企業に対して、銀行の貸どまりを底支えを
して来たのが外資系の民間機関であった。
その代表かリーマンプラザーである。
その会社が倒産した…。

アメリカではすでにAIGなど、次の倒産企業の名前が
囁かれている。
FRBは明日、新しい金融政策を出す。

我が国はどうか。
今日、日経平均が約600円、大きく下落した。

そして、株不安から国債に資金が集中、あまりの上昇に
ストップを命じた。
半年前に黒字決算の上場会社が突然倒産…。こんなことが
今、常識となった今、突然の悲劇が起こるであろう。

銀行の貸どまりが引き起こした悲劇。
金融機関も機関どうしの貸し借りに疑心暗鬼になっている。
連鎖倒産の前に、信用不審の連鎖が起こっているのである。

人間が人間を信用しなくなるような社会は、破滅に向かう。
アメリカがクシャミをすれば、日本は風邪をひく、
と揶揄されている
我が国は、これから苦難の道を進むと予測する。

今まで無かった集中豪雨などの自然災害の突然の多発、
食品関係会社の偽装はとどまるところがないほどの
広がりを見せいる企業倫理の低落、簡単に人を殺す
人心の荒廃…、社会保険庁の組織ぐるみの年金改ざん等…
範をたれるべき官が、不信の頂に存在する…。

まさに、世紀末の様相を呈してきた。

田舎で自然を相手に、大地と対話しながら…、天地の
声をきく。
「合氣」の進化に身をゆだねる…。

世界がどう動こうが、関係ないと思い切り…、今を生きる。
こんな時代に師、安岡正篤先生が生きておられればどの様な
言葉で表現されるであろうか。

やっと「地蔵尊」の社が出来上がった。
明日、基礎を調整して、据え付ける。
三年かかった。

今の世の様相は、目に見えない世界から試練の
メッセージであろう。
こころしたい今の世相である。

田舎からの発信、これからも続けていきたいと思っている。
posted by 弘心 at 23:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

西舞鶴は季節の変わりが激しい。
真夏から、あっという間に秋の気配に変わる。
日中は暑い。しかし、日が陰ると山の樹木の間から
冷気が下りてくる。

クツワムシが鳴き、チンチロリンとマツ虫。
かすかに鈴虫が鳴いている。自然の中の虫の
鳴き声は何故かしら、鋭く大きく感じる。

もうすぐに、スゥイーチョンと馬追い虫が鳴き始める。
秋本番には、雑木林は色づき、そして冬支度を急ぐ。
すべて葉を落とし、大地へと返していく。

そして、土となって、又、春の手助けをする…。
生命の輪廻に氣づくとき、秋を感じる。

中国の古書、采根譚に次のような言葉がある。
…春則生…寒則殺…、春はものを生み出し、冬はすべてを
殺す…というような意味で、その本位は、「…心の冷たい人は、
人関係も貧しく、生き方も貧しい。しかし、心の暖かい人は、
人を和やかにさせ、楽しく愉快な人生をおくることができる…」
ということである。

こころを豊にするのも、貧しく資するのも、こころの持ち方
で決まる。

合氣武道は、その意味でこころを知るには、一番を言えよう。
それは、すべての體の動きにその表武者の生きて来た証が
表現されるからである。

指導者は、體技の型だけの指導ではなく、その人間の全てを
把握して、如何に生きるかという内面にまで氣を向けた
指導が求められる。

まさに、運命との対峙、そして運命を変える立命に向けて
の指導が、指導者に求められるのである。

格闘技である合氣武道は、最終的には、命のやり取りで終わる
のが一般論である。

しかし、自らの運命を変え、立命とする努力は、人に対する
想いと、社会に対する敬虔な行為があってはじめて可能となる。

秋は、「こころ」を感じる時期でもある。
posted by 弘心 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

半農半武X

古書店で何気なく手にとった一冊の本、「綾部発 
半農半Xな人生の歩き方88}。
著者は塩見直紀氏とある。読んでみて共感した。

氏は二十代後半から「本当のゆたかさとはなにか」に
疑問を持ち、さらには環境問題・食糧自給率への関心が
サラリーマンを決別させ、綾部の実家に帰って農業に…。

「半農半X}とは何か。氏は持続可能な農ある小さな
暮らしをベースに自分の得意なことや大好きな仕事を
して社会に生かしてゆくこと」と定義している。

さらに氏は、半農と言っても農業のみを指している
のではない。
生命を生み出す大地に、関心を寄せ、自然の生命と
共感することが出技る感性と自らの生き方に
氣付くことであると…。

一度伺ってみたいと思っている。

私は平成7年に「阪神淡路大震災」を体験し、それから
約二年掛って地域防災計画・防災都市づくり計画を
策定した。

このことは以前にも書いたが、通常他の市町村は
コンサルタントに委託する。
しかし、コンピュータでの解析以外はすべて自作である。
他市と比べて十分の一以下の委託費で策定した。

話を戻そう。そう何が言いたかったかというと、
自らの生命保持に必要な最低限のもの、即ち水、食べるもの
などは、自分で作り出すことが大事であることに
気づいたのである。

今、西舞鶴の小さな集落にお世話になって、村の人々の
生活を見てその感を一層強くした。

もともと人間は生きる為に必要なものは自分で作り出していた。
そのDNAは誰にもあるはずである。

それが時代とともに、農業社会から工業社会、そして
知価社会、IT社会と変遷してきた。それとともに、
一次産業が衰退していった。

この二十一世紀は、「帰農の時代」あるいは「水の時代」
と言われて久しい。
すべての人々に農を…というつもりはない。
しかし、「自分は何によって生かされているか」をもう一度
振り返る時期にきていることには間違いない。

表題に「半農半武X}と書いた。
農と言えるものではないが、土地はある。そして、現在無農薬で野菜作りにせいを出している。
米以外は何とか出来る。

そして武を通じて、求め来る人たちと共に人生の妙を語り、
生かされていることを自覚する。
そして少しでも社会のためにと、浅学を振り絞って
考える毎日でもある。

何れ米も作りたい…。表札にはこう記してある
「NPO法人 都市問題総合研究所
・農村と都市交流センター」と。
posted by 弘心 at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

講習会余話

帰り道、お茶を飲みましょうということになった。
舞鶴の道場のOさんは、時間の関係もありやむなく帰られた。
高槻の四人、雑談が弾んだ。

その中で、やはり仕事に対する様々な想いがある。
特に、人間関係。そらそうであろういくら科学が発達
したとはいえ、最後は同調をうながし、お互いの合意形成
が完成しなければ、人は生きてゆけないのである。

PCや携帯電話でメールで意思を伝える、又、様々な情報を
掴む、そして判断、決断をする。

しかし、えてして自分の独りよがりが出てしまう。
相手の真のこころの中を読み取れないで、感嘆詞や
短い言葉から、独断と偏見が始まる

人間関係がギクシャクするということは、大抵そのような
ことが発端となって、深見にはまり込んでしまう。

時間が経てはなおさら重症になる。
リーダーとなったものは、特に氣を付けなければならない。

まず、相手のこころのうちを十分知ること。
そのためには、相手が主題に対して、「もう話すことはない」
と言わしめるくらい、相手の立場になって、訊く姿勢が肝心。

その時も「聞いてやる…」というような態度が微塵も
出してはいけない。ひたすらに慈顔温容を保つ。

さらには、適度な相槌を打ち、相手が話しやすい雰囲気作り
にも氣をくばる。特に氣を付けなければならないのは、
相手の言葉をさえぎってこれが正しいという口調で
主張することは厳禁。

そうしている間に、相手のこころの内を把握する。
そして相手のやる気を潰さないように、言葉を選んで
これからは、こちらの考えを述べる。

「…君のいう、このてんについては、少しこのような
ことも入れてみたら、どうなるかなぁ…」
「君のことだか、もうすでに考えていると思うが…」など。

「清水に魚棲まず」のたとえがあるように、「正論」では
仕事は進まない。

何が正論かは、断定することはできない。正論の意味は、
「道理の正しい議論」ということである。

すなわち、道理が整って初めて議論になる。
大方は整っていない議論となっている可能性が高い。

ここには、双方がお互いの全てを吸収するくらいの
腹が出来ていなければならない。
すなわち、「清濁あわせのむ」度量が必要。

そのためには、如何なる場合にも心が静まっていることが
求められる。

次に、相手の全体(こころと體」を読む。以前にも述べたように
「氣」は「こころ」の触手であり、絶えず外に向かって
出ていく性質をもつ。しかし、こころは内に向かう性質を
もつ。

だから、「氣」の出が弱まってしまうと、引きこもりになり、
ひいては、心因症の様相を呈してくる。

自らを変えていく特効薬はない。
師の安岡正篤先生は運命を変えること、この努力こそが
人間に与えられた偉大なるものであるそれは
「立命」であると喝破された。

日々の積み重ねが実るのである。
そのためには、まず、意識改革から始めよう。
継続は力であることを認識しょう。

合氣武道はそのための、一つの方便である。
その意味で、講習会などに参加するのは意義ある
ことで、あの人がどう変わっていかれるか、どうなられ
たか…、見せていただくのも、これまた楽しい。
又、雑談しましょう。
posted by 弘心 at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする