2014年07月05日

骨をつかう

「骨をつかう」
最近の新聞で、某武術研究家が「骨をつかう」とのキャッチフレーズで本の広告を出されていた。不思議な氣がした。
 もう何年も前から、私の道場では、実践しているからである。
「力を抜いた状態」ことと「力が抜けた状態」こととは全く異なること。「折れない腕」の科学的な説明…、上腕二頭筋などは主役ではない…。
肩甲骨を使う…股関節を畳む…腕の関節を自在に操る…。
腕と足の関係(右手右足の法則など)…足捌き、胴捌き、腕捌き、手捌き…足裏三点…など、技を用いて説明、実践してきた…。
 氣を出す、だけの意識でも駄目であることの説明…。大東流の佐川師範は、「わしは、體の中を動かしている…、だから弟子にはその真似は出来ない…」という意味の言葉を残されている。
表面からは、全く見えない。しかし、意識する「骨」を胎内で自在に動かす…。
 私の弘心塾道場の塾生には、全てを伝えている。「骨をつかう」のはその中に一つであるからである。筋肉にしても不随筋と随意筋があるが不随筋でも、鍛え方で動かすことが出来るのである。
 合氣道の技が術の一つである限り、自らの體の仕組みと、約二百・約五百の筋肉、骨を自由自在に意識し、操ることが必要となる。「心が體を動かす」原理は、 心と相まって自らの體の仕組みを熟知しなければならない。そうでなければ、本当の意味の體を動かすことにはならないからである。
 「力を完全に抜く」ことが出来れば、次に意識することは何か…。

私の道場の塾生…実践中である。
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日常の工夫について


親の形質が子に伝えられることを遺伝といいますが、遺伝についてはメンデルの法則、即ち、エンドウ豆による実験で、親の形質を子孫が受け継ぎ、その現れ方に規則、正しい法則があることが発見されたことは既にご承知のことと思います。
 また反面、人の遺伝についてはまだまだ未知の分野が多くありますが、その中でフランシス・ゴールトンは、「個人の持っている性質のうち、二分の一は両親から、四分の一は祖父母からというように、二分の一の幾何級数をもってすべて祖先から受けつぐ」という祖先遺伝の法則を立て、後にそのモルガンという人が細胞学的にこの法則を証明するにいたって実験遺伝学の急速な発展を見たとされております。
 このように、両親、祖父母というように連綿として親・子・孫へと形質がゆずられていくことは、関係上の形質のみではなく、私達の行い、思考の中心となる心や性格、欠点等の精神的なものにも影響がおよばされるのであります・
 日常生活の中での゛今゛この瞬間を「いかに生きるか」が本当の意味で重要視されなければなりません。
 藤平会長が、゛以後一切のマイナスの観念を捨て、プラスの人生に邁進せよ゛と説かれるのは、゛今゛この時から祖先から受け継いだ全てのマイナスの要因を、゛断ち切る゛ための心の指標である、と云えるのであります。
「全てのものに感謝の念を持つ」ということを実感としてとらえることが、まずその為の第一歩であります。
 心身統一合氣道の五原則の中の、「相手の心を知る」「相手の氣を尊ぶ」の教外別伝が実はここにあるのであります。
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2014年07月02日

日常の工夫について

今から40年前に、書いた文章である。多くの書き物の中からこれを選んだことには、
長年トラウマとなった事件が存在する。長男の死であった。
当時財団法人氣の研究会(藤平光一会長)が発行していた「心身一如」に、当法人の
評議員をさせて頂いた時に連載ものとして載せて頂いたものである。

「日常生活を共にするあらゆるものに対して感謝の念を持つ」ということを
実感としてとらえること。
 越前永平寺の門前にかかっている橋を半杓橋といいます。
この橋は永平寺の開祖、道元禅師が朝、杓で橋の上から水を汲んで顔を
洗われるとき、杓の半分の水だけで洗われ、残った水は川へ返されたと言うので
この橋の名になったと云われています。
 又、由利滴水禅師が雲水の頃、師匠が洗顔をされたあとの水を
捨てようとすると、師匠が「その水を犬死にさせないで野菜にかけてやりなさい、
野菜は喜び、水も生きて働くではないか」と云われた言葉に深く感ずるところがあり、
この教訓を一生忘れぬために「滴水」と名乗られたのだといわれております。
 一杓の水に対してもこれだけの謙虚な心を持つのであれば、日常の生活の
あらゆるものに対する感謝の念はおして知るべしであります。
 最近、ある人が子供に食事の時に「御飯つぶを一つ残さず食べなさい。
もったいないですよ」と注意したところ「今日本はお米が有り余っているんだから、
そんなことは考えなくてもいい」と答えたと云います。
 物を大切にする心が弱い者は、自らの生活も仕事も中途半端であり、
逆に物を大切にする人は、必ず仕事も自らの生活にも真剣であり、自他共の生命を
大切にする人であります。 
 物を大切にするということは、義理も人情も正しくわきまえて、
出すべき時は潔く出すが、一枚の紙も、一滴の水も無駄なく物の生命を尊び、
その恩恵に感謝し大切に、有効に使っていくことであります。
 全ての人間の使うものは、人を生かすために現わされているという謙虚な心が、
さらに自ら高い次元へ導くことでありましょう。
 「のみ」や「かんな」を大切にする番匠は絶対に手足を怪我するということは
ありませんし、鍬や農機具を感謝の心で使い、農作物を作る大地に感謝の心で
手を合わす農夫には、これまた豊作が続くという、物を取り扱う心がそのまま自らの
生活・生命・仕事に跳ね返ってくるのであります。

 二宮尊徳の許へ貧乏で明日食べる米にも困っていると訴えてきた村民がありました。
二宮尊徳が、その人の台所をみて、あちこちに散乱している鍋釜をゆびさして、
「今まで長年お世話になった鍋、釜、そして、台所の隅々まであと片づけをして清め、
心から礼をいい、その後に餓死せよ」という意味の言葉の一言を言われたと
いうことでありますが、このことは、物に困るような人間は
あらゆる物に感謝のないこと、その恩恵に浴しながら恩を恩と思わぬ人間である
ことを妥協なく教えられてのであります。
 私達、日常の生活においても同じことであります。家庭にある主婦は、
一日働いて帰ってくる主人を思い、心をこめて作る夕食であれば、味も違ってきます。
又、それを受けて主人が心から「おいしい!」と感謝の一言を出す家庭の子供には
食べ物の好き嫌いがありません。
 「子は親の鏡」という言葉がありますように、子供は親が行なってきた
過去、現在の全ての行いなりを写し出してくれます。
 子供の病氣や、怪我、又事故等は、夫婦の間に何かあった時に生じます。
 これら、眼の前にわき起こる不幸災難は、大自然の警告と考えられるのであります。
すなわち宇宙和の原則から少しでも離れた考え、行い、生活をすれば
宇宙からの危険信号が発せられると考えられます。
 その危険信号は、「それ以上筋道がはずれると、もっと大きな災難か生じますよ」
という前ぶれであると考えてよいと思います。つづく
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2014年06月16日

第31回関西地区心身統一合氣道体技発表会での挨拶余談


平成26年6月14日、大阪市立中央体育館で開催。
総勢約250人の参加を得て、成功裏に終わった。
毎年この時期に行われるのであるが、準備から始まって、進行・採点・評価・表彰状など、大変な労力である。その意味で、大阪本部の総括責任者の山本師範の努力には敬意を表します。彼あっての関西地区本部でもある。
毎回、浅学な小生に、大会委員長という重責を命ぜられる。
開会にあたり、挨拶をさせて頂いた。時間の関係で十分に伝えることが出かなかった。少し補足をさせて頂き、提文としたい。

「第31回心身統一合氣道体技発表会にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。まず最初に、本大会開催にあたり、準備その他多くの諸事にご尽力頂いた関係者の皆さんに、心から厚く御礼申しあげます。

少し振り返ってみますと、昭和46年9月16日、渋谷のオリンピック記念青少年総合センター体育館に、藤平光一先生から氣の原理・心身統一法などを学びたいと熱望していた6名の人々が集まったのが始まりでした。
このことは、またたく間に広がり同年12月には数百名にも達しました。そして「氣の研究会」と名付けられ発足致しました。

昭和47年11月3日に、待望の東京本部事務所設立・昭和49年10月9日、厚生省から戝団法人が認可、大阪市淀川区に、関西地区本部の設立。
その後、昭和52年3月第一回全日本心身統一合氣道体技審査競技会の開催、など、着々と広められて行きました。
そして、昭和55年2月24日に新宿区立・新宿文化センター大ホールにおいて、第一回の「氣の研究発表会」が厚生省後援で開催され、当時の野呂恭一厚生大臣、氣の研究会顧問衆議院議員玉置和郎氏等の祝辞を頂き盛大に行われて、四大原則・五原則が確立されたのであります。
その後の発展は、皆さんのご承知のとおりです。

さて、今、サッカーの第20回ワールドカップ(W杯)が開催されていますが、代表の一人、兵庫県滝川高校出身の岡崎慎司選手のお母さんが、TVで話されていました。彼は負けず嫌いで、良く失敗もする。その時には、いつも「引き出しに積み立てをしなさい」そして必要な時に引き出して、参考にしなさいと。

心身統一道では、「氣」と「臍下の一点」を学びました。心身統一道・心身統一合氣道の引き出しは、臍下の一点であります。清濁併せのむ、すべては臍下の一点にいれます。そしてプラスを引き出すのであります。
人生万般、あらゆるスポーツにも用いることが出来るのが、心身統一の四大原則・心身統一合氣道五原則・「氣」であり、「臍下の一点」なのです。即ち、「心が體を動かす」原理なのであります。
心身統一道・心身統一合氣道は、自らの人格の涵養を図ることにあります。
終わりにあたりまして、日頃の修練の結果を思う存分出して頂くことを念願してご挨拶といたします」                   以上。

昭和55年2月24日に新宿文化センター大ホールで第一回氣の研究発表会のパンフレットには、藤平先生が「柿の実のように」「争わざるの心」「体技30」などについてその意味を話されています。

時間があれば、長年にわたって探求してきた「争わざるの理」についても、触れておきたかった…。私のブログ「武農合一」でその詳細は触れている。
(藤平光一先生と同郷で合氣道・居合等を修業されたH氏から、最近、貴重な文献、「針ヶ谷夕雲先生相伝(手書きの本)」を進呈して頂いた。その中の一文でもって、霧が晴れる如く完全に氷塊した。H氏には、感謝の氣持ちで一杯である。)

後談であるが、心身統一道・心身統一合氣道を学ぶ若者なの中には、ものの言い方、相手の氣持ちを察することが出来ない、年長者を年長者と思わない、自分の思いのままに行動、等、周囲とり不協和音を感じ取る事が出来ない者が増えている、との指摘が出された。
指摘された者は、心身統一合氣道の技などは、良く出来ることのようだが…。
この例は、「何のために心身統一合氣道を修練するのか」の典型的な事例であろう。指導している者は、徹底的に話あうことが必要で、場合によっては、厳しい指導も必要と考えられる。何故なら、その為の心身統一の五原則を学んでいるのだから…である。
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2014年03月08日

奧義

奧技

昔、五味康佑(実際の佑の字は左側は示となっている)という剣豪作家
がいた。
彼の作品は本物らしさに鋭意をはらう、数少ない作家であった。

彼の書く小説は、本物感があまりにも凄いので、ある種の読者に
高踏的な鑑賞さえ許し、それが大きな魅力となっていることは確か
である。

これは、彼が可能な限り表現を切り詰め、凛冽の氣さえ漂う緊迫した文章
を駆使していることにある。

彼の作品の中でも「柳生武芸帳」「一刀流青眼崩し」などは、
図抜けた本物感そのものである。

彼の作品についての解説を、柳生新陰流二十一世宗家の柳生延春氏が
実に重要な指摘をなされている。その一節を引用しておきたい。

「今までに私が読んだ剣豪小説は、クライマックスである斬り合いの場面
になると、かなわず切り札的な奥義の太刀が遣われ、それで事がすむのが
常であった。
剣法の極意ーー技術の究極が一つの太刀に集約されて、オールマイティに
使われるという考え方である。
しかしも私はそうは考えない。極意というものは体系的、有機的ななものであって、ある太刀の使いかだそのものが唯一絶対であることは決してない。
勝負は常に相対的である。剣の素人が極意の太刀を伝授されても、手練れの敵をそれで斃すことなど有りえない。極意は修練の結果であって、
魔法の杖ではないのである。

五味康祐氏の手法にもこの考え方はある。しかし、この著者は、可能な限り表現をきりつめ、凛烈の氣さえ漂う緊迫した文章を屈指してこれを乗り切っている」

この批評は私の中に、強く印象付けられたものがあった。
実際に武道を直接体験していないにもかかわらず、その言葉には
体験者以上のものをもって伝えようとしている。
稀有な作家と言っても過言ではない。

私の好きな作家の中に、特に武道小説は剣道五段の津本 陽氏などの作品で合氣道創始者植芝盛平、不出世の達人大東流合気武術宗家佐川幸義、
大東流合気柔術の創始者とも言われる武田惣角などを描いたものがある。
これらの作品は、自ら武道歴から迸る言葉と文脈でもって表現されている。

しかし、いくら武道(剣道)の実務者であっても伝えようとする表現には
限りがあるようである。
それは、大東流合氣柔術の達人武田惣角を描いた時、見学を許され道場に伺い始めて見た大東流合氣柔術を極められた佐川幸義宗家当時92歳のすざましいまでの技に度肝を抜かれ、それまで書いていた表現文が大きく変ったと書かれている。

このことから、今、心身統一合氣道を伝えようとする者は、如何にして
伝えるかについては、削ぎ落とされた無駄のない的確な表現力を
身につけることが重要であることがわかる。

言葉の重みは、言葉を吐くその人の魂の重さと比例する。
決して軽々しくあしらってはならない。「心打つ…」『魂を打つ…』言葉こそ、人を動かすのである。

補足・この文章は、2011年に書いたものであるが、少し補足すれば
昔から、武術は、「守・破・離」と変化すると言われている。これはまさに上記の文中、「勝負は相対的なもの」としては離に辿りつかなければ意味がないことを表している。昔、植芝盛平翁が「わしがこのように融通無碍に動くことが出来るのは、六十数年間の基本を大事に修練した結果じゃ…」と言われていたのを思い出す。
即ち、修練者は、何時如何なる時も「守」という繭から、「破」という蛹になり、「離」として蝶々に変化することを想い続けることが重要なのである。

私の道場では、守として「練氣」、破として「表武」、離として「実践」の心身の遣い方を徹底して学ぶ。まず、第一に、「練氣」として氣を練り合う修練を、合氣道の基本技を静體技で充分に心身に練り込み、そして動體技に移行する。
そして、流體技に移る。その集大成が、日常の全てに用いる即ち「実践」である。(弘心)


T
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2014年03月07日

人間としての生き方

改めて、一年を振り返ってみた。昨年の今はこんなことを考えていたのだ、と…。(ブログ武農合一・2013・3より)
人間としての生き方     

今日は二十四節氣の啓蟄である。
多彩で多数の虫が蠢き始める日。
漢字には驚かされる。「蠢く…うごめく」という字は、
虫の上に春がのっかっている字である。

舞鶴の雪は、やっと90%融けた。そして雪の下からは
もう、半ば開いたフキノトウが顔を出している。

水仙も何本か花を開いてくれた。
花畑には、昨年にパートナーが一生懸命、チュウリップの
球根を埋めた…。土の中から少し芽を膨らませて眠っていた。

菜根譚に次の言葉がある。
「…寒則殺・暖即生…」。冬はすべてのものを殺し、春はすべてのものを
生かす…。という意味であり、これを人間の営みに表せば、

心の温かく穏やかな人は人を生かす…
しかし、心が冷やかで、冷たい人は、人を殺す…。

このように春はすべてを生かす意思を持っている…。
多くの虫や鳥、獣などが動き出した春…。

その気持ちは良くわかる。雪に閉ざされた数日間は、只、この雪が
一日も早く、止んでほしい…との気持ちが頭を駆け巡る…

雪がやめば、あれもこれも…したいことばかり頭に浮かぶ…
そんな思いで過ごす日々は、何かしら思考が止まり、しかし、
何かを成し遂げるイメージばかりが膨らむ…。

春の息吹は、このような勢いが、表面には出ないが、その中に
籠められているのであろう。

今年は、合氣道の修練において、新しい目標を掲げた。
修練者には伝えた。

故安岡正篤老師に陽明学を学んで三十八年目になる…。一体何をしてきたのか…師は、「何ものにも真剣になれず、従って何事にも己を忘れることが出来ない。
満足することが出来ない。楽しむことが出来ない。常に不平を抱き、不満を持って、何か陰口を叩いたり、やけのようなことをいって、その日その日をいかにも雑然、漫然とくらすということは、人間として一種の自殺行為です。
社会とっても非常に有害です。毒であります…」

では、どのような生き方をすればよいのか。師は言う。
「如何にすれば何時までも進歩向上していくことができるのか、
第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいくということです。
純一無雑の工夫をする……近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、ということです」

「人間に一番悪いのは雑駁とか軽薄とかいうこと…。これがひどくなると混乱に陥ります。人間で申しますと自己分裂になるのです。
そこで絶えず自分というものを何かに打ち込んでいくことが大切です」と。(安岡正篤一日一言)

さらに、私が尊敬する森 信三先生の言葉。
「真の誠は何よりもまず己のつとめに打ち込むところから始まると言ってよいでしょう。
すなわち誠に至る出発点は、何よりもまず自分の仕事に打ち込むということでしょう。
総じて自己の務めに対して、自己は一切を傾け尽してこれに当たる。即ち、もうこれ以上は尽しようがないというところ、なおもそこに不足を覚えて、さらに一段と自己を投げ出していく。
これが真の誠への歩みというものでしょう」と。(修身教授録)

森 信三先生は、又、様々なことについて、講義をされている。その中で、
「一時一事」もその一つです。

「…すべての武道の修練というものは、この「一時一事」の工夫において、大いに教えられる場合の多いものです。
武道以外の他の競技においても同様ですが、すべて敵と争う場合には、迷った方が負けになるのです。ですから、この「一時一事」の原則を、最も敏速に、かつ徹底して生かした方が勝ちを占めるのです。
そして、これは、ひとり武道や競技のみならず、実は人生そのものが、
またこうしたといえるでしょう…諸君らは、現在は、武道や競技などにおいて、この「一時一事」の修練をしているわけですが、その呼吸をさらに日常生活上の、あらゆる事柄において生かさなければならぬと思うのです。同時にまたこの点の工夫をするか否かが、武道や競技においても、真に上達するか否かの分かれ目となるともいえましょう。けだし古来名人と言われた程の人は、一振りの剣に全生命を集中してその生涯を、生きて来た人に外ならないのです」と。

安岡先生が説く陽明学の、格物致知と知行合一、
森先生が説く「生涯修業」…「一途一心」をこころして…

まだまだ学ぶことは多い。




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2014年02月04日

節分

友人の渡邊さんは日本でも色彩学については、指折りの方です。
その彼の特技の一つに易学があります。
彼の陰陽五行説から、節分について伺いました。
節分は、春を呼ぶ重要な行事とのことです。

「今日は易の世界での新年の始まり、節分。豆まきは春を迎えるまじないなのです。
木→火→土→金→水が循環する陰陽五行の思想。
硬い豆(金)は春(木)を剋す(やっつける)ので、先ず豆を煎って芽が出ないようにして投げつける。

部屋に残った豆(金)は、歯で噛み砕いて食べて、金をやっつけて木(春)がちゃんと訪れるようにする。
ついでに投げつける相手は鬼(鬼=陰=水=冬の象徴でもある)。

そうして冬を退散させて春を呼ぶわけです。
科学的な天気予報の無い昔は、ちゃんと四季が循環し、農作物を確保して通常の生活が
送れることが最大の関心事だったのですね。

尚、旧暦と新暦で季節感が1カ月ほどずれていますから、旧暦2月節分は現在の3月上旬の季節感です。
そう考えるとちょうど春の初めに相応しいですね。   

また、鬼を殺してしまうと五行の「水」が無くなり、季節が循環できなくなるので
殺さず追い払う(退散させる)だけなのです」

 豆まきを行う神社、お寺などでは、「鬼は外、ではなく鬼は内、福は内、と言って
両方とも内に入れてしまうところもあるようです。
一度、彼を招聘して、「色彩学と易学…」「陰陽五行説とイロ、イロ…」「超高齢者のイロの世界観…」
など、お聞きしたいですね。ご要望がありますれば、御一報下さい。


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2014年01月07日

謹賀新年

 旧年中はお世話様になり、心から厚く御礼申し上げます。
昨年は弘心塾道場において、大阪府・京都府・福井県・台湾・東京…など多くの方々が
修練に励まれました。

なかでも合氣武道の創始者や先駆者が残された言葉や技を検証。
さらには、東洋哲学者、宗教者などの言葉を吟じると共に
深く意味付けられた真理を紐解いて学ぶ「百誦会」を発足させました。

このことは、合氣武道の今後を示唆する意味あるものと確信するものです。
皆さん方の参画を心からをお待ちしています。
本年も多くの方々との出会いと共に、皆様方のご厚情賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
弘心拝
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2013年12月16日

小指と臍下の一点

子指の線と臍下小指の一点
心身統一合氣道では、「氣」と「臍下の一点」を重要視します。
その臍下の一点は、體のどの位置に存在するのか…。現時点では、
下丹田の内で力の入らない所、と位置付けされています。
しかし、その位置の確認は、なかなか難しい…。

其の事は又、別の機会に述べるものとして、昔、藤平宗主から
「臍下の一点は、小指の線と繋がっているのだよ…」と良くに言われていた…、其の時には何のことかあまり深く考えていなかった。

しかし、父から伝授された「邇心流合氣武術(父奥山喜峯は、八光流を学びその極意を得て、邇心流を創始・2000年、父が亡くなる前に、父からその極意奥伝を伝授、許状八段を受ける)」を体現してみて、その意味がはっきりと分かってきた…。

八光流は、(、奥山龍峰創始者(1901〜1986)が広められて、日本国内はもとよりハワイ、を経てアメリカ本土にも広く普及された。
技は、奥山龍峰創始者が様々な武道を極められて(大東流合気柔術もその一つ)創り上げられたものである。したがって、合氣道の技と良く似ているものも存在している。

八光流においては、特に體の仕組み特に、「経絡」との関係を重要視している。その中で、體に位置する経脈・絡脈のうち、「十二の経脈」の一つに「手少陰心経」がある。この経脈が小指の内側の線で、関連穴位は、極泉即ち臍と繋がっているのである。又、小指の表側の線で、「手太陽小腸経」は、その関連臓腑は、小腸に属し、心と胃と連結する。

すなわち、臍下の一点との繋がりがあると言っても過言ではない。
したがって、邇心流の小指返しを掛けられると、掛けられた者は、體の中、特に下腹から崩される感覚に陥るのである…。

さらに、八光流において「経絡」に沿って、線状に氣で指圧をして、體の修復をされている。
このことは、心身統一合氣道の藤平光一創始者が「氣圧療法」として説かれていることと、類似している。

古くは、八光流が大正時代から、国内からハワイ、ニューヨークと大きく発展したことから、心身統一合氣道の創始者が其の事についても、気づかれて、何らかの影響があったのではないか…。しかし、推測の域を出ないことを申し上げておく。(奥山弘心)
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2013年12月06日

品格

最近、何故か品格と言う言葉が頭を過る…。
「品格」とは、品物のねうち、しながら、人がら、品、気品…などの意味がある。
解字(文字のなりたち)は、会意。口+口+口。口は器物をかたどる。とりどりの
個性をもつ、さらに、「格」については、いたる、来る、そろむく、あがる、地位、身分、品等…。
(漢語林…東京教育大学名誉教授文学博士鎌田 正著)
と記されている。
人間の品格とは、その人のもつ品、気品を伴った地位、身分といえる。

今、わが国の経済界・政界の人心の荒廃は、すさましい状況にあると言っても過言でない。
以前にも書いたが、名を為し功を遂げた人物がそろって国民の前で頭を下げて謝る…。
東電福島原発事故の情報隠蔽、北海道JRの情報証拠の隠蔽事件、有名百貨店等の
食材偽装事件、警察幹部の不祥事件、さらには今、得たいの知れない金を受け取った
知事のことが話題である…数え上げればきりがない。

何故こうも品も人格も完全否定につながることをするのか。
今から50年前には、無かった様に想う。
又、当時の経営者や政治がには、それなりの品があり、人格が感じれた人が多く居た…。
そして、それぞれが生きていく上においての「哲学」を持った人が多かった。

その人達が高度経済成長期とバブル経済、そしてその崩壊、リーマン・ショック、など
様々な経験と数々の修羅場を乗り切ってきた。
それは、経営的経験、政治的経験の浅い人物が知識だけで、ところてん式に
経営者・政治家となって表面化してきたことに、大きな原因があると思うのは
私だけであろうか。

トップになろうとする者は、いや、我が息子を後継ぎにしようとする者は、
幼少の頃からそれなりの帝王学を学ばせてほしい。
そして、精神的にも肉体的にもぶれることのない人格を涵養することが望ましい。
それは、知識を智慧にするとともに、見識・胆識・節操と昇華させることの
出来る学識を培うことである。

明治維新の実現に向けて、主に二十代の若人が、生命をかけてまで情熱をぶつけたのは、
どのような精神だったのか…。
賢者は歴史を語り、愚者は経験を語る、という言葉が在るように、世界の過去の
歴史上の人物から学ぶことも重要である。その意味では、東洋哲学は必須であろう。

日本は国内総生産(GDP)で中国に抜かれ、やがてインドも上をいく。
更には、少子高齢化で国内経済は縮小していく。
しかし、悲観することはない。素養(礼・義・廉・恥)をみがき、教養をつけ、
正直で誠実な成熟した人物を育てていけば、世界のトップに立てると考える。

これからの日本人は、経済活動にしても政治にしても、欲深さや不正直でなく、
本当の意味で品格・人格が求められるのではないでしょうか。




posted by 弘心 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする