2013年12月16日

小指と臍下の一点

子指の線と臍下小指の一点
心身統一合氣道では、「氣」と「臍下の一点」を重要視します。
その臍下の一点は、體のどの位置に存在するのか…。現時点では、
下丹田の内で力の入らない所、と位置付けされています。
しかし、その位置の確認は、なかなか難しい…。

其の事は又、別の機会に述べるものとして、昔、藤平宗主から
「臍下の一点は、小指の線と繋がっているのだよ…」と良くに言われていた…、其の時には何のことかあまり深く考えていなかった。

しかし、父から伝授された「邇心流合氣武術(父奥山喜峯は、八光流を学びその極意を得て、邇心流を創始・2000年、父が亡くなる前に、父からその極意奥伝を伝授、許状八段を受ける)」を体現してみて、その意味がはっきりと分かってきた…。

八光流は、(、奥山龍峰創始者(1901〜1986)が広められて、日本国内はもとよりハワイ、を経てアメリカ本土にも広く普及された。
技は、奥山龍峰創始者が様々な武道を極められて(大東流合気柔術もその一つ)創り上げられたものである。したがって、合氣道の技と良く似ているものも存在している。

八光流においては、特に體の仕組み特に、「経絡」との関係を重要視している。その中で、體に位置する経脈・絡脈のうち、「十二の経脈」の一つに「手少陰心経」がある。この経脈が小指の内側の線で、関連穴位は、極泉即ち臍と繋がっているのである。又、小指の表側の線で、「手太陽小腸経」は、その関連臓腑は、小腸に属し、心と胃と連結する。

すなわち、臍下の一点との繋がりがあると言っても過言ではない。
したがって、邇心流の小指返しを掛けられると、掛けられた者は、體の中、特に下腹から崩される感覚に陥るのである…。

さらに、八光流において「経絡」に沿って、線状に氣で指圧をして、體の修復をされている。
このことは、心身統一合氣道の藤平光一創始者が「氣圧療法」として説かれていることと、類似している。

古くは、八光流が大正時代から、国内からハワイ、ニューヨークと大きく発展したことから、心身統一合氣道の創始者が其の事についても、気づかれて、何らかの影響があったのではないか…。しかし、推測の域を出ないことを申し上げておく。(奥山弘心)
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2013年12月06日

品格

最近、何故か品格と言う言葉が頭を過る…。
「品格」とは、品物のねうち、しながら、人がら、品、気品…などの意味がある。
解字(文字のなりたち)は、会意。口+口+口。口は器物をかたどる。とりどりの
個性をもつ、さらに、「格」については、いたる、来る、そろむく、あがる、地位、身分、品等…。
(漢語林…東京教育大学名誉教授文学博士鎌田 正著)
と記されている。
人間の品格とは、その人のもつ品、気品を伴った地位、身分といえる。

今、わが国の経済界・政界の人心の荒廃は、すさましい状況にあると言っても過言でない。
以前にも書いたが、名を為し功を遂げた人物がそろって国民の前で頭を下げて謝る…。
東電福島原発事故の情報隠蔽、北海道JRの情報証拠の隠蔽事件、有名百貨店等の
食材偽装事件、警察幹部の不祥事件、さらには今、得たいの知れない金を受け取った
知事のことが話題である…数え上げればきりがない。

何故こうも品も人格も完全否定につながることをするのか。
今から50年前には、無かった様に想う。
又、当時の経営者や政治がには、それなりの品があり、人格が感じれた人が多く居た…。
そして、それぞれが生きていく上においての「哲学」を持った人が多かった。

その人達が高度経済成長期とバブル経済、そしてその崩壊、リーマン・ショック、など
様々な経験と数々の修羅場を乗り切ってきた。
それは、経営的経験、政治的経験の浅い人物が知識だけで、ところてん式に
経営者・政治家となって表面化してきたことに、大きな原因があると思うのは
私だけであろうか。

トップになろうとする者は、いや、我が息子を後継ぎにしようとする者は、
幼少の頃からそれなりの帝王学を学ばせてほしい。
そして、精神的にも肉体的にもぶれることのない人格を涵養することが望ましい。
それは、知識を智慧にするとともに、見識・胆識・節操と昇華させることの
出来る学識を培うことである。

明治維新の実現に向けて、主に二十代の若人が、生命をかけてまで情熱をぶつけたのは、
どのような精神だったのか…。
賢者は歴史を語り、愚者は経験を語る、という言葉が在るように、世界の過去の
歴史上の人物から学ぶことも重要である。その意味では、東洋哲学は必須であろう。

日本は国内総生産(GDP)で中国に抜かれ、やがてインドも上をいく。
更には、少子高齢化で国内経済は縮小していく。
しかし、悲観することはない。素養(礼・義・廉・恥)をみがき、教養をつけ、
正直で誠実な成熟した人物を育てていけば、世界のトップに立てると考える。

これからの日本人は、経済活動にしても政治にしても、欲深さや不正直でなく、
本当の意味で品格・人格が求められるのではないでしょうか。




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2013年12月04日

来客

以前舞鶴へ来られた陳(本名、査)さんが12月14日に舞鶴へ来ます。
今回で二度目。大歓迎です。
西舞鶴教室での修練に参加される。
台湾へ毎年二度、心身統一合氣道の指導で交流している。
台湾の合気道では、二段。彼の師、呂承榮老師の弟子である。
呂承榮老師は、四年前に氣を学ぶ為に、舞鶴へ来られた。

台湾での合氣道は、呂承榮老師の師、李老師が広められた。
呂承榮老師は、李老師の一番弟子でもある。「氣」については、
藤平光一宗主(心身統一合氣道の創始者)から田中万川師範へ…
田中万川師範から台湾の李老師へ伝えられた…。

不思議な巡り合わせである。台湾の李老師は、「氣」のことは分かっておられたが、
体現出来なかった…と想像している。それを一番弟子の呂承榮老師が気付かれたのである。
呂承榮老師は、私の一番のポン友である。

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2013年11月29日

今、日本人に失われているもの

 今年も世相において、様々な変容がありました。
北海道JRの報告書の偽装、有名ホテル等のレストランの食材偽装、
都民の多くの支持を受けた知事が、常識では考えられない多額な金銭の貸借…
借用書などの不自然な処理…など。

 国を代表するような、大企業のトップが、「偽」「私」「放」「奢」の四患を
犯して、国民の前で頭を下げる場面が数多く見られました。
日本人としての誇りも尊厳も踏みにじるようなこの人心の荒廃は目に
あまるものがあります。

この人心の荒廃は一体何故起こり続けるのか…。
明治・大正・昭和の初めの経営者・国を代表する人達は、幼少の頃から、
親からあるいは夫々の師事する者から「帝王学」を学んできた。
具体的な例として明治維新を成し遂げた多くの志士達は、
その精神的原動力となったのは、東洋哲学で在ったように…
代表的なものとして武士道がある。

何れにしても、自らを創る・組織を創る・国を創ることの人間に最小限求められるもの、
「四維…礼・義・廉・恥」が、最早忘れられていることが、今の日本人の
最大の不幸ではないでしょうか。

まず、自らの心と體に「正中心軸」を確立することである。その軸が天地(宇宙)を結ぶ
一直線と同化した時、「争わざる理」とともに何事にもブレナイ自身が誕生する…。
私の合氣武道は、その為の方便でしかない。

そしてその真髄を「百誦会」で学び、心が體を動かす原理を学ぶ…。

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2013年09月30日

伝承

高槻心身統一合氣道会高槻教室子供クラスに新しい会員が増えて来ました。
これも一重に保護者の口コミの御蔭と感謝しております。その分、責任重大です。
何故、親と子どもに伝えるのか、についての私の想いは、武農合一(ブログ)に書いております。一度お読みになってください。

子供たちは、體も一年一年大きく成長して、又、心も変化して参ります。
それがどの時点でどのように変化するのか、について親として十分理解することが望まれます。

教育は、家庭教育・地域教育・学校教育の三位一体となって初めて
達成されると言っても過言ではありません。

道場で拝見していますと、自分以外のことには、あまり関心を示さない子供が増えています。

その原因がどの点にあるのか…、難しいところです。しかし、子供は親の背を見て育つ、との言葉がありますように、やはり家庭教育が大きく影響しているのでしょう。

大阪大学の研究で、子供の意識調査の中で、「他人に親切にする子供は、他の人から親切にされることが多い傾向にある…」ことが分かってきました。その逆も又、真と言えるでしょう。

私と子供との接触は、二週間に一度それも僅か90分ほどです。
その間に、五感六感をフル動員して、個々の子供たちの體・心の様子を感じ取らなければなりません。

修練の初めに、誦句集の其の一、「座右の銘」を皆で唱和します。そして「心が體を動かす」原理を、心身統一合氣道の技を用いて伝える…。
更に、自らの人格・品格の涵養に繋げていくことへの誘い(いざない)こそ、私たち大人の使命と言えるのではないでしょうか。

舞鶴は、秋です。カマキリは、すだれに大きな卵を産みつけて、動かなくなりました…クツワムシも声が小さくなり…、鈴虫、マツムシ、コオロギなどが鳴いています…、
殿様カエルは、万願寺甘唐の葉の下で、虫が来るのをじっと待ちかまえています…
ヤモリは窓ガラスに張り付いて虫がくるのを待っています…
イモリは湧水の池であまり動きません…
メダカの子供が少し大きくなり、姿を見せ始めました…

万願寺甘唐、伏見の甘唐、ピーマン、セロリ…さつまいも(鳴門金時)カボチャは、収穫寸前です…キクイモは昨日収穫しました…
全て知人に送ります…。

山裾から湧水を水道管で引き込んでいます…流れ落ちる音が静かな静かな夜のひと時にリズムを奏でています…

満天の星空…猪が、猿が、鹿が、ツキノワグマが…夜の畑を散歩しています…

一度、舞鶴へ子供と一緒に…、いや、何方でも結構です、お越しください…。秋の夜長を、弘心塾道場でゆっくりとお話しましょう…。
(弘心)
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2013年08月21日

合氣談義

今年は沢山の人が弘心塾道場に来て頂いた。感謝。
何故か何時も合氣道の話しが中心となる。
特に、数十年一緒に合氣道の修練をした方とは、延々と続く…。
最近の話題は、もう一度合氣道について、原点から考えてみよう…、ということになった。

以前にも書いたが、大東流合氣柔術の武田総角から植芝盛平そして藤平光一(敬称略)と
伝えられた合氣道…。
財団法人合気会の総師範部長であった合氣道最高位十段の藤平光一が
心身統一道と心身統一合氣道を創設され、別の道を歩まれた…。
しかし、合氣道の原点は、植芝盛平から学ばれた事実は、明白である。

その意味で、まず最初に合気道の創始者植芝盛平翁が生前中に、「合気」、「合気道」
についての言葉とその意味について、纏めることにした。

今、振り返って言葉の意味を読み返して理解する時、深い意味が籠められていることがわかった。
その表現が、宗教的言語を交えているが、心身統一道・心身統一合氣道の藤平光一宗主と、
全く同一の内容であることも判明した。

次の言葉の意味をどのように理解されるでしょうか。
「…真の武の道は吾勝(あがつ)であり、正勝(まさかつ)であり、時空を超えて
相手の向上心に和合する勝速日(かつはやび)であることを悟った。
武道の使命たるものは、共存共栄の道を守ることが本願であらねばならない…」

「…いずれの道もそうですが、人間の現実を離れて、武道も宗教もないのです。吾勝、正勝、勝速日、
すべては自己の立て直しが仕事の基本であります…」と。





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2013年07月06日

自然との共生


武は農から生じてきたこと…、剣を鍬に持ち替えての大地との対話…
武農合一の実践については、幾度となく書き留めてきた…
合氣を求めて、自然との対話と武農合一の生活は、都会(大阪)から田舎(舞鶴)に来て約13年になる…
その間、自然の厳しさを身に沁みて自覚させてくれた…
しかし、その間、合氣の深淵に触れることが出来た…
人間が過去から持ち続けてきた、自然の體の動きと呼吸…
體全体の骨と筋肉を自在に操る…
それは大地が教えてくれる…
大地に「感謝報恩」の「氣」持ちを持つことで、初めて受け入れてくれる…
母なる大地…大地は総てのものを生みだす…
自然との共生は、大地から始まる…。

夜になれば、鹿、モリアオガエルのなぎ声が延々と続く…
猪が刈り草の下のミミズを探して、土を掘り返す…
ガラス戸には、明りを求めて、いろいろな虫がガラス越しに見える…
その虫を求めて、トノサマカエル・アマガエル・モリアオガエル・ヤモリ…
様々な生き物が、それぞれの生きる姿を見せてくれる…

朝、パートナーを送りだした後、約1時間は畑の草を引く…
そして、胡瓜、ブルーベリー、万願寺甘唐辛子、伏見の甘唐辛子、葱、ピーマンなど朝採りする…
キッチンの片づけ、洗濯物を干し、部屋を掃除して、法人の仕事に入る…
PCのメールを検索、仕事での連絡に指示…資料づくり…
東京事務所長とスカイプで連絡協議…
高槻・舞鶴心身統一合氣道会の会員(塾生)への連絡事項など…
そして、午前中が終わる。

午後は車で買い出し…野菜中心の生活…
時には舞鶴の魚…
一か月に一度、「かえし」を…最上の醤油とみりんを半々にして、火にかけて
沸騰する手前で火を止める…そして自然に冷まして、瓶に詰めて二週間寝かしたもの…
調味料は、カツオ・昆布・いりこ…、唯それだけで調理する…
素材の旨味を存分に引き出す…

弘心塾道場では、剣を鍬に持ち替えて…そして又鍬を剣に持ち替えての剣技…
私には、小野派一刀流の長年の修練の型と體の動きが身についている。今、柳生新陰流の動きにも體を馴染ませている…

藤平式呼吸法と釈尊の呼吸法などを丹念に行う…
邇心流の独特の操法を繰り返す…

朝に採った野菜などを中心にして、夕飯の支度に掛かる…
そして、一日の大半が静かに過ぎてゆく…。
今年は、敷地内を流れる湧水水路からのホタルが少なかった…。
晴れた日の夜空は、満天の星空…星の瞬く光が目に入った時…
天地の中心に…、宇宙の中心を下腹に包蔵していることが、不思議と
実感出来る。

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2013年04月23日

夏野菜・台湾との交流

今日の朝の気温は1℃。日中の気温は18℃、三日前には28℃と真夏日…。
最近の気象状況は、雪の降らない所に降らせたり、一年分の降雨量が一日…など、
世界的にも様々な現象を惹起している。

此方は、なかなか暖房器を片付けることが出来ない…。異常気象は自然災害が起こる
可能性は大きい。最近の中国・四川省の大地震は、目新しい。

さて、大地との対話が始まった。昨年は十分な畑での野菜作りが出来なかった。
今年は頑張ろうと思う。
草刈りは通常は草刈り器で…そしてミニトラクターで耕起するのだが…。
今回は、備中一本でおこなった。

剣を鍬に持ち替えて、大地を穿つ…、力を完全に抜いて、鍬の意思を確認しながら
打ちおろす…。
大地が快く受け入れてくれる…。
太刀捌きが間違ったいなかったことが
確かめられる。

三時間の対話は、あっという間に終わった…。苦土石灰をまいて酸性化した土を
中和する。明日は、上の畑を…。

まず、万願寺甘唐がらし、伏見の甘唐、ピーマン、胡瓜、茄、ミニトマト…
此処までは定番である。スイカ、ネギ、カボチャ、小松菜、ホウレンソウ、水菜等…は
違う場所に…。

今年は三月に七度目の台湾との交流。今回は、三日間は、台北市そして、最後の一日は、台中寄りの新竹市。洪さんの道場へ…。
約二時間の修練…。その後は、海鮮市場での食事、道場の稽古仲間の人達が、歓迎してくれた。
海に面している街のため、広い建物の中に、数多くの魚介類が、
トレーに生きたまま盛られている…。その中ら好きなものを選んで買って料理をしてもらう…。

あっと言う間の四日間でした。この歓迎の様子は、フェイスブックで紹介している。
沢山の歓迎と親切な心を…頂戴して、感謝の気持ちで、後にした…。
次回は11月に行く予定である。三月は、パートナーは仕事の為に行けなかった。
台湾では、多くの友達が出来ている。パートナーの不在を残念がってくれた。
特に、テコンドーの台湾チャンピオンのりんさんは、特に…。パートナーとはフェイスブックでの
交流は続いている…。

今日の国会中継で、行列の出来る弁護士事務所で名を高めて、国会議員になった丸山氏が
尖閣列島周辺の魚場について、平成八年らの課題であった台湾との協定を
わが国と結んだことに関連してわが国の立場について質問していた。
答弁に立った安倍総理は、東日本大震災に対しての台湾からの多大な額(200億円)の
寄付にふれて、心から謝意を示された上、歴史的に見てわが国とは深い関係にあり、
今後もその気持ちには変わりない。との答弁をされていた。

以前に「台湾へのかけ橋」という台湾での教育に情熱をもって、又、命をかけて遂行された
多くの人達の歴史を綴った本の話しをさせて頂いたことが、頭を過った…。

私は、合氣道という武道を通じて、交流を図ってきた。素晴らしい方ばかりである。
これからも続いていくであろう台湾との交流…。出来る限りのことを伝えていきたいと
心から想っている。




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2013年04月05日

原点

日本海の小さな都市、舞鶴にやっと暖かい季節がやってきました。
鶯が鳴いている…。昨年までは、変わった鶯が鳴いていた。普通は「ホーホケキョ」と鳴くのですが、「ホーチョットコイ」と鳴いていた。鶯は鳴き方を学習していく…。春子(
春に生まれた鶯の雛)が大きくなる過程で、成鳥の鳴き声を聞いて、覚えていく。
明治から大正時代に、道楽の一つとして、小鳥の鳴き合せ会が良く開かれた。鶯は勿論、目白・雲雀・モズなどを持ち寄って、襖一つ離れた部屋に、それぞれの小鳥が入った鳥籠を置いて、その鳴き声を競わせるものです。その時に、鶯で変わった鳴き声の鶯がいた。
その鳴き声は「ホーキッチベカッコ」と鳴く。この鶯の値段は、破格なもの。今の金額にして数千万円。是非譲ってほしいとの申し込みにも、決して譲らなかったと言われています。
又、この鶯の鳴き声を、若い鶯に聴かせて学習させるのに一声が数万したという。
趣味もこのくらいになれば、たいしたものです。話が横道に逸れましたが、今年はいつもの鳴き声が聞かれない。正調のホーホケキョに戻っています。
話は、変わりますが、合氣道の技法においても同じようなことが言えます。合気道の創始者植芝盛平翁の技も、「植芝盛平の合気道は、その後半生において著しく技法が変貌をとげている。学んだ時代によって技が違えば、その精神性もつねに躍動していた…。『戦後合気道群雄伝』」と翁の年齢と共に、大きく変化しており、今、インターネットにより、植芝盛平翁の高弟と言われる方の昔ながらの技を見ることができます。その体捌きや技を良く見れば、どの時代に学ばれた師範から教わられたかが分かります。それが今の今も伝承されています。しかし、一撃必殺の技ではなくなっています。今の技は誰によってなされてきたのか…。現代において、二人の翁を抜くほどの達人が出ないのは何故か、一つには時代背景とともに修練の手法にもあるのではないかと思います。
私は、合氣道は未だ完成されたものではないと思っている。
創始者植芝盛平翁が亡くなって幾つかの流派が誕生した。特に、台湾の合気道の発展は目覚ましいものが感じられます。古くは財団法人大阪合気会の田中万川(田中伊三郎)氏が台湾の李氏に伝えたのが、主となり今に至っているようです。したがって技も盛平翁の壮年期のものと類似している。台湾の李氏は、合気道は「氣」を重んじることに気づかれた。そのことは、呂老師の自宅で見せて頂いた李氏の著書に書かれていた。しかし、李氏に至っても対峙する相手の「氣」を導いて崩し投げることは出来なかったようです。それは書かれた内容からも分かります。そしてそのことに気付かれたのが、李先生の直弟子である呂老師でした。私が台湾へ「氣」のことを伝えようとするのは、その意味でもあります。
合気道最高段位十段の心身統一合氣道の創始者藤平光一宗主は、技が掛かってもいないのに、「受け」が勝手に先に飛んで受け身を取ることを、厳しく戒められた。又、「氣」を出して相手を打つ、或いは「氣」で掴むと、そう簡単には、相手は投げることは出来ない。「投げ」は、それ以上の「氣」を出して、そして、相手の「氣」を導いて、崩し投げる…。そこにお互いに「氣」を練り合うことにより、上達していくと説かれた。植芝盛平翁は、そのことを知っておられて、実践されていたのです。そして、「正勝吾勝」を説かれました。そのことを早くから見抜いて「心身統一」が必須であると悟られたのが、当時の合気会総師範部長の藤平光一師範でした。師も又、合気道とは、「天地の氣に合する道」であると説かれ心身統一合氣道を創立されたのです。綿々と伝えられてきた合気道の技。原点に戻ることも、必要ではないでしょうか。
posted by 弘心 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

天地

天地之氣、暖則生、寒則殺。故性氣清冷者、受享亦涼薄。
唯和氣熱心之人、其福亦厚、其沢亦長。

天地のはたらきは、春に生み出し、秋冬に殺す。だからつめたい氣性の人は、生活もわびしい。
なごやかで親切な人だけが、ゆたかにくらして、他人をもうるおす。

心不可不虚。虚則義理来居。心不可不実。実則物欲不人。

心はカラにするがよい。カラなら悟りがはいりよい。心はつめておくがよい。つめれば欲が入り込まない。

不昧己心、不尽人情、不竭物力。三者可以為天地立心、為生民立命、為子孫造福。

心をくもらさず、まさけにおぶさらず、物をつかいきらず、この三つは天地の心にかない、人民のいのちをまもり、のちの世のさいわいとなる。
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