2015年01月02日

言葉の力

日本のリーダーに求められる「言葉の力」とは、立命館大大学院
(言語学)東昭二教授は次のように述べている。

「言語学者の批評として、今の政治家の演説には、「フレーム」が
欠落していると言われている。
フレームとは、クラシック音楽がを例にとると、「モチーフ」。
調べが繰り返される中、浮かび上がる主題のこと。
その点、米国のオバマ大統領は演説に定評がある。
その特徴は、自分の話ではなく、聴き手側の話を中心にしている。
日本の政治家は、「言葉が最大の武器」という意識が低い。
自分がどんな風で語り、どんな言葉を多用しているかを意識せずに
話す人が多く見られる。
社会言語学の研究によると、日本人は「わきまえ行動」をとりがちとされてる。
場をわきまえて社会的なルールや仕組みに沿って話したり行動したりすることを
重んじるらしい。だから、演説にしても、「演説とはこんなもの」という「わきまえ」が前提として
政治家言葉や口調で話そうとするため、聞き手には伝わってこない。
そして日本の政治家は300年前の啓蒙思想に取りつかれている人が多い、
とも分析されている。
現代のリーダーの言葉に求められるのが説得力である。
その意味でフレームの内容は別として、みんなが共感するフレームを提供するのが
一国のリーダーに求められる能力である。」と。

確かにそのようである。
日本の政治家は、何故話がヘタクソなのか。アメリカのオバマ大統領の演説は、
言葉はわからなくても、何故か、その言葉のリズムあるいは、感情の入れ方、
顔の表情から、此方に伝わるものが感じられる。

一つには、心から體を動かすような、琴線に触れる言葉や表情が自らのものとして
出していないからではないか。

話は違うが、合氣道の塩田剛三氏は、合氣の説明に「中心力」という言葉だけしか
喋られない。植芝盛平翁は、難しい宗教の言葉を引用して語られた…。
心身統一合氣道創始者籐平光一氏は「氣」と「臍下の一点」。

しかし、よく考えると、的を得ている。
「共感する主題」をあらゆることを試されてきて、「恐縮された言葉」となって
吐き出されたものであろう。 一貫してプレがないのが特徴でもある。

「言葉の意味」と「言葉の力」を深く認識してみることが重要である。
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自分の中に宇宙生命と森羅万象を観る 自分の中に宇宙生命と森羅万象を観る

この文章は、合氣道創始者植芝盛平翁に仕えた内弟子の方が日頃の翁との会話の中からメモをした言葉を纏められたものである。一般には、難しい宗教用語をもっての説明で、その意味を知るのは難しいものであった、と云われているが、実は、そうでない一面を知ることになる。その一部を紹介する。

「生命を粗末にするような奴には合気道をやる資格はない。わしは武道の真髄として万有愛護を教えておる。お前さんはこの植芝が、神社を作っているのがわからんのか、合気道は、ワシが作ったものじゃない。

合気道は宇宙の法則秩序を体術を通じて覚醒してゆく学びだ。
君らの生命という名の歴史を顧みれば、「万有愛護」の原点、お前さんは宇宙から来ているんだよ!

神を何処でみるんだ?自分の中だ、自分の中にある宇宙生命と森羅万象の中に脈々と生きている生命は、同じものなんだよ。
つまり万有愛護も自分の中にあるのだ。
そういうことがわからず、殺生する者に合氣道修業の資格はない。

山河草木は自己の延長であり、逆に森羅万象の延長が自分である。
自分の體で、手足はもちろん、髪の毛一本、自分で作ったものはない。

それに氣づかずして、合氣道はない。合氣道は森羅万象からも学ぶものだ。大自然の営みを見て、合氣の何たるかを悟らなければならない」

この文章が本当に植芝盛平翁が喋られたのかどうか、についてはその真偽を確かめるすべはない。
しかし、大筋においてその通りの想いは感じ取ることは出来る。

盛平翁の高弟であった人物、当時の合氣会の総師範部長であった合氣道十段位の藤平光一師範が
新しい角度から合氣道を見つめて、盛平翁の思想を系統的に分かりやすく分類して、一つの合氣道として確立したことは新しい武道の在り方を示したものと思う。

具体的には、徳富蘇峰からもその才能を認められた藤平師範が、二十一項目の内容からなる言葉を「誦句集」に纏められた。その内容は、実に、植芝盛平翁の言葉を包括してものである。

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2014年12月19日

台湾花蓮市へ

大阪日台交流協会の要請で12月12日〜16日まで、日本の武道、心身統一合氣道を伝えるために、国立花蓮女子高級中学校に参りました。花蓮との出会いは、1981年に日本に「蓬莱会(会長島津憲房先生)」が在ることを知りました。島津先生は台湾で台東小学校長、台南の国民学校長等を歴任され、数多くの台湾の子供たちを深い愛情で教え導かれた先生です。そして島津先生編纂の「台湾への架け橋」という一冊の本か刊行されました。その編集責任者山本良一氏との出会いでありました。山本氏は、台北師範学校を卒業後、花蓮縣大庄公学校(現東里)に勤務され、帰国後は、東大農学部卒、大阪堺中学、茨木高女で教鞭。茨木市議会議員等を歴任されました。山本氏から、「是非花蓮へ行って見て下さい」と言われておりました。心身統一合氣道の指導の為、台北、新竹、基隆、淡水は5年間で10回訪ねていますが花蓮は今回が初めてでした。日本人が住んでいた多くの建物などが残されており、その修復が今も続けられていることをお聞きした時、山本氏の思いが伝わって来ました。多くの方との出会いは、必然です。これから年に3回、指導に参る予定にしています。
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2014年10月13日

何のためにの稽古


これは、「合氣道の稽古は、心の洗濯、禊であると思うのですが?!」と言う、ある方からの質問に答えたものです。

 「 そうですね。大きく纏めればそのように言うことが出来ます。しかし、心の洗濯、禊を合氣道の技で具現化、説明をすることが出来るかどうかです。私達は、合氣道は「天地の氣に合する道」として、「氣」を自覚し「心が體を動かす」原理を学びます。如何なる状況におかれても、心身統一(心身一如)を保ち、冷静沈着に自らを制御出来るか、です。これを心身統一道で学び、其の體が動き出すと、心身統一合氣道になります。このための原則を、実社会、家庭生活等に活かしていくことが重要です。いくら上手に人を投げても、意味がありません。しかし、投げることだけに学んでおられる方は、別ですが…。植芝盛平翁は、「合氣は愛じゃ」「我則宇宙」「我舞えば宇宙舞う」などと表現されました。そして、それを合氣道の技で示されたのです。藤平光一翁(合氣道最高十段位・心身統一合氣道創始者)、その意味を持つ技を四大原則・五原則で具体的に示され、「万有を愛護し、万物を育成する心をもって、我が心としよう。心身を統一し、天地と一体となることが、我が修行の眼目である」と喝破されました。そして、合氣道の基本技を整理されました。其の技は、すなわち、自らの人格の形成のために、技を方便としているのであって、投げることが、目的ではないのです。しかし、この定義は、個々によってことなりますから、自由になされればよいと思います。参考までに。」


 私は、今から15年前から、大きく変わりました。そして武農合一を説くようになりました。何を言っても、天地との対話が重要です。昼は、野畑を剣を鍬に持ち替えて、大地と対話。そして、日が暮れれば、満天の星空を仰ぎ、一日生かされたことを、感謝します。その結果、天地は、実りの褒美を授けてくれます。

 野菜の種を蒔き、大きくなるまで、朝早くから手で虫を取り、水をやり、我が子のように愛でながら育ちを待ちます。収穫前のジャガイモ・さつまいもを猪に食べられてしまいました…。猪には罪はありません。只、眼の前にあるものに空腹を満たしただけ…。猪の食べ残したものを、小さなイモ三個…、有難く頂きました。

 畑仕事での休息は、野畑の中で、手づくりの木刀と杖で無心に體を動かします。しかし、大半は、氣の静坐と氣の呼吸法で過ごします。大地の氣を体内に吸い込み、そして又、無心に備中を振り上げ、地を耕します。ミミズが顔を出しました。丁寧に横に移して、又、畑に戻してあげます。
今までにも何度も書いてきました。力を抜いて、大地に感謝の念を示しながら天人地と鍬を振り上げて下ろす。大地は快く受け入れてくれます。しかし、少しでも力が入ると、大地は反発して、受け入れてくれません。この事実は、やってみる者しかなければわかりません。感謝報恩の心を…。

 小さな小さな種一粒から大きな野菜が出来ます。あの小さな種の中に、宇宙の神秘が詰まっているのでしょう。生命の不思議さを感じると共に、天地の創造者の崇高な心を感じます。
人も又、その中の一つであることを思い感じる時、自らが何処へ行こうとしているのか、これも天地に任せよう…。ただ、今この一瞬を真剣に生きることが今の自分に与えられたものだ、ということを…。その積み重ねが未来を創るのでしょう。
合掌 弘心
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2014年10月04日

武と農


武農合一

リラックスをした時、體は偉大なる力を発揮出来ることを、自覚した。
力を抜けば、氣が出る。このことは、只、心で思うだけで良い。それ以外は全て放下する。

心身を統一した時、自らは宇宙の氣から生じたと自覚する時、自らの下丹田に宇宙の中心の一点を包蔵していると認識した時。

我則宇宙・我舞えば宇宙舞う・合氣は愛(争わざるの理)を自覚する。
心身統一合氣道は、対峙する相手を天と地に、いざなう、のである。

 そして、対峙した相手が一瞬、統一體を崩した時(宇宙との調和を破った時)其の時既に相手は敗れている、のです。ここまでの到達に、数十年を要した…。

 これらの全ては、大地との対話(自然の恵みを頂くため、剣を備中に持ち替えて、大地を耕し、種をまき、その果実を頂く)から与えられたものだ、感謝で一杯。合掌 弘心。
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2014年09月27日

「血圧は、ほっとくのが一番」



 二十年続いた高血圧の薬を止めました。その理由は、八年間で基準値が50も下がったことと、降圧剤に対する疑問からである。
高槻市に在住時、高血圧症の治療でK医院のK医師に見てもらっていた。T病院に勤務の後、開業医となられた。勤務先から近いので便利との意味もあった。
K医師は、専門医として優秀で評判が良い医師である。パソコンの画面を見ながら、「分かりました。責任をもって120まで下げましょう!」と言い切られた。その日が、三種類の降圧剤を投与された。
数日経って、家庭で血圧を測ると、見事に120を切って100である。しかし、その薬の副作用を調べてみると、とても安心出来たものではなかつた。「倦怠感、疲れやすい、動くときの息切れ、むくみ、ふらつき、高所作業、自動車の運転など危険の伴う作業には注意、関節痛、吐き気、おう吐、発疹、口内炎、精力減退、乳房が大きくなるなど…」である。決定的なのは、「カルシウム拮抗剤」は、投与試験の結果、癌になる傾向が伺える」と記述されていたことである。
その時、医者から投与された薬の薬名が、降圧剤データー改竄事件の主役の薬「ディオバン」であった。
 それでは、一体誰が高血圧の基準値を決めるのだろうか。それは日本高血圧学会という、医療研究者が委員を務める組織が決める。その学会が五年に一度「高血圧治療ガイドライン」という冊子を出し、日本中の医師はそこに記されている基準値によって、ほとんどの医者がそれに従っている。故にガイドラインは非常に大きな影響力を持っていることは言うまでもない。高血圧学会は、製薬会社とべったり癒着していると言われている。それが明るみに出る衝撃的な事件が、2013年7月に起こった。これが京都府立医大、東京慈恵会医大、千葉大、滋賀医大と、製薬会社ノパルティスファーマ社による、降圧剤のデーター改竄である。その降圧剤の薬名は、ディオバンであることは言うまでもない。全く薬効が認められないのに、効果が出たようにデーターを改竄していたのである。そしてその薬は、爆発的な人気がでて、年間1083億円売り上げた。しかし、外国(アメリカ)では、冷やかな対応であったという、即ち学会で発表には至らない内容であったからである。
 そして、血圧の基準値が根拠のないまま、どんどん下がっていく、即ち、1987年高血圧基準値(mmHg)180/100が2011年には、130/85と実に五年で基準値が50も下がっているのである。
患者数派230万人が五年で5500万人に増えている、いや増やされているのである。その結果、降圧剤の売上が前述の薬名のものだけで2012,年度の国内売上額は、約1083憶円ととてつもない売上であった。しかし、一度、高血圧と言われた患者は、死ぬまで飲み続けなければならないのである。副作用に身を委ねながら…。昔は、年齢に90を足したものが高血圧の基準と言われていた…。
血圧が180でも大丈夫という根拠は…、これも実に明快である。過去に厚生省の事業の一環として行われた実験で、高齢者に降圧剤は、効果が無いという結果が示されたからである。それだけではなく癌の発症率は降圧剤を使用したグループの方が高いという結果で出たのである。だからといつて、暴飲暴食をしてもよいものではない。玄米や採食を中心として、心が體を動かす原理を自覚した適度な運動と、「氣」を充実させることは言うまでもない。
 話を元に戻そう。高血圧は、病気ではないことが分かった。「血圧が高いと脳梗塞になる可能性があるが、どうですか?」 との質問が多い。脳梗塞は高血圧が原因といわれているが、実はそうでない。逆に血圧が低い時におこる疾患である、という事も分かった。さらに、降圧剤を飲んでいる人は、飲んでない人に比べて脳梗塞の発生率は二倍になる、と言う事も。
 今、降圧剤を止めて一か月になろうとする今、ふらつき、倦怠感、ねむけ、関節痛、などが消えてしまった…20年前に戻った。
血圧は個人差があり、特に年齢とともに上がっていくものである。それが20才から80歳までを一律120、130などと決めつけることが間違いである。
病気でもないものを、病気だとして、薬を飲ますのは、詐欺ではないのか。
 今の世の中は、「偽」で満ち溢れている。一流企業の代表者で最高学府を出て地位も財産も得た者が、うそをつく、ごまかす、いつわる、だます、…でマスコミの前で頭を下げている姿を何度も見せられた…、さらには、謝罪、謝ることを指導するコンサルタントがあることには、唖然とさせられた。県会議員の政務費の「偽」、特に許せないのは、朝日新聞の従軍慰安婦問題、福島第一原発を巡る吉田所長の会議録、企業の社長の発言をインタビューをしていないのにしたようにしての記事、評論家I氏の連載を都合の悪いことを喋らせないために、突然の中止…などの誤報と偏見記事。そして日が経ってからの社主と役員の謝罪。すぐに朝日新聞を止めて、毎日新聞にした。(しかし、毎日新聞も宗教法人の新聞の印刷を受注しているため、その宗教法人の記事には敏感になっているとの噂…)。
 菅子の言葉に、人を滅ぼし、組織を滅ぼし、国を滅ぼすのは、「四患」即ち「偽、私、放、奢」。そして、人を創り、組織を創り、国を創るのは、「四維」即ち「礼、義、廉、恥」を知ること。まさに今の日本人に求められているのではないか。
今、私は、武道(心身統一合氣道・合氣武術・小野派一刀流など)と天地との対話を通じて、錬氣・表武・実践に励んでいる。
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2014年07月05日

骨をつかう

「骨をつかう」
最近の新聞で、某武術研究家が「骨をつかう」とのキャッチフレーズで本の広告を出されていた。不思議な氣がした。
 もう何年も前から、私の道場では、実践しているからである。
「力を抜いた状態」ことと「力が抜けた状態」こととは全く異なること。「折れない腕」の科学的な説明…、上腕二頭筋などは主役ではない…。
肩甲骨を使う…股関節を畳む…腕の関節を自在に操る…。
腕と足の関係(右手右足の法則など)…足捌き、胴捌き、腕捌き、手捌き…足裏三点…など、技を用いて説明、実践してきた…。
 氣を出す、だけの意識でも駄目であることの説明…。大東流の佐川師範は、「わしは、體の中を動かしている…、だから弟子にはその真似は出来ない…」という意味の言葉を残されている。
表面からは、全く見えない。しかし、意識する「骨」を胎内で自在に動かす…。
 私の弘心塾道場の塾生には、全てを伝えている。「骨をつかう」のはその中に一つであるからである。筋肉にしても不随筋と随意筋があるが不随筋でも、鍛え方で動かすことが出来るのである。
 合氣道の技が術の一つである限り、自らの體の仕組みと、約二百・約五百の筋肉、骨を自由自在に意識し、操ることが必要となる。「心が體を動かす」原理は、 心と相まって自らの體の仕組みを熟知しなければならない。そうでなければ、本当の意味の體を動かすことにはならないからである。
 「力を完全に抜く」ことが出来れば、次に意識することは何か…。

私の道場の塾生…実践中である。
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日常の工夫について


親の形質が子に伝えられることを遺伝といいますが、遺伝についてはメンデルの法則、即ち、エンドウ豆による実験で、親の形質を子孫が受け継ぎ、その現れ方に規則、正しい法則があることが発見されたことは既にご承知のことと思います。
 また反面、人の遺伝についてはまだまだ未知の分野が多くありますが、その中でフランシス・ゴールトンは、「個人の持っている性質のうち、二分の一は両親から、四分の一は祖父母からというように、二分の一の幾何級数をもってすべて祖先から受けつぐ」という祖先遺伝の法則を立て、後にそのモルガンという人が細胞学的にこの法則を証明するにいたって実験遺伝学の急速な発展を見たとされております。
 このように、両親、祖父母というように連綿として親・子・孫へと形質がゆずられていくことは、関係上の形質のみではなく、私達の行い、思考の中心となる心や性格、欠点等の精神的なものにも影響がおよばされるのであります・
 日常生活の中での゛今゛この瞬間を「いかに生きるか」が本当の意味で重要視されなければなりません。
 藤平会長が、゛以後一切のマイナスの観念を捨て、プラスの人生に邁進せよ゛と説かれるのは、゛今゛この時から祖先から受け継いだ全てのマイナスの要因を、゛断ち切る゛ための心の指標である、と云えるのであります。
「全てのものに感謝の念を持つ」ということを実感としてとらえることが、まずその為の第一歩であります。
 心身統一合氣道の五原則の中の、「相手の心を知る」「相手の氣を尊ぶ」の教外別伝が実はここにあるのであります。
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2014年07月02日

日常の工夫について

今から40年前に、書いた文章である。多くの書き物の中からこれを選んだことには、
長年トラウマとなった事件が存在する。長男の死であった。
当時財団法人氣の研究会(藤平光一会長)が発行していた「心身一如」に、当法人の
評議員をさせて頂いた時に連載ものとして載せて頂いたものである。

「日常生活を共にするあらゆるものに対して感謝の念を持つ」ということを
実感としてとらえること。
 越前永平寺の門前にかかっている橋を半杓橋といいます。
この橋は永平寺の開祖、道元禅師が朝、杓で橋の上から水を汲んで顔を
洗われるとき、杓の半分の水だけで洗われ、残った水は川へ返されたと言うので
この橋の名になったと云われています。
 又、由利滴水禅師が雲水の頃、師匠が洗顔をされたあとの水を
捨てようとすると、師匠が「その水を犬死にさせないで野菜にかけてやりなさい、
野菜は喜び、水も生きて働くではないか」と云われた言葉に深く感ずるところがあり、
この教訓を一生忘れぬために「滴水」と名乗られたのだといわれております。
 一杓の水に対してもこれだけの謙虚な心を持つのであれば、日常の生活の
あらゆるものに対する感謝の念はおして知るべしであります。
 最近、ある人が子供に食事の時に「御飯つぶを一つ残さず食べなさい。
もったいないですよ」と注意したところ「今日本はお米が有り余っているんだから、
そんなことは考えなくてもいい」と答えたと云います。
 物を大切にする心が弱い者は、自らの生活も仕事も中途半端であり、
逆に物を大切にする人は、必ず仕事も自らの生活にも真剣であり、自他共の生命を
大切にする人であります。 
 物を大切にするということは、義理も人情も正しくわきまえて、
出すべき時は潔く出すが、一枚の紙も、一滴の水も無駄なく物の生命を尊び、
その恩恵に感謝し大切に、有効に使っていくことであります。
 全ての人間の使うものは、人を生かすために現わされているという謙虚な心が、
さらに自ら高い次元へ導くことでありましょう。
 「のみ」や「かんな」を大切にする番匠は絶対に手足を怪我するということは
ありませんし、鍬や農機具を感謝の心で使い、農作物を作る大地に感謝の心で
手を合わす農夫には、これまた豊作が続くという、物を取り扱う心がそのまま自らの
生活・生命・仕事に跳ね返ってくるのであります。

 二宮尊徳の許へ貧乏で明日食べる米にも困っていると訴えてきた村民がありました。
二宮尊徳が、その人の台所をみて、あちこちに散乱している鍋釜をゆびさして、
「今まで長年お世話になった鍋、釜、そして、台所の隅々まであと片づけをして清め、
心から礼をいい、その後に餓死せよ」という意味の言葉の一言を言われたと
いうことでありますが、このことは、物に困るような人間は
あらゆる物に感謝のないこと、その恩恵に浴しながら恩を恩と思わぬ人間である
ことを妥協なく教えられてのであります。
 私達、日常の生活においても同じことであります。家庭にある主婦は、
一日働いて帰ってくる主人を思い、心をこめて作る夕食であれば、味も違ってきます。
又、それを受けて主人が心から「おいしい!」と感謝の一言を出す家庭の子供には
食べ物の好き嫌いがありません。
 「子は親の鏡」という言葉がありますように、子供は親が行なってきた
過去、現在の全ての行いなりを写し出してくれます。
 子供の病氣や、怪我、又事故等は、夫婦の間に何かあった時に生じます。
 これら、眼の前にわき起こる不幸災難は、大自然の警告と考えられるのであります。
すなわち宇宙和の原則から少しでも離れた考え、行い、生活をすれば
宇宙からの危険信号が発せられると考えられます。
 その危険信号は、「それ以上筋道がはずれると、もっと大きな災難か生じますよ」
という前ぶれであると考えてよいと思います。つづく
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2014年06月16日

第31回関西地区心身統一合氣道体技発表会での挨拶余談


平成26年6月14日、大阪市立中央体育館で開催。
総勢約250人の参加を得て、成功裏に終わった。
毎年この時期に行われるのであるが、準備から始まって、進行・採点・評価・表彰状など、大変な労力である。その意味で、大阪本部の総括責任者の山本師範の努力には敬意を表します。彼あっての関西地区本部でもある。
毎回、浅学な小生に、大会委員長という重責を命ぜられる。
開会にあたり、挨拶をさせて頂いた。時間の関係で十分に伝えることが出かなかった。少し補足をさせて頂き、提文としたい。

「第31回心身統一合氣道体技発表会にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。まず最初に、本大会開催にあたり、準備その他多くの諸事にご尽力頂いた関係者の皆さんに、心から厚く御礼申しあげます。

少し振り返ってみますと、昭和46年9月16日、渋谷のオリンピック記念青少年総合センター体育館に、藤平光一先生から氣の原理・心身統一法などを学びたいと熱望していた6名の人々が集まったのが始まりでした。
このことは、またたく間に広がり同年12月には数百名にも達しました。そして「氣の研究会」と名付けられ発足致しました。

昭和47年11月3日に、待望の東京本部事務所設立・昭和49年10月9日、厚生省から戝団法人が認可、大阪市淀川区に、関西地区本部の設立。
その後、昭和52年3月第一回全日本心身統一合氣道体技審査競技会の開催、など、着々と広められて行きました。
そして、昭和55年2月24日に新宿区立・新宿文化センター大ホールにおいて、第一回の「氣の研究発表会」が厚生省後援で開催され、当時の野呂恭一厚生大臣、氣の研究会顧問衆議院議員玉置和郎氏等の祝辞を頂き盛大に行われて、四大原則・五原則が確立されたのであります。
その後の発展は、皆さんのご承知のとおりです。

さて、今、サッカーの第20回ワールドカップ(W杯)が開催されていますが、代表の一人、兵庫県滝川高校出身の岡崎慎司選手のお母さんが、TVで話されていました。彼は負けず嫌いで、良く失敗もする。その時には、いつも「引き出しに積み立てをしなさい」そして必要な時に引き出して、参考にしなさいと。

心身統一道では、「氣」と「臍下の一点」を学びました。心身統一道・心身統一合氣道の引き出しは、臍下の一点であります。清濁併せのむ、すべては臍下の一点にいれます。そしてプラスを引き出すのであります。
人生万般、あらゆるスポーツにも用いることが出来るのが、心身統一の四大原則・心身統一合氣道五原則・「氣」であり、「臍下の一点」なのです。即ち、「心が體を動かす」原理なのであります。
心身統一道・心身統一合氣道は、自らの人格の涵養を図ることにあります。
終わりにあたりまして、日頃の修練の結果を思う存分出して頂くことを念願してご挨拶といたします」                   以上。

昭和55年2月24日に新宿文化センター大ホールで第一回氣の研究発表会のパンフレットには、藤平先生が「柿の実のように」「争わざるの心」「体技30」などについてその意味を話されています。

時間があれば、長年にわたって探求してきた「争わざるの理」についても、触れておきたかった…。私のブログ「武農合一」でその詳細は触れている。
(藤平光一先生と同郷で合氣道・居合等を修業されたH氏から、最近、貴重な文献、「針ヶ谷夕雲先生相伝(手書きの本)」を進呈して頂いた。その中の一文でもって、霧が晴れる如く完全に氷塊した。H氏には、感謝の氣持ちで一杯である。)

後談であるが、心身統一道・心身統一合氣道を学ぶ若者なの中には、ものの言い方、相手の氣持ちを察することが出来ない、年長者を年長者と思わない、自分の思いのままに行動、等、周囲とり不協和音を感じ取る事が出来ない者が増えている、との指摘が出された。
指摘された者は、心身統一合氣道の技などは、良く出来ることのようだが…。
この例は、「何のために心身統一合氣道を修練するのか」の典型的な事例であろう。指導している者は、徹底的に話あうことが必要で、場合によっては、厳しい指導も必要と考えられる。何故なら、その為の心身統一の五原則を学んでいるのだから…である。
posted by 弘心 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする